党派の儚2️⃣

党派の儚2️⃣
 

-萬子-

 一九四三年八月一五日。気味の悪い程に蒸し暑い昼下がりである。
 類は一八歳で、北国の町の旧制中学5年の夏休みだったから、寮から帰省していた。
 義妹の萬子は一七歳で、同じ町の旧制女学校四年で、実父の親戚に下宿している。萬子も帰省していた。
 類は離れの自室で『罪と罰』を読んでいた。
 遅い昼食を摂りに母屋に行くと誰もいない。両親は急な親戚の葬儀で揃って出かけていた。
 居間で茶漬けを摂っていると萬子が入って来た。二人とも無言だ。
 水風呂にでも入っていたのか、濡れた髪にタオルを巻いて、青い半袖のシャツに乳首の突起がくっきりと浮き出ている。やはり、青色の薄くて長いスカートを穿いている。類に背中を見せて座ると、足を広げてスカートの中に扇風機の風を入れて、「気持ちいい」等と、呟いている。
 暫くすると、類の向かいに座り直して桃を食べ始めた。汁がしたたる。赤い唇を紅い舌で舐めた。
 石鹸や強い体臭、桃の仄かな薫りが漂ってくる。類の陰茎が敏感に反応した。
 萬子は、そんな異変を見透かした風情で、「また、暑くなった」と、類に背を見せると、扇風機を回して横になった。
 スカートを太股までたくしあげて、「酷く暑い」「いっそ、裸になれたら気持ちいいのに-」等と、如何にも意味ありげに呟くその声が、類に届くのである。尻が淫靡に揺れている。若い男根が熱い。
 類が背後からスカートをめくると尻は裸だった。萬子は、「嫌だ」とは言うが、圧し殺した声で、抵抗の気配もない。
 足を閉じてはいるが、指で探ると太股まで濡れている。すっかり隆起した男根を押し当てると、豊かな尻が簡単に割れて、何のこともなく入っていった。
 「中に出しては駄目よ」と、諭す萬子に従って、類は素早く勃起を引き抜いて畳に射精した。膣に挿入したのは初めてだった。萬子は出血をしなかったが、類は何も聞かなかった。
 「秘密よ」「でも、責任はとるのよ」と、萬子が言う。義母が父に、類と萬子を結婚させて分家をさせるのが一番いいと言っているのを、類は聞いた事があった。「避妊具をしたら中でもいいわよ」と、唇を舐めながら萬子が言った。
 類は萬子の隠微な痴態に反応した自分の男根が疎ましかった。
 この女が七歳上の類の兄と交わり、乱れた野望を、既に熟れた身体に秘めている事など、類は知るよしもなかった。


-典子-

 昨日の夜、類は、やはり、帰省していた典子と盆踊りで再会していた。浴衣の女は石鹸の香りがした。
 国民学校卒業以来だった。典子は同窓で一八歳。萬子と同じ女学校に、親戚に下宿して通っている。
 典子は類の初恋の人だ。国民学校の最終学年の時に、類が児童会長で典子は副会長だった。ある日、教室を即席の映画館にして映画が始まった。いつから、どうしてだろうか、暗闇の中で類の裸足の爪先が典子のそれに触れていたのだ。典子はどけなかったのである。その皮膚の感覚の快感の遠い記憶は、未だに、活き続けていた。
 盆踊りを抜け出して、大川の堤防で抱き合った。満月が高く、金色の稲穂が南の風を受けて波立っている。何を話したのか、覚えていない。キスをすると、「類さんにならみんなあげる」と、典子は言った。しかし、類は勃起しなかった。その記憶だけが、恥辱として鮮明に残った。そして、帰った。類は、さしたる意味もなく、初恋の終わりだと思った。
 その翌日の、萬子との惨めな初めての性交だったのである。屈辱だった。それから萬子とは何も話さなかった。何故か、典子と会いたいとも思わなかった。
 類はすぐに寮に戻り、「罪と罰」を読み耽った。
 冬休みは帰省せず、父が支持する与党の党人派代議士の師走選挙を手伝った。選挙事務所に泊まり込んだ。実に面白かった。合間に社会主義やマルクスを読み漁った。代議士は、「戦争は駄目だ」と言い切った。そして、落選した。
 戦争には、絶対に加担しない。かといって、この時勢に大学に進んでも、何の意味があるのだろうか。あの家にはいれない。萬子は嫌だ。類は考え続けた。そして、選択は確信になりつつあった。戦争は現実の姿で類に決断を迫ったのである。
 卒業が決まると式を待たずに、父に短い手紙を書いて、類は出奔したのであった。


-殺害-

 仕送りの貯金や選挙を手伝った報酬、そして、四年前の死の直前に病床の母が、「困った時に役に立つわ。内緒よ」と、握らせた宝石の指輪が旅立ちの軍資金だった。

 数日後、野宿した峠の小さな駅の前で、女の荷物運びを手伝った。荷車を引いて女の家に向かう山道で、にわか雨の雨宿りが、いつの間にか交合になった。三三だと言う女が、戸惑う類の陰茎を、「今日は大丈夫よ」と、優しく導いた。類は初めて膣に射精した。「女に限らず、困った人には優しくするものよ。きっと、いい事があるものよ」と、女が言う。夫は大陸で戦っていて、六つの女の子がいた。老いた義父母は何も言わない。類は破れた家の修復をしながら、納屋に三日いた。毎夜、女が忍んでくる。類の労働と女自身が与える報酬が優しく交換されるのだった。
 それから、豪農の農繁期を半月、働いた。休学中だと嘘を言った。夫が戦死して出戻った三五歳の娘が、間もなく、夜半に忍んできて、「女が望まない妊娠をさせては駄目なのよ」と、避妊具を着けさせた。類は、初めて、その大事さを知った。女は、「戦争が疎ましい」「御門が憎い」と、咽び泣いた。
 二人の女とも、別れ際に幾ばくの金を類に握らせた。北国山脈の山奥には、生活の悲痛と女達の優しさと、愉悦と戦争が、混沌と共存していたのであった。

 当て処のない旅を続けていた類は、ある日の夕間暮れに、北国山脈の谷あいの、とある農家の戸口に辿り着いた。引き戸に手をかけたその時に、嬌声を聞いた気がした。息を殺しながら戸を引くと、土間の奥は闇だ。その闇の奥から、再び、嬌声がして、次第に目が慣れると、荒い息使いまでが響いてくるのである。
 すると、類の視線の先の、土間の奥の囲炉裏端に一塊の肉塊が浮かび上がって、さらに視界が明瞭になると、交合の場面なのであった。
 組み敷かれた女が絶叫しているのだ。類の脳裏を関わりのあった女達の裸体が過って、二十歳半ばだろうと思った。蹂躙しているのは初老の男に見えたから、二人の関係性を疑ったが、咄嗟には思いつかない。
 「止めて」「許して」「殺して」などの声が交錯して、再び、「殺して」と、絶叫が嘆願するではないか。
 眼前の女は不条理に犯されている最中で、予期せぬ訪問者に気づいて助けを求めているのだ、と、我に返った類は、喚声をあげながら走り寄ると、男の頭を抱えて引き剥がした。土間にまで転がった男は半裸で、けたたましく痙攣をすると、やがて、静寂が類と女を包んだ。その時に、雷鳴が轟いたかと思うと雨が降り始めて、忽ち、激しくなった。
 囲炉裏の火だけの明かりに照らされた女は、いつの間にか、身繕いを終えている。
 女は、何も言わずに、茶碗酒を飲むと、類にも勧めた。類も、喉を咽ムせらせながら飲んだ。
 慌ただしく接合した後に、茶漬けをかき込んだ二人は、雷雨の夜半に、増水した川に遺体を投げ入れたのである。

 類は忌まわしい事件に遭遇して、殺人者となった。できる限り遠くへ逃げようと思った。山脈に沿って一気に北上した。

 類が、とある神社で野宿をしていた宵に、乞食僧のなりをした男がやって来た。男は類に食事を与えて、梅島と名乗った。社会主義に共鳴する類に男は素顔を明らかにした。元陸軍中佐でアイズの出である。222事件に関与したが、失敗を予期した首謀者の北が梅島と青柳に後日を託したのである。二人は遁走して北国に身を潜めた。梅島は無政府主義者で確信のテロリストである。主導者の青柳の腹心だ。類は梅島に心服して、青柳にも興味を持った。
 そして、山脈の懐の、とある集落にたどり着くと、たおやかな女が二人を迎えた。旅の汚れを落とすと、梅島は一月に及ぶ旅の話をした。女はふくよかに聞き入っている。類は、この二人は夫婦なのかと思った。
 梅島は、「この戦争の元凶は御門だ」「とりわけ、開戦を専横した南条は許さない」と、言った。ある日、猟に出た。青柳は銃の名手だった。


-性獣-

 萬子は母と義父の交合を見ていた。嫁いだ母と共にこの家に来て間もない、その日。萬子は一五歳。八月の暑い午後だった。
 廊下の奥から声が漏れるのを萬子は聞いた。嬌声は納戸からだった。そっと戸を引くと、隙間の暗闇からあえぎ声がする。目がなれると、汗にまみれた裸の母が仰向けになり、両の膝を立て大きく両足を開いていた。下に裸の義父がいるのだ。男根と足しか見えない。
 仰向けの義父に仰向けの淫熟した母が乗っているのだ。黒々と茂る陰毛の森に下から陰茎が差し込まれていた。義父の男根が母の淫汁で光っている。盛り上がった両の外陰唇が男根をくわえこんでいた。母の手がその男根を妖しく撫でている。義父の手が母の汗にまみれた淫奔な両の乳房をわしずかみにしていた。
 萬子は幾度か母の性交を盗み見ていたがこれ程に露なのは初めてだった。臍まで延びた濃い陰毛の中に、大きな黒子がある。男根で下から激しく突き上げられるたびに、母の三段腹の脂肪が揺れた。肉欲ではち切れた裸体が発情した豚の様に無様に痙攣した。
 間もなくして結合が解かれた。母が義父に股がり口を吸った。崩れた淫らな尻が割れ大きく開かれた。母が男根を握り濡れた淫穴に導いて、再び、押し入れた。尻を淫らに回す。前後に猥褻に振る。性器と性器が叩きあう汚い音が響く。母は声を押し殺して卑猥な戯言を言い続けていた。
 この、類の義母でもある女は、あの戦争に何の疑いも持たずに、率先して教え子を説諭する音楽教師だった。実麻子という。実権を持つ教頭や陸軍派遣の将校とも、性交を武器に談合したのであった。
 萬子は凝視しながら、座り込んで股間に手を入れ膨れた乳房を揉んでいた。
 類の兄がそれを見ていた。兄は黙って萬子を土蔵に連れ込んだ。女も黙って従った。手拭いで萬子の口を塞ぐと兄は裸になった。萬子も真裸にされ、いとも容易く挿入された。出血したが、少しの痛みもないばかりか、射精で絶頂に達した。「あの女の血を引いたな」と、兄が言った。萬子は兄にしがみついて口を吸う。そして、幾度も交わった。
 その直後、ニ三歳の兄に縁談があって結婚したが、二人は新妻の目を盗んで情交を続けた。
 兄の側を離れたくない一心で、萬子は類との結婚を画策したのであった。そして、あの日、類をふしだらに誘惑したのだ。だが、萬子は兄が母とも交合しているのをまだ知らない。

 肉欲の地獄から抜け出した類の出奔の判断は正しかった。厳しい漂流ではあったが、戦争を確固として嫌悪して、好奇と冒険のこころと頑健な体、そして、若さがあったのである。

 一〇日後、梅島は南に戻り、類は、さらに北を目指す事にした。梅島は類に紙幣を握らせて、「世上で見聞きする全てを血とし肉とするのだ」「野にある人々が全て、お前の教師なのだ」と、言った。類はその通りだと実感していた。さらに、数名の名と住所を連ねた紙を渡して、「困ったら訪ねて教えた経を唱えろ」と言い、「心底、困ったらここに戻ればいい」「戦争は、いずれ必ず終わる。新しい時代に備えて自分を養うんだ」と、言った。

 
草也

労働運動に従事していたが、03年に病を得て思索の日々。原発爆発で言葉を失うが15年から執筆。1949年生まれ。福島県在住。

筆者はLINEのオープンチャットに『東北震災文学館』を開いている。
2011年3月11日に激震と大津波に襲われ、翌日、福島原発が爆発した。
 様々なものを失い、言葉も失ったが、今日、昇華されて産み出された文学作品が市井に埋もれているのではないかと、思い至った。拙著を公にして、その場に募り、語り合うことで、何かの一助になるのかもしれないと思うのである。 
 被災地に在住し、あるいは関わり、又は深い関心がある全国の方々の投稿を願いたい。

党派の儚2️⃣

党派の儚2️⃣

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-23

Copyrighted
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