色依存症
電車に乗っていたらギャル風の女性と、若干渋い見た目の男性のカップルに声をかけられた。男性が言うには、女性側の体調が悪いので、近くの病院まで案内して欲しいとのことだった。偶然その街は父の元実家に近い地区だったので私は了承した。
ひとまず病院まで案内すると男性に、もう少し付き添ってくれるよう頼まれた。女性の診察が終わり、薬も処方されたところで彼らの家へ向かった。すると、そこは父の元実家だった。父の両親は既に他界してしまっているので、家は何年か前に売りに出していたのを思い出した。中へ入れてもらうと、そこは酷い有様だった。紙くずが散らかっていたり、箱が適当に積まれていた。泊まっていくように言われて大分戸惑ったが、2階は比較的綺麗だったので2階に泊めてもらうことになった。
聞けば現在、男性と女性は別々の家に住んでいて、ここは女性の家だそうだ。男性は久しぶりに女性の家へ来たようで、あまりの生活用品の無さに唖然としていたようだ。そこで近くのスーパーまで私を含めた3人で買い出しに行った。トイレットペーパーやティッシュをかうのはすんなり進んだが、食品関連で揉めた。特に水に関してだ。500ml1本あたり10円で箱売りしていた水を災害に備えて買うべきだと男性が言ったのに対し、女性は何度説明されても1本300円だと勘違いしていたようだ。結局水も買い、電車に乗って路線の最終駅まで向かった。
その駅はホームに様々なキャラクターのオブジェがあり、ちょっとした観光地となっている。しかし、周辺は道路があるだけで他には何もない。更に最寄りの市街地は崖の下にある。ちなみにその駅に行った理由は知らされていなかった。暫く彼らと別行動をしていると、私は女性の友人と見られる人達との会話を聞いてしまった。
A「今度のカレ、どう?」
女性「あ〜ww結構金持ってそうだわ〜」
B「ウチもね、こないだ出会ったおじさんに『××してくれたらこの札束あげる』って言われてね〜めんどくさそうだったから××するフリして、背後からキュッと首締めたら簡単に逝っちゃってさ〜w いや〜、タダで貰っちゃったよ〜ww」
女性「え〜ウケる〜」
A「ちなみに今度のターゲットはどうやって殺るの〜?」
女性「ターゲット言っちゃってるしwww そうだね〜、料理に毒でも盛るかな?」
その直後、物陰に隠れていた私は彼女らに見つかって、口封じされた。このことを誰かに言ったら殺す。おまえは今日会ったばかりで信用ならないから、今日からずっと私の家にいろ、と。そして男性とは何事もなかったかのように合流し、女性宅へ電車で帰った。男性は駅が反対なのでそこで別れた。そこから不安の時間が始まった。会話を聞いた以上、女性の作った料理は口にできない。このまま餓死してしまう恐怖に苛まされた。しかしどうしようもないので、とりあえず2階で眠った。
朝3時ごろに私はふと目が覚めた。トイレに行きたかったので1階へ降りて行った。すると女性が寝ているようだったので、靴紐も結ばずにそっと家を出て、全速力で女性宅から見えない通りまで走った。物陰で靴紐を結び、ATMへ走り、あるだけの金を下ろして駅に向かった。そこで匿ってもらおうと昨日行った病院へ向かったが、当然閉まっていた。次に、路線の最終駅へ向かった。
そこはホームのキャラクターの他にも、夜になると夜景&星空目当てにそれなりの人が集まる。私はそこへたどり着くと、助けを求めた。すると、何という偶然か話しかけた人達は警察や刑事の集まりだった。私はすぐに保護してもらった。すると一台の車が近くに来て、何やら不審なことをしていると、刑事・警察達が警戒し始めた。間も無くしてその車は引き返して行った。ところで星空は空の色が全くいつもとは異なるほどに美しかった。
その後、確たる証拠を掴むため、私の証言を基に各所で聞き込み調査へ行った。ある程度固まった頃には夜が明けていた。そして夜に見た車が止まっているとの報告があったらしく、現場へ向かった。そこは交差点になっていて、停止線がピンク、水色、黄色になっている変わった場所だった。すると、女性達は3台の車に分かれて乗っていた。世の中には「色依存症」というものがあり、特定の色が少くない場所では異常行動をするという。彼女らの全員が色依存症だが、それぞれ依存している色は異なるという。昨日泊まっていた家の女性は黒依存症だという。一般的に色依存症の人は、カモフラージュのために、人目に多く触れる部分には依存している色を使わないそうだ。そのため、特定の色依存症患者を探すには車の色ではなく、車の中にあるもので判別するらしい。
そして、彼女の車はピンクだった。すぐさま刑事・警察の車はピンクの車を追った。しかし、行く先は断崖絶壁だった。彼女の車も、私が乗っている車も、崖の存在に気づくのが遅れて、真っ逆さまに転落していった。衝撃で身体が空中に放り出された中で、ああ、結局私は死ぬのかと思った。落ちている最中は時間がものすごくゆっくり流れていた。そのとき、ある言葉が不意に聞こえた気がした。
「色依存症患者もまた、症状に振り回されてきた苦しみがあるのだ」と。
彼女は確かに男性や自分を殺そうとしていた。しかし、色依存症でさえなければ、或いはもっと真っ当な人生を送れていたのかもしれないと思うと、居た堪れない気持ちになった。
(遅かれ早かれ死ぬのなら、それならせめてこの女性が痛みに苦しまないようにしてあげれたらいいな)
ゆっくり流れる時間の中で私は必死でその女性の下敷きにでもなってやろうともがいた。そして_
私は女性のクッションとなって死んだ。しかし皮肉なことに、衝撃で飛び出た私の骨が、女性の心臓部を貫いたようだ。
_いま、今回の人生をあの世で見せられ、「人を赦すことは、救うことは、簡単ではない」と痛感してる。一度は自分を殺そうとした女性を私は助けようとしたが、結果的にはどちらとも死んだ。それはやはり、本心ではその女性を赦すことができずにいた、私の狭量さ故の結末だったのだろう。
色依存症