大人

十九

2020年2月2日

明日遂に二十歳の誕生日を迎える舘花弓は一人憂鬱を抱えリビングのソファーに寝っ転がり真っ白な壁を永遠と眺めていた。

十九歳最後の日までさんざん甘えて生きてきたこれまでの人生。未だに高校生、先日、大学試験に試みるも悲惨な結果だった。勿論、再試を受験する予定だが、人生はじめて失敗した受験の不合格という三文字を目の当たりにして意気消沈していた。その時にすぐに踏ん切りをつけて勉強しなおせばよかったのだが、タイミングが少しずれたせいで大人になるという恐怖と将来という漠然とした空白……

「ダメだ~」

拓弥はそう言ってキーボードから手をおろして背もたれに吸い込まれる。

今、自分がおかれている状況とその心境を文字に起こそうとしたが煮詰まってしまった。

あの日はじめての挫折を味わった日から己の将来や目標について考えを巡らせるようになってしまった。本当に医師になりたいのか、自分がしたいことは何なのか、何者になりたいのか。挙げ句にずっと誰かのすねをかじって生きていたいと思うほど心が開き直ってしまっていた。

ゆっくり背もたれから重たい体をはがし死んだように風呂へ向かう。衣を脱ぎ、洗面台で顔を洗って風呂のドアを開く。生暖かい空気と心地よい石鹸の臭いが鼻孔を刺激し脳とその想像力が解放されていく。初めにシャワーを浴びて早々と身体を洗い流した後、ヒリヒリとする少し熱めのお湯にゆっくりと浸かってゆく。

僕には昔から長風呂とその間いろいろな事柄について長考するという習慣がある。例外なく今日もその時間だ。ただ、今日は受験失敗の影響からあまりいいことは妄想できない。このまま何者にもならずにニートとなって死んでいく人生。浪人を続けて挙句、心身に限界がきて自殺する人生。妄想が意図もせず最悪の負のスパイラルに飲み込まれていく。だめだだめだ、面白いことを考えよう。そう思って一気に空気を吸い口をつぼんで潜水する。途端に新鮮な空気の供給を遮断された脳が生に執着し始め、妄想という思考能力を低下させていく。水の中で薄れゆく思考、ふとそのプロセスの微かな間隙にポカンと面白い妄想が発生した。あと30秒耐えて顔を出したらそこには違う世界が拡がっている。あろうはずもないありがちな妄想の達成を願いつつ30秒後死にそうになりながら勢いよく水から顔を出した、次第に鮮明になりつつある視界の中で見えたものはいつもより少し広い風呂場だった。少し動揺してお湯で顔を大げさにゆすって大きく深呼吸して目を開ける。違う。タイルの色、シャンプーの銘柄、匂いに湿度全部がまるで違う。慌てて風呂からあがり脱衣所にでる。もちろん脱衣所もいつもの場所ではなくなっていた。動揺しながら大きく周りを見回すと大きな洗面台の横に見慣れた服とその上においてあるメモを発見した。そのメモには『これを着てリビングへ』とだけかいてある。一体全体いま自分の身に何が起きているのか全くもって理解ができない。まさにキャパオーバーの状態でメモに従い置かれている服をきてリビングに出る。誰もいない妙な空気感だ。広いリビングに大きなソファ、ダイニングテーブルに向かい合った椅子が二つ。天井は高く、大きな窓からは広い庭にしっかりと手入れされているであろう植物が見える。緊張感と恐怖感と何とも言えない二つの感情の間であたふたしながら、手ごろな椅子を手にかけおもむろに腰掛け深呼吸する。

整理しよう、さっき、ついさっきまで風呂場にいた。いつもの風呂場だ。それが今は、見たこともない家の見たこともないリビングだ。わからない、しかしこの状況から一つだけわかることがある。それはこの家の主は私が来ることをしっていたということだ。そうだ家主はどこだ。リビングへと書いていたということは誰かが待っているとそう考えていたのだが誰もいない。誰かが来る気配もない。しかし探しに回るほどの勇気はない。ここでまとう。はやく誰かきてくれ…

「おい、、起きろ」

寝てしまっていたようだ不意に男の声が耳元に聞こえた。目を開けるとそこには若干40歳の髭ずらの男が立っていた。全身黒一色といった装いで銀縁のメガネがよく似合う渋めのその男は夜風に吹かれてきたようで冬の乾いた香りを漂わせていた。

「待たせたな」

「申し訳ない、お前が今日来るとは知っていたものの仕事に中々ケリがつかなくてな。何か飲むか?」

初対面ということも考えなしによくしゃべる人だ。しかし、少し寝たせいで喉が渇いた。ここは甘えよう。

「水を」

「水ね、ちょいまち。ところで一体俺が誰だかわかるか?」

男はテーブルの上に置いてあるデカンタから常温の水をグラスに注ぎそれを私の前に差し出す。不意の質問に答えが詰まったまま、グラスを受け取る。わかるわけがない。

「わからないよな笑」

そういって笑いながら男はむかいの椅子に腰を下ろす。そして神妙な表情に変わり。一呼吸おいて私に告げた。

「俺はお前だ」

医者

「俺はお前だ」男は確かにそういった。若干40歳の男が放ったその言葉は冗談とは思えないような重みと神妙さを内包していた。私は言葉を真に受けぬようにと半ば必死に動揺を隠し全力の苦笑いを浮べた。

「ありえないって思うよな、本当にそうなんだ」

男は言葉を続ける。

「俺は20年後のお前だ。つまり39歳と364日。ついに明日が40回目の誕生日、俺もついに40代さ笑」

「ここは?」

「俺の家さ!立派なもんだろ!______。お前が悩んでいたあの日おれの心は決まっていたんだ、だから迷わずに再試を受けたそしたら見事に受かってな。それで医大を出ていまは医者として働いているんだ、奥さんだっているぞ子どももな笑」

「なんで俺はここに?」

「お前が変な賭けをしたからさ、だからお前はここにいる。ここはお前の未来だ」

普通なら疑うべきだ。しかし、そうもいかない私は昔から迷信深いのだ。こういう類の話はついつい聴きこんでしまう癖がある。この男、見る限り害はなさそうだ。一度まるっきり信じてしまうのも面白い気がしてきた。

「そうか、わかった。ここは俺の未来であなたは俺の20年後で医者。」

「そうだ、その通り。物分かりがいいな、嫌いじゃない」

「ところで何で俺がここに来るのを知っていたんだ?」

「いい質問だな。その通りさっきも言ったように俺はお前が来るのを知っていた。それは今日が初めてじゃないからさ。以前も来たんだよお前みたいに生きづまった奴らがな」

「奴らということは一人ではないわけだ?何人来たんだ?」

「お前で三人目だ、一人目は成人式の日に。それが一回目だ。あのときは驚いたよ笑 家に帰ったら若かりし頃の俺が裸にバスタオルをまいて真っ暗なリビングをうろついてたんだ、あの時は俺も俺で動揺してしまって最初のほうは全然会話にならなかった、でも最終的にはお互いに状況に納得がいって普通に世間話してたけどな笑」

「二回目は?」

「二回目は受験に失敗した日だ。あいつは一回目とはすこし違ったな。すごく神妙だった、思いつめた顔だったよ。まさか二回目もあるとは思わなかったから今日みたいな準備は全くしていなかった。けど、あいつはバスタオル一枚でリビングをうろついたりしてなかった。洗面所の引き出しの中においていた俺の寝巻をきてリビングのちょうど今お前が座っている椅子に座っていた。話かけるとすぐに俺が未来の自分だと気づいたなあいつは。こっちがおどろいたよ笑 それから一通りおれに質問して帰っていった__怖いぐらい冷静な奴だったよ。」

「それで俺が三人目」

「そうお前が俺にとって三人目だ。来ることを予想して服を用意しててよかったよ。それ、ほらおまえの服だろ?60年代もののフィールドジャケットに裏地が赤色のカーハートそして中にチャンピオンのスウェット、下にはラルフのウールパンツを合わせる。おれが19の時にしてた組み合わせだ笑」

この男が言う通りこの組み合わせは私の定番だ、最近の外出はほぼこれといっても過言ではない。

「顔を見る限り、そうだな。よかったあってて笑 準備した理由はお前に裸でリビングに居座られたくないのともう一つある、それはお前が本当に俺の過去かを確認するためだ。外見が昔の俺とは言え、本当に俺の過去とは限らないからな。その確認がしたかった、ほんの遊び心さ笑」

私の予想では私より先にこの家にきた二人の私も間違えなくこの男の過去だ。私のように風呂の中で変な賭けをしてここにきてこの男に何個か質問をして帰っていったのだろう。この男の話はつじつまが合う上に話している間の動向も自然だ、この話と今置かれている状況は信用してよさそうだ。

「ところで質問はあるか?なんでもいいぞ」

「そうだな_____いま幸せ?」

「急にラフで答えに困る質問だな笑 ただ最近は仕事も順調だし家族とも仲良くやってる幸せかと聞かれれば幸せなのかもしれないな少なくとも今のお前よりはな」

「そうかそれだけ聞きたかった少し救われた気がするよ」

「ただな19の俺に一ついいたいことがある。お前の未来は明るいが俺の人生25まではつらいことばっかだった一つ一つにめげそうになるし一喜一憂する。それを乗り越えての幸せだ。つまり俺の言いたいことは、お前の優柔不断な性格を直せってことと一つのことをやり始めたら最後までやれってことだ。それだけは言っておきたい。転がる石にはいつまでたっても苔は生えないからな。」

まさに図星、私の短所を的確に攻撃してくる。やっぱりこいつは未来の私で私はこの男がどこか口うるさい姉のようで嫌いだ。

「わかった肝に銘じておくよ」

「なら安心だ笑____ほかに聞きたいことはないかなんでもいいぞ?」

「いやいい、遠慮しておくよ。もともと決めてるんだもし未来の自分に会ったら、いまが幸せかそれだけを聞くって。色々聞いても面白くないでしょこれからの人生、なんかチートみたいでさ」

「おまえらしいな笑」

「じゃーもう帰ろっかな、ありがとう親切に」

「いやいや短かったけど久しぶりに話せえて良かったよ__達者でな」

「うんまたどこかで」

そういって私はリビングを出てまた風呂場に向かった。こういう類のタイムスリップはきた場所から帰ると相場がきまっている。風呂場の扉を開けると仄かな石鹸の香りが鼻腔を刺激して脳とその思考力を解放していく。風呂に浸かると少し体をほぐして勢いよく潜る。息を止めて30秒、ゆっくりと水面に顔を出した。水滴でぼやけた視界が次第に鮮明になっていく。

「違う」

そこはいつもよりも小さめの風呂場だった。

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  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-21

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