平行感覚【2】

平行感覚【2】

※何度も編集し直しましたが、冒頭からしばらく行頭が上手く反映できませんでした。お見苦しいとこ、お許しください。

2.茨の道

父がいた。母がいた。娘がいた。
父は娘の成長に疑問を持った。父は娘にお土産を渡すと「嬉しくないのかい?」と聞いた。娘は「お父さんが満足したいだけなんでしょう」と言った。父は唖然とし、そのまま何事もないように横切る娘に何も言えずにいた。
母は新たな生命を宿した時、娘に少しの思いを抱いた。だが、娘がそれらに応えることはなかった。

姉がいた。妹がいた。
妹は姉の元に駆け寄ってきて、手を握ろうとした。姉は言葉なく強く、その手を振り切る。そして妹を冷たい目で下げずんだ。先に行く姉の後ろで妹は、突き放された震える手に目を背くことを選んだ。

女性がいた。彼女がいた。彼女に救いの目はあったのか。そこはどこに向けられていたか。女性は彼女に救いの目を見た。それは父や母や妹が女性に求めた感情だった。


 いつもの日。僕たちはそれぞれの部屋に寄っては朝方まで騒いでいた。皆が酔って眠ってしまい。酔わない咲ちゃんが皆に上着を毛布がわりにかけている。誰が誰のかなんておかまいなしだ。
 僕もまた酔わない方で、と言うより眠るのが怖くてまだ残っている缶ビールを手に取る。と、咲ちゃんがジッと僕を睨んでいた。
「不眠症って本当なんだ」
「時々ね」
 適当な会話をし、咲ちゃんが隣に座り缶ビールを一つ空けると勢いよく飲み出した。どうやら本題は別にあるらしい。
「最近、よく行くんだってね」
「どこへ?」
「姉さんの喫茶店」
 姉さんと言う言葉を、とても忌ま忌ましい口調で発音する。
「八重さんに会いに行っていただけだよ。あそこでなきゃ、了承しないんだ」
 僕は何気にそう言うと、ビールを口にした。ぬるくなったビールは苦味が増す。
「何? 佐々木君ってば八重さん狙いなの?」
「そう見える?」
「見えない」
 即答で返事を突っ返されると僕も困ってしまう。たぶん、咲ちゃんが聞きたいことは別のことだ。僕から切り出した方が良いらしい。
「お姉さんとは、随分、仲が悪いみたいだね」
「何か、言ってた?」
「何も」
 僕としては、仲間の事情を深く探索するのは嫌いだったが、咲ちゃんは聞いて欲しそうだった。と、言うより誰構わず一人で憎し気に語り始める。
「いつもそうなのよ。あいつ、父さんや母さんが死んだ時だって泣くこともない。『あんたの面倒見なくきゃいけないわね』ってため息吐いて、私のことなんていつも邪魔者扱いで」
「でも、一緒に暮らして面倒見てくれたんだよね。親戚にたらい回しされるよりマシじゃないかな」
「たらい回しの方がマシよっ」
 咲ちゃんはまた勢い良くビールを口にした。
「子供の時もそう、姉さんは何ものも必要としていなかった。身体中にトゲを持ってて、父さんも母さんも私も油断したら血だらけになる程、姉さんには優しさが欠けてるの。思いやりとかないもの。産まれた時も、産声一つ上げなかったって聞いたことがある。きっと、母さんのお腹の中に置いてきてしまったのよ」
 流石に産声一つってことはないとは思うけど、そんな話を聞くと、彼女の両親も咲ちゃんだけに愛情を費やしていたのかもしれないと思う。だけど、それは自業自得だし、瞳さんはきっと気にも止めない。それが咲ちゃんやご両親にとってどんなに悲しいことだったか。僕はふいに咲ちゃんの部屋の窓際に置いてあった薄いピンクの花の鉢植えを思い出した。
 ほとんど、マンションに帰らなくなっていた咲ちゃんの部屋にあの花は毎日欠かさず水をやっている印象を受けたのだ。その話をすると、咲ちゃんはまたもや即答した。
「あれは、八重さんよ。帰らない住人が戻った時、寂しくないようにってね」
「花、好きなんだ。八重さん」
「姉さんもそうだけど、大っ嫌いらしいわ。本人に聞いたの」
「それなのに?」
「たまたま、置いてあった花。寂しくないように、それだけの理由で十分でしょうってね。八重さんておかしな人よ。ま、姉さんの知り合いだものね。おかしいのが妥当かも」
 咲ちゃんはそう言うと、眠くなったとそのまま横になった。落としそうになった缶ビールを僕はテーブルに置く。
 咲ちゃんは一言付け足した。
「八重さんには姉さんが、姉さんには八重さんがいる」
 それはとても重く、儚い言葉だと感じた。

平行感覚【2】

平行感覚【2】

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-15

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