地の子の能

暗東青濃

破門と旅立ち

 地の神ありけり、その姿山の如く。
 穢れを好み、赤を纏う、荒神なり。
 彼の者大罪を犯した者なり。
 故、不吉な神なり。
 彼の者描かれしは悪である。
 彼の者好みしもの描かれし者不吉である。
 彼等彼の者に愛されし『地の子』である。
 故、我等天を尊び、地を嫌う。
 天尊地嫌(てんそんちけん)
 天は不変の善である。
 彼の者、吉兆を運ぶものなり。
 我等が性を知らせる者なり。
 天に奉じ、地を嫌え。
 不吉を排し、良きを拝せよ。
 さすれば天下太平不落なり。
 
 昔々の遠い昔の話し。
 世界には神と呼ばれる者が二人いた。一人は男神天津(あまつ)、もう一人は女神閻魔(えんま)だ。
 天津は不変を尊び、閻魔は変化を尊んだ。そのため天津は不変の空を作り、閻魔は変化する地を作った。故に空は変わらずそこにあり、地には多くの命が育まれる場所と成った。
 しかし命の母たる閻魔は大罪を犯し地の底に葬られ、人々から悪神と称されるようになり、天津は人々に罪を知らせる様になったと言う。
 それが天尊地嫌の由来と呼ばれる神話のお話しだ。
 天尊地嫌。天の神と違い地の神は悪を成す神であり、天は変化のない善であり地は変化する悪神である。この考え方は現在まで語り継がれ今でもその風習は生きている。
 なんせ本当に神がいるからだ。
 その神がどこにいてどうしているのかと言うのはわかっていないし、姿形を知っている者は現在では誰もいない。だが神はいると誰もが信じている。
 何故なら神の刺青『神印(しんいん)』と呼ばれる刺青があるからだ。
 生まれて誰の手も入っていない清らかな赤子の肌に刺青は必ずある。
 母の腹の中の子供に誰が刺青を入れることが出来るというのか。はっきり言って不可(のう)である。だからこそ、神がその刺青を赤子に入れているのだと信じられている。
 それもその刺青はその人の人生を表すのだからまさに神の告知である。
 例えば、刀の刺青が入った農民がいた。その人物は後に剣豪と呼ばれる程に大成した。
 例えば、金の刺青が入った貧乏人がいた。その人物は富豪と呼ばれ金に困ることはなかった。
 例えば、蛇の刺青が入った優しい人物がいた。その人物は悪党となって死んでいった。
 刺青にはその人の将来が描かれている。人々がそう悟るのはそう遅いことではなかった。だからこそ神はいるのだと信じられている。
 だからこそ、天尊地嫌の風習は今もなお残っていて、地の神閻魔を連想させるものは不吉の象徴とされ、不吉の象徴が描かれている者達を人は『地の子』と呼んで蔑んだ。
 武の最高峰と呼ばれる武士寺(ぶしでら)の一つである玄武山(げんぶやま)の頂上にある道場。そんな場所にもまたそんな地の子と呼ばれる少年がいた。
 彼は正に閻魔と呼ぶにふさわしい体格をしている。背丈は齢十にして大人の背を優に越し、腕や脚は丸太の様に太い筋骨隆々な少年である。しかし、それだけで彼が地の子と呼ばれいるわけでは無い。彼の背には閻魔の姿が描かれているのだ。
 彼の名前は能。名字は無くただの能である。
 人は閻魔の様な身形と彼女が描かれている神印を見て彼を『地の子の能』と呼ぶ。

 能、彼は玄武山から出た事が無い。物心が付いた日には既にここに居て武術に明け暮れる日を過ごしている。そのため親の顔というものを知らない。親代わりだった者の顔は知っているわけだが、彼女からはきっぱりと「己は親では無く、またお前を子と思った事もない」そんな言葉を浴びせかけられている。
 能と彼女は親と子と言う絆を育めたわけ訳でもなく、また能にとっては親であっても彼女にとっては能はただの赤の他人でしかない。それは彼女を親と慕っていた能の心に突き刺さるものだった。
 一時は彼女の気を引こうとした事もある。しかし、彼女は無反応で能を見る目には何の感慨も無い。ただそこにある草木を見ている様な無関心さだけがある。
 自身を見て彼女は何も感じないのだと理解した時など口にも表せない感情の渦が胸の内で渦巻き周りに当たり散らした事もある。それでも彼女は注意も怒りもせず不干渉を貫き通した。同じ場所にいるにもかかわらず、能は親に捨てられたと言う感覚を味わった。
 能が感情を露わにした事はこの時の一度きりだ。彼女から自身は捨て子であると聞いた時など何の感慨も浮かばなかったが、実際に捨てられてみればそんな様なのだから能の彼女への入れ込みようは凄まじいものだったのだろう。
 知らぬ親より見知った他人こそが能の中では親同然の人物としてあったのだろう。
 それでも事実は変わらない。能と彼女の関係はただの赤の他人。それ以上でもそれ以外でもなかった。
 そのことに嘆き苦しみんだ。能にとって彼女以外に拠り所が無かったからだ。
 能は玄武山の武士寺という場所に居場所を見出す事が出来ない。それは誰もが能を受け入れようとはしないからだ。同年代の者すら能を忌避する。そんな場所に自身の居場所を見出す事は能には不可能だった。
 それは、地の子であると言う単純な理由もあるのだろう。だが能が孤独であるのはそれだけが理由では無いのだろう。少なくとも能と同じ境遇の者すらも能を忌避しているからだ。
 すなわち『地の子』である同類とも呼べる者達にすら避けられているのだ。
 誰も彼もが能を避け嫌う。そこに師範、弟子、下人、上人も関係がない。地の子であっても関係の無い話しだ。誰一人として能に寄り添う者はおらず、近寄ろうとする者も、ましてや能自身を知ろうとするものもいない。誰も彼もが能に近寄ろうとはしない。能はひどい孤独感を味わい生きて来た。
 こんな場所には居たく無い。そう何度も能は思った。
 だからこそ、彼が望んだのは玄武山の武士寺から出る事だった。
 外に出ればきっと自身を受け入れて入れてくれる者がいるはずだと思い立ったからだ。もしかしたら、自身が地の子であることを気にしない者がいるかもしれない。友達に、仲間に、それどころか親友とも呼べるものに会えるかもしれない。そう思うと能の外への期待は膨らみ続け、いつしか外の世界へ憧れを感じる様になっていた。
 いつか、此処を出て外の世界を旅して回ろう。そんな願望を持つ様になった。
 だが、その道のりには大きな壁があった。『免許皆伝』立派な武人であると誰彼に認めさせる必要がある。しかし、能にはその権利がないのだ。免許皆伝を頂く試験、それに出る資格がない。
 何故なら、その試験には師からの推薦がいるからだ。
 だが、能にはその師がいない。誰もが師事している師がいると言うのに能には師が付いていない。
 此処でも能は爪弾きにされていた。最初はいたのだ。だが何があったのか能は弟子を外され、それ以降師をつけられた事はない。だからこそ、外に出ようにも師がおらず試験を受けられない。免許皆伝など夢のまた夢。能はまるで武士寺に縛り付けておきたい理由があるかの様に外に出る手段を尽く潰されているかの様な錯覚すら覚えていた。
 しかし、だからと言って諦めるなどしたくは無い。いつか己のことを見出してくれる人が必ずいる。そう思い能は修行に明け暮れた。最初に習った体づくりを愚直に毎日欠かさず行い。その日が来るのを待ち続けたある日のことだ。
 彼女、現玄武山の武士寺の長、前長の娘『北水玄武湖黒(きたみずげんぶここく)』が能の元を訪ねこう言った。
「ここから出ていけ。破門だ」
 場所は鍛錬場。今日はちょうど免許皆伝の試験を行う日で、多くの者が後学の為に見学に向かい能だけがその場にいた時の事だ。
「なんで?」
 能はそう聞き返していた。確かに外には出たい。だが、破門という形で外に出るのには反感を覚えたからだ。
「ここにお前の居場所は無い。出て行け。今すぐだ」
「……」
「出て行かないというのなら、力づくで追い出す。わかったらさっさと行け」
「……今までお世話になりました」
 能は少し逡巡した後頭を下げそう言った。そして、踵を返し荷物など一つも持たずこの場所を後にする事を決意した。
「……」
 湖黒(ここく)はその背を見ても何もいう事はなかった。ただ、能の背が見えなくなるまで彼女はそこに佇むのみだった。
 北水玄武湖黒。彼女こそが能の育て親だ。歳は三十五程で、能を引き取ったのが二十四、五と言う頃だろう。
 誰かの嫁になっていてもおかしくない歳の頃だ。だが、当時の彼女は嫁にも行っていないし、だからと言って子供がいた訳でもないため当然の事ながら乳母の真似事などできる訳がない。
 しかし、それでも能がここに居るという事は湖黒がどうにかしたという事を表している。幸いな事に彼女には友人が多くいたため、そう言った伝手を頼って能を育てたという経緯がある。
 何故、彼女は能を育てたのか。どうしてそこまでして能を生かそうとしたのか。そこには彼女の家族関係というものが関係がしているのだが、彼女は能を憎からず思っていることだけは確かだった。
 確かに彼女は能の親と言う気持ちを持っていないし、彼を子供であるとも思っていない。いや、思ってはいけないと思っている。
 彼女の手は血に濡れている。彼女自身の家族の血でだ。
 そんな人間がどんな顔をして親と名乗ればいいのか、能を子供だと大切に出来ると言うのか。そう思ったからこそ彼女は親でも無いし子とも思っていないと言ったのだ。
「はぁ」
 彼女は一つ溜息を漏らした。
「願わくば、能の旅に幸あらん事を……誰に願えば良いのだろうか」
 湖黒はそう呟いた。

「はあ」
 大きな溜息を能は吐いた。何も持たず、身一つでこの武士寺を追い出された。その事実に悲観しての溜息だった。これからどうすれば良いのか。どう生きて行けば良いのか。何一つわからない状態だったからだ。
 だが、と能は思う。これからは自由だ。そう思うと自然と笑みが溢れた。
「さて、どこに行こうか」
 どこに行こうがそこで何をしようが自身の自由で、もう息のつまる思いともおさらばだ。そう思うと自然と胸が高なった。
 夢見た外の世界が自身を待っている。そう思うと先ほどまでの有つとした気持ちなど何処かに行っていた。
 彼は、一歩階段を降りた。彼は今まで育ててもらった武士寺の大きな門を振り返り見る事はなかった。

地の子の能

地の子の能

人生、誰かから決められた役目だけじゃ無い。 彼の旅の行き着く先には何があるのか。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-02-14

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