音楽師

夢に見たものをなるべく筋は変えずに書きました。
初めてちゃんと書いた小説。
1Q84を読んでいる最中なので、影響受けて似通ったところあると思います。

 まるで「ハーメルンの笛吹き男」の主人公になった気分だと、シュバインは思った。到底笛など扱えそうにない太くて短い指で、シュバインは笛をとても上手に吹いたからだ。
ある村には子供たちがよく動物になってしまうことがあった。それは猫であったり山羊であったり、はたまた村人が見たこともない白と黒の斑模様の熊が出てきたこともあった。だがシュバインが笛を吹くと、たちまち子供たちは元の姿に戻ることができた。しかしその子供たちは一人残らず、助けてくれたシュバインの後をついてまわるようになる。シュバインは子供たちを親元に戻そうとするが、子供たちはちっとも離れようとしない。そうしている内に、子供は一人また一人と、数が増えていく。
 困ったシュバインだったが、子供たちと一緒の生活が気に入ってもいた。子供たちはよく働き、シュバインの世話を進んでやってくれた。そして何より、子供たちはシュバインのことを好いていてくれた。シュバインの相貌や体臭は、人に不快な思いをさせるようにできている。その為一人で町を歩けば人たちに侮蔑の目で見られることが殆どだった。何もしていないのに、人に襲われ捕まえられたこともあった。けれど子供たちと一緒に町を歩くと、人々は皆微笑ましいとでも言うようにシュバインたちを見た。食料を分け与えてくれることもあるほどだ。シュバインは離れなければと感じつつ、どんどん離れることができなくなっていった。
 シュバインたちは寂れて随分前に使われなくなった教会で暮らしていた。シュバインは子供たちと暮らすようになってから、教会からあまり出なくなった。食料や消耗品に雑貨は、子供たちが持ち寄ってくれたから、シュバインがわざわざ町の人たちに蔑まれに出て行くことがなくなったのだ。
 子供たちは一週間に一匹ぐらいの頻度で、動物を連れてきた。その動物は笛を吹くと子供の姿に変化した。動物の姿をしている子供は、人語を喋ることはできない。ただ動物と同じく鳴くだけである。それなのに子供たちは、一度も間違えて本物の動物を連れてきたことはない。子供たちは仲間を見つける嗅覚を持っているらしかった。
 そしてある日、子供たちはこんなことを言った。
「あと三人で、この町にいる全部の間違った姿をした子たちを戻してあげることが出来る」
「どうして三人だと分かるの?」シュバインは声を揃えて言う子供たちに尋ねた。
「分からない。ただ三人だと分かる」
 シュバインは首を捻る。すると子供たちも首を捻った。理解することは出来ないが、とりあえず優れた嗅覚を持つ子供たちがそう言うのだ。きっとあと三人―または三匹―だけなのだろう。
 それから一週間後、教会に大人たちがやってきた。ついにこの日が来てしまったかと、シュバインは残念な気持ちでいっぱいだった。シュバインは子供たちがあまり怒られないようにと、自ら子供たちの親の前に進み出た。けれど親たちはシュバインを憎悪の対象とでも言うような目で一瞥しただけで、横を通り過ぎ子供の元へ行ってしまった。何か言われるだろうと考えていた為に、親たちの行動に驚いた。
「あと一週間で学校が始まるわ、お家に帰ってきなさい」
「嫌だよ。あともう少しだけ」
「あのね、長期休暇だからここでお友達と過ごすことを許したの。学校が始まったらそうはいかないわ。帰りましょう」
「あと少しだけでいいから」
 あちこちから子供と親の言い争いが起きていた。そしてどちらも、譲歩する気にはなれないようだった。
 シュバインはそれを見て、一組の親子に近寄った。
「お母様、申し訳ありません。ほら、君もお母さんに従ってお家にお帰りよ。ここでは家より充分な生活が出来ないでしょう」
 それは本当のことだ。子供の人数は今十五人程。これだけいると、食料を調達してきても一人分の食料は少なくなってしまう。他にも教会には壊れた便器しかないことや、夜は毛布が少なくて寒くて寝にくいこともある。不便な教会にいるよりも、家に帰った方がよっぽど安心して暮らせるのだ。
 だが子供は、頭をふるふると横に振るだけ。
「なんなの? どこかに行ってちょうだい」そして親はシュバインを軽くあしらい、子供をまた叱りつけだした。
 シュバインは変だと思った。普通、この教会で唯一大人であるシュバインが一番に怒られると思っていたからだ。子供より責任を負う大人であるシュバインが、何も言われないのはおかしい。シュバインは別の親子のところに行ってみた。だがどこの親も、シュバインに怒ろうとする者はいなかった。話したくもないほど、嫌われているのだろうか。
シュバインはどうすればいいか分からなくなった。自分が全く怒られず、いつも優しくしてくれる子供たちが怒られているのを見るのは、心が痛んだ。
「皆さん、ごめんなさい。あと一週間でいい、休みが終わるまではここで過ごさせて下さい」
 よく通った、明瞭な声が教会を揺らした。真ん中あたりで一人の男の子が親たちに向かって告げていた。その目は誠実そうで、頑固そうだった。そして教会にいる子供全員がその目をしていた。そのことに親たちは気づき、大人同士が顔を寄せ合いだした。
「一週間だけだぞ。最悪、学校が始まる前日には戻ってきなさい」
「分かりました」
「じゃ、私どもは帰りましょうか」そう大人たちは言うと、ぞろぞろと教会から姿を消した。
 子供たちは喜び、シュバインに抱きついたりしてきた。だがシュバインは状況についていくことができていなかった。
 その日から二日後、子供たちがまた動物を連れてきた。シュバインはいつものように笛を吹き、動物を子供の姿に変えてあげた。これで残り一人―または一匹―となっていた。でもそれ以降、子供たちは動物を連れてこなかった。でも子供たちは必死に探し回っていることは分かった。今までは生活に必要なものを調達する係が町に出たとき、帰りに連れて帰ってきていた。だが今は、殆ど全員が町に繰り出し姿を変えた動物を探し回っている。子供たちに残された時間はあと二日しかない。
 次の日、一人の女の子が動物を連れて教会に入ってくると、皆が喜んだ。これで最後だ。シュバインは安心と共に寂しさも感じた。この数ヶ月の、子供たちと過ごした楽しい生活は今日で終わってしまう。シュバインが笛を吹いた瞬間から。でも子供たちは休みが最後になる明日、家に帰らなくてはいけない。自分が笛を吹かないことは許されない。シュバインは最後の笛を吹きたくない思いに駆られながら、笛に口をつけた。
「良かった、これで最後だ」
「これで皆が救われる」
 子供たちはシュバインが笛を吹くのを待っていた。嬉しそうに待つ子供たちにシュバインは願いをこめて笛に息を吹き込んだ。
「これでシュバインさんも救われる」誰かがそう言ったのを耳にした。

   ♢

シュバインは窓から入ってくる明るい光に反抗していた。最後の日が来てしまった。昨日、シュバインが笛を吹いたことで動物は子供に変わり、子供たちは今日で教会を去る。朝日なんて昇らなくて良かったのにとシュバインは思った。それでもいつまでも毛布に包まっているわけにはいかなかった。なんせ今日は最後の日。少しでも子供たちと話し、一緒に過ごしたかった。シュバインは起き上がると、子供たちのもとへ向かった。
子供たちのいる部屋に行ってみると、子供たちが勢ぞろいしてシュバインを待っていた。
「シュバインさん、今日でお別れですね」男の子が一歩前へ出てそう言った。
「そうだね。とても寂しいよ」
 男の子はシュバインの言葉に厳かそうに頷いた。子供たちは皆、十五歳にも満たない少年少女ばかりだが、誰しも大人びた雰囲気を持っていた。それは動物になる前からそうであったのかもしれないし、動物になってしまってからそうなったのかもしれない。子供たちの神妙な顔つきに、シュバインは別れの時を感じずにはいられなかった。皆、シュバインと今日で別れるのだ。
「今日はあなたの番です」
 男の子が言った言葉を、シュバインは理解できなかった。何の順番だろう。
「さぁ早く、あなたにかけられた魔法を解きましょう」
 シュバインはその時初めて、自分の手に蹄がついていることに気がついた。

   ♢

次の日、町のはずれで学校に向かって、笛を吹く者がいた。

音楽師

音楽師

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-01

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