まるで・にてない・きょうだい

 巣穴には、なんらかのいきものが棲んでいることは、わかっているのだけれど、その姿を、そういえば一度も、みたことがない、と思った。ただの一度も、たとえば、手足の指、ひとつも、尻尾の先、一ミリも。
 朝のバケモノが鳴く頃、切なさに胸をおしつぶされそうになるひとが続出するので、かすみ草が埋めこまれたブローチが、飛ぶように売れる。はんたいに、夜のバケモノが吠える頃には、怒りにみちみちたひとが増えるため、ラベンダーのねりこまれたクッキーが、町の洋菓子店から消える。ぼくたちは、朝と、夜のバケモノの声に、感情を左右されやすいようで、せんせいは、それを、しかたのないことだという。共存してゆく上で、しかたのないことだと。町のはずれの、広大な空き地にある、巣穴に棲んでいる、なんらかのいきものは、朝と、夜のバケモノとは、また異なる、べつのいきものであることは、判明しているのだけれど、町のひとはおろか、この巣穴を調査している専門家ですら、みたことがないらしい。ほんとうはなにもいないんじゃないの、と訝しむのは、せんせいの弟さんで、せんせいの弟さんは、美容師をやっていて、ぼくは、せんせいの弟さんに、髪を切ってもらっていて、せんせいの弟さんは、せんせいのことを、あたまがいいけれどばかなあにき、という。ブリーチした、金色の髪が、せんせいの弟さんは、よく似合っているのだけれど、きっと、せんせいには似合わないよな、と思う。
 ぼくは、いると思います。
 巣穴のいきものについて、ぼくがそう答えると、せんせいの弟さんはすこしふてぶてしそうに、きみはあにきの影響をうけすぎ、といいながら、ハサミでしゃきしゃき、ぼくの髪をカットする。せんせいの弟さんの耳には、ちいさな輪っかのようなピアスがあって、これも、やっぱり、せんせいには似合わないよな、と思う。鏡の前にある、女性週刊誌の裏表紙一面は、かすみ草が埋めこまれたブローチの通販広告で、町のコンビニで売っているブローチの倍近い価格で、販売されている。効果はほぼ永久的に続きます、というその謳い文句から、うさんくささがにじんでいる気がする。巣穴の、れいのいきものに対して、朝のバケモノと、夜のバケモノは、その姿形がはっきりしていて、朝のバケモノは、くびれのある、しなやかなからだの、女性と思しきバケモノで、夜のバケモノは、男とも女とも区別はつかないが、がたいのいい、一見して、クマのようにもみえる、大柄なバケモノである。ぼくは、どちらかといえば、夜のバケモノのシルエットが、好きだ。せんせいは、朝のバケモノの鳴き声が、好きだ。せんせいの弟さんも、朝のバケモノが好きなのだけれど、理由は、からだがえっちっぽいから、なのだという。
 おれとあにきって、ほんとに兄弟かって疑うこと、たくさんあるよ。
 せんせいの弟さんは、歌うように話しながら、軽やかに踊るように、ハサミを動かしてゆく。
 巣穴のなかのいきものの鳴き声は、うわさによると、ぴゃあ、であるらしい。
 おもしろいような、ちょっと、こわいような。

まるで・にてない・きょうだい

まるで・にてない・きょうだい

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-02-12

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND