宗派の儚5️⃣

草也

宗派の儚5️⃣
 

-闇結社-

 一九五七年、初春。その日、風邪気味の草也は夏の気遣いに促されて、近所の病院に出かけた。待合室で、たまたま、ある週刊誌が目に止まった。女優のスキャンダル記事である。草也が驚いたのは、その女優が所属する芸能プロダクションの社長の写真だった。「シフヤの稀代の不動産王の暗躍」と、見出しが打ってある。名前は変えていたが、その男は、草也が流浪している時に出会って共に滝行をした男、まさに、あの青柳ではないのか。

 草也はツキシの料亭で青柳と再会した。その後も何度か懇親を重ねたが、青柳は過去の一切を明かさない。すなわち、侠客にして社会主義者であり、剣と射撃の名手。北九輝と親交がありニニニ事変に濃密に関与した男。北の無念を晴らすために御門暗殺を企図して、紀世に南条暗殺を指示した男である。暗殺失敗の後は執拗な追跡を欺いて、シフヤの大衆の森に潜伏したのであった。
 戦後は闇市を子分の楠と共に支配した。後に、楠はヤクザの組長になり青柳の闇の世界を補佐した。青柳は戦後復興の怒濤に乗じて、一帯の不動産業界の重鎮となった。芸能プロも手がける。
 草也も、一切、詮索しなかった。もちろん、自分の過去にも全く触れない。
 その頃、田山から草也にある相談があった。シフヤを選挙区にするある代議士がトラブルに巻き込まれ、右翼団体『日本皇道連合』の街頭宣伝攻撃、いわゆる誉め殺しを受けていると言うのだ。いつになく田山がこぼした。
 草也が青柳に相談し、青柳が組長の楠に指示した。そして、楠が早々と解決したのである。
 田山が三人を行きつけの料亭に招いた。「我々にも必用だな」と、慨嘆した田山の指示で、彼らは政治結社『共立社』を設立した。楠の配下の某が代表である。
 総統を目指す少壮派閥のリーダーの田山。新興宗教倫宗の実質の指導者の草也。不動産王にして裏組織を采配する青柳。ヤクザ組長の楠。総会屋の芝原。青年代議士の松河という、田山連合ともいうべき闇組織がこうして誕生したのである。彼らは月に一度、第一火曜日に定例会をもったから、この結集体を『一火イッピ会』と呼んだ。
 この後、反田山の与党長老の竹島が率いる『日本皇道連合』は、ことごとく草也と敵対した。会長の栃石は戦中の大陸で諜報機関を率いて、戦後はその隠匿資金を元に与党の一角に食い込んだ。また、フグジマ出身の国家主義者の栃石は、大陸の情報と引き換えに駐留軍の諜報機関と通じていて、あの松元事件にも関与していた。


-姉妹相姦-

 一九五七年、初夏。
 教団の祝賀会に招待されていた紀世は驚愕した。演壇の町長の隣に小百合が座っているのである。隣席に聞くと町長婦人だと言う。小百合はめったに人前には出ない。選挙でもそうだった。忌まわしい過去が発覚するのを恐れたのだ。
 南条の暗殺に失敗した青柳は、小百合と共に首府から逃走したが、間もなく、舞い戻って、親子を装ってシフヤに身を潜めた。
 その小百合を見初めた男がいた。青柳は小百合をある商店主の養女にして嫁に出した。その男がチチフのこの町の町長になっていたのである。
 その日は夫に懇請されて、止むを得ずに壇上に座ったのであった。
 祝宴になり紀世が小百合に近づいた。小百合も驚いたが、紀世が「話がある」と、言うと、躊躇わずに頷いた。紀世が連絡先を教えた。
 次の日の朝、小百合から電話があった。
 その日の午後、ホテルのロビーで落ち合った二人は、何も言わずに部屋に入ると抱き合った。 
 小百合が泣きじゃくる。涙と喜悦で二人は懐かしい性交を共有した。小百合に貞操観念がなかったのではない。しかし、南条暗殺の状況で結んだ二人の性の記憶に勝るものは、二人の世界にはなかったのである。
 小百合が話し始めた。結婚して間もなく、ある老婆が訪ねて来た。「お前の父親はサタケの橘山林木材という名家の前社長だ」と、言うのである。「今、後を継いでいる初江は異母姉だ。亡くなる直前の母親から頼まれたのだ」と、言い、「証拠は太股のリンドウの痣だ」とも、続けるのだった。既に、小百合を女郎に売った義父は何も知らずに死んでいた。
 小百合は自分に女の係累はないと思っていたが、異母姉がいたのだ。だが、自身の忌まわしい過去が重くのし掛かって、訪ねられずにいた。「あなたは橘木材の首府支店長だったと聞いたわ。姉を知ってるでしょ?どんな人なの?」と、言う。
 初めての女であり初めて恋した人と、山中で犯した女が、母親が違うとはいえ姉妹だったと、いうのである。紀世はその奇縁に震撼して罪の深さを悔いた。そして、「貴女と同じく、とても優しい人だ」と、絞り出した。
 小百合は、教団の副会長の宮子は一緒に女郎をしていたのだとも、言うのであった。


-亀裂

 一九五七年、夏。教団の婦人部長と副会長が性交している。四ニ歳の淫奔で乱熟した陰唇が、四八歳の男根に股がっている。女の好きないつもの体位だ。
大柄で肉付きのいい真っ白な女の背中に、赤と紫と青の大輪の牡丹の入れ墨が咲き乱れている。
 その入れ墨に届く髪がほどけて、淫奔な乳房がたわわに揺れる。広げた右の太股には漆黒の森に向かって、金色の蛇が鎌首をもたげている。
 女は発情した獣の卑しい声を発し続けている。慣れ親しんだ互いの性器が、二人の靭帯を示す様にしっかりと結合していた。二人は両の手を握り、既に絶頂のただなかにある女が、割れた媚乱な尻を上下に激しく揺すって、男根に射精を急いている。女はシンランの直系の血縁だとうそぶき、旧教団では女帝と言われた猛女である。
 いったい、この女は何者なのか。戦中の国粋主義者であり皇道派右翼某の情婦であった。その前は女郎である。その右翼に水揚げされたのである。
 ある時、お告げを受けたとして、突然に神がかりになった。右翼がこれ幸いに真宗の寺を詐取して、秘密裏に祈祷を始めたのである。
 終戦の間際に男は死んだが、弟子の高森を色仕掛けで篭絡して、戦後、真宗分派に衣替えしたのである。全ては高森の知恵であった。女は宮子という。

 一九五七年、夏の総選挙。
 ある選挙区で候補者支持を巡って、教団の県組織の内部が対立して分裂の様相を呈した。田山派と反田山派の抗争が原因だった。草也は教団副会長の高森に調整を指示した。迂闊だが、高森が反田山派と内通しているのを、未だ、知らなかったのである。高森は反田山派支持示で動いた。
 激怒した草也が直接、指導に乗り出し、強権を発動して田山派の候補者を支持する事でまとめた。しかし、この事件は、草也と高森副会長の亀裂を教団内外に鮮明にして見せた。
 高森のメンツは丸つぶれだった。草也の豪腕に対しても不満が鬱屈した。事案は解決したものの大きな遺恨を残したのであった。
副会長の高森は、元浄土宗反主流派の一派、「浄土宗常陸本願寺派」の長でもあった。ムサシ一帯の一〇万の信徒を率いて、草也の「浄土宗倫宗」と合併したのである。この合併で倫宗信徒は八〇万に拡張した。
 だから、高森は五人の副会長の中では別格なのである。教団の実力者なのだ。宗教界でも切れ者との評が高い。夏に次いで圧倒的に人気の婦人部長とは、旧組織から肉体関係が続いていた。高森には家庭があったが公然の秘密だった。

「あの若造が。戦争も満足に知らんくせに」と、高森が吐き捨てると、「悔しかったでしょう」と、女が男根を撫で上げた。「本でも書いてりゃいいものを。しゃしゃり出て」「あなた。それが問題なのよ。聖人面して、教団からはびた一文報酬を受けていないって、放言してるけど。出版局を押さえて莫大な印税を手にしてるのよ。それを田山に流してるんだわ。今度だって、私たちの仲間を切り崩すのに随分と配ったって、専らの噂なのよ」女の指が亀頭を転がす。「その通りだ。このままじゃ示しがつかん」男の意志が陰丘を這う。「計画では一〇〇万と踏んでいたが、潮時かもしれん」秘穴を探る。「合併はしたが、そもそも、真宗の正統は俺達なんだ。合併は倫宗を乗っとる方便だったんだからな」女の指が同意した。「夏も外には一切、出ん。これまで選挙を仕切ってきたのはお前じゃないか。まあ、我が方にとってはその方が好都合だったんだが…」陰穴に指が入った。「お前の人気は絶大だからな」女が続ける。「いま割るとすれば半分は固いわよ」女がほくそ笑んだ。「一〇万から四〇万か。不足はないが、一度、ユカワラの先生にご教授を仰ごうか?」「私の役目なんでしょ?」「俺達の願望が目前なんだ。この身体以外に、あの老人を満足させるものはないじゃないか?」「半分で割って総崩れにして、いずれはみんな頂くのよ」と、女が男の下腹に頭を沈めた。「その通りだ。一〇〇万構想の実現だな」と、男は男根を女の口に導く。
そして、反田山勢力の陰謀の手も密かに伸びていたのであった。

 
-国会突入-

 一九五九年、初秋。草也は全学協委員長の唐津と密かに会っていた。正念場だと判断したのである。情勢の帰芻を握る青年に食指が動いた。
 草也の傍らには一億の紙袋が置かれている。唐津はその評とは違い、極めて繊細な若者だった。日々、緊迫する状況の頂上に立っているのだ。震幅し動揺が走るのも当然である。歴史を左右する情況の命運が掛かっているのだ。時代の足音が少壮革命家の双肩にのし掛かっていた。
 唐津は国会突入の計画を詳細に説明した。草也は同意して満足だった。成功するだろうと確信した。「窮したらいつでも来い。骨は拾ってやる」と、草也は言った。

 六〇年国防条約闘争の学生部隊を主導した、新左翼政党の「日本革命協議会(革協)」に、草也は多額の秘密資金を投じていた。学生運動をさらに激化させて、世相を混乱させるのが目的だった。それは田山の策謀だった。この騒乱に乗じて総統を退陣に追い込む腹なのである。岩橋を新総統に据えて、自分は幹事長に座る。総統を目指す田山の策略であった。田山は総統派閥に属しながら岩橋と密かに内通していたのである。
 岩橋は小派閥の領袖に過ぎない。経済に通じ親大陸のリベラル派で、大陸との国交回復を悲願にしていた。基本政策の概ねで岩橋と田山は合致していた。ただ、それを実現するための戦術が違った。岩橋は何事にも平和主義で争いを好まなかったが、田山は手段を選ばない武闘派だ。
 当然、草也の行動は岩橋には何も知らされていない。そうして、田山派と総統派の対立が激化していった。その政界を揺るがす抗争は各方面に波及した。そして、臨界に達しようとしていたのである。

 一九五九年一〇月××日。
「日本労働組合(日労)」がゼネストに突入して五日目。日本全土が騒然として、革命前夜の様相を呈していた。とりわけ、国会を包囲する人民は日増しに増加した。
 ××日。日労と全学協の共同指令で動員された組合員、学生、そして、市民の一〇万人が国会を包囲した。これに全国から結集した右翼集団が対峙する。草也が設立した共立社の構成員もいた。この両者を完全武装した機動隊の大部隊が包囲している。まさに、戒厳令下の様な状況である。
 最も国会正門近くに陣取った革協が主導する学生部隊は総勢五〇〇〇名。これに向けて、唐津のアジ演説が始まった。演説の途中から、あちこちで機動隊や右翼との小競り合いが始まった。唐津が扇動したのだ。演説が終わると本格的な激突になった。
 演壇を降りた唐津は暫く状況を見ていたが、その時、「女子学生が殺された」と、ハンドマイクが絶叫した。「今だ」唐津は子飼いの決死部隊に、かねて打ち合わせの指示を発した。直ちに、一斉に火炎瓶が飛んだ。たちまち、機動隊員の二人が火だるまになった。固く閉ざされていた権力の砦の鉄の門扉が、いともたやすく引き倒された。
 決死部隊が火炎瓶を投げながら、議事堂をめがけて先陣を切って疾駆する。他の学生部隊が後に続く。
 日労の労働組合は門外に留まったままだ。国会を汚してはならないという、革新党の国会議員指導部の指示であった。市民は学生のあまりの過激さに戸惑っていたのである。
 議事堂正面は幾層のおびただしい機動隊で防護されていた。随所に放水車が配置されている。行動隊がたどり着き機動隊と対峙したその瞬間、鋭く笛がなり、一斉に放水が始まり、同時にガス弾が発射された。火炎瓶とゲバ棒、ヘルメット以外は無防備な学生部隊は、瞬時にして崩れていく。ガス弾は水平発射された。警棒や盾でやみくもに殴り倒す。学生の死者は3名、負傷者や逮捕者は多数にのぼった。
 始終を見届けた唐津は修羅場を脱出した。
しかし、大衆は国会包囲を解かなかった。ハンガーストも随所で行われた。
 包囲2日目には老人が焼身自殺して、日労が抗議の遺書を発表した。衝撃が全国を覆った。
 しかし、一方では厭戦感が漂い始めていたのである。日労が全学協の国会突入を批判し始めると、闘いは、じわじわと分裂の様相を呈してきた。日労は、明らかに国会審議に重点を移し始めた。学生運動は孤立しつつあった。
 六月二三日。新国防条約が与党の強行採決で成立すると、直ちに総統が辞任して、岩橋が新総統に選出された。そして、岩橋は田山を幹事長に任命したのである。


-唐津と典子-

 唐津に逮捕状が出ていた。
 その唐津はチチフの教団施設の一角に潜伏しているのであった。
 世話をしているのは、あの類の初恋の人、典子である。典子は師範学校を卒業後、教師の職を得た。やがて、同僚の信徒に誘われて教団に入信した。日も経ずに、夏に気に入られて出家し、夏の秘書になっていたのである。
 唐津と巡り会ったこの時、典子は三〇歳であった。唐津とある男が重なった。初恋の人、類である。孤独で何者かと真っ向から対峙している男。彼方を見ている男。自らは典子に近ずかない男。唐津は類の再来だった。
 典子は唐津に告白した。二人はおずおずと身体を重ねた。典子は処女だった。
 唐津は依るべき前途を見失っていて、全てに怯えていた。射精をためらう唐津に、「あなたの子供が欲しいの」と、典子が促した。
 唐津は典子の寝顔を見ている。寝息すら甘い。菩薩顔である。つぶらな瞳は安らかに閉じられている。豊満な身体。ふくよかで張りつめた乳房の呼吸。白い肌に赤紫の乳首。滑らかにくびれた腹。縦長の臍。盛上った丘に柔らかく繁る薄茶の森。豊かな太股。丸く豊かな尻。
 唐津は声を圧し殺して泣いた。しかし、健康な女体も恋心も、唐津を留める事は出来なかった。唐津のニヒリズムと迫る捜査がそれを許さなかったのだ。教団も幾つかの派閥が出来て、対立も目立ち始めていた。草也は内通を懸念した。
 三日潜伏したばかりで、唐津はある島に逃亡した。そして、間もなく自裁したのである。遺書はなかった。
 やがて、典子は健康な女の子を出産した。継子と名付けた。


 
草也

労働運動に従事していたが、03年に病を得て思索の日々。原発爆発で言葉を失うが15年から執筆。1949年生まれ。福島県在住。

筆者はLINEのオープンチャットに『東北震災文学館』を開いている。
2011年3月11日に激震と大津波に襲われ、翌日、福島原発が爆発した。
 様々なものを失い、言葉も失ったが、今日、昇華されて産み出された文学作品が市井に埋もれているのではないかと、思い至った。拙著を公にして、その場に募り、語り合うことで、何かの一助になるのかもしれないと思うのである。 
 被災地に在住し、あるいは関わり、又は深い関心がある全国の方々の投稿を願いたい。

宗派の儚5️⃣

宗派の儚5️⃣

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-02-12

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