鳥も囀らない、冬

あおい はる

 律のくちびるに、青紫色の、ちいさな花が咲いて、点々と、それは、まるで、生きた芸術品のようだと、医者がそんな陳腐な感想を述べたとき、胸糞悪かったと律は言って、律は、それで、ぼくに、摘んでくれ、と懇願するのだった。
 冬の頃。
 雪深い町は、外界と閉ざされる。ぼくらは、町を出られずに、町のなかで、また、家を出ることすらも困難な場合、家のなかで、冬をやり過ごすしかない。一日、三日、七日、ひどいときは、二十日間も、住民は外を歩くこともできずに、当然、車を走らせることも、電車も、除雪車すらも無意味なほどに、ぼくらは雪に閉ざされた静かな町で、死んだように生きている。
 朝も、夜も、いつまでも変わらぬ白い景色に、ときどき、狂いそうになる。
 律は、さいきん、ほとんど自分の家には帰らず、ぼくの部屋で、本を読み、テレビゲームで遊んで、眠って、朝方になると咲く、くちびるのちいさな花を煩わしそうに、けれど、時折、愛おしそうに触れて、それで、ぼくを揺り起こし、ピンセットを差し出す。強引に引き抜くと痛むというので、ぼくは丁寧に、慎重に、ひとつずつ花を摘み取り、摘み取った花は、テーブルに並べてゆくのだけれど、しばらくすると、花は、跡形もなく、消えてしまう。この世のものではないみたいだ。触れると、生花、のなまなましさは、少しばかり感じられる。やや白みがかった青紫色の花は、律の、健康的な血色のいい肌には、なんだか不釣り合いのように思えた。花の数は、日によって異なる。数が多い日と、少ない日があること、そもそも、人体に花が咲く原因そのものが不明であり、謎であり、医者も解明できないで、ただ、奇異なるものに向けられる他人の視線に、律は耐え忍び、誰に訊ねることも面倒になり、原因究明を放棄し、咲いた花は、ぼくに処理をさせるようになって、それから、花のなくなったくちびるを、ぼくのくちびるに、自然と重ねるようになった。
 朝の、みずみずしく、なまなましい花を失った律のくちびるは、冬の湖のように、つめたい。

「芸術品って、ひとを、物のように例えて、それ、褒めてんのかって、おれからすれば、ただの暴言でしかないよ」

 医者に言われたことを、律は、恨みがましく繰り返し、繰り返し、呪いを唱えるみたいに、自分でもわけのわからない症状に、律は苛まれ、たぶん、平然とした態度をとりながらも、日に日に、壊れているのだと思う。指でようやくつまめるほどの、細やかなねじが、律のなかでひとつずつ抜け落ちているのだと感じることがある。長い冬。しばらく外に出られないと、学校のひとたちの顔を、町のひとたちのことを、忘れそうになる。律と一日中、おなじ部屋にいて、律に支配されて、世界に、ぼくと律だけしかいないような気がしてくる。律が満足するまで行われるくちづけに、つめたい律のくちびるが、ぼくの熱をうばってゆく。息を吐く間もなく、塞がれて、舌をねじこまれ、歯を撫でられ、息苦しさに、律の胸を叩いて訴えると、律はくちびるを離して、薄く笑う。なにも言わずに、口角だけを持ち上げて、でも、なんだか、かなしそうにもみえる。さびしそうにも。だから、今度は、ぼくの方からくちびるをあわせる。律があきるまで、時間など、雪のなかで仮死状態に近い町に、最早そんなもの、ないに等しく。
 鳥も囀らないのだ、冬の町は。

鳥も囀らない、冬

某所にて掲載していた作品を移行しました。

鳥も囀らない、冬

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-02-11

CC BY-NC-ND
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