宗派の儚4️⃣

草也

宗派の儚4️⃣
 
 
-紀世-

 一九五一年。この頃、倫宗の信徒は五〇万に達していたから、住宅街の施設は手狭になって近隣から苦情も出ていた。草也にとっても田山の提案は渡りに舟だったのである。
 古イニシエから霊峰の言い伝えがある高峯山という峯から東に広がる、峰ガ原という一〇万坪の原野が教団の新天地である。田山の圧力で国有林の払い下げを受けたのだ。西から東南に清流が流れ下る。列島の半分を横断する大河の源流のひとつだ。
 草也はこの地を『高峰山真宗倫宗本山』と、名付けた。  教団施設を建設する為の建設会社を設立して、信徒の建築技師を社長に据えた。この男は集成材を研究していた。それを支援していたのが、橘材木首府支店長の紀世である。集成材研究の投資は将来性を見込んでの事だった。紀世は株で大儲けをして裏金融もやっていたから、その資金をつぎ込んでいたのだ。全ては、北の国の本店には内密であった。

 汗の浮いた女の顔が愉悦に歪んだ。駐留軍の横流しのハムが股間を犯している。女は北の山脈の訛りもとれてバーのママに収まっていた。資金はもちろん男が出している。
この瞬間、女は男の奴婢であった。或いは、女自身の性癖が密かに望んだのだろうか。
ウィスキーをあおる男は桜庭紀世である。
 一九四九年の暑い夏だ。
 不様に拡げられた女の両足の先に、紀世が株で儲けた大金が無造作に転がっていた。
 「あの日も暑かった。そして、この女陰を見ていた」

 その時。一九四五年八月一五日。紀世はニ三歳だった。北国山脈の山懐の射撃の師、マタギの源蔵の小屋にラジオはない。電気が通っていないのだ。敗戦の報せが本村の役場から届いたのはその日の夕刻である。
 翌日の昼、紀世と源蔵の娘の妙は、いつもの滝の淀みで秘密の営みを繰り返している。
 「これからどうすんの?」「わからない」紀世は南条総裁の暗殺未遂からニ年間、この集落に潜んで、思い立つと旅に出た。「ここら辺は何も変わらないだろう」「また、首府に行くの?」妙の茂みを撫でる紀世は初めての男だった。そして、ニ一の女は男に溺れている。しかし、男は妙と所帯をもつ気など豪もない。そもそも、結婚を否定していた。それを承知で、妙は自らが隠微に身体を開いたのである。紀世は源蔵に対する懺悔も、さらさら、なかった。
 妙は普段は楚楚としていたが、紀世と交わる時は全身が性器と化す。既に何千回も性交した女の様に熟れていた。性の好奇が新たな性戯を習熟させた。
 そして、若い二人はそれだけで獰猛だったが、終戦の気分が欲望を高揚させていた。
 妙は去年までクンマの紡績工場で働いていた。空爆で会社が焼失して帰ってきたのである。その時には、処女でありながら、同輩の女達の秘術によって膣はおろか尻まで習熟していた。だから、妙の尻は、いとも容易く、紀世の勃起を飲み込んで、交互の挿入に絹を裂く様に嗚咽したのである。
 妙は紀世に促されて、隔離された悲惨な、そして女達の花園の秘密を明かすのであった。
 「紡績では、とっても可愛がってくれた姉様がいたの。会社の夏祭りの夜、その姉様と監督が嵌めてんのを見たわ。工場の隅で抱き合ってキスしてた。そのうち、姉様が後ろ向きになって浴衣をたくしあげて。何かにつかまって尻を突きだした。監督が下着を脱がせたら、姉様の桃色のおっきな尻がむき出しになった。監督のは黒かった。それを姉様のに入れたの。姉様は泣いてた。そして向き直るとしゃがんで監督のを舐めてた。その後、すぐに姉様は辞めてしまった。…夏姉様。今頃、何をしてんだろ…」
 「紡績はそんな事ばっかりだったんだもの。女同士で何でもやったけど、あなたのこれがいい。何時間も遊んで。何でもやっから。ああ」
 妙は一年後に源蔵が死去すると、紀世を追って首府へ出た。そして、紀世の女になったのだった。

 一九四三年の秋。御門外苑で初めての学徒壮行会が行われた。首府帝国大学の学生の紀世は一九歳である。社会主義に傾倒していた。徴兵が眼前に迫っていた。
 「大本営発表はすべてが嘘だ。この戦争は必ず負ける。こんな戦争で死んでたまるか」
 紀世はクンマの織物業の実家に戻った。裕福で紀世は長男である。婿の父親は、「お前は大事な後取りだ。徴兵逃れを議員に頼む」とまで言ったが、暮れも近いその夜、紀世は金庫からニ〇〇万を取り出すと、代わりに長文の手紙を置いて、その足で出奔したのであった。
 北に向かう夜汽車に座って、「俺は絶対に死なない。仲間を殺し、国民を殺し続けるこんな国はいらない。成敗しなければならない」と、寒風を切り裂く窓ガラスの顔が蒼白だった。
 やがて、北国山脈の吹雪く山中に、猟銃を構える紀世の姿があった。麓の町で身支度を整えて分け入ったのだ。この時期の峠越えは、紀世ほどの体躯でも難儀の連続だった。しかし、撃ったばかりの山鳥を焼きながら、紀世は大笑を吐いた。紀世の豪放と楽観が北の山脈に木霊する。紀世は、「まんざらでもない」と、鮮血の滴る山鳥にかぶりついた。

 やがて、山脈の懐深い源蔵の家に紀世はたどり着いた。源蔵はマタギ集落の領袖だ。何も聞かずに紀世を迎え入れた。紀世は猟銃の名手の源蔵から射撃の訓練を受けた。「筋がいい」と源蔵の目が輝いた。めきめき腕をあげて、春の熊獲りでは手負いの山の主を紀世が仕留めた。その頃には、眉間を射抜く名手の腕前であった。絶賛されて信頼が深まった。
 そんなある日、乞食僧のなりをした男が現れて、源蔵が快く迎えていた。
 男は梅島といい、源蔵の目を盗んで紀世を説得するのあった。
 梅島は元陸軍中佐。アイツの出。無政府主義者で確信のテロリストである。
 そして、二人は首府に向かった。源蔵にはすべてが秘密だった。


-小百合-

 首府では青柳が待っていた。青柳は二人に南条総統の暗殺を打ち明けて、冷厳に指示した

 南條の家系は能の一派で、祖父はナンフ藩の藩士だった。
 南條は、一九四一年一ニ月八日の開戦時に総統だ。「敗けを認めない限りは負けてはいない」という、極限の精神論の権化で、あの忌まわしい戦陣訓を作った。四四年七月にサイパン陥落の責任をとって退陣した。
 青柳は、北国の血を引くこの男を抹殺しなければ北国人の恥辱だと確信した。紀世は改めて決意を固めた。

 その夜、紀世の床に裸の女が滑り込んだ。歳上の女は紀世を艶やかに導くのであった。
 紀世は初めてだった。身体を解いた後に、小百合が語った。
 小百合は北国の貧農の娘である。母親は早くに死んで、後妻が二人の男児をもうけた。ある凶作の秋に、父親に僅かな金で売られた小百合は、一五で女郎屋に身を沈めた。
 二十の時に青柳の目に止まって水揚げされ、忠実な女になった。紀世を抱けと指示されたのだ、と、言う。「でも、好きでなければ断ったわ」そう言って紀世の口を吸った。小百合の唇は甘かった。二十三だと言った。
 青柳は、すでに、南条の日課を綿密に調査していて、南条の自宅の近く、通勤路である御門通りの仕舞た屋シモタヤを借りて古書店を開いていた。小百合が主人である。

 二人はその古書店の二階で密やかに接合しながら、機会を待った。
 小百合は、身体を売って凌いできたとは思えない、気品の漂う顔立ちをしている。崩れのない着痩せする身体で肌は白く、「カムイの血よ」と、言った。アテルイが先祖だと毅然と言うのであった。カンム御門の命で東国やエミシを侵略したタムラマロと戦って斬首された遠い先祖の、「その血が流れているの」と、言った。太股の痣を示して、「リンドウよ。カムイの守り花なの」とも、言う。俺にはマサカドの血が流れている、と紀世が言うと、「反逆者同士ね」「だから、こうなったのかも知れないんだわ」と、続けた。
 そして、母から教えられたという唄を唄った。

なぜ新しい唄が唄えるの
カムイの土地が奪われたというのに
恋人が殺されたというのに
ヤマトに犯されたというのに

 
そうよ、そうよ
違う、違う
これは復讐の唄
神に誓う神との契りの唄
隷属を拒む唄
ヤマトにまつろわぬ唄
反逆の唄
そうよ、そうよ

 
 小百合は紀世に夜の世界の全てを教え込む様に、性戯を繰った。
 「女というものはこんなに柔らかいものなのか」と、紀世は思った。夜半、月明かりに裸を晒して、再び二人の股間が結合した。今しがたより艶かしく、紀世の猛る隆起を小百合の膣が、得体の知れない獣の様に奥深く包みこむ。「あなたのは妖しい刀よ」と、途切れ途切れに、「女郎上がりが言うんだから間違いないわ」と、紀世の上で悲しく微笑んだ。紀世はいとおしいと思った。小百合が、「あなたにあげられるものはこれしかない」と、抜き取った陰毛を守り袋に入れて、「私の分身よ」と、耳朶に囁いた。


-敗走-

 そして、その機会がついに到来した。
、その朝のその瞬間、紀世の銃の標準は確かに南条の眉間に据えられていた。 しかし、紀世の必撃の一発は、南条の車馬の前に飛び出した幼子によって、射ち損じ、失敗した。護衛が血眼に辺りを見回す。
 かねての謀議通り、梅島が、「俺が盾になる」と、叱咤して紀世と青柳の二人を逃がしたのであった。
 梅島は警備兵に射殺されたのではないか、逃げおおせた紀世は疑った。「逃げ延びていて欲しい」小百合は祈った。 全マスコミに箝口令がしかれ、直ちに陸軍秘密組織が捜査を開始した。
 青柳らは、てんでに、首府から遁走した。紀世は、漸うに源蔵の家に辿り着いたのであった。


草也

労働運動に従事していたが、03年に病を得て思索の日々。原発爆発で言葉を失うが15年から執筆。1949年生まれ。福島県在住。

筆者はLINEのオープンチャットに『東北震災文学館』を開いている。
2011年3月11日に激震と大津波に襲われ、翌日、福島原発が爆発した。
 様々なものを失い、言葉も失ったが、今日、昇華されて産み出された文学作品が市井に埋もれているのではないかと、思い至った。拙著を公にして、その場に募り、語り合うことで、何かの一助になるのかもしれないと思うのである。 
 被災地に在住し、あるいは関わり、又は深い関心がある全国の方々の投稿を願いたい。

宗派の儚4️⃣

宗派の儚4️⃣

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-02-11

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