一般的に生きる為に

じゅんじゅん

 見舞いに、病院に、本を幾冊か持って行ったら、母はそれを二つ山に選り分けて、片方を指して目を背けた。
「私はね」そして言った。「詩人になりたかったのよ」
 それらは持って帰られた。

 地下街は、無限だわ。
 ビルの谷間の細い小路が続いているのも。そしてざくろ。
 初めてざくろを食べた幼い頃、その赤い粒は永遠に続くのかと思った。何度も白い薄皮に裏切られながら、外殻にたどり着いた時「あぁ」と感じた。宇宙の果てに達したような心持で「あぁ」
 宇宙船「サファリ」は長い航海を漂っていた。船内に残った最後の一人である彼女も、もう出発から何年、初代乗組員から何代経ているか分からなかった。彼女が生まれてこの方見たことのある全ての他人、両親から聞いて、彼らも彼らの親から聞いた話によると、乗組員は、地球を発った時は15人、最盛期には50人に達したという。
 それが今はたった一人。おまけに船は知識の無くなった子孫を予期した自動操縦になっている。しかしどんなに変わろうとも出発時の意欲溢れる乗組員の子孫、彼女は使命に対する熱意を忘れてはいなかった。
 それは宇宙の果てを見る事。それが彼女の存在理由、彼女は毎日窓にへばりついて、宇宙の果てを待っている。彼女が死ぬ前に宇宙の果てが現れるか、現れないか。彼女が勝つか、宇宙が勝つか。
 ある一粒のざくろをつまむと白い皮が現れた。もしやと思って周りのも取る。皮に触れるとそれは剥けて、新たな赤い粒が広がっていた。

「今のこの国はどこかおかしいよ」
 若い友人は言った。
「会社や学校では他人に気を使いすぎるほど気を使う一方、マンションなど集合住宅では隣人の顔さえしらない。
 あぁ、小母さんは違うかもしれませんよ。でも社会はそうなんです。
 学歴中心、人柄はそっちのけ、異端を拒む。どうしてこうなんでしょうねぇ」
 さも軽蔑した素振りの影には、しかし、自分を絶対と考える人間特有の絶望があった。
 あぁ、でも。
「あなたはその世界で育ってきたのよ」
 そして私は少年を抱きしめた。

 O駅に着いたのが8時半。冬の夜は凍るように寒かった。ふと、帰ろうかな、と邪念がもたげる。都バス795番で家の側まで行ける。しかし私は799番のバス停に立っていた。
 O駅はこれからさらに激しくなる西多摩の山岳の入り口。駅前広場に立ち並ぶ停留所は、平地のいくつかの街へ向かうバスと、もっと山奥の集落へ向かうバス用にあった。795番は前者。私の町とは電車で繋がっていないのでここからはバスしか交通手段がない。799番は後者。そして私はこれに乗る。
 つらいのは私だけではない、と思えば思う程つらい。私が死ねば親がつらいし、私が生きれば他人がつらい。誰か偉い人が聞けば、過大評価だ被害妄想だと言うだろうけれど、私にとっては事実。それが問題。
 今夜家に誰も居ないという事が、私に逃げる勇気を与えた。つらさから身を隠すのも生きてゆく一種の手段なの。だから自殺だなんて思わないで。自殺だって、ばっかみたい。笑っちゃうね。真面目に言ってる奴ら、あいつら本当にばかだね。誰よりもその言葉の意味を分かっていないのは、あいつらだよ。あぁ、やだやだ。
 そうね、逃げるまま朝になって、冬山で一夜過ごしきれずに死んだりするかもしれない。でもそれは「ジサツ」じゃあなくって遭難。山で遭難、人生からの遭難。
 799番は42分発。795番は47分発。この寒さの中、5分余計に立っているなんて! 天も私の逃亡を勧めていた。
 腕時計より早く、799番のバスが来た。降りる客が多く、乗ったのは私一人。こんな時間に山に登って行くバスだもの、とさして不安に感じない。乗客は全部で三人になった。そしてすぐ発車した。
 広場を一周して出る時、入ってくるバスの標示を見てはっとした。799番なのだ。じゃあ、これは? 瞬間、全てが一望に推察できた。これはおそらく789番。799番と789番はO駅前では同一の停留所を使用しているのだ。42分の少し前の時間が、789番の到着予定時刻だったのだろう。あぁどうしてもっと、注意深くやれないの? 789番は、近隣の町から丘を登って、O駅の少し先の車庫に入る。もうすぐ終点。だから乗客が少ないんだ。
 最後まで愚かな自分にすっかり嫌気がさした。次の停留所で降りることにしたが、駈けってO駅にもどっても42分のバスには到底乗れまい。795番の47分もしかり。仕様がない。ゆっくり歩いてO駅に戻って、その次の9時16分発の799番を待つことにしよう。
 チャイムを押して、次の駅に着くとさっそく降りる。整理券と共に金を入れようとした私に運転手が言った。
「間違えたの」
「はい」
「じゃあいいよ、お金は」
 そのあっさりさに、えっと思う。何か、違う風が体の中に入り込んで来たが、機械的に
「ありがとうございます」
 と答えて降りていた。ドアが閉まった。
 走り去るバスの後姿を見る内におかしさがこみ上げてきた。しょせん私は少女なんだ。不器用で人間的に未完成な若い人。自分の愚かさがこんなに楽しいなんて! 私はおかしくて嬉しくてたまらなくなった。
 そして帰ろう、と思った。家に帰ろう、帰らなきゃ、今すぐ。47分に間に合わない? いや。
 私は駆け出した。
 駅前広場の入り口に達した時、入ってくる都バスがあった。795番? 分からないけれど、とにかくもう、無理。ここからバス停に着く前に、バスは人の入れ替えを仕上げて立ち去ってしまう。いやまだ別の手がある、と久々に澄み切った私の頭がひらめいた。O駅の次の停留所まで走って行くのだ。バスはその間に、広場を一周するし、人の乗り降りの時間もある。それ程二駅の距離は狭かった。混雑した道路も助けてくれるだろう。私は走った。
 時々、振り返り振り返り。
 47分に乗れないとダメな様な気がする。
 必死な形相で走る少女の姿の何とこっけいなことか。
 でもお願い、バスが私を追い抜かないで。
 確かにバスは私を追い抜かなかった。しかし、ようやっと目指す停留所が見えた時、一緒に動き出すバスの後姿もあったのだ。
「まって!」
 しかし待たなかった。白い排気ガスを吐き出して行ってしまった。
 失望して、けれどもバス停までやって来た。次の時間を確かめる気にすらなれない。苦し気に下を向いてあえぐ。だめだった、私はだめだったんだ。広場の入り口で見かけたバスは795番じゃあなかったということ。おそらく数分後の、別の奴だったということ。私は又、だめだったんだ。
 その時、警笛の音にびくっと顔を上げた。目の前には、いつの間にかやって来た都バスが居た。この停留所を使うのだから、もちろん795番。だまされたように乗り込んで、車内の暖かみを染み込ませている内に、またもや勘違いだったのだと気付いた。私の見た、走り去って行くバスは暗くて判別がつかなかったのだが、同じ位置に停留所のある西武バスだったのだろう。やっぱり広場の入り口のバスは795番だったのだ。やがて、冷え切った体は暖まり、帰途に着く私はいつもの私を取り戻し、他の乗客と同じく自分の方向を見出していた。
 という出来事を、自殺の個所ははしょって、数日後の何かの時間で書かされた、「親切」をテーマにした論文に書いた。つまり、私がmelancholyになっていた事、こっけいな振る舞い、他人である運転手の優しさ。あの優しさが知人からだったら私は立ち直れなかったろう。優しさとは他人から受け取るのが本物で、知人からの優しさは裏にドロドロを控えた嫌なもの、たとえ本心からの優しさであっても知人というフィルターを通すと、それは、歪んだ、手触りの悪い加工を受けてしまう、という風に。
 しばらくたって忘れた頃に返却された原稿用紙に、赤ペンで何かぎっしり書いてあった。
「その考えも一理あるでしょう。しかしせっかくの知人からの優しさをないがしろにするような・・・」
 まぶたが静かに閉まった。そして、そろそろと開けながら、ゆっくり紙をうつぶせにして、何事もなかったかのように、窓に目をやった。
 大丈夫、やって行ける、生きて行ける。
 私はそう呟いてもう一度目を閉じた。

一般的に生きる為に

一般的に生きる為に

思春期の苦悶についての短い情景の綴りです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-02-10

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