人はそれを運命と呼びます

mitsuki

  1. 第1話 ちょっとだけ特別
  2. 第2話 リプレイ
  3. 第3話 ありふれた運命

第1話 ちょっとだけ特別

――ネクタイの結び方が、ヘタ。
 (はな)が初対面で明典(あきのり)に抱いた印象は、まあそれくらいだった。
――笑顔がぎこちない。
 明典が初対面で花に抱いた印象は、わりとよくあるものだった。
 その印象はすぐに変わっていくのだけど、当時は誰でも二人を見たらそう思っただろう。
 そのとき、二人はお互いちょっとだけ特別だった。会社の採用氷河期時代、唯一、一緒に入社してきた同期同士だった。
「これから」
「よろしく」
 それからおおよそ七年後、ちょっとではないくらい特別になるのだけど。
 まだそんなことは知らない二人は、警戒した猫同士のように少しだけ歩み寄って、挨拶をしたのだった。



 木島(きじま)明典はハンサムだと言われる。
 この時代にイケメンじゃなくてハンサム? 昭和っぽいってこと? そう後輩の女の子たちに聞かれると、先輩の男性陣はそろって答える。
「モテるけど、腹立たないやつだから」
 当の明典は、「昭和生まれだからですよ」とおっとりと笑う。男女問わず紳士的で、背が少し低いのを本人は気にしているらしいが、女の子たちの憧れのお兄さんだ。
 雪代(ゆきしろ)花は個性派女優だと言われる。
 美人って言ってあげないんですか。後輩の男の子たちに聞かれると、先輩の女性陣は口をそろえて言う。
「まだあなたたちじゃ早いわよ」
 当の花は、「変わり者なもので」とそっけない。わりと冷たい印象だが、一部の男の子たちの間には熱烈なファンがいる。
 そんな明典と花が同期同士だということはみんな知っているが、二人が一緒にいる印象はあまりない。二人が採用された当時、会社は大変な時期だった。電話はなりっぱなしで、悲惨な残業体質だった。二人も例にもれず新人の頃から激務で、遊びに連れて行ってももらえなかった。
 でも明典と花は違ったやり方でその氷河期を乗り切って、今は会社の中堅どころとしてオフィスを支えている。
 ところで、明典と花が隣人同士だということはさすがにほとんど知られていない。というより、本人たちも長らく知らなかった。
 明典の方が少しだけ早くそのことに気づいて……そうでなければ、二人の一歩は進まなかったに違いなかった。
 三日前から風鈴の音が止まっている。明典はため息をついて立ち上がると、お隣のインターホンを鳴らした。
「木島さん?」
 花は表面上冷ややかに戸口に出た。
 入社して七年目。それはそのまま二人の付き合いの長さでもあるのだが、花はそういうことで打ち解ける性格ではない。
「ちょっと気になって。雪代さんの部屋のエアコン、壊れていませんか?」
 明典も自分でおせっかいだとは思う。お隣の電化製品の具合など放っておけばいい。
「ここのところ急に暑くなってきたでしょう。大丈夫ですか?」
 エアコンそのものはどちらでもいい。けれど明典は、その部屋にいる花の具合は心配だった。
 たかが同期、されど同期。熱帯夜に花がエアコンの壊れた部屋に一人いるかと思うと、明典もよく眠れなかった。
「大丈夫です」
 花は目をそらして答えた。全然大丈夫じゃないようだった。
 二人の間に微妙な沈黙が流れる。だいたいにおいて、二人はこんな感じだった。
 たぶん放っておいたらずっと黙っている、性懲りもない硬直状態。明典が昭和のハンサムの力を発揮する。
「涼しい部屋で一緒にファミコンしませんか?」
 その言葉は、同じく昭和生まれの花の心にぐさっと刺さったらしかった。
「ファミコン、あるんですか」
「おととい復刻版を入手しまして」
 折しも花のエアコンが壊れたと思われる日。明典は必殺の一手に出たのだった。
 花の目が揺らぐ。一瞬遠いところを見て、個性派女優らしくきりっと開き直った。
「お邪魔します」
 堂々と明典の部屋に向かっていく花の背中を、明典はほっとしたように見守った。

第2話 リプレイ

 まあ雪代さんならそうだろうな。明典の思ったとおり、花はにらむようにゲームをしていた。
「そのいやらしい攻撃やめてください」
 花はちっと吐き捨てるようにして文句をつける。
「すみません。こういうゲームなもので」
 でも明典は、目の端で花の姿を見やりながらほのぼのしていた。その態度は、彼女が入社してまもない頃と同じだったから。
 入社したての頃、花はよく歯に衣着せず話す癖を叱られて、可愛くないといじめられたりもしていた。実際、仕事ではその癖は足を引っ張る。花もそれに懲りたのか、今では話し方でトラブルになることはなくなった。
「木島さん、ウノとか得意なタイプでしょう」
「よくご存じで。そのとおりです」
 ただ明典にはその入社当初の自分を知られているとあきらめているのか、気が抜けると明典への話し方がぞんざいになるのだった。
「そもそも私、ファミコン世代じゃないんです。スーファミ世代です」
「あ、俺もです」
「そうなんですか?」
 明典を振り向いてちょっと笑った花に気づいて、明典はやや目を逸らしながら口元を押さえる。
 花には知られたくない。男なんて、結構ちょろいものなのだ。
 ……いつも不愛想なのにたまに見せる笑顔がすごくかわいい。俺、この子好き。入社して三日くらいでそう思ってしまったこと。
 さっきまでほっこりと様子をうかがっていたのに、途端に花の方が見られなくなる。こういうところが、自分はイケメンでないゆえんだと思う。
 ゲーム自体は十回対戦して十回とも明典が勝ったのに、全然勝てた気がしないのが自分らしいと明典は思った。
「で、エアコンはいつ直るんですか?」
 ゲームオーバーの画面のまま花にお茶を出すと、花は難しい顔をしてそれを受け取る。
「自分で直しますから」
「いや、無理でしょう。業者呼びましょうよ」
「今週はお休み取りたくないんです。忙しいので」
「雪代さん、だめです」
 明典はため息をついて言い返す。
「必要なんですから修理しましょう。体壊しますよ」
「大丈夫ですよ。エアコンくらい」
 むくれ顔で明典をにらむ花は、ちょっと元気がなかった。連日の熱帯夜で疲れているらしかった。
 しかもまだ夜八時なのに、すでに花の目はとろんと緩んでいる。無防備な顔に、明典は体が熱くなる感じがした。
「木島さん、どうかしたんですか?」
 ……いや、待て待て。明典は素直すぎる自分の体に泣きたくなりながら頭を押さえる。
 花に悟られたくない。男はいきなり襲い掛かったりはしないが、変にスイッチ入っちゃうお馬鹿な生き物なんです、と。
 昭和のハンサムの名にかけて平静を取り戻すと、明典はおっとりと笑う。
「じゃ、俺と付き合いませんか?」
 花はあからさまに頭に疑問符を浮かべた。今の文脈で、何がどうなってその提案になったのか。まじめに考えてしまうのが花だった。
「そうしたら涼しい彼氏の部屋に泊まれますし、不在の間に彼氏に鍵を預けてエアコンの工事をしてもらってもいい。いいことがいっぱいありますよ」
「そう……ですか?」
 花は首を傾げながら問いかける。
「彼氏ってそういうものでしたっけ?」
「世間一般ではそんな感じです」
 明典が堂々と言い切ると、花はじっと明典をみつめる。
 まずい、やっぱり不審がられてる? 明典が下心を見抜かれたかとひやひやしていると、花は不意ににこっと笑った。
「いいですね」
 その言葉に明典が驚いたのも無理はない。承諾云々というより、花が笑ってくれたことが意外だった。
 明典が言葉もなくまじまじと花をみつめていると、花は部屋の隅にころんと転がる。そのまま就寝体制に入った。
 復刻版の親切設計なのか、ゲームオーバーの画面は時間切れで、もう一度起動画面に戻っていた。

第3話 ありふれた運命

 翌日の昼、花はいつものようにお弁当を取り出して席で食べ始めた。
 花が勤めているのは田舎の土建屋で、近くに食事処もないので同僚はだいたい昼に食堂に行く。けれど花は出張がない限り自作お弁当だった。
「今日は麺にしよっかなー」
「やめときなよ。前も外れメニューだったじゃん」
 後輩たちが午前の仕事を終えて、だらだらと食堂に向かっていく。それを見送りながら、花は昨晩の残りのマリネをつまんでいた。
 昼ごはんは十分くらいで終わって、もそもそと書類の整頓をする。これも別に昼休みにやらなくてもいいのだが、習慣だった。社会人になったし机の上は綺麗に、書類が埋もれていたら大変だし、どうせだったら習慣に以下略。花の日常は無数の習慣でできている。
 机が整頓される頃には同僚たちが食堂から戻って来る。生暖かい目で見守りながら、さあ午後もがんばるかと心の中でひっそり伸びをして、デスクに向かおうとしたとき。
 午前中姿が見えなかった明典がオフィスに入ってくる。その瞬間明典と目が合って、花は硬直する。
 昨夜のおぼろげな記憶を思い出した。そっと首筋に跡をつけていったキス、後ろから抱きすくめられた体。
 もっと露骨な対価を要求されることも考えた。別にそれでもいいと思っていた。でもやっぱりというか、明典はそんなことはしなかった。それくらいは、七年間でわかっていた。
 露骨に目をそらした花に気づいたのか、明典は自分の席について携帯を取り出した。
 花の携帯に着信があって、ラインを開くと「エアコン直りました。」と絵文字もそっけもないメッセージが明典から入っていた。
 そういえば入社したときに携帯番号を交換したのを思い出す。そのとき花はガラケーだったが、一応明典の電話帳には残っていたらしい。そして花も、一度も使ったことがないのに明典の電話番号を残していた。
 ちょっとうれしかった。ささやかだけど、つながりが絶えていなくてよかったと思った。
「ありがとうございました」
 夜、花は明典の部屋を訪ねた。仕事が遅くて菓子折を買う時間がなかったので、ひとまずお気に入りのレトルトフルーツカレーを持参した。
「こんなに早く直してもらえるなんて」
「俺は反省しました」
 花が首を傾げると、明典は苦笑する。
「俺、一度もラインすら送ってなかったんですね」
「機会がなかったからでは?」
「機会って、作らないとないんです」
 明典は花から借りた部屋の合鍵を取り出す。
「エアコンは直ったので返します」
 ところで、と明典は鍵を花の手に置きながら言う。
「昨日、起きてたでしょう」
「わかってたならやめましょう? 寝込みを襲っちゃだめですよ?」
 花が上目遣いに問いかけると、明典はごくんと息を呑む。
「彼氏がキスしちゃだめなんですか?」
 花は一拍考えて……ややあってむくれた。
 二人だけの同期。それだけだと通り過ぎることだってできたはずだった。
 連絡先を消してもよかったし、一緒にゲームだけしてもよかった。付き合ったとしても、別れたっていい。
 でもキスされて、嫌じゃなかった。……もっとしたいって、思ってしまった。
「わかってないですね。キスっていうのは」
 案外運命って、これくらいありふれているのかもしれない。花は明典の耳に口を寄せて、何事かささやく。
 明典は少し耳を赤くして、花の体に腕を回す。
 唇を合わせた二人は、後輩たちが嫉妬するくらいお似合いのカップルだということをまだ知らない。

人はそれを運命と呼びます

人はそれを運命と呼びます

エアコンが壊れた。暑すぎる夏からようやく始まった、スローラブストーリー。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-02-09

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