愛犬ペレとの "愛"

はじめに
 人と犬との関わり合いは何時の時代からなのか?以前は狩猟や番犬という人間社会の道具としての扱いから始まった。その後、欧米の上流社会で貴婦人の愛玩に…そんな時代の彼らは犬社会の延長として何を思い過ごしたのだろうか。しかし昨今のペットブームはそんな時代から人間主体の飼われ方になっている。ただ可愛い・犬でも飼おうか。オスが良い、いやメス。小型犬いや大型犬と、単に犬でも…という安易な求め方が不幸な結果を生んでいることに無性に腹が立ち、悲しいと言わざるを得ない。そんな反面、人生を動物との生活に愛情と情熱をかけた人々がいる。人それぞれの生き方であり、決してそれだけを認めるのではないが動物たちと共に生活をと思うなら人の子と同じように愛情と思いやりをかけて責任をもって飼う気持ちの人でないとその資格はない。
    

                            『やってきた』生後四十五日目
 「ねえ!パパ。菜摘、犬を飼いたいナ」
長女の菜摘が、ある日そんなことを云った。
「だめだ!だめだ!家じゃ、犬を飼うなんてできないよ」
父はけんもほろろに言葉を返した。
 「何で飼えないの?」
 「何でって菜摘、誰が世話をするんだ。簡単に云うけど、犬を飼うって大変なんだぞ。しつけから散歩、食事の世話。病気、それに“わんわん”吠えて近所に迷惑だ。そうだろう」
 「だって!菜摘ほしいんだもん」
小学生の三年になったばかりの菜摘には、昨年、父の仕事の都合で引っ越して間もない事もあり、近所に友達もおらず、母はパート勤めで、学校から帰っても同居する父の母親である、おばあちゃんとの日々で何か物足りない毎日であった
 「でも、ほしいんだもん。菜っちゃんがちゃんと世話するから…ねえ!飼ってよ」
 「じゃあママに云ってごらん」
 「分かった。ママがいいって云ったら飼ってくれる?」
 「だめだって云うよ。ママだって」
そんなやり取りをしての一週間も過ぎたある日の夕食の時、菜摘がこんな事を言いだした
 「あのね。弘子ちゃん家で、プードルの子が産まれたんだって、でね菜摘に飼うんだったらあげるよって云ってくれたの。ねえ、パパ貰っても良いでしょう」
もう、あきらめたのかと内心ホットしていた
父の真一は、ちょっと顔をしかめて妻の美鈴
へ目を向けた。
 「この間ママが云ったでしょう。ダメだって!」
 「菜摘、ちゃんと世話をするから、お願い!良いでしょう」
この頃の菜摘は誰に借りたのか犬の絵本を見ているようで帰ったらおばあちゃんに一生懸命、犬の話をしていた。
 「どうする、パパ」
美鈴は困ったもんだと真一に投げ返した。
 「どうするって、今も云ったように無理なことだ」
そんなやり取りを聞いていた祖母が、おっとりとした口調で云った。
 「真一、美鈴さん、ここの所菜摘は犬のことばかりで勉強も手に付かない様だよ。このままでは、だんだん気持ちが萎えてしまうんじゃないかい。頭ごなしにダメダメと云うんじゃなく、もっと真剣に菜摘の思いを聞いて決めたらどうかね。私は良いと思うけどね」
 「おばあちゃんは簡単におっしゃるけど、一度飼ったら最後まで責任が付いて回るんですよ」
美鈴は、のぞき込むように菜摘を見据えた。誰も犬が嫌いではない、真一も幼い頃から父が猫や犬を飼っていた。その頃は室内で飼うのではなく庭に犬小屋を置いて餌を与える時と散歩だけの面倒で、それも父がしていたので真一には特に苦労のない飼い方であったし
、猫は散歩の必要がなく食事も母が時間毎にやっていたので、単に可愛い可愛いという扱いの生活であった。しかし、この度は勝手が違う、室内犬として自分たち家族が面倒や世話しつけのすべてをしなくてはならないだけに、安易な妥協でΟKを出すわけにはいかなかった。とにかく、菜摘の思いを傷つけず思い止めさせる事を…と思うのであった。
 「なあ菜摘。ママもパパも犬が嫌いじゃないんだ。この家で飼う事は菜摘だけの気持ちではダメだと言うことだ。もう一度みんなで話して決めよう」
取りあえず食事の場では一旦話題を打ち切った。菜摘が寝入ってから、美鈴と粗母を交え真一は犬を飼う事について話し合った。
犬と言う動物は誰もが嫌いでないと云うことは分かったが、さて面倒を見ると言うことについてはそれぞれの立場と生活リズムの違いがある。単に可愛いからとか、好きだと言うことだけでは続かない。どう家族で分担し愛情をかけ、育てられるかと云うことで自分たちの家族同然に責任と気遣いをする必要がある。ほんとに死に水を取るまで面倒を見られるのか、そんな話があってからも菜摘の飼いたいという気持ちは日増しに膨らんでいた。
三月に入ったある日、とにかく一度、一週間ばかり試験的に菜摘の友達宅から子犬を預かって家族で生活をしてみようと言うことになった。
 「おはよう」
日曜日の朝、菜摘の顔を見た真一は
 「菜摘。あれからママとも色々話し合ってね一度、お友達に一週間だけ預からして貰ってほんとに菜摘の家で飼えるか試してみよう」
 「ほんとに、ほんと!わーい」
 「まだ飼うかどうかはわからないよ、ちゃんと世話が出来るかやってみてからだから」
 「分かった。じゃあパパ。友ちゃんに電話するね」
 「ああ、そうしてみなさい」
 「あのねパパがね。犬預かってみてもいいってママ。ねえ、おばあちゃん。パパが良いって」
菜摘は満面の笑みで美鈴と祖母に、そう言いながら友美に電話を掛けた。
 「もしもし、友美ちゃんいますか?もしもし」
菜摘はもどかしげに両手で持った受話器に話しかけた。
 「もしもし、友ちゃん。なつちゃん。あのね犬いる?」
どう、話をするのか菜摘は懸命に相手に伝えようとしているらしい。
 「あのね。パパが一度、預かってみてもいいって云ってるの。一週間練習してみて大丈夫だったら飼ってもしいいって。ね、だから今日あとから行くから。うん、そう。じゃあねバイバイ」
いとも簡単な会話である。
 「パパ。友ちゃん、わかったって」
 「ちゃんと云ったのか。一度預かって練習してからで、まだ飼えるかは分からないって。そう云ったのか・うん?」
 「うん。云ったよ」
どうも曖昧だ。本人はもう飼うつもりでいるらしい。
朝食後しばらくして、真一と美鈴は菜摘を連れ、高井さん宅に出向いた。歩いても十分足らずの所にある高井さん宅は自分たちが引っ越した新興住宅の一角で第一期に分譲された
住宅地にあった。
 「ごめん下さい。佐藤ですが…」
 「はーい」
ドワが開いたと同時に、愛くるしい小っちゃな犬が足下にまとわりついた。
「どうぞ、どうぞ。お待ちしていました。さあ入ってください」
 「どうも、いつも菜摘が仲良くしていただいて」
挨拶もそこそこに三人は居間へと上がった。
その間もトイプードルの“ラン”は愛想を振りまきながら歓迎の仕草か、しっぽをちぎれんばかりに振り、じゃれてくる。
菜摘は?と思いきや、いつの間にか奥に行って友美と子犬が入れられているゲージをのぞき込んでいるではないか。
 「菜摘!お行儀が悪いぞ」
 「まあまあ、良いじゃないですか。いつも菜摘ちゃんとは良いお友達で、こちらこそ喜んでますのよ」
 「いや、こちらこそ転宅して来てまだ慣れないもので、菜摘は友美ちゃんが一番の友達になったようで仲良くしてもらって」
 「で?一度体験してみられます?」
 「ええ、昨日も家族で話したんですが一週間ばかり家に預からせて頂いて…と云うことでご承知戴ければと」
 「そうですよね、どうぞ。実際に犬の居る生活をされて大丈夫というお気持ちをもたれた方がいいですよ。私たちも初めに飼うって友美が云い出してから、この“ラン”をブリーダーの方から引き取るまでに色々悩んで指導を受けましたから」
 「そうですか。私も子供の頃、家では犬を飼ってたんですが何しろ庭に繋ぎっぱなしの番犬でしたので実際、室内で飼うなんて未経験ですから、ちょっと心配もあるんですよ」
 「そりゃそうですよね。子供が一人増えたのと一緒ですから」
そんな話をしている間、菜摘は友美と子犬をゲージから出して、この子が良いとか、こっちの子にしょうかと、もう夢中である。
 「ねえ、パパ、ママ。この子男の子だって
、この子にする。いいでしょう。可愛い」
 「どうぞお父さん、お母さんも行って見られたらいいですよ」
促されて、二人は菜摘が抱きかかえている子犬の方へ腰を上げた。
トイプードル。もともとフレンチプードルと呼ばれ十五世紀頃、ドイツのプードルがフランスに移入されたのが始まりで、フランスの上流階級の貴婦人に好まれ欠かせない存在となった。その後改良され、ミニチュアが誕生、更に十八世紀のルイ十六世の時代にトイプードルと言う小型犬が誕生したと云われている。日本には一八六五年イギリスのショーに初めて紹介され、のちにアメリカを経て一九五0年日本に上陸以後、スタイルと気質の良さで一躍人気犬種の座を獲得した。
そもそも、フランスではカニシェ(むく犬)
と呼ばれ、泳ぎが達者でハンターが打ち落とした獲物を川や沼湖からレトリーブ(回収)
するのが得意で、その為に水中で作業しやすい様に、また冷たい水温から守り、体を保護するために心臓や関節の回りの毛を残し、その他を刈り込むクリップという独特のスタイルが特徴でもある。また、抜け毛・体臭がほとんどなく室内で飼うのに適していることも人気の要因で、今やプードルの年間登録数は一万三000頭前後だが、その九割強をトイプードルが占めている。
 「ねえ、パパこの子がいい」
菜摘は、すでに自分で選んで抱きかかえている黒い小柄なプードルに決めていた。
「どれ、うむ。可愛いナ。この子で良いのか」
 「友ちゃんのおばちゃん。この子連れて行っていい?」
 「なっちゃんが気に入ったのならいいわよ
。でもパパとママとの約束を守って、とにかく一週間飼ってみて、ちゃんと決めるのよ」
 「はい!分かりました」
菜摘はしっかりと自分の胸に抱えて“なっちゃんのお家に来るんでちゅよ”と甘えた声で問いかけると子犬はクウィーンと甘え声で菜摘の顔をペロペロと舐め回し、短い尾をちぎれんばかり振っている。
このプードルの親は成犬でも体重わずか三Kgに満たない小型で、父は関東の大会でチャンピオン犬の称号を持つ血統の優秀な血筋だそうだ。この子犬は今年の一月二十三日生まれのオス三匹メス一匹のうちの生後四十五日目の男の子である。
 「それでは高井さん。この子を預からせてもらいます。いろいろありがとうございました。じゃあ、友ちゃんありがとうね。また、なっちゃん家に見に来てね。ありがとう」
「友ちゃん。ありがとう、明日学校から帰ったら来てね、バイバイ」
一通りのドッグフードと今までの生活状況や性格・しつけなどを聞き受け、子犬用のリード(引き綱)も頂いて高井家をあとにした。
帰りはまだ、外に連れ出したことがない子犬は菜摘が大事そうに抱え家路へと向かった。待ちかねた祖母が玄関で、今や遅しと待っていた。
 「お帰り。で、どうだったの?」
 「はいただ今。どうって、菜摘が抱いてる子がそうだよ」
めがねを外した祖母には小ちゃすぎて目に
入らなかったのか、犬の姿が見えないことで
不思議そうな顔をした。
 「ええ、そのぬいぐるみのような黒い犬がそうなの」
祖母は、菜摘が抱いているのはてっきり黒い犬のヌイグルミで、連れてくる犬はもっと大きくて白い犬だと勝手に思っていたらしく“えぇっ!”と云う顔をした。とにかく試験的にという事で預かった子犬は、連れ帰った後も至っておとなしく菜摘と一緒にじゃれたり遊んだりしていた。すでに、おしっことうんち”はしつけたとは云っていたが、我が家へ来て今までと違った環境や居心地にどう反応するかが心配であった。一週間の体験飼育ではあるが、すでに真一・美鈴の中にはもう手放すことは出来ないなという思いがしていた。当然、これからの生活で家族全員がこの子犬の面倒を最後まで責任もって見られること。毎日の世話を人の子と同様、愛情をかけて出来るか。飼い主の中には途中で飼いきれなくなって捨てたり、手放す人が毎年数え切れないほど出ている。飼い主の身勝手な都合で保護センターや保健所に連れ込まれる犬が後をたたない。一時的な感情で飼ったばかりに不幸な生涯となる犬たちは人間の勝手な考えの犠牲以外に他ならない。特にプードルは他の犬種と違って、グルーミングをしっかりとしてやらなければならない。当然、食事代・美容代・医療代の他、用品など費用がかかる。預かったものの本当に死ぬまで面倒を見れるという答えを出すには悩むところだ。ところが一日・二日といっしょにいる日が増すほどにその愛くるしさで癒してくれる存在は、もう離しがたい気持ちが募る。ただ、おしっこのしつけが今ひとつ出来ず、菜摘と夢中で遊んでいるとチョロっとお漏らしをする時がある。
 「ダメじゃない、ここでするのよ。わかった」
美鈴が抱き上げトイレの場所へ連れて行き、はい、オシッコ”と声をかける。もう少し時間が掛かりそうだ。そんなこんなの日々が過ぎ、改めてどうするかを決める一週間目となった。食事後の食卓は誰となく押し黙ったままで菜摘だけがプードルを抱いて、いとおしく体をさすっている。
 「どうだ、菜摘その子の面倒をしっかりと見れるか?菜摘が真剣に飼いたいと言うなら
、パパもママもおばあちゃんもこの子をここに置いてやろうと思う」
 「うん、なっちゃん、ちゃんとやる。約束できる。だからパパ、ママ飼って!」
 「よし!わかった。飼おう。いいねママもおばあちゃんも」
 「ええ、もうこの子がいないなんて考えられないものね」
 「そうだよおばあちゃんも面倒見るから」
 「よかったね。もう大丈夫だからね…もうここの子だから。パパこの子の名前つけて」
 「そうだナ。まだ飼うかどうかと思ってたから、名前つけてなかったな。パパはね、昔
、ブラジルのサッカー選手の黒人で“ペレ“っていう有名なサッカーの神様って言われた人がいたんだが、この子も黒くて何でもジャンプしてキャッチすることが上手だしプードルのサッカー犬のようだから“ペレ“ってのはどうかなと思ってるんだよ」
 「うん、なっちゃんのほっぺもペロペロ良く舐めるしね。ペレでいい」
 「なんだか変な名だね。ペレって?昔は犬の名は太郎・次郎だったよ」
置いてもらえる事が分かるのかペレと名前が決まった黒のトイプードルは大きくしっぽを振りながら、ピョンと菜摘から飛び降りると室内を駆け回る。
 「よーしペレ。お前は今日から我が家の長男坊だ。菜摘がお姉ちゃんだからな。今度の休みにペレの物を揃えに行こう」
一週間の体験飼育をして真一は、ペレが我が家に来てからの家族愛がいっそ深まったと思えた事やペレとの生活は必ず菜摘の成長にいろんな経験をもたらし心を豊かにしてくれるだろうし、年老いた祖母にも日々の生き甲斐を与えてくれると思えた。思いがかない飼うことが決まってひと安心したのか、その夜は菜摘とペレは仲良くベットで安らかな寝息をたて朝までゆっくりと寝た。



                         『初めての注射』生後六十六日目
 「おばあちゃん、ペレの事ちゃんと見ててね」
朝は早く起きた菜摘が学校へ行く前、ペレの散歩の役をちゃんと果たしていた。おばあちゃんに留守番の世話を託しペレを抱き上げて
 「ペレ。おばあちゃんと待っててね、悪さしちゃダメだよ。なっちゃん学校だから帰ったら遊んであげるから」
それは、もう弟であり自分が世話をするのだという自覚が出た言葉であった。真一・美鈴もそれぞれの仕事に出かける前に、祖母に世話を頼みペレにも言って聞かせて家を出るという毎日だった。そんな日々の中、祖母とペレだけの昼間、ペレは今までにない行動をした。体験飼育の一週間は見知らぬ居場所と環境の違いや親から離された不安もあって初めはサークルに入ることもムズがったり、見る物への好奇心からか匂いをかいだり吠えたり
、咬んだりといたずらをしては菜摘からダメっと叱られていたがそれもようやく落ち着きを見せ始めた頃であった。
もう、我が家に来て二週間(生後六十六日)を迎えようとしていた。犬は生後二ヶ月少しで三種混合ワクチン接種の時期で抵抗力の弱い子犬が伝染病に感染する予防のために生後六十日前後に一回目、さらに一ヶ月後に二回目の接種が必要とされている。法律で定められた狂犬病予防以外は任意とされているが 可愛い愛犬を守るためにもしておくべきだ。近くの動物病院へ接種に出かけた真一と菜摘は、行く道中の車の中で、何処に連れて行かれるのかと不安げなペレに
「ペレ、ちょっと痛いけど病気にならないように注射をするんだよ。分かった?大丈夫だから」
菜摘は膝に抱いたペレに向かって顔を挟んで
言い聞かせた。心なしかふるえているようなペレは、ジーィと菜摘を見ている。
 「さあ、着いたぞ。菜摘」
 「ペレ、行くよ。大丈夫だから」
院内には二・三人の飼い主が思い思いのペットを連れ診察を待っていた。大型犬のラブラトール・中型犬のダックスフンドなどいろんな犬種がいる。トイプードルであるペレはまったくそれらとは違い、今でも体重一・四Kgの手のひらに載せるぐらいのミニである。
 「昨日お願いしていた佐藤です。ワクチンの接種をお願いします」
 「はい、まあ可愛い、それじゃこの診察申込書に必要事項をお書き頂いてお呼びするまでお待ち下さい」
飼い主名・犬名・生年月日など必要事項を書く。その間も待合室では、大きな体に似合わず怯える犬や、他の犬に向かって吠える犬など騒々しい。ペレはと見ると菜摘の腕につかまりながら他の犬を不思議そうに見たり、時には怯えるように体を小刻みに震わしてはいるが吠えもせず静かに抱かれている。
 「お嬢ちゃん可愛い犬ね。なんて名?」
 「ペレです」
 「ペレ、変わった名ね、何の種類?」
 「トイプードル」
 「へーえ、プードル。何だかプードルじゃあないみたいね」
我が家に来てまだ、一度もカットに行っていないため、真っ黒な毛が伸び放題の状態で他から見ればプードルの特徴であるプードルカットを思い浮かべたのだろう。プードルは独特の上毛と下毛があるダブルコートという毛質で、その上定期的に刈り込むことで汚れることも少なく手が掛からず匂いもほとんどないという犬種である。
 「こんなちっちゃな子にワクチンするの?ちょっと可愛そうね」
ご婦人は自分が連れているダックスをそっちのけで菜摘が抱いたペレが気になるようで、ひとしきり聞いている。
 「その子はどうされたんですか?」
真一が菜摘に話しかけている年輩の婦人に訪ねた。
 「この子はもう老犬でネ。いろいろな病気にかかってるんですよ」
 「何年飼ってらっしゃるんですか?」
 「もう十六年になりますよ」
犬は生まれて3ケ月目で人間で云うと5才
となり、1年で十七才。1年半で二十才、三年目からは3才づつ年を加算する。その計算からだと、このダックスフンドは十六年であるから人間ではもう八十才という老犬だ。
 「そりゃ長生きですね」
 「でもね。何時死ぬかと思うと悲しいですよ。お嬢ちゃんもその子、大事にしてあげてね」
 「うん、いい子だもん、私の弟だもん!」
 「そう、弟なの」
優しい眼差しでその婦人は菜摘とペレを見守っていた。(佐藤―さん)奥から呼ぶ声がしてペレは診察に向かった。飼い主は待合室で…ということで、心配な気持ちを抑えて先生に預けた。しばらくして、どうもペレらしいおびえた声が奥から聞こえて来た。
 「パパ!あの声ぺレだよ!痛がってる。ねえ、パパ」
菜摘は背をいっぱい伸ばして奥の診察室をのぞき込んだ。キュイーン・キューン、甲高くそしてか細い声は、(痛いよーやめて~ょ)
と切なく聞こえる。大丈夫だ…いや大丈夫かな。ちょっとばかり気になる。獣医の(もうすぐ終わるよ、よしよし痛かったか?)まもく声がして院の女性が、少しばかりぐったりした感じのペレを抱きかかえて、こちらに出てきた。
 「はい、終わりましたよ。小ちゃいので足の血管に注射してますから、この脱脂綿はもう少し付けておいてくださいね。お大事に」
悲しそうな目で先ほどの元気も何処えやらのペレは菜摘が受け取ってもじっとしている。
 「ありがとうございました。さあ、行こう
。じゃあお先に」
誰となく挨拶をして病院を出た。
 「パパ、大丈夫かな?」
菜摘は何やら弱々しい姿でじっとしているペレを車に乗ってからも心配し続けた。
 「初めての注射で痛かったのと、ちょっとびっくりしたのとで気が滅入っているんだろう。帰えってしばらくしたら、又元気になるよ」
とはいうものの、真一も大丈夫なのかと心配であった。家に帰った後もサークルに入って
、じっとしたままのペレは美鈴が餌を与えても拒むような仕草であった。
子犬の場合、どうしても親元から離れて新しい環境になったことで体のバランスが崩れ食欲が減退することがある。ペレの場合は兄弟の中でも食欲が余り旺盛でない子だったので
、高井さんがドックフードを砕いて蒸かし状にして注射器のような物でペレの口に流し込むという与え方をしていた。美鈴はその与え方を教わってショップで同じ容器を購入して
、こちらに来てからもその方法で食事を与えていた。
 「どうしたのペレ!食べないの。お腹空いてるでしょう。はい食べなさい」
美鈴が口を開けてフードを入れてやってもどうも舌で押し戻す仕草でのどを通らない。
 「今,ほしくないんじゃないのか」
 「でも、今日はまだ、朝も食べてないのよ
。どこか具合いが悪いんじゃないかしら」
ワクチンを打ってから、もう三時間近く経つっていた。帰ってからずっとサークルで身動きもせず、といって寝もせずじっとしていた
。特に小柄なペレにとっては何か不都合があるのか、とにかくもう少し様子を見ることにする。しかしその夜もほとんど身動きせず、どこか弱々しい感じのままで朝を迎えた。いつもは美鈴か菜摘の布団の脇で寝入っているペレはその夜はサークルから出ようとせず、じっと横たわったままであった。翌朝の六時頃、美鈴が朝の支度をしつつサークルを見るとペレはいつもの寝姿というより容態が違うように見えた。ダイニングで朝刊を読んでいた真一は美鈴の呼びかけでペレの様子がおかしいと感じた。
 「パパ!ペレの様子どうも変よ」
急いでサークルへ見に行くとペレはベタッと横たわり、お腹の息づかいが異常に早い。昨日は結局、水を少し飲んだだけで食事を口にしないままであった。
 「どうも変だな。病院に電話してみるよ」
真一は昨日、三種混合のワクチンをした動物病院へ連絡を取った。
 「もしもし、昨日ワクチンをしていただいたプードルのペレの佐藤です。先生、おられますか?……もしもし、先生ですか。昨日ワクチンをしていただいたプードルのペレの佐藤ですが、実は帰ってからずっとペレの様子が変なんです。ええ、食事もとらず何か弱々しい感じで今もサークルで横たわっているんですが、息づかいが異常で…今から連れて行きますので診察していただけませんか。ええ
、十分ばかりで着きます。はい、じゃあ、よろしくお願いします。」
 「美鈴!今から、ペレ診てもらいに行くよ。会社へは、ちょっと遅れるって連絡しておくから」
真一は急いで車を出しに行く。美鈴はタオルケットにペレを包みガレージへと急いだ。
 「ママ!どうしたの?」
菜摘が、眠気眼で二階から下りて来た。
 「ペレの様子がおかしいからパパが今から病院で診て貰うって、菜摘は学校でしょう。心配しないで用意しなさい」
 「ペレ大丈夫。死んじゃうの?」
 「大丈夫よ。ちゃんと診て貰うから」
真一は大事に助手席のシートにペレをおいて
病院へ向かった。
 「お父さん、この子小っちゃいのでワクチンの量を少し控えめにしたんですが、どうもその成分のどれかが体に合わなかったようですね。ちょっと脱水状態もありますので、二・三日入院してもらって様子を診ますがよろしいですか?たまにこのような症状の出る子がいるんですよ。何があわなかったのかは特定できませんがね」
先生からの診察判断であるのだから、仕方がないが、これでは二回目のワクチンは大丈夫かと心配だ?とにかくこの場は先生にゆだねて、ちゃんと治療をして貰うことにする。とにかく元気に帰ってくることを祈りながら
 「では、退院の日はまた連絡しますので」
入院中の四日間というものは、魂の抜け殻とでも云うのか、家庭内は誰となくペレの話題を遠ざけているような感じであった。時折、菜摘が“ペレどうしてるかな。寂しがっているかな。なっちゃんのこと忘れてないかな”
と独り言の様につぶやいたが誰も返答をしなかった。入院して四日目の夕刻、待ちに待った病院から“今晩の七時頃、迎えに来てください”という一報が入った事で、誰からとなく互いの目に喜びの光が飛び交った。
 「パパ!ペレ帰ってくるよ。もう病院にいなくて良いの?」
 「ああ、元気になったって良かったな菜摘また遊んでやれるな」
 「うん、パパもう注射しないでね。注射したらペレが可愛そうだから」
 「そうだな。でも注射しなかったらもっと怖い病気にかかったりするから…先生に良く聞いてみよう」
気が焦って七時まで待てず六時を回って家を出た。やっと、あの愛くるしいペレとの再会である。どんなに待ち遠しかったか。真一と菜摘はワクワクしながら病院へ急いだ。
 「今晩わ。ちょっと早いんですが佐藤です」
待合いは相変わらず四・五人の飼い主と犬が順番を待っていた。その中に先だっての年輩のご婦人の姿があった。
 「どうも、またお会いましたね」
 「どうも、今日はペレちゃんは?」
 「三種混合のワクチンを打って貰って具合が悪くなりましてね、入院してたんですが、今日退院だって云うもんですから」
 「それは心配ですね」
 「佐藤さん。中にお入り下さい」
二人は急いで診察室へと入った。台の上でペレが顔を見た瞬間キューンキューンとしっぽをちぎれんばかりに揺らし、今にも先生の手から菜摘に飛びつこうと喜びを表わにした。
 「ペレ!なっちゃん。迎えに来たよ帰ろうね」
菜摘はペレに駆け寄り思い切り抱きしめた。ペレはもう、なりふり構わず菜摘の顔に手をかけ舐めまくっている。よほどうれしかったのだろう。菜摘はペレのどんな仕草もされるままに、もう離さないといわんばかりに抱きしめている。
 「一応、点滴と栄養剤を補給しながら様子を見ましたが、もう大丈夫です。ただ、ワクチンの成分でこの子に合わないものがあると思われます。来月の二回目のワクチンも、したほうが良いのですが」
 「先生、また今回と同じ症状が出るのでしょうか」
 「うむ。何とも言えません。まあ、良く考えて。今はもう問題ありませんから」
専門の獣医が曖昧な回答をして次ぎも分からないでは、どう判断して良いやらである。
とにかくこの場は支払いを済ませて、近づいたら考えることにする。とはいえ支払いは4日間の入院治療で四万円という高い費用であった。可愛い息子の為だが獣医の信頼との引き替えならまだしも、ちょっとと云いたくもなる。それでも、やはりペレが帰ってきたことでまた家の雰囲気が明るくなった。その後は今まで以上にペレへの思いが強くなり、誰もが絶えず意識してペレの状態を観察するようになった。結局、二の前となる事を恐れ翌月の二回目の三種混合はやめることにした
。その分、しっかりとペレの健康状態に目配りして定期検診だけはかかさず、恐ろしい伝染病や病気に掛からないよう家族全員が気をつけるようにと話し合った。。


                           『可愛くカットされて』生後五ヶ月目
そんな心配も何時しか過ぎ、我が家に来て五ケ月目となって、やっと外とのふれあいが出来る時期が来たことからおめかしとおしゃれをして、近隣の仲間にお披露目の前に記念すべき初めてのカットをする日を迎えた。知り合いの方に紹介して貰って、プードルの専門トリマーがいる美容院に予約を入れた。それまで、菜摘とママが中心となって“トイレや
、習慣・しぐさなどを教えていた事で、飼い主との上下関係はペレの性格性もあってか、しっかりと信頼の絆で問題なく覚え込んでいたし理解している。時には留守番をさせなくてはならない事もあって“今日は賢くお留守番ですよ”といい聞かせての日も、出た玄関から耳を澄ませると一声も吠えることなく、帰ったときドアを開けると一目散に迎え出て寂しさを表わにするときはちょっと可愛そうだったかなと思うが、ちゃんと留守番も出来る子であった。犬によっては留守番をさせると決められた場所以外で排泄したり、留守中
、吠えている子がいるのも少なくない。このような行動は、ひとりぼっちにされた不安から来るもので犬はもともと群で生活していた動物なので群から取り残された状態の留守番はパニックを起こしてしまうためだ。
ペレのちょっと気がかりなことは幼いときから食が細いため手移しで食事を与えている事で、今も美鈴が朝夕二回蒸かしたドックフードを注入器で口の中に入れてやる事を当然のように受け付けていることである。時には別の骨付きビーフやドッグフードを入れている容器から自分で食べてはいるのだが“主食はママが食べさせてくれる”という気になっているのはどうかと思う事だ。それも可愛さあまりのママの甘やかしが原因で美鈴が病気にでもなったら、ひと騒動で誰がペレの食事の世話をするかが今から思いやられる。予約した美容院に来たペレは、以前連れて来られた病院のイヤな思いが残っているらしく、道中車からの景色を見つつ“僕を何処に連れて行くの?また、あのイヤな病院?”という感じでキューンキューンとか細い声で絶えずおびえた様子であった。菜摘はそんなペレに
 「ペレ今日は病院じゃないよ。きれい・きれいしに行くんだよ。怖くないから」
そんな言葉もペレには知らない道と知らない風景に絶えず車内を動き回っていた。
プードル本来のクリップは体高(首のすぐ後ろにある肩の間の背の隆起から地面までの長さ)三十八センチ以上の大型で水猟犬として使われていた時に水中での作業がしやすく、冷たい水から心臓や関節などを保護できるようにとハンター達によって考え出されたカット方法で、そのほか交配品種の改良によって体高二十八センチから三十八センチ内のミニプードルと体高二十八センチ以下のトイプードルのタイプが生まれ、今や、その毛色もブラック・ホワイト・シルバー・ブルー・アプリコット・カフェオレなど多彩なバリエーションのトイプードルが室内犬として人気がある。それぞれのカット法もまた、トリマーの手腕で編み出されているし、毛色によっての性格も、また人間でも十人十色があるように
、たとえばブラックは落ち着きがあり、ホワイトは従順で人なつこく甘えたなど個体差はあるが性格が違うと云われている。
 「いらっしゃいませ。佐藤さんですね。トリマーの向井です。よろしく」
若い女性のプードル専門のトリマーさんだ。店内は犬に関係したあらゆる物が展示され、カラフルで華やいだ感じで清潔感もある。ペレは“ここは病院じゃないぞ。僕みたいな姿の写真や家にある僕が遊ぶおもちゃと一緒の物などがいっぱいある。何処だろう”という感じで目をパチクリさせながら菜摘の腕で首だけ動かし店内を見渡している様子である。
 「お嬢ちゃん。この子かな。ペレちゃんだったかな。はい、じゃあ預かります。で、お父さんどんなカットにされますか?」
カットにもそれぞれのプードルに合うスタイルクリップバリエ―ションが季節や体系によって幾通りかある。軽快でモダンな印象のコンチネンタルクリップ、ゴージャスな印象のイングリッシュサドルクリップ,四股は太くボディは短く刈り込んだスポーティングクリップ、脚の下部と尾先、頭部以外を極端に短く刈り込んだサマーマイアミクリップ、生後一年未満の子犬用ショークリップのパピークリップなどやその他、丸みとボリューム感が魅力なビションフリーゼカットやクマのぬいぐるみのようなムクムク感が可愛いテディベアカットが代表的である。
このうちイングリッシュサドル、コンチネンタル、パピーの各クリップスタイルはドッグショーに出場する指定クリップであり、ラッピングなどのおしゃれクリップも楽しい。また、ホワイト犬では犬用の酸性カラー剤でのオリジナルカラーリングで魅力とセンスを出すのも個性的でステキだ。
向井トリマーがいろんなカットのサンプル写真集を見せてくれる。見るほどに可愛い感じで迷う。
 「菜摘、どのカットにする?」
 「なっちゃん、クマのベアーがいい。これ、なっちゃんが持ってるクマのぬいぐるみと一緒だもん」
 「そうですね。ペレちゃんにはベアーカットがきっと似合いますよ」
 「じゃあ、テディベアーカットでお願いします」
 「はい、承知しました。お嬢ちゃん可愛く仕上げるからね。お父さん二時間ばかりお預かりしますので、出来たらご連絡します」
 「じゃあ、よろしくお願いします。代金は」
 「お支払いはお迎えの時で結構ですので」
トリマーが菜摘から受け取ったペレはキョトンとしたしぐさでおとなしく抱かれて二人を見送った。どうも病院ではなく、何となく安心した様子だ。綺麗にして貰うのが分かるのかな。少しの間、向井さんの云うことを聞いておとなしくするんだぞ。一旦、帰って午後の四時を回った頃“出来ました”との連絡が入り早速、迎えに行く。
 「佐藤です」
 「あ、はい可愛く出来てますよ。向井さーん来られました」
 「はーい。ペレちゃん。お待ちかねですよ。はい、可愛くなりました。見てください」
 「いゃあ、菜摘、すっかり変わったな。ほれ!」
 「わあぁ!可愛い、ペレペレ、可愛くなったね。耳にもリボンが着いてるよ。パパ帰ったらママもおばあちゃんもびっくりするね」
 「いい子にしてましたよ。一応、シャンプー・耳掃除・爪切りもしてありますから、それと体重は2・2キロでした。じゃあペレちゃん、又来てね」
「ありがとうございました。おいくらですか?」
「はい、ありがとうございます。六千五百円です」
すっかり、アイドルらしくなったペレは自分の姿が変わったことが分かるのか“どうだい僕のスタイルかっこいい?“とでもいう様に車の窓から得意げに行き交う車に姿を見せようと背伸びしている。
ガレージに着くなり菜摘は一目散に玄関に走り、可愛くなったペレを見せようと急いだ。
「ママ、ママ、おばあちゃーん」
「何、大きな声だして」
「見てみてペレ!可愛くなったでしょう」
「まあ!ほんと。ペレいい男の子になっちゃって。可愛いわね」
 「おや、ほんとにあんなちっちゃな子だったけど、こうして散髪するとしっかりした犬になったね」
 「おばあちゃん、散髪じゃないよ。カットって云うんだよ。ベアーカットって」
 「そう言えば、プードルらしい感じがしないよね。何、そのベアーってのは?」
「へエーそんなカットもあるんだ。これで幾ら?」
「六千五百円って云ってたよ」
「六千五百円!人並み以上だね。これを毎月するんじゃ大変」


                            『近所にお披露目』
さあ、いよいよお披露目の日。早速、菜摘はリードを付け、パパと一緒に散歩に出かけた
。近所にも多くの家で犬や猫などのペットを飼っていた。今までは公園などで見ていたが
、今日からは仲間入りだ。夕食前の公園はそれぞれが自慢のペットを連れて散歩する人たちが来ている。
 「あら、佐藤さん。お宅も飼われたの?なっちゃん。なんて種類なの、その犬?」
 「プードル、トイプードル。ペレって云うの」
 「ええ、トイプードル?違うんじゃない、お父さん、そうなんですか?」
 「ええ、そうですよ。ちょっと変わったカットをしたもんで」
 「そうなんですか。でも可愛いですね。こんなちっちゃくて、もうどれぐらいなんですか?」
 「今、六ヶ月目なんです。でも大人になっても三キロまでの小型犬で親が小さいですから」
 「そう、なっちゃんに丁度良いお相手でいいですよね、うちなんかこのポインターでしょう、もう散歩も大変!主人がこれがいいって云うもんですから、といって散歩もご飯も全部私なんですよ」
犬を連れているだけで、いとも親しげに初対面の人が気軽に話しかけてくる。
 「まあ、可愛い。なんて名?」
 「ペレ」
 「ペレちゃん。ペレちゃんいい子ですね。はいはい、そう、いろんなお友達がいるでしょう」
この公園での犬友達としての挨拶はこのようにしてその日の散歩で知った五・六人の飼い主の方とパートナー犬との面接?お近づきのセレモニーで始まった。これによって、この公園仲間の一員として認められ互いのメッセージや情報交換などに参加できるのだ。およそ一週間を経て、ひと通りの常連犬との顔見せが終わった。そんなお披露目で始まった散歩時間はペレも多くの友達ができ、毎日、学校に行く前と帰ってからの菜摘との散歩に“ねえ、なっちゃん早く早く”とおねだりする程であった。
日に日にたくましく成長する、と言っても我が家に来て一年になろうかとする一月でも体重は二・五キロのコンパクトさだ。この時期は至って活発な活動が見られ、UFΟキャッチャーと言うゲーム機で獲得したぬいぐるみをえらく気に入って頂戴!頂戴”の催促。放り投げてやると本来の獲物を追いかけ捕まえるという本能を発揮し、一目散にぬいぐるみ目がけて飛びつく。何度となく放り投げているうち、ものの見事に直接飛びついて前足と口でダイレクトキャッチをするまでの正確さである。まるで名のごとくサッカーの神様ペレの犬版である。更に口にくわえたぬいぐるみを首を振り床にたたきつける。これは捕獲した獲物の止めを刺すと言う行為の現れであろう。人間の世界の一員と自覚していても、生まれ持ったプードル特有の狩猟犬(本来は泳ぎが達者でハンターの撃ち落とした獲物を川や沼から回収するのが得意)としての血が騒ぐ様だ。この時でも主人との上下関係はくずさず、取ったぬいぐるみを菜摘が“持っておいで”と云うと手元まで持ってきて素直に離す。こんな遊びを覚えつつ、ペレは日増しにかけがえのない子として我が家での生活を満足しているようだと思っていたのだが、決してそうとも言えない問題が起こった。


                          『ペレとおばあちゃん』生後八ヶ月目
どうも祖母との関係が今ひとつだという。昼間、真一と美鈴は仕事に出かけ、菜摘は学校なので祖母以外は居ない。日頃のペレのいい子ぶりから昼間の祖母との二人っきりの時も仲良く、しっかりと留守番をしているとばかり思っていた。全員がそろう夜でも祖母も今まで特に云わないものだから菜摘と元気に遊ぶペレの姿に気にもしていなかった。
ある日曜日の朝食が終わって、祖母がこんな事を言いだした。
 「真一、美鈴さんちょっと話があるんだよ」
改まっての言葉に二人は顔を見合わせた。
 「なに、改まって?」
 「いやね、大したことじゃないんだがね。ペレ…いやいいよ」
祖母は言いかけた言葉を飲み込んだが、ペレって言いいかけたことで…美鈴が聞き返した
 「いまペレって云った?ペレがどうかしたの?おばあちゃん」
祖母は、いつの間にか居間で話をしている横に来て三人を見つめているペレに目を向け
 「いや何でもないよ。大した事じゃあないから」
何やら奥歯に物が挟まった言いようが気になる。ペレは祖母が何を言おうとしているのか
分かっているようでじっとお座りをしたまま三人の顔を伺っている。菜摘はどうしたのか?さっきまでペレと遊んでいたようなのに
…・・少し沈黙の時が流れた後、思い切ったように祖母が言った。
 「いやね。ペレが悪いんじゃないんだよ。私が不注意だったんだけど…実はこのところペレは私の言うこと聞かないんだよ。三日前のお昼に私はちょっとうつらうつらしていた時、ペレが私のめがねをくわえて振り回してたんで驚いて取り上げ様としたら、ここ咬まれちゃってね」
祖母は右手の親指を見せた。
大したキズではないがはっきりと傷跡が残っている。
 「まあ、ほんと歯型が残ってるじゃない!」
ペレはどうも自分がしたことの話であると察した様子でおもむろに腰を上げ、しっぽを下げてその場から離れようとした。分かっているのだ。
 「待ちなさい!ペレ!」
真一の声でペレは立ち止まり、声の主にうつろな目を向けた。真一はペレの方へ立ち上がるとペレはすぐさま寝転がって腹を見せる仕草をした。服従の姿勢である。
日頃、母との昼間どのように過ごしているのかをあえて聞かなかったが、どうもペレは祖母のことを自分より下だと思っているようである。幾ら家庭内でペットとして飼っていても群で生活をする犬は相手がリーダーと見なした場合は従順に従う生活をするが、その逆で自分自身がリーダーだと判断した場合は相手を従えようとするのだ。
これを放っておくと手の付けられない事になりかねない。しつけは当然、愛情を持って接する事が基本で犬の要求を満たす態度は甘やかしとなる。人間の言うことを聞いてくれるから人間が主人だとは言えない。換えって犬の方が自分の言うことを素直に聞く部下と勘違いさせてしまう事になる。どうも祖母に聞くと昼間のペレを自由奔放にしているようである。確かに吠えたり勝手に家を出たりしないので、いい子なんだがかまってやらない事がペレにとつて寂しく、自分に気を向けてもらうためにいたずらをする。それでもかまってくれない時は、それなら僕の自由にさせて貰うよとばかり好き放題をする。そこで何をするのとばかり遊んでいる物を取り上げようとすると“じゃまをするな”とばかりガブッと相手を威嚇するのだ。祖母はペレとの二人っきりの時間が長いのに、ほとんどかまってやらない事で退屈なのとかまつてくれない寂しさをそんな行動に表しているようだ。
 「ペレ!ちょっとおいで」
真一はペレを抱きかかえ、顔を自分のほうにに向けてこう言った。
 「何故おばあちゃんの手を咬むんだ?こんな風にお前も咬まれると痛いだろう」
真一は抱いたペレの前足を加減して咬んだ。
“キャン”ペレは予期もしない事に驚いて真一を見る。その目は半目でしょぼしょぼとして許してと訴えているようでもあった。
 「ペレも咬まれるといやだろう?これからしちゃダメだよ。ところでおばあちゃん、昼間はペレとどうしているの?」
真一は二人っきりの時、祖母がペレとの時間をどう過ごしているのかを聞いた。
 「どうって、ペレは自分で遊ぶし、そりゃ、たまには私の所に来ることもあるけど、私は自分のすることをしているので特に放っているよ」
それがいけないんだよ。もっとペレとの時間に気配りをしてやらなければ…と言って、祖母に負担をかけるわけにもいかないしな」
 「ペレ!」
何時帰ったのか菜摘の声でふてくされたように部屋の隅で寝ていたペレは一目散に声の方へしっぽを大きく揺らしながら行った。
 「おばあちゃん、ペレは寂しいんだよ。一緒にいるのにかまってくれないことが…だから気を引こうとしてるんだ。まあ、ちょっと度が過ぎるようだが、今のままではおばあちゃんはペレより下の立場だと思われているので自分の好きにするだろう…と言っておばあちゃんに昼間、絶えずペレを監視したり、時間を費やしたりするばかりでは疲れてしまうしね」
 「そんな風に思ってるのかいベレは」
 「ああ、その証拠に菜摘には決して咬んだりしないでしよう。菜摘は朝夕の散歩や休みの日は絶えずペレの事を思って相手をしているから、ペレは“この人は僕の主人だと認識しているんだよ。それと美鈴は食事をくれる人と知っているし、私は相手をするときは徹底してスキンシップを図るようにしているからね。それと何てったって美鈴もおばあちゃんも菜摘も僕の事をこの家の主としてふるまってくれることで、ペレなりに分かっているんでだよ。その点、おばあちゃんはいつもいっしょに居てるのに余りかまってくれず、ペレには”どんな立場の人かが分かっていないんだろう」
とはいうものの、絶えずかまってばかりではペレも粗母も疲れてしまう。
 「そんなもんかね、犬は犬だと思ってたから」
今は、まだ元気で居る粗母はこのペレという犬の存在がどう人間に関わり合うのかが実感としてなかった。そんな出来事があって、間もなくしたある日の夕食の時、母がこんな話を出した。
 「今日ね。ペレが私の昼寝をしている布団のそばで一緒に寝ていたよ。可愛いもんだね
。それと近所のお友達から電話が掛かってね
。二時間ばかり家を空けたんだよ。ペレには“ちょっと出かけて来るからいい子にしてるんだよって云い聞かせて三時頃、もう菜摘が学校から帰る頃だから帰ろうとしたら、そこのおばあさんが”ペレちゃん留守番してるんでしようって、ペレにお駄賃として持って帰えってって“フードをくれたんだよ」
 「それで!」
食卓を囲んだ皆は興味深々である。粗母何だか涙目で話に熱がこもり、続けた。
 「で、家についてドワを開けたら、ちょこんとペレが玄関に座って居るんだよ。その目は何だか寂しそうで私の顔を見るが早いか、勢いよく下りてジャンプしてね、思いっきり私の腰当たりに飛びついてクウーンクウーンって、か細い声でなくんだょ。もう、愛しくて思わず抱き上げてやったら、今度は私の顔をペロペロ所かまわず舐めるんだょ」
そこまで云うと粗母は思わず、涙を流した。
よっぽど可愛く、うれしかったのだろう。
ペレは賢い犬だ。数日前の母に対しての咬みつき事件をどう感じたのか、自分に愛想のない母と、どう過ごしたらいいのかをペレなりに思い、家族の会話を聞きながら自分なりの行動をしたのだろうか?母は続けた。
「そのあと、居間に向かうと、付いてきて、私が座るとペタッと寄り添うようにペレも座ってね、時々私の方を見上げては、安心したように目をつむって休むんだよ。よっぽど、寂しかったんだね。そのあと、貰ったフードをやったら、おいしそうに食べて私の手を舐めてくれるし、咬むような仕草はこれっぽっちもしないし…ほんとに気持ちが和らいだ気分で、これからは一緒に連れてってやろうと思ったよ」
母は今までにない出来事とペレから受けた愛しい心と行動に何とも言えない癒しを味わったのだ。決して犬として見たのではなく、家族の一人としてペレが母に示した行動であった。ここに、犬のアイコンタクトという動作がある。人と人も話をするとき、聞くときには相手の目を見てと言う風に云われる。犬も
同じだ、いや犬は人間の言葉が話せない、従って、何を云おうとしているのか、何が云いたいのか、どうしてほしいのか、何が要るのか、全てが吠えるトーンと動作で表現する。しかし、ムダ吠えや勝手気ままな行動をさせては飼う資格はない。その為にも絶えず犬の目を見ながら、メリハリのあるしつけをする事が大切である。しかし、してはいけない事には、言葉や態度で“ダメッ”としかり、根気よく繰り返し覚えさすことだ。もちろん、良いことをしたり聞き分けが良かった場合は思い切ったスキンシップでほめて“こうしたらほめてもらえる”と言うことを体で覚えさすことも大事だ。
それからというものは母との関係も日増しに
良くなって、昼間の母はペレとの一日一日が
生きていくうえの大切なパートナーになりつつあった。

                              『ママはコックさん』
美鈴とペレとはどうなのか、佐藤家の子になった後、大好きな食事は美鈴の担当であった
。美鈴は以前からパートとして近くのスーパーに勤めている。パートと言ってもほとんど社員並の勤務で朝九時には家を出て帰りは四時すぎで、時には手が足りないと閉店の八時まで勤務する場合がある。
そんな美鈴は高井さんからペレの食が細いと言うことでドッグフードを蒸かし液状にして注入器で口に入れてやっていたのを教わって
、引き継きその方法でペレの食事の世話をしていた。新しい環境となった場合は、それまでと同じフードを同じ量・同じ回数で与えるようにし、徐々に慣れさせることが大事だ。子犬の消化器はデリケートでフードの種類が一度にかわることで支障が出る事がある。当然同じ犬種・年齢・体格によっても食事の違いがあるので食後、便の状態を観察し、その子に合った適量を知ることである。健康な犬の便はテイッシュでつまんで持ち上げられ、しかも放しても便が幾らか付いて残る状態で
つかめないほどの軟らかい便は食事の量が多すぎるか体調が良くないと考え、便の色にも注意する必要がある。一日の食事回数の目安は生後三ケ月くらいまでは少量四回・六ヶ月位までは三回・六ヶ月を過ぎたら二回・二年目以降は一回にしてもよい。ただ、絶えず目を行き届かせ犬の状態を見ることが大切だ。
室内犬が太りやすいのは人が食べているものをねだって、ついつい与えてしまうことが原因だ。これが栄養過多となる。犬は人と違って毎回、食事にバラェティさを求めているわけでなく、同じ物を食べ続けても飽きると言うことはない。
美鈴は朝と帰っての二回、高井さんからのフードを同じ方法で与えていた。
 「はい、ペレおいで、ご飯食べようね」
ペレは居間の所定位置でコックリコックリしていたが、その声で頭をもたげた。
“ああ、もうご飯なの?今何時”そんな感じで、ゆっくりと立ち上がると前足をいっぱいに伸ばし続いてお尻を高くあげての屈伸運動
、続いて後ろの足を互い違いに上げて伸ばすという仕草をして、おもむろにキッチンで食事の準備をしているママのほうに歩き出す。
 「はい、出来たわよ。しっかり食べてね」
美鈴ママは手際よく蒸かしたフードを注入器に入れると、キッチン台でお座りしているペレの口を開かせ、のど奥に注入する。“ゴックン、ぺチャぺチャゴックン”ペレは口に入ったペースト状のフードを三回ほどに分けて貰って、のど奥に流し込み終わる。
 「はい、おしまい。お水飲みなさい」
“ごちそうさま、おいしかった。水飲まなきゃ”ペレは台から下ろして貰うとサークル横の予備のペットフード入れ(ママの定食以外に自分が食べたいと思ったときのため少量)と水容器が置いてある所に行き、のどを潤した。ただ、何時までママから手渡しで食事をしてもらっているのか?今もペレは食べさせて貰っている。もしママが不在とか、病気にでもなったら誰がコック変わりをするのかが問題である。ペレに取っては家族の中でも、ひときわ美鈴の存在は重要であり、朝の見送り帰ってのお迎えと事ある愛想をもっぱら第一にしている。と言って美鈴自身、特にペレとの時間を持つと言うほどでもないのだが互いに、しっかりと主従関係を保っているのは食事の世話をしているからだろう。ただ
、先の検診の折、先生からちょっと肥満気味だと指摘された。
トイプードルはどちらかというと太りやすい体質で肥満は心臓弁膜症を招くなど、食事過多からの脂肪が細胞に蓄積され運動量が少ないとどんどん増え、いったん太り始めると体重を減らすのはとても難しく負担となる。
それらを防ぎ、健康を保つためにも日光浴や適度な運動として散歩に連れて行くことだ。


                            『なっちゃんと散歩』
 「行ってきまーす」
 「はい、気を付けてね。しっかりリード持ってね」
毎朝と学校から帰っての散歩は菜摘の日課である。パパもママも休みの時は菜摘と共に出来るだけ行くようにしている。
散歩コースは決まっていて朝は二十分ほど
、その為に菜摘は学校に行く一時間半前に起きているがんばりやさんだ。
 「なっちゃんるおはよう今日もペレちゃんと散歩?毎日がんばってるね」
 「うん、だってなっちゃんの仕事だもん、ねぇペレ」
“そう、僕もなっちゃんとの散歩が大好き”
ペレは菜摘にアイコンタクトを取りながら、しっぽを大きく揺らす。
 「ペレちゃんおはよう、なっちゃんおはよう」
家の横道から坂を上がり右に曲がって…いつものコースを散歩すると知り合いの人が声をかける。そのたび笑顔とペレのしっぽが揺れる。決まって道脇の樹木があるところでペレはオシッコとうんちをする。しつけ後は家では絶対しない。留守番の時もしっかりと守っている。菜摘は散歩の時、チリ紙とビニール袋、ちっちゃなスコップと濡れティッシュが入ったポシェットと飲み水用のボトルを持ってペレと出る。
 「ペレもう良いの、出ない。はい、じゃあお尻出して綺麗に拭かなくちゃ」
菜摘は地面に転がる糞をスコップですくいビニール袋に入れる。そして、ペレのお尻を濡れティッシュで拭き取る。
 「さあ、行こう」
スッキリしたのかペレは菜摘の歩調に合わせ
家路に急ぐ。時には散歩中、興味を示した物や気になったら菜摘の持つリードを引っ張ろうとする。そんな時、菜摘はパパに教わったリードテクニックを使って従わせる。
散歩は健康と共にいろんな人や他の犬に出合ったりすることで、社会性を身につけさす事や車や自転車などへの恐怖感をなくすために必要で、リードを引いて歩かせることは全ての面で人がリーダーであることを犬に体で教え込むのにも効果がある。
最初 のうちは出来るだけリードをたるませて
歩きたいように歩かせ、回数を重ねるうちに人に従うように教えていく。そして絶えず人の右側に歩調を合わせるようにリードで調整し、勝手な行動を控えることを覚えさせることが大切だ。一つ一つの動作に出来るだけアイコンタクトを取り、人の意志を犬に理解させるようにする事で従順なしつけが出来る。
学校から帰っての散歩は菜摘のその日の都合で多少変わるので時にはパパと行く場合もあれば、一人で・ママと替わる事もある。夕刻の散歩はいつもの公園まで足を伸ばし、近所や公園に来る犬たちとの触れあいを楽しむ。
「ペレちゃん。いい子してる?」
どちらかというと大型犬が多い集まりには、おっとりとしたアフガンハウンドのローラ・シベリアンハスキーのグレンと中型犬のダックスフンドのキャロル・シーズの小鉄と小型のチワワの姫、あとは雑種犬のウランや健が常連で、時には野良の桃太郎(誰ともなしに、そう呼ぶ)などがぞぞれの飼い主と散歩に来る。それらは思い思いのカットで特徴がある
。ペレはどうも同じ小型犬の女の子であるチワワの姫ちゃんがお気に入りだ。ちょっと苦手なのはシーズの小鉄、男の子同士で互いに姫に気があるのかペレが近寄ると、すぐに小鉄が威嚇のうなりを上げる。
 「これ!小鉄ダメ!ごめんね、すぐ吠えるんだから」
飼い主の佐々木さんは小鉄のリードを引っ張りながらそう言う。ペレはと見たら、スゴスゴとしっぽをたれてあとすざり…新入りだから遠慮がちである。
互いの自慢やしつけの仕方・性格の話など話題とコミュニケーションはつきない。チワワの姫はドッグショーにも出た可愛い女の子で
関西地区の予選に優勝し、今度の十一月、東京のビッグサイドで開かれる全国大会に出場するとのこと。結構、手入れや競技の審査基準をクリアするために大変だそうだが、佐々木さんにとっては自慢の子だ。


                           『大好きなパパ』生後一年目
パパは僕にはちょっと違う存在だ。
佐藤家でも当然みんなの頼りで、いろんな事にも中心の立場だ。なっちゃんの事・おばあちゃんのこと・ママのことを色々気を配りしながら、僕の相手も忘れずしてくれる。
一番甘えられるのがパパで夜帰ってくる頃、
僕はちゃんとパパの車の音が聞き分けられる
。“あっパパだ”僕は一目散にドワの前まで走りお座りをして待っているとパパの靴音が近づいてくる。ガチャン、ドアが開く。“お帰りなさーい”なっちゃんやママより先に迎える。するとパパは
 「おお、ペレ帰ったよ。はい奥に行きなさい」
と言って上がる。僕はパパの部屋に先回りして、今度は絨毯に寝転がってパパが来るのを待つ“ねえ、早く早くチュッチュして!”僕は仰向けにお腹を見せて足をバタバタさせて催促する。
 「分かった、分かった。待ちなさい服を着替えてからだ」
ようやく部屋着に着替えたパパは上から僕に被さるようにして、まず体全体をさすってくれて顔を両手で挟んで僕が舌を出すとチュッチュチュッチュとしてくれる。“パパお帰り!待ってたよ”僕は思いっきり甘えて体全体で喜ぶ。幸せな瞬間だ。
でも、こんな事ばかりではない。一週間の毎土曜日は僕の入浴日と決っているんだが、どうもお風呂は苦手だ。でも終わったらこんな気持ちいい事はないって思えるんだけどナ。
 「ペレ、お風呂に入るぞ」
パパの声がした。“またお風呂か”僕は寝ていたイスから,すごすごと身を隠した。
 「ペレ、あれ何処に行ったんだ。また隠れてるな」
部屋の隅に身を隠しててもすぐ見つかってしまう。“あぁあ、仕方ないな、パパに言われたら”僕は気進まないけど、仕方なく心の準備にはいる。
 「パパが呼んだら来るんだぞ」
そう言って先にパパが入る。何時呼ばれるかと思いつつ声が掛かったらママが僕を抱いて
お風呂場に連れて行ってパパに渡す。僕は身震いが出て初めにかかるシャワーの勢いに身を固くする。
 「よしペレ、綺麗にしような。気持ちいいぞ」
パパはまずシャワーで体全体にぬるい湯水をかける。その後シャンプーをたっぷり付けた手で背中、お尻、手足、お腹、頭、顔、首と全身をゴシゴシ掻いて洗ってくれる。最後に鼻先と耳を、まるでタオルを洗うように両手に挟んで洗う。ちょっと目にしみるが、とっても気持ちよい。どうも入る前と洗う前のシャワーが苦手だ。洗い出すと観念するんだが…しっかり洗い終え、又、シャワーで容赦なく全身のアワを洗い流して仕上げにリンスを全身くまなくスプレーしてくれる。
 「よし、終わりだ。賢かったな。気持ちいいだろう。おーいママ。ペレが出るぞ」
すると、ママがドワのところで僕を受け取って今度はママが耳掃除と体を拭いてくれてやっと解放だ。このあとパパの部屋に行って寝る用意をした布団の上に寝っころがって、コロンコロンする。入るまではちょっと気が進まないけど入ったら観念し、出たらこんな気持ちいいものなんだと思うんだがな。シャンプーして貰った日は、もうぐっすり朝まで身動き一つしないで気持ちよく寝れる。その時は次の土曜日が待ちどおしいと思うんだが…
と言うわけで、パパは優しく怖いけど、やっぱり僕の大好きなパパだ
もう、一年半を迎えようとしていたペレは人間では成人となる二十歳だ。
人にさわられてもいやがらないしつけも大事で、特に散歩でのいろんな出会いや環境の違いを身に付けさす事と共に、日頃から体の何処をさわられてもいやがらないよう慣れさせることが大切だ。手足を触る・体をなでながら徐々に手足を撫で付け根から爪の間、肉球までさわる。耳を触る・頭を撫でながら徐々に耳を触り、耳たぶを優しくもんだり、耳の穴に指を入れてみる。ホールドスチール・両手で後ろから抱き寄せる。子犬を膝の上に座らせ、上半身を片手で持ち上げながら胸から首の当たりを優しく撫でる。仰向けにしてお腹や胸、足腰などを優しくマッサージするように撫でる。口を触る・優しく口の周辺をさわりながら唇から口の中へと指を入れ歯や歯茎をさわる。などの行為を、それとなく触れあいながらおこなって、いやがらないようにしつけることだ。
人の子も三歳ぐらいまでにいろんな面で人間形成が培われると言われる。犬も子犬時期のいろいろな経験が将来に大きく影響する。
 

                        『初めて電車に乗って』生後一歳八ヶ月
僕が佐藤家に来た二年前の夏におじいちゃんが亡くなったそうで、いつもはおばあちゃん一人で四天王寺にあるおじいちゃんのお墓参りに行ってるんだけど今日はママと一緒に僕も連れて行ってくれる事になった。どんなところかな?それも電車で行くらしくちょっと不安。午前十時に家を出るときママは僕に“ペレ、今日は電車に乗るから、ちょっとの間この中におとなしく入っているのよ”と言った。見ると、とっても窮屈そうなケースだ
。でも一緒に行けるのだから我慢しよう。駅まではリードを繋いで行ったが、駅近くでママは“ここから入って”と僕を抱き上げケースに入れる。僕は中に入って神妙にする。ママとおばあちゃんは改札口を入った。“おとなしくしていなければダメよ”と言うが電車ってどんなものか、どんな人が乗っているのか興味があったのでケースの中から、ちょっとだけ首を伸ばして当たりを見てみる。“へえっー電車つて大きいな。たくさんの人がいっぱいいる。僕と同じ子はいないな”ママはケースを抱いてイスに座った。おそるおそる
当たりを見渡すと、となりにちっちゃな男の子が座っていて、僕の方を見ている。
 「ママ、犬がいるよ」
その子は横のおばさんに僕を指さし、そう言った。
 「ええっ!何処に」
 「ほら、ここ、この袋―ケースの中」
おばさんは、僕が入っているケースを見た。
 「あら、ほんとね。可愛いわね」
そう言っておばあちゃんに声をかけてきた。
 「おとなしくていい子ですね」
 「ええ」
おばあちゃんは、さも気兼ねしたように答えた。そんなやり取りの声で周囲の人たちも誰となく僕の方を見ている。ちょっと恥ずかしい気持ち。
 「ねえ、ママ僕も犬がほしい」
男の子がおばさんにおねだりした。
 「こんな小っちゃでおとなしい犬ならいいけど・辰っちゃんのところはマンションだからダメよ」
 「だったら飼えるお家に替わろうよ」
 「ダメダメ。パパがダメって言うわよ」
 「おばあさんこの犬なんて種類ですか?」
 「この子はトイプードルですよ」
 「へえープードルなんですか。何歳ですか?」
 「一歳八ヶ月なんですよ」
 「ほんとに、おとなしくて可愛いですね」
そんなやり取りにおばあちゃんは先ほどの気兼ねも何処へでケースの口を開けて僕をちょっと見せるように引っ張り出した。すると、車内のあちこちから、“まあー可愛い”“ちっちゃい!”と声が聞こえた。僕はもう有頂天である。おばあちゃんの膝に出して貰って開放感もあり、いろんな人が僕を注目している。と…向いの席に座っている男の人が何やらきつい目で僕の方を見ているのに気が付いた。
 「おばあさん!犬を電車に連れて乗ったらダメですよ。イヤな人もいるんだから!」
その声にママがあわててネオ婆ちゃんの膝から僕をケースに押し込んだ。
 「えっ、あっ済みません」
“痛てて、乱暴にしないでよ”僕はキュンと訴えた。回りの人たちは知らん顔である。でも隣のお姉ちゃんだけが「こんなにおとなしい犬だし、ちっちゃいんだから別にいいじゃない!」と言ってくれた。そう言えば昨今、ラブラドール・レドリバーなどが人の役に立つために介助犬として体の不自由な人の手助けをするように特別なトレーニングにがんばっている。しかし、まだアメリカやヨーロッパのように法的な定義付けはなく、ペットと同様に見なされているため、社会参加まだまだ理解されていない。パートナーとの同伴で食事のため店に入ることや、買い物や何かで電車に乗る場合でも盲導犬と警察犬は同伴が出来るが介助犬はダメだ。徐々に改善されてはいるがまだまだ規制がある。
ちょっとしたハプニングのすえ何とかおじいちゃんのお墓がある四天王寺さんに着いた。毎月二十一日には境内で大規模な“がらくた市”が開催され多くの人々でにぎわう。今日は五日で平日という事もあって、ひっそりとしていた。ママとおばあちゃんと僕は受付で記帳した後、お墓へお参りをした。回りには多くの、墓が並び、大阪の著名人の墓や企業家の墓がある。線香の匂いと読経が流れる独特の雰囲気に僕も物静かにおじいちゃんの霊にお参りした。お参りを済ませて住職さんに
、おばあちゃんとママが挨拶をしているので
、ちょっと周辺を散策に行くと…塀の所で雑種犬が三頭寝そべって、僕を見つけた。すると一頭がのっそりと起き上がり、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってきた。目の奥で“おい!どこから来たんだ”と言っている
僕の四倍はあるだろう。“こんにちは”僕はその犬に挨拶した。するとほかの二頭も後を追うように起き上がった。“いい首輪してるじゃないか。結構な生活ぶりだナ”近寄った犬は犬社会の挨拶であるグルーミングで僕のお尻を嗅いできた。もう十五年を過ぎた老犬だ。後の二匹も十年を越えた感じである。“追い!若造。今日は一人か?”違うよ。ママとおばあちゃんと一緒にお墓参りに来たんだ”“墓参りか。この辺でうろうろしてたら若いのがやっかむから早く帰えんナ”“うん
、君たちここで暮らしてるの?”“ああ、そうだ。おれ達は宿無しサ。でもここは良いもんだ。市が開かれたら多くの人間が来て、店も出るから食い物には事欠かない。まあ、お前なんかには暮らせないだろうけど”すると後の二頭が、ちょっとけしかける仕草をしてきた。“おらおら、早く出て行けよ”“分かったよ。じゃあ”ペレは野良達を可哀想だと思った。一頭は首輪があった。誰かに飼われていたのだろう。どんな経緯か知らないが彼は捨てられたか、自分から逃げ出したのだろう。自分は愛されて暖かい部屋で何の不満もなく過ごしている。仲間の中には、自分の気持ちとは裏腹に犬性(人間は人生)を過ごす者が多くいる。同じように生まれてペレは今
、本当に幸せだと感じた。
 「ペレ!何処へ行ってたの?おばあちゃん探してたのよ。もうダメじゃない!」
“ごめんなさい”ペレは飛び上がって愛想をした。いろんな事を体験したペレは帰りの電車ではおとなしくケースに入って今日一日の出来事を思い出していた。

 
                         『僕のお母さんが死んだ』生後二年目
もう、すっかり成犬になったペレは時々、自分の産みの母である高井家の“ラン”の元へ里帰りをしていた。去年の四月に帰った時はまだ元気であったが、もう生後十四年目を迎えて人間の年では七十二歳の老犬となっていた。ペレと三頭の兄弟を生んでからは余生をのんびり暮らしていたが去年の十一月の検診で白内障が進んでいるのと、もともと心臓の不整脈だったのと高齢特有の症状が見られるようになっていた。そして十二月十七日の朝方、いつも通り自分の寝床で寝ていたランは突如、起きたかと思うと部屋の隅に行き咳き込むように息が乱れ、ぜいぜいと気管がなって苦しげに部屋を歩き回りながら壁際にうずくまったかと思うと体を横たえ、目がうつろとなって間もなく舌を口からダラッと出したときにはすでにチアノーゼの症状があった。その異常な気配に気が付いた高井さんの奥さんはあわてて体をさすりながら“ランちゃん大丈夫!お父さん!友美ちゃん、ランが…ランが”と叫んだときには、もうランは息すらしていない、あっけない生涯の終わりであったと連絡が入った。その時の状況は苦しみだしてものの四・五分の葛藤であったそうだ。母の声に、二階から飛んで下りた友美と寝室から飛び起きた父は、すでに息絶えていたランの安らかな寝姿を目にし“ラン!ラン!死んじゃーいや!”とランを抱きしめて泣き叫ぶ友美だったとか、午前六時十八分逝去。世話の掛からないランは生後一ヶ月半で高井家に来て十四年三ヶ月の長きの間、二回のお産でペレほか、八頭の子を残し死に際も家族の手を煩わせない気配りをしてこの世を去った
。何ともあっけない終わりで共に過ごした高井さんは余りにも突然でじっくりと看病も出来ないままの別れに、心の火が消え失せた思いだと悲しんでおられた。友美ちやんは泣きじゃくりながら、ダンボールにランに使っていたタオルケットを敷き暖かい湯で綺麗に体を拭いて横たわらせた。チアノーゼのドス黒赤い舌は出したままだが、それがなければ閉じた目と表情は安らかで今でも寝息が聞こえてくる錯覚がしたしランと呼ぶと“なに”と愛くるしい目を開けて“もう朝”と起きてくるのでは…と思える程でしたと朝、まだ早いがどうしても佐藤さんへ知らせようという思いで電話をくれた。
 「もしもし、佐藤さんですか?私、高井ですが朝早くから済みません。実は今し方、ペレちゃんの母親のランが亡くなったの。えっ、そうなの。ええ、待ってます」
佐藤さんの悲しみの深さは詳しく聞いても絶句して言葉が出ないことで察しられた。
 「あなた、高井さんのラン先ほど死んだんだって!」
 「ええ、ほんとうかい。元気だったのに。菜摘に知らせて学校へ行く前にペレとお別れするように言ってやれよ」
 「ええ、なっちゃん、なっちゃん、ペレのお母さんのランちゃん。今さっき死んじゃったって!」
 「ううんん、まだ学校早いでしょう」
 「なっちゃん、高井さん家のランちゃんが、死んだってよ。ペレとお別れに行って来なさい」
 「ほんと!嘘でしょう。一昨日,公園で会ったのに」
 「今電話が来たの、朝の六時過ぎだって」
 「ほんとにほんと。すぐペレ連れて行って来る。ママ」
何も知らないペレは、咄嗟に菜摘に
 「ペレのママが死んだんだって、行こうなっちゃんと一緒に分かった」
と言われて、抱き上げられたかと思うと菜摘は靴を履くのもあわただしくペレを連れ高井さん宅に走った。
 「友ちゃーん。ラン死んだの」
菜摘は家に着くなり声もかけずに上がった。
 「あっ、なっちゃん。ペレも来たの」
 「うん連れてきたよ。ペレのお母さんが死んだんだもの。ペレ、ほれお母さんのランだよ。分かる。死んだんだよ。分かる」
ランが横たわるダンボール箱の所に下ろされたペレは懸命に匂いを嗅いでいる。ランの頭からしっぽまで何回も…今度は箱の回りを回りながら手を箱にかけてのぞき込む。“ママ何で寝てるの?僕が来てるのに”ペレは起きないランを不思議そうに首を傾げる仕草で又匂いを嗅ぐ。
 「ペレ!ペレのお母さん死んだんだよ。もう逢えないんだよ。ほれ!」
菜摘はペレを抱いてランが横たわっている箱の上からペレをランに近づけた。キューン
クウーン、キュン、キュン…急にペレが何とも寂しげな弱々しい声で鳴き出した。分かるのか?ペレは抱いた菜摘の両手から前足を伸ばしランの体に向け懸命にさわろうとする仕草をした。
 「分かる?ペレ、お母さん死んじゃったの
。もう逢えないからね。そうね分かるの」
ペレは先ほどからの声をやめようとしない。決してこんなに長く鳴くことはなかったのに分かっているのだ。
 「なっちゃんありがとう。もう七時になるからペレの散歩もあるんでしよう。それからご飯食べて学校もね。わざわざありがとう」
何だか、離れがたい感じがしたが友美のお母さんにうながされて家を出た。
 「どうだった。ペレもお別れしてた」
 「うん、ちゃんとお母さんの匂いを嗅いでお別れの言葉と手でバイバイしてたよ。でも可哀想。まだ生きてるような感じがした。舌が口からダラッと出て紫色してたよ」
 「そう可哀想にねペレ。もうママに逢えないけど、ペレはもっともっと長生きしてがんばらなくっちゃね」
 「ママ、ペレいつまで生きてるかな。ペレが死んだらなっちゃん、どうしよう」
 「何言ってるの、ペレはまだまだ大丈夫だよ。なっちゃんやみんなでペレの事、大事にしてあげれば何時までも長生きするわよ。ねえペレ」
どんな者でも死は来る。特に動物で長く共に生活してきたペットは人と同じ感情が湧く。人間の言葉が言えない犬・猫たちは飼うものが絶えず気に止めて見逃さないようにしてやらなければならない。寿命を全うしての死は
、彼らにとっても往生だが事故や病気などで寿命を縮め、苦しんで死んだり途中で飼うことを放棄された場合は全て飼う方のエゴだ。なら、飼わなければよい。いや飼う資格がないと……


                       『広―い芝生で思いっきり』生後三年三ヶ月目
春の桜が咲き誇る神戸の“しあわせの村”に
家族で来た。ものすごくでっかい芝生の広場
で、僕はなっちゃんやパパと大はしゃぎだ。
おばあちゃんはママと、この中の施設にある
大きなお風呂に入っている。ここは平成元年四月に開村オープンして以来、毎年施設が充実された緑溢れる二0五ヘクタールの広大な敷地に高齢者や障害者の自立を援助する設備・スポーツ・リクレーションなど市民がリフレッシュをするための総合福祉ゾーンが点在する施設である。キャンプや宿泊も出来るし、温泉・プール・レストランなども揃っている。僕は始めて来て、いっぺんに気に入った。だって友達もいっぱいいるし、何てったってむちゃくちゃ走り回っても誰にも気兼ねしないほどのひろーい芝生の広場は最高だ。近くの公園で散歩の時とか家でボール投げをするときは思いっきり出来ないからちょっと物足りないけど、ここなら大丈夫だ。
 「よーし、ペレ行くぞ」
パパがボールを遠―くへ投げる。僕は全身の筋肉をつかって一目散にボールを追いかける
。ガブッ…取ったよ。
 「よーし。ペレ持ってこい!」
パパが大きな声で言う。くわえたボールを落とさないように勢いよくUターンしてパパの所に持っていく。
 「よし。ナイスキャッチだペレ。ほれご褒美だ」
パパはフードを口に入れてくれる。今度はなっちゃんだ。
 「ペレ!行くよ」
なっちゃんはミニフリスビーを投げる。円盤の様な形のフリスビーは風に乗ってシューッと音を立てながら飛んでいく。ちょっとスピードが早い。息は切れないのだが小ぶりの僕は歩幅が短いのでちょっと苦労する。
しかし、そこは生まれ持った瞬発力とジャンプ力が僕には備わっている 。まかしとけっとばかり飛んでいるフリスビーに飛びつきキャッチ“
 「ナイスキャッチ!^ペレ!戻れ!」
なっちゃんの声で、またUターン。
 「はい、ご褒美!」
プードルはもともとハンターが撃ち落とした獲物を回収するのが得意な犬で練習すれば優秀なフリスビー犬になる素質がある。フリスビーは物に対する犬の執着心と持来欲をかき立てる。しかし、ジャンプすることによって腰や足にかなりの負担が掛かるため、骨や関節を痛めないよう注意することが必要だ。
 「ペレちょっと休もうか。はい、お水飲みなさい。のどが渇いたでしょう」
 「ペレ、よーく走ったな。いいだろう思いっきり走れて」
ああ、気持ちいいな。お水もおいしいし”僕は、こんな楽しい事があるんだと思った。
しばらくしてママとおばあちゃんが戻って来
た。ホッコ、ホッコの顔をして気持ちよさそうだ。
 「ああ、いいお湯だった。パパとなっちゃんも入ってきなさい。ペレ見てるから」
 「よし、行こうか菜摘」
 「うんペレ、なっちゃんお風呂に入ってくるから、ママとおばあちゃんと待っててね」
 「はい、これ着替え!汗かいてるから風邪引かないようにね」
 「お母さん、ほら桜がもう満開に近いね」
 「ほんとうですね。見事ね」
ママとおばあちゃんは気持ちよさそうに芝生に座って周囲の桜を眺めている。と…横にポインターが寄ってきた。思わず僕はママの陰に回る。
 「ペレ、いるの」
 ママも僕を抱こうとする。
 「こら!サクラ、ダメだぞ。こっちへ来い!済みません驚かせちゃって。可愛いですね。その子プードルかな」
お兄ちゃんが汗を拭きながらポインターに声をかける。
 「ええそうです。その子はサクラちゃんって言うんですか。女の子?」
 「そうなんだけど悪でね。ちっとも言うことを聞かない奴なんで困りますよ。そんな子なら可愛いんですが、女のくせにお転婆でほら、いやがってるじゃないか。サクラ」
抱かれているペレを必要に鼻先で、お尻を嗅ぐ仕草をしてくる。
 「いや、咬みませんから、どうもオスを見つけると興味を出すんですよ」
 「何歳ですか」
 「五歳なんですがね、二十五キロあるし、力が強いんで家内も手を焼いてます。生まれてすぐに飼ったんですが、その時はその子よりちょっと大きいくらいで可愛かったんですがね、いや参りましたよと言って飼うのをやめるわけにもいかないしね」
 「そうですね。でも、おとなしいじゃないですか」
 「気に入った子の前では猫をかぶるんですよ、こいつ」
その言い方に思わず笑った。いくらオスだからって、こんなちっちゃな犬にでも気を引かすために様子をするのだ?
 「お待ちどう、いい湯だった」
 「ペレ!どうかしたの?縮こまって」
「今ね、大きな女の子に気に入られて弱ってたのよ。ネエ、ペレ!」
ママ、からかわないでよ。僕まだ結婚するつもりないから…菜摘は何のことが分からない様子だがまあ、ペレとの秘密だ。


                         『桃太郎くんの想い』生後三年七ヶ月目
今日も三十三度の暑い日、散歩も暑くて都会の道はアスファルトだから足が焼ける。
急いでいつもの公園の土の所に行くと幾らかましだ。なっちゃんと一緒に行く散歩は楽しい。ここのところ来る犬が少ない。シーズの小鉄くんが風邪を引いて、病院に入院したそうだしアフガンのローラさんは老犬となって
、介助犬としての役目を終え動物愛護センターへ引き取られたという。夏は僕たちにとっても、どうも苦手だ。犬は足の裏くらいしか汗腺がないので暑いときは口を開け体温の調整をしなければならない。家の中は冷房の快適な温度でいられるが、いったん外に出ると外気との温度差で体調を狂わせ安い。暑さで食欲も減退しがちだから量は少し控えめにして栄養価の高い物を与えるなど工夫することである。昼間の外出は出来るだけさけて朝の涼しい時間か日没後の地面の熱が冷めた時間帯に散歩をするように注意も必要。またプードルのような垂れ耳の犬は耳のに中が蒸れやすいので、こまめに耳掃除をして清潔にしておくことだ。また散歩中に電柱についた他の犬の尿や排便を臭うのは習性とは言え伝染病を移されるおそれがあるのでやめさせるようにすることだ。そんな寂しい限りの公園で集まった人から野良の桃太郎くんが死んだと聞かされた。どうも拾った餌に毒が入っていたようで、いつも公園に来た人からちゃんとフードを貰っていたのに…何で…?近頃、野良に嫌がらせをしたり追いかけ回したりする悪い人がいるようだ。桃太郎くんは以前誰かに飼われていた犬で、決して人に危害を与えたりルールを破るような犬ではない。ある時、集まった人が、誰か里親になる人いないかと話してたことがあった。その時、桃太郎さんは、皆んなの輪の回りで僕とこんな話をしたことがあった。
“俺さ、飼ってくれてた人が引っ越しすることになって、今度はマンションだから飼えないと言う話を聞かされたんだ。で…可哀想だけどセンターに預けて面倒を見て貰おうって
いう事を聞いた時、ショックだったよ。あまり面倒見の良い飼い主ではなかったけど、安心して居られたのに、もしセンターへ連れて行かれたら他の犬と同居の上、どんな生活になるのか不安だったから考えた末、その晩、散歩の途中でねリードを振り切って逃げたんだ。とにかく自由に生きたいと思ってさ”
そんな話をする桃太郎くんは、ちょっと寂しそうに遠くを見ながら以前の飼い主を思い出している様だった。その後あちこちと居場所を変えながら、街のレストランの残飯とかを食べてたようだけど、二年前にこの公園にやってきて以来、住み着いたって言ってたな。そのうち公園に来る僕たちを何度か見るうち
に仲間への愛着と寂しさから、恐る恐る顔を出すようになって間もなく優しく話しかけたりフードをくれたことがキッカケで
 「こんなにおとなしく、いい子だから誰れかこの子の里親になる人はいないですかね」
 「そうだな。一度探してみよう」
と来てた人が話していたのは、ついこの間でなっちゃんも家に帰ってパパやママに話してたばかりなのに…今日の朝、散歩でなっちゃんと来たら桃太郎くんが昨日の晩、いつもの寝場所付近で血をはいて死んでたって聞かされた。みんなでカンパし合って、せめて弔いをしてやろうって話になってアフガンのローラを飼っていた宮本さんって言うおじさんが
、みんなのまとめ役として寄付を集め、僕のママが眠っている“宝塚動物霊園”で弔ってあげる手配をする事となった。
 「おじさん。なっちゃんもお小遣い出す」
 「いいよ、なっちゃんは子供だから」
 「出すよ。だって桃太郎、ペレと仲良しでいつもここに来たらペレ喜んでたもん。ねえペレ」
 「そうかい。だったらなっちゃんが出せるだけで良いよ」
ペレは菜摘が桃太郎くんの弔いに自分の小遣いを出すと言っているのを聞いて“さすが僕のお姉ちゃんだ”と誇らしげに思った。暑い公園で、そんな話を聞いていたペレは家に帰って菜摘にシャワーでスッキリして貰った。

 「パパ、ママ、今日ね散歩の時聞いたんだけど野良の桃太郎が拾った餌を食べて死んだんだって。でね、みんなでお葬式してあげるから、なっちゃんもお小遣い出すって言ったの」
 「ええ、ほんと?桃太郎が死んだの、でも拾った餌って誰かが置いたんじゃないかしら、ねえ、パパ」
 「そうだな。公園に来る誰かが、いたずらしたんだな。酷い奴がいるもんだ。野良だから誰も訴えることがないと思ったんだろう。菜摘、ペレも散歩や外では何でも口にしないよう気をつけるんだぞ」
 「ペレは、そんないやしい事しないもんね」
 「そうだろうけど、よく注意しないといけないぞ。ペレ!わかってるな」
 「じゃあ、家もいくらか出しましようよパパ」
 「そうだな。五千円しよう。明日散歩の時
、菜摘が持っていけばいい」
 「なっちゃんも五百円出す」
 「うむ、そうしなさい。でもいい子だったのにな。里親を捜すってみんなで言ってたばかりなのに可哀想なことだ」
先ほどまで暑い公園でみんなが桃太郎の事に優しい想いのカンパで弔ってやろうという話を聞いていたペレは、家に帰って菜摘の話にママやパパが誰かが食べ物に毒を入れたのを口にしたのかもと言った言葉に人間を信用する気がしなくなって憎いとさえ思った。
 

                          『家族で一泊旅行』生後五年九ヶ月目
もう、佐藤家の子になって五年余りとなって
、元気に過ごす秋のさわやかな土・日にかけて家族で旅行する事になった。僕も泊まれる宿で、淡路島の津名郡津名町にある“ペンション・スマイルドッグ”を予約してくれた。オーナーも愛犬家でお客様の気持ちがよく分かることで楽しく泊まってもらえる施設をと始めたそうで、館内は何処でも自由に出入りができて来たワンちゃんが自分の家のようにノビノビ出来るよう気配りしている。場所は神戸淡路鳴門自動車道の津名インターをおりて約二キロの所にある。朝、散歩して九時にパパの車で出かける。僕もよそ行きの首輪をつけてもらい、耳にリボン飾りでおめかしして。さぁ、出発だ。
 「菜摘。忘れ物ないか?ペレの物ちゃんと持ったか」
 「うん、持ったよ。ママ、なっちゃんの荷物積んでくれた」
 「ええ、これだけでしよう」
 「ママ。薬、二日分持ったね」
 「はい、持ったわよ」
もう大変だ。久しぶりの一泊旅行で、それぞれが必要な物を揃えたが、いざとなると自分のことより、他のことが気になる。
 「パパこそ大丈夫なの?」
 「パパは特にない…あっ、免許証だ」
 「なによ。ひとの事ばかり言ってまったく一番大事な物を忘れてるなんて」
大騒ぎである。となりに留守中の事を頼んで
いた事もあって見送りに出てくれる。
 「なっちゃん、良いわね。ペレちゃんも、うれしそうだね。家の方は心配せず楽しんでらっしゃい」
 「済みませんがよろしく、お願いします」
 「ええ、どうぞ気を付けて」
 「じゃあ」
やっと出発だ。コースは中国縦貫道宝塚インターから山陽道を経て神戸淡路鳴門道へと入る。目的地までは一時間半余りで行けるが途中、休憩や津名町にある“おのころ愛ランド公園”などを見学して午後四時過ぎの到着という計画であった。菜積が楽しみにしている
、おのころ愛ランドは平成十年にリニュアルし“世界との交流”をテーマとして新しく“淡路ワールドパーク0N0K0R0”と改名された路島で唯一のテーマパークで、特に世界文化遺産などの世界各国の代表的な十八の建築物を二十五分の一サイズで再現した、ミニチュア・ワールドや有名な童話の森・世界七カ国の海岸・河岸のパノラマをウォーターライドで巡るワールド・クルーズ・古文明で築かれた遺跡モニュメントで再現した遺跡の世界などのほか、旅行家の“兼高かおる”さんの三十有余年の活動で世界中から収集した民芸品などを展示した“兼高かおる《旅の資料館》”と、淡路出身の幕末の海運王“高田や嘉兵衛”の持ち船“辰悦丸”の復元船と併設の帆船ギャラリーには北前船の模型などの資料展示館。またジェットコースター・大観覧車などの遊技機・レストラン・ゲームコーナー・土産物店などが総面積十一・七ヘクタールの壮大な敷地に演出、表現されている楽しい施設である。そろそろ淡路に渡る壮大な明石海峡大橋である。この橋は一九八五年十二月に事業計画が決定してから完成開通まで十二年(一九九八年四月開通)もの歳月がかかり、全橋長三九一一メートル・海面からの高さ二九七メートルの世界最大の吊り橋である。使った鋼材量は東京タワーの五十基に相当する、とてつもない橋だ。そんな事を話ながら休憩場所の淡路サービスエリアに無事着いた。橋も大きいが、このパーキングサービスも驚くほどの広さである。橋の開通記念として、この一帯で“淡路花博”が開催され大変にぎわった。
 「パパ、オシッコ!」
 「もう少し我慢だ。そこに止めるから。大丈夫か」
 「うん、ペレもオシッコしなくっちゃ」
 「よし、良いぞ。あの向こうの赤いマークが女性トイレだからな」
 「なっちゃん待ちなさい。ママもおばあちゃんも行から」
 「ペレはパパがあそこの芝生でさせるから
、行きなさい。ほいペレはパパとオシッコだ」
家族連れ・団体・アベックなど多くの人たちが思い思いの目的をもって、この週末を楽しむためにここ淡路島に来ている。あちこちに犬の姿が見られる。
 「さあ、ペレおいで。オシッコするんだ」
真一は、エリアの隅の草むらへペレを連れ出した。
 「さあ、シーシーしなさい」
ペレは周辺の匂いを嗅いで腰を下ろす。
ジョジョジョ。だいぶん溜まっていたようだ

 「もう、いいか?ほれお尻をだして綺麗に拭かなくちゃな」
かがんでペレの始末をしていた時、回りで声がした。
 「きゃー可愛い。おじさん、ちょっと抱かせて」
 「わぁー可愛い!なんて名ですか」
 「私にも抱かせて」
 「僕にも」
いつの間にか大勢の学生が取り巻いている。どうも修学旅行生のようだ。
 「いいですか。抱いても」
 「ああ、いいよ」
 「なんて種類の犬ですか?」
 「トイプードルだよ」
 「名前は?」
 「ペレって言うんだよ」
 「ペレ?ペレちゃん、可愛いね」
 「おじさん、ペレちゃんと写真取らせてもらえますか?」
 「ああ、良いですよ」
 「私も」
 「次ぎ、僕」
もう、引っ張りだこの人気者である。ペレは次から次ぎに抱っこされ、もう目が回るほどで、時折“パパ、どうなってんの”というように真一を見るが学生の手から手を渡りながら、“ペレちゃん、ハイ、ポーズ”と言われては首をカメラに向けさせられる始末で、何時まで続くのかと言うほどであった。そこへ菜摘がやってきた。
 「パパ、ペレどうしたの?」
 「学生達が可愛いから一緒に写真取らせてと言うから、モデルになってるよ」
 「ありがとうございました」
やっと解放された。ペレはちょっとお疲れ気味だ。
 「ありがとうございました。ペレちゃん。バイバイ」
 「済みませんでした。バイバイ」
まるで人気スターにファンが殺到したような
にぎわいが終わると、いつものペレに戻り、甘えて菜摘の口の当たりを舐めている。何処から来た学生か分からないが出来上がった写真を見て、修学旅行の旅先で出会ったペレの暖かいぬくもりと可愛い姿のふれあいを思い出に感じてもらえれば…と思う。淡路での休憩もペレのモデル騒動とトイレだけで終わって先へと出発した。
淡路の高速道もあの花博で一変して充実した
快適なドライブをしながら、まず、淡路ワールドパークへと車を走らせた。
小一時間ばかりで津名一宮インターを下り、
十五分で目的地に着く。駐車場はもう八割の入りだ。時間は十一時過ぎである。
 「やっと、着いたね」
母にしたら久しぶりの旅行で、出発から約二時間強の車中は、ちょっとお疲れ気味のようだ。菜摘とペレは案の定、後ろで寝ている。ペレもトイレ休憩をしたサービスエリアで思いもよらず学生ファンに囲まれて、もみくちゃとなったことで少し疲れたのか、菜摘の横で丸くなって寝ている。
 「なっちゃん着いたわよ。ほら、起きなさい。ペレも」
 「ううん、着いたの?」
 「着いたよ。菜摘が楽しみにしていたワールドパークだぞ。はい、自分のリュックを背負いなさい」
 「ペレ!起きたか。さあ、リードを付けて
、人がいっぱいだから良いね」
犬は元気だ。寝ていても、起きたら一00%
の体制である。もう車から出ようとリードを引っ張る。
 「おばあちゃん、疲れた?」
 「いや、大丈夫だよ。ペレだって元気なんだから私もがんばって、せっかくの旅行なんだから楽しまなくてはね」
もう七十九歳となる母はそれでも元気で、特にと言う病気はないが多少、血圧が高いことで医者から薬を貰っていた。
早速、入園してパンフレットを貰い、まず、世界遺産の建物が実物に寸分の狂いもなく精巧にミニチュア模型で展示されているコーナーから見学をする。それは見事な出来映えで
、しかも人間の配置から木々まで、あたかも自分たちがガリバーになったような気分がする程である。ここで世界各地の遺産建築物が一同に見れて、世界旅行が楽しめた気分だ。でも食事はペレがいるのでレストランに入られないので店で買ってベンチで食べる。食後
、その他の施設を見学する傍ら、全員で観覧車に乗って高いところからの淡路島の風景を味わう。よく晴れて澄み切った秋晴れだったので、すばらしい島の景色と瀬戸内海から四国方面までが手に取るように眺望出来た。ペレは高いところの景色を怖がらず、菜摘が抱えてガラス越しに見ていた。菜摘と粗母は“あそこは何処?”“あれは何”と話が弾んでいる。ペレがいるお陰で家族だけ以上に、和む旅行が出来る。とにかく、ペレの存在は大きい。その後、粗母が以前テレビで“兼高かおるの世界の旅”という番組を見ていたこともあり、展示された“旅の資料館”を懐かしく見学した。ここでも園内で行き交う人々がペレを見付けると駆け寄ってきたり声をかけてくれる。そのたびに犬種と名前を聞かれ
るなど人気の的である。ペレもなかなかの役者で、どうも飼い主にはめが向けられず、ちょっと不満の菜摘であった。一通りの施設を巡っての時間が午後三時を回ったので、そろそろペンションへ向かうことにする。

 

                                『犬の泊まれるお宿』
パークを出てから約三十分ばかりの午後四時前、ペンションスマイルドッグに着く。予約を入れていたのでオーナーはじめ泊まり客と愛犬たちが暖かく歓迎してくれる。
 「ようこそ。お帰りなさい。佐藤さんご一家とペレちゃん。さあどうぞ」
「いやー可愛い子ですね」
「ジョン、お友達が来たよ」
「マロン、ほれ仲良くするのよ」
出迎えの先着パートナーがそれぞれの歓迎をしてくれる。ちょっとオーナーの迎えてくださった言葉には戸惑ったが、今晩から明日にかけて仲間として過ごす飼い主と愛犬たちだ
。ペレは分かっているのか愛想を振りまいている。
 「佐藤さん。ここに記入してください。それとお部屋はペレちゃんの部屋とお書きしている二階の部屋ですから、それとお夕食後、テラスで歓迎のパーティを皆さんと行いますのでいらして下さい」
 「はい、お世話になります」
 「よろしくお願いします」
 「それとお母さんは横のお部屋を用意してますからゆっくりお休み下さい」
 「何かとすみません」
 「どうぞ気軽にしてください。ここでは皆さんが家族でワンちゃん達は兄弟ですから」
 「ありがとうございます」
優しく暖かな感じのオーナーは絶えず、ほほえみをもって家族とペレをもてなしてくれる
。ひとまず部屋に落ち着き荷物を整理して、一段落したとき部屋の電話が鳴った。
 「ペレちゃん、どうぞ下へ下りてきてください」
ここでは滞在中、愛犬の名で呼ぶようだ。
 「はい、分かりました」
一階のゲストルームではすでに宿泊の皆さんが愛犬と共に集まっていた。テーブルの中央には手作りのメッセージカードがあり、そこにはペレちゃんようこそ・みんなで待ってました”とカラフルに書かれ、その下に各愛犬の名が入っている。そして器にドッグフードが盛られていた。拍手で迎えられ、中央の席に案内された我々にまず、オーナーからの、改めての歓迎の言葉と、ここでの規律と館内の説明があった後、全員の自己紹介がなされた。
 「それではペレちゃんのご家族の紹介をお願いします」
真一は改まってペレとの経緯と自分たちの自己紹介をする。菜摘は自分でペレとの事をしっかりと紹介して集まった皆さんから暖かい拍手を貰う。
 「佐藤菜摘です。よろしくお願いします。ペレは私の弟で五歳になります。いつも散歩は私がしています。可愛いペレを大事にして
、私がお嫁さんに行くとき連れて行きます。それまで病気をしないようにちゃんと面倒をみて、仲良くしたいです」
何時の間にこんなにしっかりしたのかと驚かされた。菜摘がペレと暮らすようになって自分のするべき事。責任と言う事を自覚し、一年ごとに成長しているんだナとつくづく思い知らされた。ペレを飼ってよかった。
 「なっちゃん。偉いね。ペレも良いお姉ちゃんとの暮らしを喜んでるよ」
オーナーの佐々木さんは、いっぱいの笑顔で
菜摘に近づいて抱きしめた。これがスキンシップだ。すばらしい事や良いことをした場合
、体で示す。これは当然、犬にも通ずる。佐々木さんはお子さんが居られるそうだが、こんな接し方が親子の関係や人との付き合いに出ているのだろう。素敵な人である。
「ロッジ・スワンおいで」
佐々木さんが呼ぶ。ラブラドール犬二頭が、奥からゆっくりと来る。首にスカーフを巻いた粋な姿である。
 「はい、ダウン」
佐々木さんの右横に来てゆっくりと座る。
「私のパートナーのこっちが男の子のロッジで、こっちが女の子のスワンです。盲導犬として去年まで活躍してましたがリタイヤして私の家族になりました。朝、皆さんのお部屋に新聞を届けます。ドワの下にあるベルが鳴ったらイエスと言ってドワを開け、受け取ってください。そしてゴーと言って下さい」        
 「その時、ご褒美は?」
 「けっこうです、じゃロッジ・スワンご挨拶してバックしなさい」
二頭は腰を上げると頭を下げて元の居た場所へと下がった。大したものだ。
人と共有する生活にこれだけ従順に従い絶えず相手の目をみて言われたことにちゃんと実行する。盲導犬として若き時には主人を守り大変な神経を使ってきただろうに、自分が次なる主人となった佐々木さんに対して、このペンションの生活が自分たちだけの館ではなく、多くのゲスト犬を迎える立場として、どう佐々木さんを助けられるかを、しっかりと分かっているのだろう。
ペレには、まだもだ知る事があるようだ。
暖かい歓迎セレモニーを受けてメンバーとの交流の時間を和やかに過ごした後、三々五々
、各部屋に別れた。翌日、朝の散歩は季節の花と緑に包まれたペンション敷地のコースやドッグランとして自由に楽しめる芝生に水飲み場や楽しいアジリティ具(人と愛犬が一緒になって楽しむ、障害物遊具)が整った広大な広場で、それぞれのベアーで存分に楽しむ光景が見られた。
 「ペレ!おいで」
菜摘は家族が見守る広場でペレをアジリティ遊具に連れ出した。ペレは見たこともない楽しそうな遊具に大きく尾を振って、一目散に走る。
 「ペレ!待て」
菜摘を追い越してハードルやトンネルを難なくこなす。好奇心旺盛なプードルは、よくサーカスなどで演技をする犬として登場する。ペレもジャンプやキャッチはお得意のもので、初めてのアジリティ遊具にも、物怖じせず果敢に挑戦する。
 「ペレ!戻れ!」
走り回っていたペレは菜摘の声に急ブレーキをかけ、Uターンで戻る。とにかく、もう
はしゃぎ回っている。
 「さぁ、ご飯だ」
午前八時、愛犬共々の食堂で朝食を取る。
 「ペレちゃんはこのドッグフード食べる?」
オーナーの佐々木さんがフードを出してくださったが
 「あっ、ペレはこれしか食べないんですよ」
美鈴は部屋でいつもの液状にしたフードを用意していた。
 「まあっ、ペレちゃんは赤ちゃんかナ。いつもそうされてるんですか?」
 「ええ、生まれてから食が細くて自分から食べるという事をしない子でしたから、ずーと私が」
 「でも、もう五年目でしよう。ちょっと甘やかし過ぎですよ。ちゃんとしつけをされた方がいいですよ。でないとお母さんが大変だし面倒見切れなくなったら他のご家族が続けられますか?」
 「ええ、そう思うんですが、こうしないと食べないもんで、つい、」
「お父さん。このままでは大変ですよ。よく皆さんで考えられて」
 「いやぁ、そうですよね、当然のように家内が食事をやってるもので」
 「いえ、お母さんが与える世話をするのは良いとして、ペレちゃんの口に入れてやらなければ食べないと言うことが問題なんです。それ以外は自分で食べないんですか?」
 「いえ、別にジャーキーや小粒のフードをやると食べはするんですが、ほんの一口ぐらいしか食べないのもで」
 「ちょっとでも食べるのでしたら決めた器に入れて“これを食べなさい”と繰り返して食事を与えていた時間に教えれば、ちゃんと食べるようになりますよ。そうしていたらお腹が減ったら自分の意志で食べるようになりますから、ぜひ、その様に」
ほんとに当たり前の事として家族誰が思っていたことを佐々木さんに指摘され、思わず甘やかして、ちゃんとしつけをしていない事に愛犬家として恥ずかしい思いがした。
 「ええ、そのようにしてみます」
 「今日の所は仕方ないですが、これからやってみましょう…ね」
宿を営むだけではなく、それぞれの犬たちの
良いところ直すべき所をちゃんと指導してくださる佐々木さん。そんな人柄と犬とのふれあいを大切にしているところが一度訪れた人も犬も“また、来たい!”と思う気持ちにさせるのだろう。一度来た人たちは、お礼の手紙やその後の犬たちのスナップ写真などを多く送ってくるという。それはロビーの一角のコーナーに“僕たちも泊まったよ”と題してボードに展示してある。
 「どうも、お世話になりました」
 「はい、じゃあ行ってらっしゃい。又帰えってらっしゃいペレちゃん!なっちゃんもね
。それじゃあ」
来たときも思ったが変な別れの挨拶である。これはオーナーの佐々木さんがここに来られた方は家族で、それぞれの愛犬は兄弟だという事から自分の家に帰って来る、あるいは出ていくという事での言葉であると聞かされた
。全てをビジネスというより犬のために、そして飼い主との触れあいと憩いの場として提供される気持ちの佐々木さんには頭が下がる
 「手紙とペレの写真送ってね。なっちゃん
楽しみにしてるから、行ってらっしゃーい」
「行って来まーす」
どうも変な感じ!の挨拶でお世話になったお礼を言い“スマイル・ドッグ”を後に楽しかったペンションの一泊体験を終えた。
                                                   完



 

        愛犬ペレとの "愛"

《あとがき》
“ペレ”というトイプードルを我が家に迎えて六年間を紹介したが、人の生活の中でも悲喜こもごもな日々がある。ましてや犬と共有する生活は時には煩わしく、やっかいな事が多い。それなのに人は犬は心を和ませ癒しくれると言う。しかし、それは決して簡単なことではない。飼ったときから、その犬の一生を見てやるという責任と義務が生じるからだ
。一時的な感情と思いだけで飼うことは許されない。それは人が犬の親であり、犬を人との共有する社会で、生きていくために世話をしなければならない責任が必要だからだ。昨今のペットブームは老若男女問わず求める傾向にある。一度、飼った犬を飼い主の都合で捨てたり、簡単に施設に後を頼むという無責任な飼い方が、飼われた犬の不幸を招いている実態が毎年あとを絶たない。犬の一生は飼い主によって左右されるという事で一時的な感情に流されず、最後まで愛情をもって飼うことをこの本で感じてほしい。
ペレと過ごした、たった六年間でも、ここに紹介しきれない喜怒哀楽があった。しかし、我が家でのペレの存在は親子四人のそれぞれの受け止め方とペレがもたらせてくれている日々の出来事が、少なくとも心のよりどころとなっている。この先もペレとの楽しい生活を存分に味わいながら菜摘の成長とペレとの愛を育んで見守り続けたい。

        愛犬ペレとの "愛"

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-31

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