短編)ねずみが放し飼い
ただのらくがきみたいなもんです。小説ではありません。すぐに非公開にします。
1
バケツの水を掛けられた。
ロングヘアと、お団子ヘアの女子二人組は笑いながらこちらの顔を覗き込む。
「あはは!」
「涼しいねえ」
私は顔の水を手で切って、其奴等の顔を睨みつけた。
ロングヘアは毛先を指にまきつけながら「自業自得でしょ」と言い、笑った。
お団子ヘアは「西崎くんにいい顔しやがって」と低い声で吐き捨てた。
弁解しようにも、西崎くんが誰かも分からない。
ロングヘアは「どういうつもり?」と聞いてきたので、私は必死に事を否定した。
「私はいい顔なんてしてない」
ロングヘアは、私の言葉を切るようにして「言い訳は要らない」と発した。
でも、ロングヘアなら、私が西崎くんにいい顔するわけがないのを知っているはずだった。
だから、私はロングヘアの顔を伺いながら「どうして?知ってるでしょ?」と尋ねた。
それはお団子ヘアに聞かれたくないことだったから。
でも、ロングヘアは「何を?知りません」の一点張りだった。
愕然とした。どうしてそんなことをするのか、理解できなかった。
お団子ヘアは、「梨花と西崎くんの邪魔したら殺すよ」と、ロングヘアの味方をした。
だけど私は必死に訴えるしかできなかった。
「西崎くんなんて興味ないよ!」
お団子ヘアは「だったら近づくなっつーの!」と吐き捨て、私の背中を蹴りあげた。
鈍痛が背筋を通って全身に伝わる。
地面に蹲る私を、ロングヘアは上から見ながら一言放った。
「私は嫉妬深いの」
涙を堪えても、抑えきれなかった。
2
様子を見て私が立ち上がり逃げようとしたところ、腕をロングヘアに掴まれた。
「ちょっと」
私は手を振りほどくような勇気がなかった。
怯えた目でロングヘアを見ると、ロングヘアは私の様子に少しショックを受けたようだった。
「何?その下着」
ロングヘアの言葉に身体を見ると、水に濡れたブラウスが透けていた。
「西崎くんに色目使おうとしてたの?!」
ロングヘアは怒鳴った。
「違」「不必要な色じゃない!」
私の言葉なんて届かなかった。
お団子ヘアは咥えたロリポップキャンディをガリガリと噛んでいた。
3
「別に誰かに見せるためのものじゃない!」
私は手で身体を隠したが、その手をロングヘアに捕まれ、じっと下着を見物された。
「有り得ない」
ロングヘアはそう言って、私を睨んだ。
私は今の季節が夏であることを恨んだ。
どう隠そうか考えていたとき、お団子ヘアはロングヘアに何かを伝え、二人ともどこかへ去っていった。
私は、服が乾くまで人目につかないところでじっと待つことにした。
4
校舎裏の陰で服が乾くのを待っていると、携帯の着信音が鳴った。
相手はロングヘアだった。
「はい」
「あんたどこ?」
「ごめんなさい」
「早く答えなさい」
「……校舎裏です」
電話は切れた。
私は逃げることもせず、これからどうなるか震えながら考えていた。
夏なのに、寒い気がした。
……足音がする。
聞きなれた足音だった。
「いた」
ロングヘアだった。
手に、何かを持っていた。
5
ロングヘアは、手に持っていたタオルらしきものを手から離して、私に向かって走ってきた。
そして、何も言わず、強く抱きついた。
「ごめんね」
何が何だか分からなかった。
「ごめんね、ごめんね……」
「どうして?」
「西崎くんと話してるの見て、嫉妬した」
私の濡れたブラウスに顔を埋め、号泣する梨花の頭を撫でた。
撫でるたびに涙と後悔が溢れてくるようだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、大好きなのに」
「いいよ、いいから、もう、ね?」
「嫌いにならないで……!」
「ならないよ」
「大好きなのに、どうして私」
「私も大好きだから、泣き止んで」
「愛してるのに、死ぬほど好きなのに、ブラが見えて血が上るのが分かったし、本当に、好きなのに」
「大丈夫だから、梨花」
声にならない声で、嗚咽しながら泣きわめく梨花の背中をポンポンと叩きながら、一息つく。
「離れないと風邪ひくよ」
「いい!一緒に風邪ひくの!」
「ダメ」
授業開始の鐘が鳴る。
木の揺れる音と風の音と、梨花の泣き声だけが耳に入る。
二人だけの静かな空間だった。
短編)ねずみが放し飼い