つめたい夜空

秋津 澪

 僕はよく夜の散歩をする。夜気はそのやさしくかすかなゆびさきで僕の頬にふれて、瞼にそっとてのひらをのせてくれる。睡りなさい。しかし、僕は睡らない。歩くのだ。さらさらと砂のようにふりかさなる沈黙はここちよい。ほのかにしろい音楽が、すっとつめたい夜の底をすべる。りょうわきの街灯は、アスファルトの水面をのぞきこむ白百合である。白百合は水面のうつくしさにぽーっとなって、舞いおちる雪のようなひかりをためいきする。空を仰いだ。あの星のきらめきは、何千年もまえに出発したひかりなんだよ。僕のこころは、いまだにこんなことでときめいてしまう。
 夜空は青、群青いろ、あおむらさき、たなびくように青みがかった陰影はつぎつぎにうつろって、僕はそれを眼にとどめるのにひっしである、その奥にあるのはきっと真白な無限であり、僕は夜空を美しいとおもうだけで、神さまの存在を信じるにはじゅうぶんな理由になるとおもってしまう。
 夜空のつめたさを、よくおもう。宇宙はマイナス何度の世界だろう。されど僕がみる夜空には、がらす加工がされている。夜空と僕のあいだには、うすく硬い膜がはっていて、透きとおったがらす質のそれはつめたくて、そっとそれにゆびをふれると、きんともの淋しい音をたてる。冷淡な、そして硬質な、神秘の交差するピアノの一音。すれば僕は地上にただ独り、とり残されたようなここちになる。空はいつでもそっけない。
 されど祠から一条のひかり落ちるように、月の光は射しこんで、僕を青い涙で濡らしてくれる。空はきっと、僕等のために泣いているのだとおもう。

つめたい夜空

つめたい夜空

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-02-04

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