フェイク・ジャパニーズ

真中 茉袰《まなかまほろ》

フェイク・ジャパニーズ

連載中。

序章《じょしょう》

 「お前さんね、オレのこと嘘吐き(うそつき)と思っとるだろ」微動だにせずにただ真っ直ぐに天井を見詰めながら、彼が私に問うた。
 突然の正鵠(せいこく)()た言葉に驚いた私は、思わず大きく息を吸う。肺が膨らみ、私の体の中に沢山の空気と少しの緊張が侵入するのが解った。私は(わず)かに開いていた換気小窓(かんきこまど)から彼の嫌いな唐梅(からうめ)の柔らかな香りが漂い室内に入って来ては周囲にゆるりと溜まり始めているようだという事に気が付いて小窓を閉めようとしていた所だったのだが、彼の言葉に(きょ)を突かれてしまったが(ため)何ものにも瞬時には反応する事が出来ない状態に陥りその場に(たたず)んだ。
 今私を緊張させているこの目の前の男の名は、中島君雄(なかじまきみお)という。諸事情により会社をセミリタイアした私が住み込みで介護をしている大正生まれの老人だ。
 周囲に近代的な物などほぼ見当たらない山中(さんちゅう)寒村(かんそん)にあるこの一軒家には、小窓から吹き込むそよ風といえども今の時期になると耐えられぬぐらいの性急さを以て(もって)部屋を冷やしてゆく。何しろ今は2月だ。一呼吸置き(ようよ)う我に返った私は、職務を果たすべく静かにそっと小窓を閉めた。
「そんな事ありませんよ。こうして嫁の遺言を守る事が出来ているのも中島さんのおかげですから……」
嘘にはならない程度に本心をぼかして彼の問いに答える。認知症を(わずら)っている彼の話は妄言(もうげん)な場合も多い。故に、介護をする側には、無駄なストレス等で認知症患者の周辺症状(しゅうへんしょうじょう)を悪化させぬように、『嘘を答えてはならないが相手への否定もせず且つ刺激し過ぎないフラットな受け答え』が求められるのだ。嫁の遺言にて彼の世話を始めた当初、私にはそれがどうしても出来ず前任者によく叱られた。
 中島翁(なかじまおう)は、(とこ)に横たわったままでほんの少し顔をこちらに向け直すと私を凝視して、いつになくハキハキと話しを続けた。「本当に、あれが八恵子(やえこ)の書いた遺言だと信じているのかね、竹原君(たけはらくん)は」
「当たり前です」私は中島翁(なかじまおう)から視線を外して話を逸らそうとした。
 ガタガタと北風が窓を激しく叩き、その音に驚いて思わず2人同時に庭を見遣(みや)った。雪だ。いつの間にか外が吹雪(ふぶ)き始めている。
「大変だ。私ちょっと、雪支度(ゆきじたく)を確かめてまいりますね」
これ幸いとその場を離れようとする私。その背中に中島翁(なかじまおう)が酷い嘲笑(ちょうしょう)を投げ付ける。「そんな事じゃあ、八恵子(やえこ)も無駄死にだな!」
 あまりの侮辱(ぶじょく)に内心憤慨(ふんがい)してしまい、私は思わず『フラットな受け答えの心掛け』を忘れるところだったが、咄嗟(とっさ)に妻の最期(さいご)の顔が思い出されたおかげで正気(しょうき)に戻り怒りの矛を収めることができ事なきを得た。
――聞こえなかった振りをして立ち去ろう。
そう決めると私は中島翁(なかじまおう)の方を振り向きもせずに玄関へと向かった。
 庭では開いたばかりの(かぐわ)しき唐梅(からうめ)が私の好きな薄黄色の花弁を雪に激しく撒き散らしており、その惨状を見た私は何故だか八恵子(やえこ)の最期の光景とそれとを重ねてしまい、気恥しい程に狼狽(ろうばい)した。

フェイク・ジャパニーズ

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推理。サスペンス。エンターテインメント小説。

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