うつくしき肢体よ踊れ

一月シヅカ

あなたの姿を取りながら踊っている生身のにんげんを愛しているのはわたしだけであるから、あなたの単独(ソロ)の連綿をわたしはひそかに眺めねばならない。あなたの繊維の収縮を細やかな細胞の脈動を憶えているのはわたしだけであるから、あなたの声の高低さえもわたしは鮮明に焼き付けねばならない。

 あなたは静謐(せいひつ)を閉じ込めた舞台の上、未だ静かに生きている板の上で踊るもの。わたしの()の表面をを無数に横切り、縦横無尽に収縮する姿形(すがた)は彗星の如く爆ぜる閃光である。そういう一連のしぐさでもって、あなたはわたしに「にんげん」というものを知らしめたのだ。
 脈動するあなたの息づかい──わたしはそれを物音ひとつ立てずに眺めている。あなたの肢体はまさしく肉の集合であり、ひとつのうつくしきひかりである。

 にんげんがあなたの姿形をとっているからわたしがあなたを愛しているのか。愛しているあなたがまずせかいに居り、あなたは偶然ににんげんであるのか。わたしには判別がつきません。あなたという個を考えるときに浮かぶ姿形も。印象もすべてがあなたであることに疑いなどは無いのに、形型(かたち)というものは、わたしたちのような生きものにさえ錯覚のように不思議な個體(エゴ)の分離を与え
───

 夢を見ているのです。踊るあなたを見ているわたしの夢を。
 夢のわたしは踊っているあなたばかりしか知らない。
 夢のわたしはあなたの色や生活の姿を知らない。
 わたしのゆめは言わば片道きっぷの平らな夢──いつだって突然終わってしまうもの。
 そうして霧散してゆくものです。

 あなたも(ねむ)るときには夢をみるのですかと一度あなたに聞いたことがある。あなたはわたしの眸を覗いて、そうだね色々な夢をみるよと言った。
 有機物(いきもの)の夢が有機体でないのは何故なのでしょう。
 わたしの夢に出てくるものは有機の物ばかりだというのに。
 もしかしてあなたの夢には無機物ばかり出てくるのですか。
 わたしの夢を見るのですかとは(つい)ぞ聞けなかった。

「あのうつくしい空にも、無数の穴があいているのだよ。
そこからにんげんは粘性の試薬(メデスン)を滴下するようにこぼれ落ちてくるの」
 お兄さんがわたしの寝台(ベッド)の端っこで囁いた。
「空にあいた穴とはあの黄金(きん)色や白銀(ぎん)色や濃紅(あか)色に輝く星のことですか。
あそこからにんげんがこぼれ落ちるの」
「そう。僕は昨日、そういう夢を見た」
「不思議な夢。お兄さんがお考えになったの?」
「そうとも。しかし僕の口はこれだけの夢しか自由に出来ないのさ。まったく不便なものだね」
「お兄さんはもうちょっとばかり真面目になったらよろしいわ。そうすればひかりにだって近づけるはずですもの。天のひかりを穴だなんて」
「僕は孤高であるから僕なのさ。ひかりなんていらない」
「悲しいことを仰らないでくださいまし」
「ぼくが悲しいってのかい。これでもずいぶん幸せだがね」
 笑ったお口の形が針のような三日月に似ているお兄さんは土色の肌に、柔らかな菫色のお髪を長く伸ばし、うつくしい石英のような尖った透白色の眸をしている。夜の寝台にお兄さんが寝転ぶと、月明かりの落ちる部屋に紛れたちいさな兎の王子様に見える。
「お行儀が悪いですわ」
「こうしないと、天球は見えないもの」
 お兄さんは屈託なく笑う。やっぱりお口の形は変わらなかった。
 大きな天窓を開け放しているので部屋にはびゅうびゅうと風が舞っているけれど、お兄さんは何にも気にしておられない。お兄さんは、夜の色がすっかり映ってしまう透明で大きな眸をくるりと器用に動かしておおいぬ座のお話をしていた。
「お兄さんはお城の鉄塔のさきの三日月のようなお顔をしておられるわ」
「なんだい、あんまり近づくと飲んじゃうぞ」
 ぱかっと開いたお兄さんの細い口の中には漆黒が滲みている。
 脅しにしては朗らかな顔をしているので、わたしはお兄さんの首筋をそっと撫でた。
「飲まれたわたしはどこに行ってしまうのですか」
「さあてね。銀河の果てにでもゆくのではないかい」
「恐ろしいことばかり言いますのね」

 お兄さんの見た夢は、輝きしかわたしたちの知り得ない恒星から、人間が落っこちてくる夢だという。
 その、落っこちてくる「にんげん」はわたしやお兄さんとは別の生きものではないのですか。
 だってわたしたちは地の底から生まれ出づる。
 あなたもわたしとは別のいきものなのだろうか。

 もしかしたらわたしやお兄さんの方がにんげんではないのかもしれない。
 だからわたしはこんなにもあなたの生身に焦がれているのかもしれない。
 それならばやはりあなたはわたしのために落っこちてきたのだと思うし、
 わたしは神様に感謝している。

 ──その晩わたしは夢を見た。
 あなたが真夜中の灰色の中で踊っている。
 わたしはにんげんの肢体の伸びやかさに驚いている。
 あなたが朝焼けの橙色の中で踊っている。
 わたしはにんげんの生々しい肌の収縮に驚いている。
 わたしの躰はあなたを眸に認めることで小さく熱反応を起こす。
 あなたが微弱に励起する有機の導体であるから、あなたが踊るたび、
 わたしはルミネッセンスの一瞬(ひとまたた)きになれる。

「そんな寂しいものにならなくてもいいよ」
「寂しい、寂しいかしら」
「ああ。寂しいさ、そんな夢。だから踊ろう。私たちはもっと別のものになれるはずだもの」
「踊るの? わたしと?」
「踊るのさ、私と。ふたりで」

 あなたの声は深い森の湖を遠く超えていく猛禽のような色で、わたしの白い腕をはっきりと引いて動かしてしまうのだった。
 あなたの手に連れられて踊るわたしの関節はひどくぎこちなく収縮を繰り返したが、あなたはわたしを笑ったりしなかった。

 あなたの肢体がわたしの躰を素早く抱きとめる。
 わたしの腕があなたの姿に合わせて静かに揺らめく。
「ずっとこうしたかったのかもしれない」
 定点より眺め続けたあなたの肢体は変わらないのに、わたしの視界はぐるりと変わり続けている。目まぐるしい変化の中で、あなたの笑顔だけが変わらず優しかった。
「わたし、ずっとあなたと踊りたかったのかもしれない」
「なんだ、もっと早く誘えばよかった」
 わたしたちはまるで浅瀬の水圧の中を往く藻類のようなステップを繰り返す。型のない柔らかなあなたの踊りは、間違いなくわたしの愛したあなたのすがたであった。
(そうだろう。うつくしい、わたしだけのひかり!)

 わたしがあなたを愛することをわたしひとりでは言葉に出来ないのです。あなたがそれを知ってくれて、肯定してくれるからわたしは愛を伝えられる。二人で踊ればひかりになれる。
 この世界に言葉が「在る」からわたしたち、言葉がなくても通じ合えるの。あなたの手を、指を介してわたしの声があなたに伝播する。そして肉体が重なれば、言葉のない世界のうつくしいひかりが生まれるのです。わたしがあなたと同じでなくても、世界にはそういう不変があるのです。

「踊りましょう。いつかのひかりの陽のように!」

 あなたの生命は変わらず流れている。うつくしい肢体は踊り続ける。
 のびやかな手脚が静かな木板を跳ねる。
 わたしはそれを願うことが出来るの。
 あなたが永遠にわたしの永遠であるような幸せを。
 あなたが空からこぼれ落ちた神様の忘れ物だとしても
 あなたとわたしと別の生きものだとしても
 わたしがにんげんではなくても
 わたしたちの踊りがあなたをあなたの生まれたひかりの一粒にかえすためのものなのだとしても
 わたしたちの踊りがわたしの獲得()た愛をひかりと同一にするための儀式なのだとしても
 それがわたしの目的であり しかしあなたとの別れなのだとしても
 わたしはうつくしいひかりを知っている。あなたの輝きを知っている。
 だからわたしは寂しくないし、互いを互いの幸福だと思える。

 このままあなたがただ一粒の 生まれたままの発光体(ひかり)
 還ることが出来るというなら
 わたしはいつも 何度でも あなたと「ひかり」を踊るの

(わたしは、満天の故郷の内側で輝き続けるわたしたちが世界でいっとう美しいひかりに思えて、お兄さんにも同じ景色を見せてあげたくなったのだった)

うつくしき肢体よ踊れ

うつくしき肢体よ踊れ

とある銀河の果ての涯 『お兄さん』は笑い、「わたし」は「あなた」を眺め続ける…… たったひとつの“ひかり”を探し続ける幻想人形の愛と永遠の物語

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-02-01

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