スイッチ

荒谷 犬五郎

飛行機事故で、私達262人は死亡した。気がつくと私達は、緑深い森の中を静かに歩いていた。

2010年8月20日午後3時20分。海市発東京行き帝航空機67便は東京空港に着陸予定のおよそ10分前に突然レーダーからきえた。卯月山に墜落、乗客乗員262人全員が死亡した。

2010年8月19日午後10時。北国の海市に住む我が竜田家(築20年一戸建て借家)では、わたし(寿50才)の突然の東京行きに、息子の虎太郎(大学4年生)と娘のかんな(短大1年生)を、しっかり巻き込んで準備が進められていた。
発端は。東京に単身赴任中の夫(公太郎47才)からの電話だった。
「ああーなんだか熱があるみたいで…」
「大丈夫なの?」
「ああ…さっき吐いた」
「そうなんだ…水分を取らないとね。それと、まず熱を測ってみようか。」
「うん、熱は今測ってる。ああーうん38度だって。お母さんが冷蔵庫に入れててくれた、KPウォーターを少しずつ飲んでる。しんどいから布団敷いて横になってた。うう〜」
「う〜ん…ちょっと心配…明日飛行機が取れたら、行こうかな。とりあえず、胃腸薬を飲んでから解熱剤を飲んでくれるかな。」
「う〜ん ちょっと待ってね、胃腸薬PPと解熱剤GGだね。うんわかったちゃんと飲んで寝てたら治ると思うから、無理して来なくていいからね。」
「うん、わかったわかった、とりあえずゆっくり寝てね。なんかあったら、夜中でも電話ちょうだいね。それじゃお休みなさい。」
「うん、おやすみ」
私は携帯を握りしめて、対面式になっている台所とリビングを歩き回っていた。
音もなく、虎太郎が2階から降りてきて、私の行く手をふさいだ。
「ほれ、明日の飛行機のチケットが取れたぞ。」
と、私の顔のまえでプリントアウトした紙を、
ひらひらさせている。
「おっ、さすが虎太郎くん。仕事が早いですなー」と、私はありがたくそのチケットを受け取った。
「8月20日、13時50分発 帝航空機67便 東京着15時30分か、いいんじゃない。」と、いつの間に来たのか、かんながのぞきこんでふんふんと頷いていた。

濃い緑に覆われた山の中を、沢山の人達が歩いている。母と子、父と子、おじいさん、おばあさん、背広姿の人、スーツ姿の人、ラフな格好の若者達、子ども達、帝航空の制服姿の人達。 そして 私も…
飛び散らかった鉄の破片、いたる所で何かがくすぶっている。その中に、無惨な姿で散在する動かぬ人、人、人。
その中に、私達は自分を探して歩いている。

8月20日午後1時晴れ
海空港は、沢山の人、人、人、でごった返していた。夏休みも残すところあと10日とあって、親子連れの姿が目につく。見送りの人達も沢山いた。
よく昨日の今日で席が取れたものだと、虎太郎に心の中で感謝した。
ようやく、席に落ち着く。私の席は3人席の通路側だ。お隣は、赤ちゃんを抱っこしたお母さんが座っていた。その隣、窓側に男の子がお行儀良く座っている。この騒がしい中でも、お母さんのうでの中ですやすや眠っている赤ちゃんに、愛好を崩しながら
「かわいいですね、10ヶ月くらいですか?」と、つい声を掛けてしまう。
「あっ、はい、当たってます。10ヶ月になったばかりです。涼です、よろしくお願いします。
こっちがお兄ちゃんの蓮です。蓮もちゃんとごあいさつして。」と、蓮くんの手に優しく自分の手を重ねる。
「うん、蓮です。1年生です。」と、その小さな体と顔を一生懸命に私に向けている。かわいい、そして凛としている。
少し話をした所によると、お盆に海市に里帰りしていた蓮くん一家でしたが、お父さんが仕事の都合で、一足先に東京の家に帰ったとの事でした。
蓮くん親子と楽しく話をしていたら、気持ちの良い睡魔が私を包み込んで、
「ごめんなさい、とっても眠たくなってしまいました…」そのまま、私は眠りに落ちてしまった。

午後3時20分
突然の爆発音が、体中を貫いた。私は目が覚めているのかいないのか、、、全く状況がのみ込めていない。まるでスローモーションの様に、私が。多分全てが落ちて行く。
体が何か強い力で押しつけられる。
「苦しい・・・」遠ざかる意識の中で、私は蓮くんを捕まえようとしていた。空中に放り出された蓮くんを、お母さんの手が追いかけていた。

緑深い森の中に広がる残酷な光景。その中に、私は私を探していた。静けさの中ゆっくりした足取りで私達は、自分を探していた。

見つけた
その体は泥と血にまみれて、不自然な形に折れ曲がり横たわっていた。回りには至る所に鉄の塊が燻って散在していた。左腕が途中から失くなっている。目を閉じたその顔もまた、泥と血にまみれている けれど、
わかる 私だ・・
うんうんと頷く 私
「頑張った 頑張った、もういいよ。」と言葉をかけていた。
一人また一人、自分を自分の破片を見つけては、
「良く頑張った よしよし」
「ゆっくり休んでね」
「もう頑張らなくていいんだよ」
「良かった、やっと見つけた」
「今まで、ありがとう」
「うーん、あともう少しだけ生きたかったかな」
などなど、口にしている。誰もがとても穏やかな顔をしていた。自分に小さく手をふる子どもの姿もあった。「バイバイ」優しい言葉が飛び交っている。それから、一人また一人、優しい光りに包まれ静かに消えて行った。

(イ コ ウ・・・)
子供の声が、聞こえた。
小さな手が、私と手を繋ぐ。
「うん、行こうか。」
その小さな手に引かれながら、私は再びゆっくりと歩きだした。



なんか 暗い 夜なのか?
いや違う。カーテンの隙間から光がはいっている。う〜んとここは・・・
ここは、海市にある私の自宅竜田家ではないか。その二階にかある、6畳半の和室に私はいた。
私と夫の寝室だ。という事はこの布団を頭までかぶって寝ているのは、夫の公太郎なのだろう。枕元には、ラップが掛かったままのおにぎりとお茶がお盆の上に置かれている。かんなが作ったものだろう。美味しそうだね。今って、いつなんだろう。私は今布団の足下に立っているけど、お父さんが見たら怖がるだろうなと、思ったらその瞬間私は今度は枕元に座っていた。これもまた、怖いかもと思っていたら、
深いため息をついてお父さんが、布団から顔をだした。赤い目と赤い鼻それに、ぼろぼろの肌に無精髭。あれまあ、全く精気と言うものが感じられない。まあ、そうだよね・・・お父さんだものね・・・ と私がため息をついていると
ぶわ〜〜くしょん と家中に響きわたる大きなクシャミ、引き続き ブウウ〜と、なんとも遠慮というものが欠落している、オナラの音
人は、どんなに落ち込んでいようと、生理現象は止められないものなのですね。なるほど。
でも、いつものお父さんだね、安心したよ。
いつもみんなから、「うるさい」 「くさい」 「あっち行って」と、嫌われ続けてきたお父さんの音。私は思わず吹き出してしまった。
その時、ゆっくりした動作でお父さんが体を起こした。
「えっ…うそ… おかあさんが笑っている…気がする…」と小さく呟いている。
私は嬉しくなって、
「うん、そうだよ、私だよ。気のせいなんかじゃないよ ほら、目の前に居るよ。」と大きな声で答えた。
「お母さん…もし、居るんだったら…会いたいよ、話がしたいよ…」
「うん、私も話がしたいよ、お父さん。」
「会いたい・・お母さんに会いたい・・」
お父さんの目から、涙がこぼれた。
そうか、…私は見えないし声も聞こえないんだね。
私は、そっとお父さんの涙に、頬に触れてみた。触れているのに 触れていない、指先を見てみると、濡れていない。わかってはいたけれど、辛い・・・
「あれ・・」と、自分の頬に手を置くお父さん。
「お母さんの手だ。ああ〜なんか暖かい・・・
ほっとする。」
その手の上に、私の手を重ねてみる。
このまま、どうかこのままでいさせて。私は目を閉じた。
その瞬間、目の前に映像が写し出された。 何処かの学校の体育館。そこに横たわる人 人 人・・・ 白い布が掛けられている。
卯月山の中、森の中で、優しい光りに包まれて消えて行ったみんなだ。
その中に私がいる。
お父さんと、虎太郎、かんなが、傍で泣き崩れている。
あんな悲惨な姿の自分を見つけても、涙なんか出なかったのに、家族の悲しみと痛みに、涙が込み上げてきた。
「ごめん みんな・・・」
次に写し出されたのは、私のあ葬式の様子だ。 私は、私の写真の横に立っている。
悲しみに包まれた空気が、痛い。
私の姉(時)がこっちを見ている。
写真の私ではなく、横に立っている私を。
おお〜 やっぱり見えるのか。昔から、他の人には見えないものが見えると、言っていたっけ。それで幼い頃の私と兄(と言っても私達は双子だ)を、心底びびらせていた。
それではと、私は姉に手を振ってみた。姉は頷くと、小さく手を振り返してくれた。兄(犬五郎)が穏やかな顔でその様子を見つめていた。
次に写し出された映像は、虎太郎とかんなが父を気遣いながら、しっかり前を見つめ生活している様子だった。頼もしい姿に、口元が緩む。そんな私と虎太郎の目が、一瞬合ったような・・・
そして、再びお父さんの頬に置かれた手の上に手を重ねている私。お父さんの手が、ぽとんと膝に落ちた。その手を追いかけて私の手が、お父さんの膝を通り抜けた。
膝に置かれた自分の手を、じ〜と見つめながら、お父さんが話し出した。声を絞り出すように・・
「ごめん、お母さん 助けてあげる事ができなかった。怖かったよね。苦しかったよね。何も出来なくて、傍にいてあげる事も出来なくて、本当にごめん・・」
きゅっと目をつぶり、唇を噛みしめている。
声は届かないけど、私が答える。
「うん、でもそれは無理だったよ。お父さん・・誰にも助ける事なんか、できなかったよ。本当に突然の出来事だったから。私はあの時、とっても眠たくなって、気がついたら全てが落ちて行っていた。だから私は怖いとか、痛いとか、助けてとか、そういうものが全くなかったんだよ。だって、気がついたら、死んでいたんだもの。私の寿命だったんだと思う。お父さんと虎太郎とかんなのおかげで、今まて本当に、毎日がたのしかった。とっても幸せな人生だったよ。だからね、死んだ今も、私は後悔なんかこれっぽっちもないよ。」
私はにっこり笑って、お父さんを見つめた。
うん、うん、とお父さんが頷いている。声は聞こえなくても、思いは届いたのかな。ひどい顔だけど、穏やかに口元が「ありがとう」と動いていた。

私の手を、小さな手が繋ごうとしている。
かわいい
「うん、行こうか。」
私は見えない小さな手の子に、声を掛けて再び歩きだした。その時、遠くの方から、ぶわ〜〜くょんとブウウ〜という音が、やはりセットで聞こえてきた。


なんだろう・・・むせかえる様な・・・
鉄のにおいかな?
いや違う、これは・・・血の匂いだ
ここはいったい なんなの?
果てしない闇の空間に、ぼんやりと何かが浮かび上がってきた。やがて、スポットライトに照らし出されたように、誰かがパイプ椅子に座っている。 荒い息づかいが聞こえてきた。何て事を…
「やめて!」
しっかり声は出たのだろうか、私は椅子に座る誰かの、右手に握られたカミソリだけをしっかり見据えて、掴み取ろうとした。
「切れるぞ!」
強い力が、私の手首を掴み動きを封じる。
カミソリを持った右手を高く上げて、左手だけで私の動きを止めている。その足元には血だまりができていた。リストカット
無数に切り裂かれたズボンは血で濡れている。白かったであろうシャツも切り裂かれ赤く染まっている。腕、手、顔、首あらゆる所が切り裂かれていた。
目と目があった。驚いたような、困ったような、その顔を、知っている。私はこの子を知っている。
「早川君・・・」
私の声が掠れる。私の手首を掴んでいた、早川君の手が離れた。
「その、カミソリを私にちょうだい。」
やっとの思いで、私はそう告げると、右手を差し出した。カミソリを握る右手を私に差し出すが、握ったその手が開かない。
「離れないんだ・・・離したくても、勝手に手が動いて自分を切りつけてしまう。俺の意志でこんな事してる訳じゃない・・・」がっくりとうなだれる早川君の手を、私は両手で包みこんだ。カミソリを持つ手がゆっくりと開いた。その手のひらからカミソリが消えていった。
早川瑛。そう君は私の娘、かんなをいじめた張本人だった。かんなが中学2年の出来事だった。
早川瑛、その悪ぶりは中学1年の時から有名だった。大した理由もなく、気に入らないというだけで、いじめが始まる。3人の子分を従え、しつこく、陰湿ないじめだった。同じクラスの子達は自分がターゲットにならないように、見て見ぬふりを決めていた。かんなは、いじめられている子に普通に声を掛けて普通に接していた。
そんなかんなが、ターゲットにされるのは目に見えていた。かんなは、そんな理不尽極まりない事がまかり通ってたまるか、と強く思っていた。しかしそんな強い意志で臨んではみても、毎日続く罵声、罵倒は少しずつかんなの心を蝕んでいった。友達も一人また一人と去っていった。
私達が、かんなの様子がおかしいと思い、いじめを知ったのは3ヵ月も後の事だった。私は何度も担任を訪ねて、いじめのグループ4人の名前を聞き出した。良い関係を築いていた母友にも働きかけ、やっと学校が動き出した。そして、かんなへのいじめは終わった。4人グループのクラスへのいじめも失くなった。しかし、早川瑛の悪が失くなった訳ではなかった。
中学3年になり、いじめからも解放されて、高校への入学も決まった。私は平穏な日々を過ごしていたつもりだったが・・・
かんなの心と体は血まみれになっていた。
ずいぶん後になって、かんなが少しずつ話してくれた。いじめが終わってからの方が学校へ行くのが怖かったと。すれ違う人達が急に私を罵声罵倒してくるのではないかと、怖くてたまらなかったと。かんなは外へ出る事が出来なくなった。

「早川君、何故君は私の前に現れて、君自信を切りつけているの?」
うなだれ、深く息を吐き出してから早川君が話し出した。
「あんた、竜田かんなの母親だろ・・あんたも死んだのか?」
「うん、そうだよ。飛行機事故でね。」
「そうか、そういう事か。かんなもこんな風に、自分を傷つけていたという事か」
「そうだよ・・・」
「俺は死んでから、何度も何度も呼び戻されている・・・まるで地獄だよ。目が覚めると、俺は、俺がいじめていた奴等に、俺自身がなっていた。解るか?俺に俺がいじめられているんだ!まったく、訳がわからねーよ。」
「うん?どういう事」と、私は尋ねた。
「最初に目が覚めた時は、裸の俺に、俺が嬉しそうにホースで水をかけていた。俺は訳がわからなくて、腹が立って俺に殴りかかろうとした。だが俺は悲鳴を上げながら丸くなっている事しか出来なかったのさ・・・気を失うまで延々とだ。」
早川君の顔がみるみる青ざめ、全身が血ではなく水で、びしょびしょになっていた。床も水でびしょ濡れになっていた。小刻みに震えながら早川君は、頭を左右に振ると、再び深く息を吐き出してから話しを続けた。
「次に目が覚めた時は、コンビニで万引きをしていたよ。三件目のコンビニでやっとガム1つを、ポケットに入れる事が出来た。流れる汗を拭う事も出来なくて、転びそうになりながら走って走って、俺の所まで行くと、ポケットからガムを取り出し土下座しながら俺が俺に差し出していた。」
「はあー 誰がガムを取ってこいって言った。ビールっつーたろうが、まったく、馬鹿はつかえねーなー」と、ガムを握った手を踏みつけられた。 俺は「ごめんなさい ごめんなさい」を、繰り返すだけだった。
早川君のかおが苦痛と屈辱に歪んでいた。その手は赤黒く腫れ上がり、土に汚れぐしゃぐしゃになったガムが握られていた。
「そして まただ・・・今度は学校の体育館の倉庫に、口に雑巾を突っ込まれて転がっていた。俺がニヤニヤしながら俺を見下ろしていた。何度も何度も腹を蹴られた。声にならない悲鳴をあげながら、涙を流す事しか出来なかった・・・それからそのまま倉庫に閉じ込められた。冬だったよ。」
海市の冬は厳しい。最低気温が-10度以下になる事など、めずらしい事ではなかった。
雪が舞い降りてきた。次第に激しくなり、吹雪となって全てが雪で真っ白になった。早川君の姿も吹雪にかき消されていった。雪が止んだ。何事もなかった様に、早川君がパイプ椅子に座っていた。切り裂かれた跡もきれいに失くなっていた。
「あんたも、俺が憎くて復習したくて、俺の前に現れたんだろう?ざまあみろって思ってるのか、もっと苦しめと思っているのか?俺をいたぶりたいなら、さっさとやれよ!」
私は吐き出す言葉を探していた。
「俺は死んだんだぞ、バイクで転んで高速道路から弾き飛ばされて、無惨な死に方をしたんだ・・もうそれで十分だろう?それでもまだ気がすまないのか? 復習したりないって言うのか・・・」
そうだった、
私は確かに、早川瑛を心底憎んでいた。
しかし、今君が目の前に現れるまで、私は早川瑛を、憎しみを忘れていた。
4年前、私の娘かんなは、さっきの君の様にカミソリで自分を切り裂いていた。リストカットなんて、そんなあまいものではなかった。手の届く所は全て切り裂かれていた。
「死にたい 死にたい」
毎日、かんなが口にしていた言葉。取り上げても 取り上げても、かんなの手には、カミソリ、カッター、ハサミ・・・が握られていた。
私はかんなが、死のうとしてカミソリを手にしていると思っていた。が、そうじゃなかった。
生きようとして、生きるために、死のうとする自分を切り裂いていた。
そんな出口の見えないどん底の中で、もがき、苦しみながら、かんなはぎりぎりの所で踏みとどまり、前を見ようとしていた。それを、私に教えてくれたのは、虎太郎だった。私と公太郎がおろおろするなかで、虎太郎は日常を見失う事なく、今迄通りにかんなと接していた。食事もとらずに部屋にこもったままのかんなに、私ががオロオロしていても。
「かんな、ご飯だぞ」とのんびり声をかける。
「あとで」と絞りだす様にかんなが、答えると
「うん、わかった。」と普通に答えていた。
「だとさ、聞こえたよね。」と、私に顔を向けた。
「うん、わかった」と私がため息をつく。
「かんなは、死んだりしないよ。」
「そんな事、わからないよ。」
呑気に断言する虎太郎に腹が立ってきた。
「かんなは、死にたいとは言っているけど、そんな自分を認めてはいない。って言うより許せないんだと思う。かんなが、切り裂いているのは死にたいと思ってしまう自分なんだよ。」
う〜ん と腕を組む私。
「まあ、あれだけ派手にやられたら、普通に心配するよな。」と、頭を掻いている。その時、
ぶわ〜〜くしょんと 家中に響き渡る大きなクシャミ、ブウウ〜と なんとも遠慮というものが、欠落しているオナラの音と共に、公太郎が帰って来た。
「おお〜 お父さんはクシャミとオナラが、いつもセットになってるよな。」と、虎太郎が真面目な顔で言うので、私は笑ってしまった。
私の中の塞き止められたドロドロした物が、大河となって流れだした感覚が確かにした。
私もかんなと、前だけを見て1ミリでも前に進みたいと思った。早川君への復習など思い描いている場合ではなかった。そんな事に費やす、時間もエネルギーももったいない。
「早川君、今君に起きている事全てが君への復讐だと思っているの?」
返事がない。
「私はそうだとは思わないよ。君が傷つけた子達は、絶望の中から歯をくいしばり、ボロボロになりながらも、やっとの思いで這い上がり今を生きているよ。でも、君はどうだろう・・・
相変わらず体を、心の痛みを怖がり一歩も自分の足では前に進めないでいる。人を傷つける事で安心を得ているだけ、君が君を都合よくごまかしているだけ。」
早川君の目が私を睨み、ふてくされたように、そっぽを向いた。
「ちゃんと自分が傷つけ、自分の血を流せ、自分て痛みを感じてみろ、そして、絶望の中から歯をくいしばってボロボロになりながら、這い上がって来てみろ・・・そう言う事だと私は思うよ。」
早川君が、小さく息を吐いた。
「そっか、君は気が付き始めていたんだね?だから私の前に現れた・・・」
早川君が、静かに深く深呼吸をする。
「そうなんだろうな・・・」と、皮肉っぽく笑った。君が薄れて行く、ボウーと光を放ってそして消えて行った。

2010年7月20日朝
パンをかじりながら、かんなが新聞をみていた。
険しい顔になり、新聞をわしづかみにして見いっている。
「まだ、そんな事を・・・」
そのまましばらく項垂れていたが、さっと新聞を閉じずんずんと洗面台に行き、ガシガシと歯を磨きだした。
「行って来ます。」と、しっかり声を出し家を出ていった。
バイク事故を起こした早川瑛の、死亡を知らせる記事が載っていた。

小さな手が触れてくる。可愛い。
「うん、行こうね。」

「切れるぞ」と、確かに早川君はいった。


懐かしい、

スイッチ

スイッチ

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-01-31

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著作権法内での利用のみを許可します。

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