隔年の悪魔
6月5日 5:30 推理小説部
高校生活最後の6月、私にはある目的があった。悪魔を見つけ出すこと。その為だけに、部活をつくったのだから。
私達が住むY県では、6月6日に隔年で殺人が行われる。2000年から2年に1人を殺害して、平然と生きている悪魔がいる。そう、今年の2020年で11回目になる。警察は10人の被害者を出しながら、犯人に辿りつくことは出来ていない。
証拠を残さず、必ず隔年で6月6日に殺人を犯す犯人を「隔年の悪魔」と人々は名づけて、メディアで取り上げた。
私は、ずっと興味があった。どうして殺人を行い、捕まらないのか。どうして隔年なのか、何故6月6日なのか。私が生まれる前から殺し続けている犯人に、不謹慎にも興味が湧いてしまったのだ。
しかし、1人では何もできるわけもなく。そこで、高校1年の春に推理小説部と銘打って、推理小説が好きな人を集わせようと考えた。
推理小説が好きな人で集まり、過去の解決済み事件を証拠から犯人を導き出す練習や、推理小説の序盤だけで犯人を当てる練習をして、独力で悪魔を捕まえてやろうと考えたのだが……集まるわけもなく。
結局、幼馴染の昴と渉に頼んで入部してもらって、半ば強制的に手伝わせた。けれど、それも明日で終わり。
明日か……私が殺されるかもしれないな。Y県にいる以上は、その可能性がないとはいえない。公園のブランコで揺られながら、薄明を迎えるのを待っていた。
「弥生……まだ5時半だぞ。何してるんだ?」
背中から声をかけられ、振り向くと昴が立っていた。昴は、学校名の入った中学のサッカー部のジャージをきて、寝惚け眼を擦っている。フラフラとした足取りで、隣のブランコへ座る。
「昴か。なんだか明日が例の日だと思うと、眠れなくって……」
「そうだな……明日か。3人で集まって作戦会議して、6月6日を迎えるのも最後か」
卒業すれば、3人で集まることは少なくなるに違いない。昴は寂しそうにそう言って、大きくブランコをこぎ始める。私達が3歳から遊んでいた公園で、ブランコの軋む音だけが、静かに響いていた。
6月5日 9:00 悪魔
例の日が近づいてきた。2年に1度の特別な日。私は、2年に1度だけ人を殺す。殺さなければ、私は人として生きられない。
毎日のように、人を殺す欲求に駆られた時期があった。しかし、殺してはいけないことを知っていた。
その理由は、在り来りなものだ。人を殺すと逮捕されてしまう。
人を殺すことを容認してしまえば、人間としての悦びは得られず、野生動物のように生きるしかなくなる。自分が生きたいのなら、他人を殺してはいけない。
今まで当然のように教えられ、植えつけられてきたことだ。私自身、そのルールに不満はない。趣味の映画も平穏に鑑賞出来ることは、このルールがあるおかげに他ならない。
しかし、それとこれとは別である。私は、人を殺したい。客観的に見れば異常者だろうな。
だが本当に私以外の人間は、殺人欲求がないと言えるだろうか。他人を疎かにしたことはないと言えるだろうか。
ああ、その時は必ずあったはずだ。
例えば、通勤時間帯での横断歩道。車で信号待ちをしている時、歩行者信号は赤にも関わらずのんびりと歩き続ける者。
自転車で、車の進行方向正面に突っ込んでくる愚弄な者。
他人を貶めようとする者。自分のミスを人のせいにして、お礼も謝罪も行わない者。
自分さえ良ければ、列の割り込みだって、クレームだって好きにしていいと思っている者。
そんな奴らに会ったとき、私以外の奴だって思ったことがあるはずだ。
「1回、死ねばいいのに」
殴って、泣かせて、自分の行動がいかに愚かだったかを謝罪させたい。それを想像して、少し気持ちが浮き上がって、溜息が出る。あほらしい、そんな惨いこと出来るわけないと……。そこが周囲と私との違いなのだろう。
想像して、人を殺すまでは収まらない。そうして、1人を殺してから少し楽になったことに気がついた。もし殺人欲求が湧いてきても、「今年は、もう殺したから」と思えるようになった。
しかし、生活するために殺しているのに、毎年リスクを犯すのは良くない。
だから隔年にした。殺した次の年は、欲求が膨れ上がっても去年の記憶を思い出して、繰り返せばいい。「今年は我慢しよう。来年また殺せるのだから」と自分に言い聞かせてきた。
そして、最初の殺害から20年になる。毎回、捕まりにくいよう隣県であるY県で全て行っている。とはいっても、大学時代にはY県に住んでいたわけだから、土地勘がないわけではない。
1人目は、大学時代に痴漢冤罪を作っていたとニュースになったが釈放された悪女。2人目は、公園で遊んでいた女大学生。3人目は、生徒に暴力をふるっていた中学教諭。4人目は、飲んだくれサラリーマン。5人目は……とまあ、関連性なく殺害してきた。
奇数の人には、何かしらの加害者を。偶数の人には、何の被害にも遭わなさそうな人を選び、殺害することで、関連性を探して私を見つけ出すことを阻んだ。
まあ、私怨のためにやっていることではなく、欲求を満たしたいだけなのだが、計画を立てて行わないと、警察が勝手に共通点を導く可能性もある。
とはいえ20年間捕まっていないわけだから、私の作戦は成功したと言えるだろう。警察は、被害者同士の共通点を探すことや県内の不審者情報を探すことに躍起になり、私に辿り着くことは無かった。
2020年の6月6日。明日で11人目の被害者が出る。今年と来年を平穏に過ごすために、明日は人を殺す。私の湧き上がる高揚感を、今更止める者は誰もいない。
6月5日 10:00
今日は金曜ではあるけれど、呑気に学校に行っている場合ではない。Y県の誰かが殺されると知りながら、授業なんか受けられるもんか!
私は時計を見上げる。10時に集合と言ったのに、昴は、必ず遅れてくる。それに合わせる為、必然的に渉も遅れる。明日は自分が殺されるかもしれないという危機感がないのだろうか。
「おっじゃましまーす! もしかして遅れてる俺!?」
勢いよく部屋の扉を開けたと思ったら、私の怪訝そうな顔をみて明らかに動揺する。
「ええ、5分くらいね。それより、渉は?」
いつも一緒にいるのに、渉の姿が見えない。彼は昴とは違って、時間に遅れるタイプではない。
「渉なら、あそこだよ。ほら!」
昴が指差した先は私の家の玄関。渉は、やれやれという感じで昴の脱ぎ散らかした靴をそろえている。
「ああ……遅れてごめんね。大事な日に」
渉はバツが悪そうに謝る。絶対に昴のせいにしないのは、渉の良いところではあるものの、人が良すぎる。
「良いよ。別にいつものことだし。で? 今回は、昴! なんで遅れたわけ?」
私は一層睨みを効かせて、昴を見るが相手はキョトンとしている。
「何言ってるんだ? 誰かさんと朝の5時代からブランコ漕いでたせいだぞ?」
うっ……。呼び出しては無いとはいえ、責任は私にもある。渉の聞いてないという顔はスルーして話を進める他ない。
「もういいよ! それより、作戦会議しましょう! ついに明日なんだからね」
「そうだな、リベンジだぜ」
昴は強く意気込む。2018年の6月6日。ネットニュースの知識だけで、動いてはみたものの何も出来なかった。
漫画の中ではあるまいし、高校生の聞き込みに答えてくれるわけでもなく、警察が情報をくれるわけでもなく。
何も出来ないまま、気が付けばテレビのテロップには「今年も悪魔、捕まえられず」という文字が躍っていた。
犯人のことも何もわからないまま、2年が過ぎたとはいえ今年こそは見つけ出したい。
「弥生、リベンジは良いけど、何か策はあるの?」
渉が冷静に言う。正直、全くない。
「それを考えるために、改めて前日に集まったの。去年の秋から、事件を洗いなおすことに必死で、作戦はギリギリになってしまったけど」
「ふむ、俺達は推理に強くなっただけじゃないぞ! 犯人には土地勘があって、平日土日関係なく休める人物だって分かったし! そして今は他県に住んでる!」
昴の言うとおりだ。毎年6月6日であれば、土日も平日もある。しかし悪魔は毎年その日に、殺人を行う。仕事を休むのは、リスクがありすぎる。
そして、犯行は明け方の人気の無い所で多くが行われている。間違いなく土地勘がある。監視カメラに不審者が映らないということは、その場所までも、ある程度知っているということになる。
県内に住んでいて、職場がいつでも休めるような人物であれば、もう逮捕されているに違いない。それがないということは、他県に住み、Y県に詳しい人だと予想がつく。
「いやいや、待ってよ。確かに、自分達で犯人の共通点を見つけたのは成果だ。でも、もう明日だよ? 今更どうにかできるもの?」
正論を渉は淡々と述べる。確かにその通り。高校3年生の自由な時間は短い。最近、3人が集まって話す時間がなかったのも事実だ。
「でも、未然に防ぐわけじゃない。被害者に共通点はないのだから、殺害してからが勝負でしょ? 私達で犯行後に、何か出来ることを考えようよ」
「だけど」
渉が言いかけた時、昴が口を挟む。
「あーあー! 待って待って! 俺はちゃんと作戦考えてきているから、まず聞いてくれよ」
「昴、お前……」
「もしかして出来る兄に感動した? どう? どう?」
渉の心配そうな顔も気にせず、褒めてもらいたそうに言い寄る。私には、そろそろ犬のしっぽが見えそうである。
「虱潰しに県内を巡り歩くとかは、駄目だよ? おにいちゃん」
渉は棒読みで双子の兄を呼ぶ。昴は子供のように、ムッと頬を膨らませる。
「そんな面倒なことは、俺はしませんーだ。 じゃなくて、これを使うの!」
そう言って、昴はスマホを取り出す。
「犯人を検索するとか? 名乗り出てくるわけないでしょ?」
私が呆れて言う。同時に渉も大きく頷き、私の味方だと言わないばかりに隣へ腰かける。
「お前ら……俺の信用なさすぎか! いいか、最後まで聞いてから判断してくれよ。否定は最後まで禁止な」
珍しく真剣に昴が言うので私たちは、素直に従う。
「作戦で使うのは、これ。リガールだよ。これで情報を集める」
リガールというのは、日本や海外で流行しているSNSで、自分専用の「タイムライン」には自分の投稿とあらかじめ「フォロー」したユーザーの投稿がリアルタイムに表示されるサービスだ。
「犯人は誰でしょうかって、みんなと推理ゲームでもするつもり?」
「こらこら、最後まで聞けってば!」
ついつい口出しすると、困り顔で反論された。
「ハッシュタグを使って、Y県に居る全員に監視カメラになってもらうのさ! 隔年の悪魔を探せ2020とか、名前を付けてさ。そこに県内の写真を大量にあげてもらう。そして、殺人が起きてからその周辺の写真を洗いざらい見て行けばいいってわけだ」
ハッシュタグは、キーワードの前に#を置いて投稿すれば、検索機能でまとめて閲覧できる。
私と渉は思いもよらない作戦に、目を大きくさせた。これは、やりようによっては上手くいくかもしれない。
「でも待てよ。そんな大量の写真を県内の人に撮らせることが出来るか?」
渉は冷静に指摘する。確かに大量に写真を撮るのは大変だし、下手をすれば著作権に引っかかる。
「もちろん、そこも考えているさ!」
昴はエッヘンというポーズをする。早く話を進めてほしい……。
「まず、ルールは予め説明する。俺たちの推理を投稿し、ハッシュタグを使って写真を撮ってほしいことや、顔にモザイクをかけること、位置情報を載せることをお願いする。そして、有効な写真や位置情報や目撃情報を投稿してくれた方には1人1000ポイントを渡すことで、釣るのさ!」
「おいおい、1人1000ポイントずつって、どこから湧いて出るんだ。もし、犯行近くから100人の人が投稿してくれたら100万ポイントが必要になるんだぞ?」
すかさず、渉が指摘するが、その後すぐに青ざめた顔になる。
「もしかして俺のポイント……」
「おおー! 正解良く分かったね! 流石、俺の弟だなあー」
私は2人の会話についていけず、取り残された気分だった。
リガールにはポイントというものが付いている。多くの人が投稿するように、1投稿で1ポイント、自分をフォローした人が増えるごとに1ポイントと、使用頻度が多い人ほど加算されていく。
しかし、多くの人はネット内のコンテンツに利用してしまい、残っていても千~1万程度だろう。
「弥生? 置いてけぼりにしてごめん。俺はリガールのヘビーユーザーな上に、サービス当初から使っている。しかしポイントは使ったことが無いんだ。だから今……5千万ポイント位あるんだ」
「え! 5千万!? 何個アカウントあるのよ、それ……」
怖って言おうとしてやめた。結構、渉は繊細だからなあ。
「とーにーかーく! 俺はそれを使って、犯人を捜そうと思うわけだ!」
相変わらず偉そうにしている昴は、早く崇めろと言わんばかりだが、渉はすかさず嫌味を言う。
「俺のポイントは好きにしてもいいけどさ。それより何か炎上しそうだけど、大丈夫? 警察のサイバー関係の部署とかに注意されそうだし」
渉は相変わらず的確だ。SNSを使用するなら世間も気にすべきところだろう。私も同調の姿勢を見せる。
「もう! みんな文句しか言わないじゃん。炎上したら、した時! 話題性がある方が、情報が集まるんだから無視無視! まずは、やってみようよ! ね?」
私達が賛同してくれないから、いじけてはいるものの、考えた策を実行したくて仕方ないらしい。
「確かに私達に他にいい案はないし。やってみるか!」
「やるなら、学校に見つからないように適当なアカウントで、ハッシュタグの作成と情報の呼びかけを始めよう。もう12時が来そうだ」
明日の朝までに、Y県内の人にハッシュタグの存在を知ってもらって、流行らせなくてはいけない。そこからはバタバタと拡散活動が始まった。
6月5日 15:00 悪魔
ふと時計を見ると、15時を指している。はやる気持ちを抑えるために、映画を見始めたものの、少しばかり疲れを感じてしまっていた。
珈琲を入れなおして、リュックの中を漁る。
縄、袋、着替え4セット、念のためのナイフ、靴の替え、スタンガン、催涙スプレー、アルコールシート、手袋。全て入っていることを確認して、コーヒーを淹れなおす。
リュックはいつも、3通り変形できるものを購入することが多い。監視カメラに写っても、服装や持ち物が少しでも同じに見えないように意識している。
それから犯行に使う物も、1年以上前に準備し、ありふれたもので足がつかないように。急ぎ過ぎず、のんびりすぎず、行きと帰りのルートを計画する。
「エイル、何か変わったことはある?」
「はい、テレビの全国放送チャンネルで隔年の悪魔を特集しております。つけますか?」
「ああ、頼む」
エイルはAIで動くスマートスピーカーだが、殆ど「隔年の悪魔」に関する情報収集だけに利用している。AIとはいえ、私が隔年の悪魔であることまで理解して通報するような知識は持ち合わせていない。
テレビを付けると、右上の見出しには大きく「隔年の悪魔 明日にも犯行か」と赤い字で書かれている。
芸能人や心理学の教授達が、分析を繰り返すのを何度も見てきた。毎年毎年。6月6日が近づけば、特集して同じような内容を話すだけ。
それをぼーっと見ていると、少しずつ他人ごとのように、耳に入っては抜けていく感覚を覚える。
「そうだよ。明日だ。明日はまた人を殺す……まあ、お前らは今日も明日も明後日も、そこに座って私の思考に近づこうと考えを巡らすだけだがな」
テレビに向かってそっと呟きかえしてみると、本当に私は頭が狂ってしまった人間のようだ。
これなら、映画を見ている方がまだましかもしれないな。
「エイル、ネット上でアクセス数が上がっているページはある?」
スマートスピーカーの電源ボタン周りのLEDが様々な色に切り替わる。電子掲示板やSNSなど、多くのページのアクセス数を確認しているのだろう。コーヒーを啜りながら、ゆっくり待つ。
「お待たせしました……隔年の悪魔に関するアクセス数ですが、電子掲示板は特に変化有りません。大手ニュースのページも例年と変わりません。SNSで、アクセス数が伸びている投稿があります。パソコンに表示しますか?」
「ああ、頼む」
私自身はSNSもそこまで興味はないのだが、巷ではリガールというものが流行っているらしい。投稿数が0のままの私のアカウントを経由して、エイルが提示したページを開く。
検索キーワードを入れるボックスに、隔年の悪魔を探せ2020というハッシュタグが入っている。
どうやら、Y県内で犯人捜しをするためのタグらしい。下へ下へとスクロールしていくと、ハッシュタグを作った奴の投稿が目に入る。
私のことを調べ続け、Y県内の者ではないというところまで確信しているようだ。なかなか、他の推理も当たっている。
SNS内のポイントを餌に、現場付近で写真を撮らせ、全員で私を探そうという気らしい。私を探そうという時点で馬鹿にする気だったが、あながち的外れということもない。よく推理できている方だろう。
とはいえ、殺人が起きてから探すという点は完全に後手に回る事になるため、不謹慎という声も上がっている。拡散をいくらされたとしても、協力してくれる者が増えるとは限らない……計画の邪魔になる程とは思えないな。
自論ではあるが、入念な計画というものは突発的な問題で変えたりするべきではない。このような場合、焦って何かしようとすると、それが致命的なミスになる。逆にいつも通りの夕方を過ごすべきだろう。
明日の計画を頭の中で繰り返し確認しながら、夕食の買い物にでかけるとしよう。レシピを確認しながら、スーパーで買い物をしている私を、誰が悪魔だと思うだろうか。この感覚こそが、生きている実感に等しい。
6月5日 20:00 推理小説部
12時間後のニュースでは、被害者が発見されているかもしれない。得も言われぬ気分になる。
「弥生、カレー冷めるぞ?」
昴は、夕飯をご機嫌に頬張っている。私には、明日見つけられるのかと緊張で頭が一杯だというのに。
「なんだよ……その目は? 俺のカレーの方が旨そうって? まあ渉が作るカレーは俺の為のものだからな」
何故自慢げなのか。緊張感のかけらのない発言に私としては不満だけど、今はこの呑気さも必要かもしれない。
「確かにね、渉のカレーは何か美味しいよね。親が出張中だからって作ってもらって。ごめんね」
父は単身赴任中で、母は出張中。危ないからということで渉達の親に預けられているような状況だが、都合がいい。3人で居ても不自然ではない。
「いいよ。いつものことだし。でも、弥生もそろそろ料理の1つや2つ作れたほうが良いと思うけどね」
痛いところを突いてくる。
「はいはい、相変わらず渉はお母さんみたい。早く食べて情報確認しよう」
急いで話を逸らす私に、渉は少し溜息をついて、食事を再開する。
食事を終えて、渉達の部屋に行く。相変わらず、渉のスペースはモデルルームみたいに片づけられており、昴のスペースは漫画やスポーツアイテムで床を埋め尽くしている。
「いつみても対照的な部屋だね……」
「ごめんね、片づけるようには毎回言ってるんだけどね」
なぜか渉が謝る。このくだりも何回したことか。
「おいおい、俺の部屋のセンスが分からないってかー? これだから弥生は……。これはな? いいかんじに全部ベットから取れるようにしてあるんだ。いいだろ?」
実際に昴は、ベットに転がり、床の漫画に手を伸ばす。偉そうなんだから。
「それは良いから、早くハッシュタグ確認しよ。通知はどう?」
昴は無視して、渉の部屋の座椅子に腰かける。
「ああ、もう1万回は拡散されてる。だが、予想してた通りに炎上もしているよ」
「やっぱりね。で? 協力してくれそうな人も多い?」
真面目な話が始まったからか、相手にしてくれないと踏み、昴も近くへ四足歩行で滲み寄ってくる。
「どうだろうな。僕らの考察に追加推理してくれている人も多い。既に、写真を撮ってくれている人もいる。ただ……同じくらい批判の投稿も多い。どうなるかは明日になってみないと分からないな」
みんな無意識に唸ってしまう。このまま進めて大丈夫なものか。最悪、拡散されすぎて、どこかから湧いたデマが広がれば、名誉棄損なんてこともあり得る。
「明日になってみないと分からないなら、考えても仕方ないじゃん? 俺も見たけど、既にY県に入る交通ルートあたりで写真を撮ろうとしている人も多かったよ。明日は犯行時間が確定した時点で、そこから投稿を全て3人で確認するんだ。早く寝るに限るだろ?」
確かに、昴の言う通りだ。このまま上手くいくとも限らないが、今できることは何もない。
すぐに寝る準備を始める。
昴は真面目な顔で、客間の部屋に私の布団を敷きはじめる。私は、何も言えないまま布団に入ると、昴は電気を消してこう言った。
「明日は、絶対3人で居ること。離れないこと。被害者を出さないことは無理かもしれないけど、この中から被害者を出さないことは出来るはずだからな。おやすみ」
私は心の中で返事をして、目を瞑る。悪魔を警察より先に見つけられたら、何を聞こうか。恐怖心と期待の中で、意識を遠のかせることに集中していった。
6月5日 23:50 悪魔
小学生の時、遠足に行く前日の気持ちといえばいいのか。どうにも気分が高揚する。
今回はY県に夜行バスで入り、新幹線で出る。バス乗り場では、眠そうにしているスーツの男達が既に何人も並んでおり、俺も同じような格好でその後ろへ並ぶ。絶対に目立たない。
Y県行の夜行バスにサラリーマンしか並んでいないのは、俺のせいかもしれない。わざわざ明日に悪魔がいるY県に行くなんて、会社員は辛いものだ。
バスに乗り込み、明日へと気持ちを馳せる。ああ、明日にはあの快感が待っている。楽しみではあるが、既に終了後の喪失感も想像できてしまう。本当に、遠足前の子供のようだ。
6月6日 5:30 悪魔
流石に眠くないといえば嘘になるが、気分が高揚しているせいか意識はハッキリとしている。少し手袋をしているせいか、手汗が気持ち悪い。
今年は11人目で奇数の年なので、何らかの加害者を被害者にする。今回は5年前に、いじめによって男子高校生を自殺させたグループの主犯格。自殺した高校生は、毎日学校で暴力を受け、恥ずかしい写真を撮られたりしていたが、主犯格は実際には手を汚していないため、特にお咎めは無かった。
しかし、いじめていたメンバーからは、今回の標的から問い詰められる事が怖かったという発言もあった。そして最初にいじめると言いだしたのは、今回の標的だった。
結局、刑には処されず、転校することで終幕している。
高校生が自殺してから5年。23歳の今回の標的は、早朝までのガソリンスタンドバイトを終わらせ、6時前。誰もいないマンションの1室に帰宅するはずである。
見るからにガラが悪そうな見た目をしている。ガソリンスタンドの制服は腰パンし、何度もため息をつきながら、帰路につく青年の前を歩く。
同じエレベーターに乗り、別々の階を押す。古いマンションではないが、何故か監視カメラがない。わざわざ、部屋まで待つ必要はない。
後ろから縄で勢いよく飛びつき、思いっきり首を絞める。血が出ない方が、証拠は残りにくい。
暴れて、通報ボタンを押そうとすることは分かっているため、全体重をかけながら一気に後ろへ引く。我ながら動くエレベーターの中で殺害とは、大胆なものだ。
このマンションは、既に耐震工事の為に入居者の殆どは引っ越しか、ホテルへ移動している。被害者も来週には、ここを出ている予定だった。力の抜けた標的を見下ろす。
来週には、ここを出ていく予定だったのに、こいつには来週が来ないと思うと何故だか涎が出てくる。改めて私は異常者だと感じていた。
最上階のボタンを押して、死体を乗せたままエレベーターは止まる。下で誰かがボタンを押すまでは、彼はこのままだろう。
私は、非常階段でゆっくりと歩いて1階へと降りる。マンションの入り口でエレベーターの階数表示が最上階になったままであることだけ確認し、外へ出る。
時間を確認すると7時半。快感の反芻をしたいところなのだが、まずは着替える所を探さなくては。
どこかのテナントビルに入り、手袋を外す。そこから、何か所か着替えられるところで数回着替え、新幹線に乗ろう。
昼から、職場に出る。今日は仕事が手に付かないだろうな。
トイレの鏡に映る自分に、悪魔めとそっと呟いていた。
6月6日 9:30 推理小説部
朝6時に目を覚まして、ずっとスマホを見つめているせいか瞼が重くなってきた。緊張はずっと続いているせいか、3人とも全く話さなくなっていた。
突然、渉がトイレから走って戻ってくる音がパタパタと聞こえてくる。勢いよく開いた扉に、私は足の小指を打ち付けられる。
「いったい! え、なに?」
私は小指を押さえながら、深刻そうな顔をしている渉を見上げる。
「ああ、めっちゃ痛いやつだよね。ごめん! 被害者が出たよ! ニュース見て、ニュース!」
やっと来たかという気持ちと、今年も被害者が出てしまったという悔しい気持ちの両方を噛みしめながら、テレビをつける。
「速報です。Y県に今年も隔年の悪魔が出てしまいました。被害者は23歳男性。マンションのエレベーターで、朝7時頃に絞殺されたと見られています。警察は、男性の身元と詳しい状況を捜査し……」
テレビには、犯行があったと思われるマンションが写しだされる。マンション自体は分からなかったが、隣にある店には見覚えがあった。
「ここ、隣町のたい焼き屋さんだ! 昔、母さんと買いに行って昴達にもあげたところ!」
昴も大きく頷く。
「俺もここは行ったことがある。S市だな。そこから県外に出るルートで考えられるのは、高速バスか新幹線か……」
「とにかく、場所を投稿して、その付近で7時前後に撮った写真を確認していこう」
私が急かすと、渉は既にタブレットで情報を確認し続けていた。
「まずはエリアと時間で区切って、3人で手分けして確認していこう。高速バスと新幹線駅、犯行場所付近の写真で昨日から今までを確認する。顔は写ってないから、服装や持ち物で同じような人が利用してないか確認するんだ」
渉は的確に指示をだす。
「でも待てよ、明日とか明後日にY県を出る可能性だってあるんじゃないのか? 同じ服装の人が昨日から今までに、県に入って出ていくということをしてないかもしれないだろ」
昴の言うとおりだ。もしかしたら宿泊しているかも。
「その可能性は0じゃないが、少ないはずだ。わざわざ自分の県ではなく他県で犯行をしているのに、長居したらリスクが大きすぎる。必ず犯人は、急いで戻るはずだ」
確かに、早く犯行現場ひいてはY県から出たいところかもしれない。
「とにかく急いで確認しよう。土日のうちに犯人に結び付けたい」
3人で顔を見合わせてから、作業を始める。思った以上に写真は集まっていて、拡散も50万人を越えている。写真のない投稿は無視し、写真だけを黙々と確認していく。
3年間で1番充実している……不謹慎ながらそう感じていた。
6月6日 11:00 悪魔
予定通りの指定席に乗り、自分の家まで帰ってこれた。13時には会社に行って、仕事をしなければいけない。
今年も順調に終わせることが出来た。ニュースでは、事件に関する速報が流れている。帰宅して、それを横目に見れば、やっと達成感が満ちてくる。
しかし、全社員フレックス制をしようと言いだした社長本人が悪魔だと知れば、社員はどう思うだろうか。まあ、一生知ることもないだろう。
6月6日 15:00 推理小説部
「これ! これおかしくないか?」
昴が突然叫び始める。6時間近くスマホと睨めっこしているせいか、意識がぼーっとしている。昴は元気なままなことが絶対おかしい。
「私は全然見つからないよう……どれ? なに?」
昴はタブレットとスマホを指さす。
「この男性、遠くて分からない5時過ぎの高速バス乗り場にいるでしょ? それから、この新幹線乗り場の写真のここ。同じ人だと思うんだよな」
「いやいや、全然ちがうでしょ。服がスーツだし、こっちは私服だし、靴も違うよ? 骨格は似てるけど……」
昴が指差す男性は、背が高く姿勢が良い。顔は分からないが、おじさんという感じではない。
「待って、こっちの写真にも写っている人かも……」
そう言って渉が自分のスマホに映る写真を指差す。現場近くの24時間スーパーに、何人か写っている。
「え? どこ? なんで同じ人だと思うの?」
私にはサッパリわからない。
「弥生は、昔から間違いさがし苦手だもんな」
ニヤニヤとしながら昴がからかってくる。
「高速バスの写真のバックと新幹線乗り場の写真のバック。リュックと肩掛けだけど、同じものだろ? それから、スーパーから出てくる男性も同じ物を持っているんだ」
確かに改めて見ると、同じ物だ。
「でもそれだけじゃ分からないよ?」
「いや、そんなことない。改札を通る写真、首に大きいホクロがある。そしてスーパーの写真も拡大すると、大きいホクロがあるんだ」
ハッとすると同時に、鳥肌が立つ。この人が悪魔……。早計かもしれない。でも、当たっているような気もしていた。
「この人が犯人だとしてどうする……弥生は会って話したいんだろ? どうやって、名前や場所を突き止める?」
昴は、私をしっかり見つめて言う。
どうすべきだろうか……。
「ここまでしか出来ないのかな?」
正直、手がない。警察に情報提供したら、犯人と話すことは出来なくなる。
「いや、この人の正体ならもう分かってるよ?」
渉の発言に、思わずぎょっとする。
「いやいや、なんで? 顔より下しか分からないんだぞ?」
昴と私も同じ気持ちだが、渉が嘘を言っているようにも見えない。
「もちろん、投稿されているのはモザイクがかかっているから、誰か分からないが、投稿者に頼めば、編集前の写真を貰えたよ。これ、見覚えあるでしょ?」
渉は机の上に、元の写真を取り出す。私と昴はそれを見た途端、驚きのあまり顔を見合わせてしまう。
「これ、テレビでCMもしてる建築会社の社長じゃん! え、社長が犯人ってこと?」
Y県と近接している県のみでCM放送している会社で、この辺で知らない人はいないだろう。社長が犯人ということはありえるのだろうか。
「社長出勤という言葉がある位だから、社長という立場であれば多少自由がきくこともあるんじゃないのか? 学生の俺らにはよく分からないが……」
確かに渉の意見も一理ある。しかし、犯人をつきとめられたからといって、何かできることがあるわけでもない。社長なら尚更会えるものではないかもしれない。
「弥生は、会えないと諦めてる? 俺は、会えると思うぞ。とにかく準備しながら話そうか」
そう言って、身の回りを片付け始める。
「俺もどうやって会うか分かったもんねー!」
昴はすでに自慢気だが、隣の県にいる社長に会う方法などあるのだろうか。
玄関で靴を履いて、そっと扉をあけて出ていく。親に気づかれると余計な心配をかけるからだろう。
道路にでて、すぐに私は渉に詰め寄った。
「で? どうするの?」
「ん、それはな。会社のホームページにラジオ出演が予定されているのを確認したのさ。これの終了時間に合わせて、待機していれば少し話せるかもしれないだろ?」
確かに。社長とはいえ全国規模の大きな会社ではない。秘書やボディガードを付けるかまでは怪しい。
私達は、そのまま隣の県にあるラジオ局へバスで向かった。
6月6日 18時 推理小説部
もう薄暗くなった時間にバスは、商店街の前へと停まる。商店街の中心にあるビルの2階にラジオ放送スペースがある。
「渉、もう放送終わる頃なんじゃないのか? 時間的に間に合うのかー?」
昴は、特に調べもせず渉に詰め寄る。
「今時、放送スケジュールなんてネットに載っているさ。あと10分程で終了するはずだから、ビルの1階裏口で待とう。ここを通るはずだから」
相変わらず渉は冷静だ。
社長が犯人だった場合、どう聞けばいいのか、何を聞けばいいのか……その事で私の頭の中はいっぱいだった。
「なーに、深刻そうな顔してんだよ。お前が会いたいといって俺らを3年も連れまわしたんだろ? 弥生がすっきりしないと、付き合わされ損だぜ」
確かに昴の言うとおりだ。私は悪魔がどうして人を隔年で殺すのか、それに興味をもってここまで来たのだ。正直逮捕されてほしいという気持ちよりも、疑問解決が優先だった。
その時、裏口の自動ドアがゆっくりと開く。社長が歩いて駐車スペースへと向かってくる。歩く方向に3人で立ちふさがる。
「どうしたんだね、君たちは。悪いがアイドルではないのでサインはあげられないよ?」
社長は、CMのような貼り付けた笑顔でこちらに敵意を向ける。180cm以上ある身長で、上から見下ろされるような敵意は高校生の私達には、響いた。
それでも、捻り出すように質問する。
「……社長さんは、悪魔ですか?」
その瞬間、向けられていた敵意は波が引くように顔から遠のいた。そして残念そうな顔をして、溜息をついた。
「なるほど、ハッシュタグは君達か。なるほど、ここではなんだ、ついてきなさい」
そういって黒塗りの高級車の扉を開く。
「さあ、乗りなさい。埋めやしないよ」
「さて、私は隔年の悪魔だよ。よく気づいたと、まずは称賛しよう。何をしてほしいのかな? 自首かい?」
車に全員が乗り込んだ途端、社長は素直に悪魔であると認めた。その事に昴達は驚いていたが、私はそうでもなかった。何人も殺してきた悪魔が、逃げ続ける気ならもう私達は殺められているに違いない。
「いいえ、私は貴方に聞きたかったのです。どうして何人も関連性もなく殺すのか。それだけが気になってここまで来たのです」
社長の目を深く見つめる。まだ私達は嘲笑われているような気がしていた。悪魔の前では、私達は所詮人間なのだと感じさせるように。
「なるほど、純粋な興味ね。なんて危うい……良いでしょう。少し話をしようか」
そういって社長は後部座席側も見えるよう、腰を回した。
「君達は、他人と違うと感じたことはあるかい? まあ、当然あるだろう。好み、思考……様々な物は他人と異なる。では、なぜ人を殺したいという思考を持つことがいけないか。それは平穏が壊れないよう教えこまれてきたからだ。では、聞こう。人間が抑制したことで完全に抑制されたものは、あるかね?」
社長の話が分からないというように、昴は首をかしげる。
「少し難しかったかもしれない。家に帰るまでに寄り道をしてはいけないと言って、守る人は何割かね? 煙草は体によくないからと禁煙に成功したことは何人かね? 人間はどんなに正しいことを決めて、理屈を通しても、何割かの人は不可能なのさ」
確かに、一理ある。しかし、それと殺人を一緒にすることは違う気がする。
「社長の言うとおり、ダメと言われるとしたくなる気持ちは分かります。でも、それはそこに楽しみや快感があるからこそです。人を殺すことは……」
そこまで言って気が付いた。社長には快感なのかもしれない。
「ああ、普通の人にはそうかもしれないね。でも私には快感なのさ。先程も言ったが、思考は人によって異なる。
殺人とは一時の衝動で行われるものだという意識が世の中には多いかもしれないが、私は常時の衝動なのだ。会社をここまで大きくしてきたことも、食事が美味しく感じられるのも、隔年で衝動を解消してきたからなのだよ」
衝撃の理由に沈黙が流れる。
「でも、それは悪魔の理屈ですよね?」
悪魔の思考に驚愕しながらも、渉は尋ねる。
「ふむ、その通り。少数派も少数派。法律を犯したものは罰を受ける必要がある。君達に暴かれたからには仕方ない。時間の問題だ。自首するとしよう」
悪魔から生きる喜びを奪ったからなのか……高校生の暴かれたことよりも、これから生きる理由が見つからないという表情をしていた。
「さて、警察にいくとしよう。君たちは降りなさい」
そういって、1人1人の扉を開けてくれる。
「それにしてもSNSというのは、怖いものだね」
悪魔が失笑しているが、顔に生気が感じられなかった。そんなにも殺人は生きがいだったのだろうか。
「君達も気を付けるといい。自分達の物差しでは測れない悪魔は、私のように日常に紛れている。だからこそ悪魔というわけだ」
そういって運転席の扉を閉める。
悪魔の思考に圧倒された私達は、そのまま渉が帰ろうと言い始めるまで動けずにいた。
その日の夜、ニュースで悪魔逮捕の見出しが流れ、特番が組まれ始めた頃、リガールのアカウントを停止した。渉のポイントは全員に配り、殆ど0に近くなった。そうして事件の幕は下された。
しかし私達の頭の中には、社長の最後の言葉がずっと繰り返し流れていた。きっと、これから生活して死ぬまで何度も流れることだろう。
悪魔は、どこにでもいるのだ。
隔年の悪魔