ぶどう農家民話・海を見たかったカラス

「・・・僕は北に進めば良いと話したんだけどね、どうやら日の出に誘われて東へ向かってしまったらしいんだ。その宍粟のカラスは海を見たと興奮していたけれど、よくよく尋ねると、なんと琵琶湖だったんだよ!」
 そして、旅ガラスはくちばしを思いっきり開けて大笑いしました。
 津山のカラスは海も想像できない上、聞いたこともない琵琶湖という言葉に戸惑いながらも、旅ガラスの見識の広さに嘆息するばかりでした。
 JAの屋上に2羽のカラスが停まって話し込んでいます。
 片方が旅ガラス、もう片方が、地元津山の若いカラスでした。
「キミはステキだなぁ。僕も海というのを見てみたいよ」
「簡単だよ、ここから北か南に向かって飛んで行けばいいんだ。2、3日程度で辿り着けるよ」
 それから旅ガラスは、ビーチで出会える色白で豊満なウミネコの女の子達や、食べ放題の潮干狩り体験をひとしきり話して聞かせました。
 そんなわけで、津山のカラスの頭の中は、海のことでいっぱいになってしまったのです。
「僕の新婚旅行は、海にしようかと思うんだ」
 そう決断した彼を旅ガラスは快活に支持し、旅のプランを練っていたところで、未来の花嫁のクロミさんが舞い降りて来ました。
「知らない土地を3日も飛び続けるなんて、無理よ」
との懸念に旅ガラスは、この季節なら要所要所で土地の食べ物にありつけるだろう。それも旅の醍醐味だから、楽しんで飛べるはずだと太鼓判を押しました。
「正確に海に辿り着けるのかしら」
 南の海へ行くのであれば、吉井川を辿っていけばいい。川は必ず海へ辿り着く。
「それで、私達は戻って来られるの?」
 この質問に、旅ガラスは首をかしげ、こだまのように応えていた返答を途切らせてしまいました。
 どうなんだよ、と津山のカラスがせっついてようやく放った言葉が。
「戻る、って、意味が分からない」
 旅から旅へ渡り継ぐ旅ガラスにとって『戻る』という行動は、そもそもが発想からして存在しないのです。
「川が海につながっているのはいいとして。海から津山に戻ってくるのに、全く川が分岐せずに辿れるわけではないでしょう? どうやって正しい道を選べばいいの?」
 根を上げたのか旅ガラスは黙ったまま加勢してくれません。仕方なく津山のカラスが
「行きすがら、分かれ道にパンを落としておこうか」
「アナタ、それではスズメに食べられてしまうわ」
 それでも、どうしても海を見たい津山のカラス。黒い顔を心持ち赤らめて、地面を睨んでいます。
 可哀想になった花嫁カラスは、ふとJAの駐車場を見下ろして名案を思い付いたのです。

 二人は無事、瀬戸内海に新婚旅行に行ってきました。
 新鮮な牡蠣の美味しかったこと! 花嫁は友人へのバラマキ土産として、ピンク色したサクラ貝をたくさん見つけてきました。
 たまたま、今年のぶどう部会の親善旅行が瀬戸内海だったのです。
 二人は3日間絶えず飛ぶことなく、団体旅行のバスの屋根にたった半日停まるだけ、しっかりものの花嫁カラスが注意していたので復路も乗りそびれることなく無事帰還することができました。
 津山カラスは念願かなって対面できた海に感動し、戻ってからも一ヶ月はそのことばかり話していました。
 だけど興奮も冷めたのか、最近はどこからか仕入れた『ハワイ』への思いを募らせているそうです。
 そういえば先日、JAの駐車場にハワイ旅行のチラシが落ちていましたが・・・。 

ぶどう農家民話・海を見たかったカラス

ぶどう農家民話・海を見たかったカラス

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-27

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