宗派の儚1️⃣

草也

宗派の儚1️⃣



-執筆にあたって-

 ニニ〇一一年三月一一日、
一四時四六分。激震(東日本大地震)が発生。僅か、三〇秒ばかりだったが、まさに、震天動地。ストーブを消してトイレに駆け込んだ。
 ことごとくを飲み込む大津波の映像が流れる最中、翌一ニニ日、一五時三六分、原発(福島第一原発一号機)が爆発した。震撼し混乱した。その後も次々に爆発して、やがて、雨混じりの放射能が降り注いだのである。
 その数日後、私は日本人である事を拒否した。あの狂気の情況で精神の平衡を保つには、唯一の自衛の方策であったのである。
 同時に日本語も否定した。いかにも曖昧な極東の果ての究極の混合言語。辿り着いた民族の乱交が産み落とした猥雑な言葉。生存の危局に伝える術を持たないこの国の卑小な感性の言語文化。私にはそうとしか思えなかったのである。
 もし、私が、私の原初の北方の、縄文の、起源の言葉を持ち得ていたら、私の思索を、もっと、多彩に自在に唄えたであろうか。あるいは、ただ、悲痛と復讐の唄を呟いただけなのだろうか。
 あれから四年が経過したニニ〇一五年の初夏。何れにしても、与えられた日本語で恥辱にまみれながらこの叙事詩を書き始めるしか、私には方途がないのである。
 私は日本人として刻印されながら日本人である事を拒否した、いわば異人である。
 私は精神の孤児、囚われびと、反逆者、異端、アカ、辺境のひと、国家の転覆を夢想する犯罪者であったのだ。
 そして、異人を宣言した私は真の自由人になったのである。
 私ひとりだけの共和国の独立を祝って、登場人物の一人、生多という北の山脈の深奥に潜む女にカムイの古謡を詠わせよう。



『異風の時』

青春と呼ばれた柔らかな犯罪があった。
ある日、涙を曳いて北に縦走して行った。
ひとびとの優しいこころだけを撃ち抜きたいと願っていた。

私たちは、誰が彼の視線に有機的だったろう。
私たちの生活のすべてで公判と懲役の匂いがしていたから。
ただ目を落として彼が行きすぎるのを待ったのだった。

今日、北の海に、再び、異風のざわめきが立ち上がる。

彼が、彼がまた渡って行くのだ。


 私は確信の異人である。そして、異風の吹き渡るのを待っている。その時はきっと近い、と夢想している。
 あの日を契機に、人間の根源に立ち返って異民の側に身を置いた人々、国家の辺境で闘い続ける決意を固めたすべての人々に、この寓話を捧げる。


-目次-
始めに
草也と夏
桔梗
新風土記
神の国
金色の蛇


-始めに-

 一九四五年八月一五日。敗戦のこの一日を挟んで、この国の国民は陰惨な過去を忘失して復興に邁進し始めたのである。しかし、戦渦の怨念を棄てずに国家と対峙し続ける人々の幾つかの群れがあった。私はそれを『異民の群像』と名付けよう。これは彼らの強靭で儚い一瞬の叙事詩である。


-草也と夏-

 出会い頭の、初めての抱擁の衝撃的な余韻が鎮まる間もなく、二人は新しい性愛の激流に泳ぎ出して行くのであった。
 北国山脈のザオウの始原の山中だ。
 一九四五年八月十一日。昼。
快晴であった。

 「所詮、御門の始祖などは半島の政争に敗退した、得体も知れない流浪民なんだ。貧民の海女に惚れて后にしたのだっている」股間の男の頭を押し返した女が、「だって、戦死した夫は御門の赤子だから、皇軍の兵士で名誉の戦死だから御門神社に祀られて、神様になるって言われたのよ。違うの?」と、覗き込む。「どんな死に方をしようが、死んだら誰だって骨になるだけじゃないか?」「その骨だって骨箱には入ってなかったのよ」「こんな戦争は負けるに決まっている。六日にはナガサキ、九日にはヒロシマに、途方もなく巨大な爆弾が落とされて瞬時に壊滅したそうだ。首府はとうに、主要都市も焼け野原だよ。オキナワには敵国が上陸している」「敗戦はそんなにすぐなの?」「まあ、数日だろうな」「あなたはどこから来たの?何でそんなことを知っているの?」男の眉間に深いシワが鋭く走った。「わかったわ。もう、何にも聞かないから。…続きをやって」男の舌が、再び、股間に這った。


-桔梗-

 左の足首に下着がよじれている。傍らには女の野良ズボンと野良頭巾が丸まっている。
 藪の奥深くのニ畳ほどの草むらの二人に、八月の日差しがけたたましく降り注いでいる。時おりそよぐ風もなま暖かい。いつもの夕立が近いのか。
 山脈を潜った細い清水が小さな窪みに溢れて流れ出ている。傍らに女の背負う籠と、放浪の旅人である男の大きなリュックが置かれていた。
 この日、二つの飢えた魂が出逢い激しく交わって渾然となった。貧しい二人であったが、混沌が極まった状況に、始祖として立ち現れようとしていたのである。
 渇き切った二人は互いの夢を互いに孕ませて、新しい夢を産みだそうとしていた。その夢を確信にして歩み出そうとしていた。
 その為には、飢えた二人には原初としての激しい性愛が必要だったのである。
 男は漂流の果てに復讐と言う希望を体系化しようとしている。女は悲痛を原始の山中に埋めようとしていた。二人とも絶望の海を漂ってはいたが、生きようとはしていたのである。しかし、状況は切迫している。二人はお互いをこの認識で共有したのかも知れない。
 だが、男は女にあらゆる性を求めるだけで、甘美の瞬間を安らごうとしただけなのかも知れない。だが、女は全てを受け入れながら、欲望の激流の中で昇華されようとしていた。
 男の営為は御門を否定したことで国家から拒否されていた。女は男と交わり魂の一部になることで共犯になろうとしている。聡明な女は直感でそれを感じ、比護として身体の全てを開いたのである。


-新風土記-

 さあ、二人を名付けよう。女は夏。ニニ八歳。どういう女かは、この後、さらに、女自身に語らせよう。
 男は草也。ニニ六歳。サタケ刑務所に五年間服役して本を読みあさった。同房の男から無政府主義の色彩を帯びた社会主義を教えられて、別の男からは仏教を学んだ。親鸞の歎汝抄を繰返し読み、般若信経と幾つかの経を暗唱した。陰陽五行をものにした。出所後は旅の僧と滝行もし密教を会得した。各地を流転して、戦争に従わない反逆者の一群と交わった。そして、再び、ある殺人事件に関与していた。虚無な知性を漂わす頑強な大男である。

 私は本書を執筆している、自称、「ニ代目草也」だ。
 「ニ代目」にして「初代」の産みの親とはどういう事なのか。綺談の実相は次第に明らかになるだろう。
 御門制を否定して拒否する私だから、対峙して例示すれば、初代草也と夏は、イザナギとイザナミだろう。後に登場する紀世と翔子はスサノオとアマテラスに比肩する。
 では、私はといえば、これらの万物を創り出した大神ということになる。大神にしてニ代目草也なのである。
 また、この、今ある現実で、国家反逆者として生きた果てに、原発爆発を契機に自らこの国の国民を離脱して「異民」宣言をした男。この国に対峙して、「カムイ共和国」を創出しようと企図する男でもある。すなわち、この物語は、過去を探り、隠された歴史の傷から確信を得て、この弛緩した現実を革命し、分析で得た未来から過去や現実を鳥瞰する、時間と空間を超越した物語である。即ち、自由な精神を持った辺境の民が奏でる苛烈な反徒の歌なのである。
 私は、時折、独白しよう。そうして、この渾然とした世界を再構成しよう。

 こうして二人は宗派の夢の世界に旅立つのである。
 二人よ。雄々しく生きよ。幸あれ。はなむけに君たちの未来から歌を贈ろう。


《カムイ革命》

縄文の断層が絶叫し
海が裂き砕け
風が泣き狂い

溶解し炎上した原子炉の醜裸がのたうつ

ニニニニ秒の炸裂が世界を激転させた

三月の大気のおぞましい裂傷から、放射線が降り落ちる
雨水が凶弾に豹変する

太郎の屋根に
次郎の夜に
花子の夢に
放射線がさわさわと降り注ぐ

いわき平に
安達太良に
阿武隈に
猪苗代に

富士のふもとに放射能が降り積もる

恥辱の裸体に放射線が突き刺さる
細胞の連結が切り刻まれる
最終兵器が自然を仮装する

カムイの地が核に占領された一瞬
人民に対する国家テロがいままた発動した瞬間
世界史に烙印されたFUKUSHIMA

神経が呪縛する
言葉が凍結する
自尊が暴虐される

侵略され処刑され拘束され晒され詐取され強奪され差別され嘲笑され収奪され犯され簒奪され蹂躙され殺戮され占領され同化され支配され赤裸々に搾取され続けた私達の大地と歴程
私達のひとりひとり
ひとりひとりの慟哭
ひとつの赤涙

歌は止み
花は散り
屈辱の杯に毒が注がれ
絶望の馭者が疾駆する
死の共鳴が切迫を奏でる

それでもなお獣達の科学は羞恥を隔絶しようとする
隠蔽の美学を掲示する

総理の無謬の嘘を自らが嘲笑する
官房長官の虚空の重層から困憊が巣だつ
CMに打ち切られる記者会見
絶叫する情念のさまざま
継ぎはぎの幻想を矢継ぎ早に出産する情報

真裸の構造の頂上で天皇が祈祷する
異形の神仏が一斉にたち現れる
カルトが経済の整合に憑依し闊歩する

権力の枢密が暴露される
弛緩仕切った傲慢が豪奢な非日常に目が眩んでいる
無様な当為者たちの怠惰な弁明の破綻

この幻想体の核心は蜃気楼の神話だ
真実の探偵は禁断なのだ
情緒が波頭を漂流し論理は帰港しない
模糊こそがこの神族の同一なのだ

そして矛盾の均衡が再び始動しようとする
嘆息と絶望がまたたく間に現実に氷解し満開の春を彩る

さあ、もはや、アテルイよ、出でよ
清原、藤原、義経、甦れ
将門よ、起て

政宗よ、目覚めよ
榎本よ、土方よ、共和の夢を語れ独立の唄を指し示せ
奥羽越列藩同盟よ、翻れ
名もなき反逆の人々よ、葬送の祭司となれ

辺境の民よ
エミシの民よ
縄文の民よ
漂泊の民よ

北方の樹々の息吹よ
南方の潮の流転よ
異民の君よ

歴史に潜み悠久の森に息つく戦士達よ
遼原の朝日にたち現れよ
縄文と弥生の抗争をつぶさに演出せよ
君達こそがこの日のために生きたのだ

今こそ、私達の誇りに呼応せよ
公憤を支柱とせよ
状況を憤怒で刺し貫け
草の魂に火を放て
桓武と田村麻呂に繋がる謀略と系譜をなぎ絶て

ピリカよ、弱き者を率いて山脈の奥深き楽土に密め
豊潤な骨盤に奇跡を孕め
白き乳房で希求を繋げ

青い狼達よ
革命の山河に季節と共に雌伏せよ
叡知を集結せよ
情念を論理に変換し歴史を貫く矢を放て
革命の科学を構築せよ
倫理の草種を蒔け

強者達よ
真夏の昼
自らの大地に自ら存れ

類が想起する生存の科学を探求せよ

ヤマトと非和解的に対峙し措定せよ
世界と靭帯する共和国を設計せよ

さあ、もう五月、青龍が翔びたつ
いまこの時、カムイ革命が始まったのだ


-神の国-

 夏が草也に無防備に尻を向けて股がった。「重くない?」すると、ずっしりとしたその尻の片側に、鮮やかに刻印された桔梗の痣が、草也を睥睨しているのである。女が猛る隆起をつまんで濡れた陰道に導くと、尻の桔梗の蕾が一輪、幻惑の様に花開くのであった。いったい、この文様にどんな神話が秘められているのか。その神話が男にとってどんな意味があるのか。そして、原初の男女がそうした様に、この女と新たな神話を創るのか。「馬鹿女って言って」そうだ。この女となら創れるかも知れない。「亭主を殺された腐れ後家って言って。戦争を疑わなかった愚劣な女って。勝つって信じたとんまな百姓って。御門を信じたでれすけって、散々に苛めて…」女も創りたいのだ。「もっと強くしっぱだいて…」遠くから女の声がする。懇願しているのだ。「責めて。浅はかな女を苛めて…」御門もこうして幻想を創ったのか?この女となら出来るかも知れない。

 男のリュックには一〇〇万の束が五つ忍んでいる。あの占い女が坊主を殺したのを目撃し、女と交合し、遺体を埋めた男に口止めにくれたこの金。昨日、見た金色の蛇。男を見据えていたあの蛇は何かの予知なのか。「いったわ。狂うほど。何回も…」今朝も見た。二度もあんな蛇を見るものなのか。この女と出会ったのはただの偶然なのか。「未だ、こんなに硬いわ。もう、誰にも騙されないように、これで教えて。」「あなたが、新しい御門よ。私が后になるわ。ここが二人っきりの神の国なのよ」


-金色の蛇-

 頑丈な体躯、何物かを射ぬくような目、意志の強さを示す口元。男の何もかもを女は気に入っていた。一目で虜になってしまった。そして性戯も男根そのものも衝撃で、女の身体に深く刻まれた。何よりも、男が漂わせる無頼な空気に魅了された。それでいて時おりみせる知的な表情も好きだった。
、確かに流浪しているに違いないこの男は、いったい、何処に漂着しようとしているのか。何を求めているのか。女は知る術もなかったが危険な香りをかいでいた。
 女は男の求めに応じながら自身の変化を感じていた。身体はもちろんだが、男といる事でもっと大きな変化がたち現れるのではないかという、言い知れぬ予感があった。
 例え、男の言う通りにこの戦争が終わったとしても、女の暮らしぶりは何一つも変わらないだろう。相も変わらずに山脈の奥深くに埋もれていくのだ。幾人かの係累の死の記憶も既に乾き切って儀式ばかりとなった。そうして、女はただ一人なのである。だから、今までにない無類の変容を求めようとしているのかも知れない。
 到底、女のところに留まるような男ではない、と、思えた。しかし、女はこの時こそ自らの感性を信じようとも思った。男とは結ばれる因縁なのだ、という激しい啓示を感じるのだ。女は幼い頃から勘が鋭かった。
 女は男の求めのすべてに応じ話し続けた。しかし、それはただ性戯の現れであり、真髄から発せられたものなのかは女自身も判然としなかった。とりわけ、あの出来事だけは絶対に言えない事だった。
 この愛しい男とすべてを分かち合いたいと願ったから、真実も嘘もその為には同じ価値だったのである。

 清水の溜まりで二人は汗を清めた。
 その時、金色の蛇が現れて、暫く鎌首をもたげていたが、やがて、流れを下っていく。男は不思議な光景だと思った。女が、「ここの主なの。遭遇するのは稀だから、とっても縁起がいいのよ」「あなたが昨日いた小さな祠は金蛇神社っていうの。そこの守り神なのよ」と、男の口を吸った。そして、「三回目だわ」と囁いた。「金蛇様に三回出会うと必ず願いが叶う、っていう伝説があるのよ」と、満面の笑みで、「これで三回目なのよ」と、言うのである。男は不可思議な驚きに囚われた。
 風が二人の裸になま暖かい。もうすぐ、いつもの夕立がくるのだ。


草也

労働運動に従事していたが、03年に病を得て思索の日々。原発爆発で言葉を失うが15年から執筆。1949年生まれ。福島県在住。
筆者はLINEのオープンチャットに『東北震災文学館』を開いている。
2011年3月11日に激震と大津波に襲われ、翌日、福島原発が爆発した。
 様々なものを失い、言葉も失ったが、今日、昇華されて産み出された文学作品が市井に埋もれているのではないかと、思い至った。拙著を公にして、その場に募り、語り合うことで、何かの一助になるのかもしれないと思うのである。 
 被災地に在住し、あるいは関わり、又は深い関心がある全国の方々の参加を願いたい。

宗派の儚1️⃣

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