夢を追いかける権利
夢を追いかける権利その1
暑い夏の朝、ボーッとした陽炎が揺れる感覚で空を見ていた。何をするでもなく、やることもなく、ただ子供の時のように昔に戻りたいなあとレツは思っていた。二十歳を迎えた日、成人式にも行こうと思わず、夏にふと思って訪ねた田舎の祖母の家でスイカを齧りながら、独り呟いた。
「俺はコレからどうやって生きていこう……」
恋人にも恵まれず、友達にも恵まれず、只々独りで生きてきたこのやるせない気持ちを胸に抱え、目指すものもない自分はどうなるのかと、不安になった。
スイカに塩をかけて齧るとしょっぱくて、人生みたいだな、とふと思った。
「本当に何年経ってもレツくんは変わらないねえ」
奥から祖母のサキが麦茶を持ってきてそう言った。変わらない、そうなのかな。そうなのかな。と頭の中でクルクル考えがまとまらずにぼんやり考えていた。
「昔からレツくんは雲のような子供だったからね。アキがレツくんを産んでから、毎年、夏に遊びに来てスイカを食べるのが恒例で、いつもぼんやりとしながら空を見ていて、掴みどころが分からなかったわ」
そーなのか。そんな風に毎年同じことをしていたのか、進歩がないなあ。シャクシャク。
「しょっぱ」
「ホホホ」
そういえばアオはどうしたんだろうか? ココに来ているのだろか。毎年、腐れ縁の女の子でレツと同じで何も考えていないような幼馴染。唯一、レツに友達がいるとしたらアオくらいだろう。
「アオは来ているの?」
祖母はコップに麦茶を注ぎ、レツに渡し「来ているよ」と言った。
「ふーん。アイツも変わらないねえ。やることもなくすることもないのか、それでおばーちゃんに会いに来る。何年経っても変わらないやつだなあ」
特大のブーメランだと分かっているのに口走ってしまった。自分と同じアオもこの祖母の家でスイカでも齧りながら雲を見ていたのかな、そうレツは思った。シャクシャク。
「しょっぱ」
「ホホホ」
しょっぱい人生みたいなスイカを平らげ、何をしようかと思ったら直ぐに思いついたのは恒例のアオとの愚痴の言い合いだ。
「アオって今どこにいるかおばーちゃん知ってる?」
「レツくんと入れ違いで来たから、今頃アオちゃんの実家じゃないのかね? 会いに行ったらどう?」
そのつもりではあったから、祖母の家の玄関でスポーツシューズを履いて「ちょっと行ってくる」と麦茶を飲んでいる祖母に言っておき、アオに会いに行った。同じ暇人同士、今頃部屋でダベって何をするのでもなく、スマホゲームでもやってるんだろうなぁと思った。
外へ出ると灼熱の太陽がレツの黒髪を焦がした。日光が黒色に溜まっていき熱を帯び、まるで着火だった。あちちちと慌てて両手で髪をボサボサとかき乱し熱を分散していた。
「アオのアホ。こんな暑い日に自分だけ絶対にクーラーの効いた部屋でぐーたらしてるだろうに。あの腐れ縁幼馴染、アオのアホウ」
そうブツブツ呟いて、レツは足早にアオの実家に向かった。幸いそう遠くないところにアオの実家はあるのでそこまで熱い思いはしなかった。
一瞬だけの熱の試練かなと思った。
「おーい。アオ~、いるんだろう」
アオの部屋に向かってレツは大きな声で叫んだ。この時間帯はアオの両親は農作業に出掛けているはずだ。だから、今はアオしかないとレツは知っていた。
「なんや、うるさいなあ」
アオの部屋の窓が開きヒョコッとアオが顔を出した。とても眠そうな顔をしていて、髪も寝癖がひどかった。本当にクーラーの効いた部屋でのんびり寝ていたのか。レツは同じ穴のムジナだなと思った。
「遊びに来たんだ~。家のドア開けてくれ~」
レツがそうギャーギャー騒いでいるとアオは「うるさいわ。開いているから勝手に入ればええ」
アオは不機嫌そうにそういった。寝起きのアオは機嫌が悪い。レツは知っていたのだが、なにせ昔のことだからスッカリ忘れていた。
アオの家に入り昔ながらの昭和の風景のような玄関から二階のアオの部屋にレツは最短距離で入っていた。そうしたらアオは部屋の中で完全にダベっていた。
「アオ、生きているか?」
「レツ、うちは死んでいるかもしれん」
「アホ、冷房冷やしすぎだ」
そう言ってレツがエアコンのリモコンの温度設定をみると一八度になっていた。冷やしすぎだ。二十五度に変更した。
「な~にしとん?」
「エアコンの温度変更したんだよ」
「何度?」
「二十五度」
「あ~……あ? 二十五度? 暑すぎや。死ぬわ!」
「まあまあ」
こんなどうでもいい会話がアオとレツの何時もの会話内容なのだ。昔から何も変わらない二人。成長しない二人。子供でいられないのにこの時だけは子供なのだ。それが妙に心地よかったのだ。
「アオは今、何しているんだっけ? 学生?」
「うちは高卒や。去年もその前もばーちゃんちで話したろう。イヤミか。痴呆か」
「あ~ごめんごめん。てことは今は働いているのか?」
アオはため息を深くついて心底嫌そうに呟いた。
「うちは継いだんよ。この農家を。それで、毎年毎年、お見合いの話とか来るんや。嫌んなるわ、ホンマ。まだうちは二十歳やで、早すぎるわ」
農家である実家を継いだのか。ということはアオはもうココでこの地で生きることになったのか。レツはなんとも言えない心の痛みを感じた。アオは子供の頃から大阪弁に妙な関心を持ち、しきりに似非関西弁を常に言うようになり、いつしか「うちは上京して漫才師になるんや!」と言ったのを思い出した。そうだ、アオは漫才師になるのが夢だった。毎年毎年、祖母の家で漫才のビデオを一緒に見せられていた。何時もアオは興奮して眼を輝かして見ていた。そのアオの夢は儚くも消えたのか。そう思うと寂しい思いもある。レツは心のなかでアオに何か言葉をかけるべきか悩んでいた。今のアオの無気力状態の生活は夢がないからだ。そう察したのだ。
つづく
夢を追いかける権利