肉体も骨も細胞も神経もぜんぶきみとひとつになれなかった夜の朝
もう、あの頃にはもどれないことを、嘆かないで。狂おしいほどに、あおかった。つめたい水槽のなかで、ぼくらは、ひとつにはなれなかった。細胞分裂、してばかりでね、螺旋階段から見る世界の一部に、どうにもこうにも、希望、なるものは潜んでいなかったよ。ちゃんとおぼえている、ノエルは、きみの、まぼろしのなかの、ともだち。
起きて、むなしかったから、パンをトースターにいれたときも、なにかこう、なまえもしらないだれかのかなしみを背負ったみたいに、やりきれなかったから、バターをたっぷりぬりたくった。とけて、きつね色の表面に、しみしみと、しみこんでゆくバターをみていて、ああ、もう一度、きみと、あの空間に、いたかったなと思う。せまくて、つめたかったけれど、あそこは、さいこうだったし、ここは、ひろくて、あたたかくて、ぼくときみだけじゃない、いきているものが、無数にいて、もしかしたら、無限にいて、なんだか、おちつかないんだ。窓際の花が、いつのまにか枯れていた。つみあげた本の上に、ふるい写真があって、ぼくと、ぼくの、家族だったひとたちが写っていて、きみは、いなかった。天体望遠鏡が、ぽつんとたたずんでいる部屋に、きみはむかし住んでいて、ぼくは、あの部屋の、きみだけで満たされている感じが、とても好きだった。バターをぬりたくったトーストは、かりかりの耳をかじったあとは、もう、ただひたすらに、噛みしめるたび、くちのなかにバターが、じゅわっとひろがるのだった。無感動の朝。
肉体も骨も細胞も神経もぜんぶきみとひとつになれなかった夜の朝