【一人芝居台本】変説 駆け込み訴え

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申し上げます。申し上げます。
聞いてください。あの人が許せない。本当にひどい人なんです。
顔を見るのも反吐(へど)がでる。
ああもう、死ねばいい。
今すぐ殺してやりたい!
殺してください、今すぐに!

……すみません、落ち着いて話します。
あの人はいつも弟子に囲まれて、みんなに説教して回っています。神の教えを説(と)いて回ります。

けど、本当はただのろくでなしなんです。自分ひとりでは今日のパンにも困るような人です。
私が民衆から寄付を集め、金持ちに頭を下げて支援を取り付けて、ようやく生活できているくせに。
なのに、あの人はまるでそれが当たり前みたいな顔をして。
私になんて言ったと思います?

「お前はなんでそういつも不機嫌そうな顔してるの? え、寂しい? いいかい? 寂しそうな顔をして寂しさをわかってもらいたいというのは、偽善者の考えだよ? お前のことはいつも神が見守っていらっしゃる。神を信じているなら寂しさなど感じないはずだ。だから、いつも笑っていなさい」

私は耳を疑いました。
私がなんのために彼に献身的に尽くしてきたか、あの人はなんにもわかってない!
私は……私はただあの人のために……!
神の教えなんて本当はどうでもよくて、二人で田舎でひっそりと暮らせたらそれでよかったのに!
それでも彼が喜んでくれるならと必死にお金を集め、彼に尽くしてきました。

なのに、なのに……聞いてください。

あれは六日前のことです。

マリアという女が彼の足に涙を落としました。
彼の説教を聞いて泣く人はたくさんいましたが、彼の足に涙を落とす女は初めて見ました。
なんという無礼!
しかも、その後、あの女、何をしたと思いますか?
こともあろうに、自分の髪の毛でその涙をぬぐったんですよ!

はあ? 意味わからない!

私があっけに取られている間に、あの女は、どこからか香油(こうゆ)の壷を持ってきたと思うと、彼の足にたっぷり塗り始めたんです!

こらえきれず私は注意しました。
その高い香油(こうゆ)をもったいないと思わないのか。それが貧乏な人たちの何日分の食事になったか考えないのかって。

ところが、あの人はなぜか私を止めました。

「この人を叱ってはいけない。私のことが後世(こうせい)に語られるとき、この人の行いもまた伝説として語られるだろう」

あの時のあの人の顔が忘れられません。
あの熱っぽい目! 赤くなった頬!
今まで誰にでも平等に対応していたのに、明らかに違いました。

私の用意した食事を食べ、私が用意した服を着て、あの人は、あの人は……あの女のことを…
彼と共に語られるのはあの卑(いや)しい百姓女なんですか?

意味がわかりません。本当に、意味がわかりません。

私は心底、彼にうんざりしていました。
彼もそんな私の心を見透かしていたのかもしれない。

聖地エルサレムに入ったある夜、彼はこんなことを言い出しました。

「お前たちのうちの一人が私を売る。本当にかわいそうな、生まれて来ない方がよかった人間なのだ。今から私がその者に一切れのパンを与える」

彼がパンが与えた相手は…そう私です。
彼は私の口にパンを押し付け、食べさせました。まるで犬か猫に餌を与えるように……そのパンだって私が調達したお金で買ったというのに?

もはや涙も出ません。
私の長年の献身に対する答えがあの一切れのパンだと言うのなら、私も私のやるべきことをなすだけです。

だからここに来ました。どうかあの人を捕まえてください。
私が彼の隣に立って、目印になります。

え、銀30? それを私に……?

ええ、いただきますとも。私は元々商人の娘。金儲けしか考えられない卑しい女なのです。
あの人が軽蔑したお金のために、私はあの人を売ります。
いえ、ぜんぜん平気です。
私はあの人を愛してなどいませんから。
……最初から愛してなどいなかったのですから。

はい、はい、ありがとうございます。

あ、申し遅れました。

私はユダ。イスカリオテのユダと申します。


《完》

【一人芝居台本】変説 駆け込み訴え

太宰治の「駆け込み訴え」を女性が読めるようにリメイクしてみました。かなり脚色も入ってます。

【一人芝居台本】変説 駆け込み訴え

上演時間 約15分

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-21

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND