ホットなくすり指

らっきょ太郎

私の全ては右手にあった。

 彼女は何時も右手を隠していた。制服の袖は長かった。ふたまわり程、身長よりも大きな寸法の制服を購入していると感じた。あまり喋らない。澄んだ目で何処か不満そうに毎日教師の授業を受けていた。だが突然、昨日、長い髪の毛を切り、髪の毛を金色に染めて登校した。でもその事に対してどの生徒も彼女に近づき質問をしなかった。教師は意外にも何も言わなかった。多分、静かに授業を受けているので注意をする必要もないと思ったのだろう。もちろん、教師も生徒も彼女の頭を気づかないようにジロジロとは見てはいたが。
 だか僕は彼女をシッカリと見ていた。でも髪型とかではない。彼女の隠し続けている右手にだ。コカ・コーラの瓶にペプシが入っているくらいの奇妙な感覚を持っていたからだ。けれども僕は彼女に問う事はしなかった。理由があった。そう。『理由が』だ。
 チャイムが鳴る。帰宅していい合図だ。僕は教室から出て校舎の裏にある倉庫に行った。その倉庫にはほぼ捨てられていると言っても良いガラクタが集められていた。捨てる事はしないが使いもしない。そんな曖昧な道具が置いてあった。僕はその倉庫のガラクタを用いて或る研究をしていた。そしてその研究はあと少しで完成しようとしていた。ニヤリと笑う。この時間が最高だった。
 何時ものルーティンで薬品を扱おうとした時、背後から「今日で完成するの?」と聞かれた。僕は驚いて振り向く。そこには金髪の彼女が立っていた。顔の表情は教室と同じであった。僕は冷や汗を掻きながら「意味が分からない」と答えた。
 彼女は近づいて来て言った。
「私、知っているわ」
「何を?」
「それ、人を殺す機械でしょ?」
 僕は沈黙した。それからゆっくりと答えた。
「違う」
「嘘。嘘ね」
 僕は再び沈黙した。彼女は何故この場所に現れ、こんな事を言うんだ?
「先生を呼んできても良いのよ?」
「やめろ!!」
 僕は叫んだ。僕の大きな声に彼女は瞳を開いた。驚いた様子だった。まるで僕がこれほど大きな声を出せないと思っている、そんなそぶりだ。
「大丈夫。私、そんな事はしないわ」
 僕は静かに「どうして僕がやろうとしている事を知っているんだ?」と聞いた。 
 すると彼女は僕に近づいて「私の髪の毛が染まった理由が分かる?」と言った。
「知らない」
「そう。知らないわ。他の生徒たちも知らない。でもみんな私が染めている髪の毛を見続けている。あの大人しい女の子が何故? 金髪に染めた? ってね。それなのに貴方は私の右手ばかりを観察しているわ。私の容姿には気にも留めない」
「そうかな? 意識はしていない」
 僕は誤魔化して答えた。
 彼女は僕の言葉を聞いた後、下を向いて黙った。それから述べた。
「貴方に一目惚れした」
 僕は彼女の言葉に動揺した。まったくもって予想していない内容に。彼女は僕に近づいて言う。
「だから。嫌われたくなかった。そうでしょ? でも貴方は何時も私の右手ばかり見る。その視線は良くわかったわ。私も貴方を見ていたしね」
「それで、僕を好きになった感想は?」
 僕はため息を吐いた。下らない。本当に下らない。僕の計画からすれば彼女の悩みなんてシャーペンの芯が1本なくなった程度にアホくさかった。
「ほんと。最低」
 彼女は言った。
 僕はもうすぐにでも機械を動かそうと思った。彼女のような邪魔が入るのは、もうごめんだ。
「機械を動かすの?」
「そうだ」
「私、知っているのよ」
「何を?」
「その装置の全て」
「嘘だ」
「本当よ。貴方はこの機械を動かして人を混ぜるんでしょ?」
 僕は目を瞑って息を吐いた。
「ああ。そうだ。よく僕をストーカーしたな。良いぜ教えてやるよ。水と油は混ざらない。だが或る事をすると混ざる。石鹸だ。そう。界面活性剤でね。つまり、ヒトの身体も水と油で出来ている。だから僕はこの機械を動かしてヒトの身体を水と油に分けるんだ。世界中のヒトたちをね。それから完全に分けた後、水と油を混ぜ合わせるんだ。そうしたらどうだ? 全てのヒトは全てのヒトを共有した生命体になるんだ。僕たちは皆んな一緒になれる」
「それで何が成し遂げられるの?」
「みんなに優しくなれる」
 彼女は笑って「バカみたい」と言った。
「それは無理。だって今から私が貴方を支配するんだから」
「意味が分からん」
 僕の言葉に彼女はニコリと微笑んでからポケットから鍵を取り出した。
「それは、機械のスイッチに使う……いつのまに盗ったんだ!」
「貴方も怒るんだ。可愛い」
 彼女は僕の頬を触れながらゆっくりと右手を見せた。白くて細い指が6本あった。
「ねえ。くすり指。舐めて」
 僕は血の気が引いた。彼女の幸福そうな表情にだ。僕は言った。
「断る」
 彼女は鍵を見せて「なら私がスイッチを入れるわよ。適当に成分を弄ってヒトを分ける」と言った。
 僕は黙った。それから彼女が伸ばす、くすり指に舌を伸ばし口の奥まで入れ込んだ。何秒かが過ぎた。彼女は幸せそうな表情と共に僕に抱きついた。
そうして「私と貴方の2人だけの世界を創りましょう……。うん。それが良いわ。他のヒトなんて要らない。だから私が機械のスイッチを入れる」彼女は突如、僕から動いて機械のスイッチのある部分へと走っていく。僕はまさか、彼女な薬品の成分まで把握しているのかと恐怖を覚えた。だが、僕もこれ以上やられてたまるものか! 僕は床に落ちていたロープを彼女の脚に向かって投げた。ロープは彼女の走る脚に絡る。その所為で彼女は勢いよく転んだ。転倒した際に鍵を床に落とした。その鍵を僕が拾ってすぐに機械を動かした。成分を予定通り調合する時間はない。彼女は立ち上がって僕の方に寄ってくる。彼女の顔がチラリと見えた。僕は彼女の顔から一種の恐怖を感じた。それで成分を目の前にいる彼女だけに適合させてスイッチを入れた。
 その瞬間、彼女の身体はボコボコと泡立ち溶けていく。彼女は僕を見つめ「なんで?」と言った。僕は呆然と見ていた。だが彼女は僕に近づいて溶ける右手で僕の右手を掴んだ。指と指が絡み合ってポツポツと弾ける。6本の指が寂しそうに……。
 それから制服だけが残った。

 彼女は教室にいなかった。教師や生徒は彼女が不良になって家出したと思っていた。日常は当たり前のように進んでいく。それから僕は機械の装置が彼女によって弄られていた事を後に知った。その所為で安易に操作が出来ず、また一から作り直しとなった。一から作るとすれば3年はかかる。そんな事をすれば僕はもう卒業だ。新しい場所を探さないといけない。僕は深いため息を吐いた。右手にある6本目の細くて白い指を見ながら。

ホットなくすり指

ホットなくすり指

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更新日
登録日 2020-01-20

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