きみがおとなになったら

 アラレちゃんみたいな、まんまるの眼鏡に
前歯が少し出てて、ネズミみたいな
でも、笑うと可愛くて
いや、大人になったらすごく可愛い子になるだろうな
と、そう思いました

きみがおとなになったら
僕のお嫁さんにしてあげるからね

と、そう言いました

スマートフォンを持った、マセたあなたに
僕は連絡先を教えました

大人になったら連絡しておいで


お菓子屋の前をただ通りすぎた
きみが、じっと、澄んだ瞳で、見てくるから

それが出会い



 先ほどの、わけのわからない仕事前の出来事
モヤモヤと変なきもちは、僕と一緒に電車に乗りました

ゆられ、揺られる
揺られ、ゆられる

二十分ぐらいのいつもの通勤時間
まぶしい夏の太陽のひかりが窓から突き刺して
トンネルに入って
一瞬で消えた

窓に映った僕の顔は少し
笑っていた


 職場に着いて、挨拶をして、タイムカードを切って
夏の暑さに飛びこんで
「居酒屋いかがですかー!割引しますよー!」
と叫んだ
サラリーマンが行き交うこの街で
僕は叫んだ

なんの保障もない、やったらやるだけ稼ぐ毎日に
汗をかく
夢もない、やりたいこともない、三十二歳
それなりの給料ぶらさげて、胸は張れない


 むし暑い、深夜の前に仕事が終わって、挨拶をして、タイムカードを切って、職場の後輩二人とホルモン屋に行って、終電で帰りました

酔っ払いに囲まれた電車の中で、ふと、
あの子を思い出しました

夢や希望もない毎日に揺られていく僕の日々に
あの子が希望だと、思うのは
ホルモン屋で飲んだ
ビールのせいでしょうか


 いつも家に帰る前にコンビニに寄ってサンドイッチを買います
僕はサンドイッチが好きなのです
お昼にもサンドイッチを食べました
食べながら帰ります
家では食べたくありません
なぜなら家に匂いが残るのが嫌だからです
ゴミはベランダのゴミ箱に入れます

 僕の家は無駄なものが無く、食器やグラスなどありません
スピーカーと録画機器が内蔵された四十インチのテレビ(コードがかさばらないところが良いです)と、壁掛けのミラー、腰痛に良いベッドマットレス、オーダーメイド枕
それしか置いてません

十畳ぐらいの1DK
独立洗面台もあります
寝る前には必ずお風呂に入ります、四十分ぐらい
そして髪を乾かして、寝ます

おやすみなさい

 休みの日、僕はランニングをします
そして、公園でコーヒーを飲みます
夕方になるといつも一緒に飲んでいるヤツの仕事が終わるので、そのぐらいで飲みに行きます
最初は居酒屋です
そしてタクシーに乗り、外人バーに行きます(いやらしいお店ではございません)
そこでテキーラを山ほど飲みます
いくら持っていたのか、いくら使ったのか覚えていません
そして次の日

仕事を休みます


 起きるとまず職場の上司に休むと連絡します
そして二日酔いに効くドリンクを飲みます
そしてお風呂に入ります、二時間ぐらい

お風呂から上がると少しスッキリしています
でも、頭は痛いです
ベッドの背もたれのところに首を当てて、ゴリゴリします
気持ち悪くならないように呼吸をします

そして、ベッドの上で踊る携帯に気づいて、見ると
知らない番号から電話がかかってきていました


 最初はよくわかりませんでした
無言、なのか、周りの雑音が聴こえてるのか、そうじゃないのか
僕は

もしもし

と、言いました
すると

今、公園にいます

と言われました
おそらく、きっと、あの子です
来てほしいとは言われていませんでも僕は

今から行くよ

と、言いました
場所を聞くと近くの公園でした
ちょうど風呂上がりだったので、軽く髪を乾かして、ナイキのキャップをかぶって出掛けました

頭が痛い
夏の夕方前の日差しは
やはり暑かったです


 公園に行くと誰もいませんでした
その子以外
まんまるの眼鏡をかけていたのですぐわかりました
黒いワンピースを着ていて、大人びて見えました

その子は僕を見ると微笑みました
その笑顔は、嬉しい、よりも、安心、みたいでした

僕はきみに聞きたいことがいっぱいあります
でも、いっぱい聞きすぎると違う気がしたので、二つ聞きました

何歳なの?

眼鏡は度が入ってるの?

です

きみは子供がなぞなぞに答えるような無邪気さで
小学六年生ということと、眼鏡に度が入っていないということを答えました

眼鏡に度が入っていないと聞いたとたんに、急にその子が大人に見えました
小学生には見えない、黒のワンピースもよく見るとオシャレです、オシャレでした

度の入ってないその眼鏡で
きみは僕のことをどう見てるの


 話を聞いていると、どうやらこの子は今夏休みみたいです
でも、普段から学校には行っていないみたいです

お母さんに怒られないの?

と、聞きました

怒られないそうです

お父さんには?

と、言うと

お父さんはいないそうです
お姉ちゃんが二人いるそうです
家事全般はこの子がやっているみたいです
でも、お姉ちゃんやお母さんも全然やってくれるみたいです
だから、夕飯を作らなきゃなのでもう帰るみたいです

バイバイ


 彼女とバイバイした頃はもう夕暮れでした
カラスが泣いていました
不思議とそこまで暑さはなく
いつの間にかまばらに歩く人たちにまざりこんでいました
その時の情景がちょうど
セピア
というものに感じました
なぜだかわからないけど、ものすごく
生きてることが幸せに感じました

すごく気分が良いのでコンビニでアイスを買って帰りました
キンキンに冷えたシャーベット状の棒アイス
冷たくてなかなか噛れない
冷たくてなかなか噛れない
でも、家に着くころには、溶けて、なくなってしまう

 次の日、職場に着くと上司にちょっとだけ怒られました
なぜちょっとだけかと言うと、僕は職場で一番成績が良いからです
店で一番売上を作ります
他の人の二倍作ります
僕は自分のこういうところがダメだと思います
驕りです、驕り高ぶっています
決してまじめが良いとは思いません
しかし、自分のこういうところはダメだと思います

今日もトップの売上を作って仕事を終えました

つくづく、僕にはなにもありません


 今日はお酒を飲まずに帰りました
いつもより空いている車内、席に座って
ロボットみたいな目でぼー、っと
吊革を持って立っているサラリーマンの濃いグレーのスーツの背中を見ていました
いや、見ているのかわからないぐらい、焦点の合わない感じで

認めたくない
認めたくないけど、
考えているのは、あの子のことでした

会いたい
会いたいです

よく効いたクーラーが眠気をさそう
目を閉じて、あの子の顔を思い出すたび
瞼を開けた


 世界中で、一番早く結婚した人は何歳なんだろう

なにか問題があるのだろうか
なんの問題があるのだろうか

人と、人、ですよ

僕は一体なにを考えているんだろう

眠たい目をうっすらと開けて窓から見える夜の街
静かに刻んでいく、電車の音
どこか遠くへ行きたい
あの子と

 あれからしばらくあの子から連絡はない
僕のこころも少し、落ちつきました
よく考えたらおかしな話です
おかしな話なんです

好きなんです

だから、おかしな話なんです

僕は小学生が好きなのではありません
あの人が好きなんです
気になるんです

なぜあの子はオシャレなのでしょう
なぜ学校に行かないのでしょう
お母さんはなぜなにも言わないのでしょう

おかしな話なんです

そんな少しのことだけで
僕は彼女を一人の女性として見てしまうのです

だから今から電話をかけるんです


もしもし

もしもし

久しぶり

久しぶり

なにしてるの?

家にいる

公園、、に、行く?

いいよ


 僕が公園に行くともう彼女はいました
まんまる眼鏡にティーシャツ、ダボっとしたデニム
高校生ぐらいに見えました
本当に小学生なのでしょうか

彼女は僕を見て微笑みました
今回は、嬉しい、のほうでした

今夕方なので、今日は夕飯作らなくていいのか聞きました

今日はお姉ちゃんが作るらしいです

じゃああなたはいつご飯を食べるのか聞きました

今日はいらないと言ったみたいです

なにかコンビニで買う?

と聞きました

いらない

と言われました

学校行ってないのに勉強どうしてるの?

と聞きました

必要なことだけしてる

と言われました

例えば?

と聞きました

ある程度の計算とか漢字とか
本を読めばだいたいわかる、とか
歴史や理科は必要ないとか
織田信長なんかいない、だそうです

みたいです

お父さんはなんでいないの?

と聞きました

生まれた時からいないから

と言われました

お姉ちゃんは何歳?

と聞きました

高校生と大学生

と言われました

聞けば聞くほど聞きたいことが増えるので疲れました
でも、なにか、なんとなくわかりました
彼女は学校に行かず、大人の女性に囲まれて、育ったんですね

きっと


 それから暗くなるまでいろんなことを話しました

どうやらオシャレはお姉ちゃんから盗んでるみたいです
好きなんですって、服が

今度近くのショッピングモールに行こうと約束しました
映画も見ようと、夏のアニメの話題のやつ


あっという間に時間は経ち
夜になり、ブランコはゆれて
誰かが花火をしていて

する?

と聞くと

しない
お母さんが心配するからもう帰るね

と言われました

彼女の背中とブランコの音
遠くはなれていく

 ある日の仕事中、いつもと変わらない日だと思ってた
ヤクザとモメてしまいました
やっぱり僕の驕り高ぶりは改善すべきだったのです
上司が闇のほら穴に連れていかれました

そして、しばらくして上司が申し訳なさそうな顔をして
僕が今の店で働けなくなったことを言いました
どうやら僕が責任をとって辞めることで収まるみたいです
こういうこともあろうかと日頃からヤクザと仲を良くしていた上司のおかげで
僕一人辞めるだけで事を収められるのです

周りが僕を見る中、あまり目立たないように支度をして、タイムカードを切って
静かに帰りました


 でも、不思議とショックではありませんでした
きっと、どこかで
こころのどこかで
今の仕事から脱出したかったんだと思います

いつもより早く帰る電車に戸惑って
明日からやることがないことにわくわくして
でも、今日酒を飲むと危なそうなんで
飲むのを我慢して
一人で家の近くのバーに行きました


 そこのバーはとても居心地が良く、とてもダンディズムなバーです、マスターがあまり喋りかけてこないのが売りです

マルガリータを頼みました
マルガリータは酔いたい時にもってこいです
携帯もいじらず、静かに流れるジャズに耳をすませ
ぼー、っとしていました

全然酔いません、でもいつも飲んでるヤツを誘っていつもの飲み方をすると絶対に危ないと思い、誘いませんでした

マスターに、仕事終わりですかと聞かれました
僕は仕事は終わりなんで
はい、と答えました

それから小一時間、マルガリータを三杯飲んで店を出ました


 そして、ふらふらとタクシーに乗り、いつもの外人バーに行きました
朝までテキーラを飲んで、ダンスして、モンゴル人の家に行って、モンゴル人とセックスをして、少し寝て、昼に帰りました

乗ったことない電車と、カンカン照りの空
二日酔いになる前のナチュラルロー
急な休み

戸惑わないように気をつける、戸惑いながら


 起きると夜でした
携帯にいろんな人からメールや着信がありました
ほとんどが他の店からの仕事の誘いでした

そんなこといいから

そんなこといいから

あの子に会いたい

夏の夜風がカーテンをゆらして、静かでした
あくびをしたんだと思います、ほんとに
確かあくびをしたはずです
すこし、目が濡れていました

熱いお風呂に入りました、四十二度
お酒がゆっくりとぬけていきます
これからどうするか考えました
でも、そんなことどうでもいいから
明日あの子とショッピングモールに行こうと思いました
行きたいな、、

無音の浴室に、動けば響く水の音


もしもし

もしもし

久しぶり

久しぶり

映画見にいかない?

いいよ


 木がまだらに影をつくる、道をぬけて、ショッピングモールまで無料シャトルバスがでているバス停に着くと
あの子が待っていました

あの子は僕を見ると微笑みました
それは、なんともいえない、微笑みでした

まんまる眼鏡に大きめのゆるいティーシャツ
くるぶし上までのスキニージーンズ
きれいな肩までの、黒髪

バスは空いていたので二名席に並んで座りました
並んで座ったのは初めてです
少し、ドキッとしました

静かな車内のせいか、落ち着かないせいか、あまり喋りませんでした


 ショッピングモールに着いて、並んで歩くことに、誰かに見られたりしても大丈夫?
とわけわかんない日本語を話しました

誰に?

と、言われました
僕はもうなにも言いませんでした

映画のチケットをモニター付きのハイテク販売機で買いました
めんどくさかったので大人二枚買いました
一番後ろの真ん中の席二つ
彼女がお金を払おうとしたので
いいよ、と言いました

ありがとう

と、言われました

一時間半待ちの、大人二枚


 服が見たいって言うから、いろいろ見ています、服を見ているあなたはすごく楽しそうで、僕は服を見ているあなたを見ています
試着をするたびにあなたのセンスを感じます
黒のダボっとゆるい、袖が肘ぐらいまでのスウェット

あなたがジーーっと値札を見るから
いいよ、買ってあげるよと言いました

ほしい

と、言われました

それを買ってお店を出ると嬉しそうに

ありがとう

と、言われました

でも、服のことお母さんになんて言うの?

って聞いたら

買ってもらったって言う

って言われました

誰に?

って聞いたら

彼氏

って言われました

彼氏いるの?

って聞いたら

いないよ

って言われました

いたことあるの?

って聞きました

さー、どうかなー

と、言われました


 映画までまだ時間があるのでフードコートで、僕はコーヒーをこの子はオレンジジュースを飲んでいます

悩みました
ビールもあったので
なにに悩んだかと言うと、飲みたいとかじゃなくて、なにを飲んだら僕は一番自然体なんだろうって思いました
この子以外の人ならば、僕はビールを飲んでいたと思います
でも、コーヒーにしました
僕はコーヒーを飲んでいます
きみは僕のコーヒーを一口、ふいに、飲みました

にがい

と、言いました
苦そうにするその顔は小学六年生でした

砂糖を入れれば苦くなくなるのだろうか
それとも
大人になれば、苦くなくなるのだろうか


 映画の時間十分前、チケットを定員さんに見せて、入場しました
僕たちは、どう見られてるんだろう

シアターに入るとまあまあ人がいました
アニメなもんで、夏休みなもんで、子供たちがそれなりに、ペチャクチャ喋っています
この子は静かです
でも、顔が、なんとなくわくわくしています
映画館が好きなんですって

映像と音楽がとても良い、演出力がある映画でした
途中の、主人公とヒロインが空からおちていくシーンで、彼女が泣いていたことに気づきました、一瞬のスクリーンの光で
僕はおもわず彼女の手を握っていました

その手の感触は、ただの、一人の女性でした
でも、それは、僕の感じかた次第、なような気もしました


 映画が終わって彼女はトイレに行きました
僕も行きました
手を洗って、鏡にうつる僕の目が
すこし赤かったです

二人でまたバスに乗って帰りました

映画良かったね

と、言われました

また、行こう

と、言いました

同じやつ?

と言われました

同じのでもいいよ

と言いました

嫌だよ

と、笑って、言われました

 ある日、上司から電話がかかってきて、他の店舗の社員が飛んだんでやってみないか?と言われました
悩みました
そこの店舗はヤクザとか警察とかそういうめんどくさいのがない平和な街にあるのです
そして、従業員も僕一人だけの小さな店舗なんです
僕そういうの好きなんです
ただ、あまり稼げる街ではないらしいのです
なんで少しやってみて稼げなかったら辞めますと言いました
上司は、それでいいよと言ってくれました
どうやら上司は僕を守れなかったことを悔んでたみたいです
迷惑かけたのは僕なのに


 十日間働いてみて、もうすでに前の社員の一月分の売上を作りました
本当に警察もヤクザもないので働きやすいです
どうやら僕がある程度の売上を作れば上司にボーナスが入るらしいです
なら僕も恩を返せます
ここで働きますと上司に言いました

人もそこまで多くない、風通しのよい道路沿いの一角、僕一人しかいない
たまに、ふと、あの子のことを想える
そんなのんびりとした新しい場所


 新しい職場には僕一人しかいないので、もちろん仕事終わりに飲みに行く後輩もいないんです
なのでタイムカードを切って、すぐ電車に乗ります
頭の中では飲みたいなーと言う言葉がチラっと響きますが、サンドイッチを買って帰る日々です

会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい

もう酒ではごまかせないから飲まない
薄情なヤツです

映画館の中で手を握ったのがまずかったかもです
スクリーンの一瞬のひかりがフラッシュバック
彼女の表情
温度のわからない、手のぬくもり

この気持ちはおかしくないとはっきりわかる感情
だからおかしいという、感情


 少し経つと、僕の給料が上がりました
どうやら上司が上司の上司にお願いしてくれたみたいです
望んでないと、手に入る
でも、ありがたい話です
ヤクザとモメて給料が上がるとか良いなー俺もモメようかなーなんて誰かから言われたりもしました
まあ、言われてもしょうがないですよね

 給料が上がったから飲みに行こうといつも飲んでるヤツに電話しました
やさぐれなく、純粋に飲める
少し、嬉しかったです


 朝、かわかりませんが目が覚めたら鉄格子の中にいました
すいませーん、すいませーん、の声がよく響きます
誰も来ないのでもう一度寝ました

それから、警察の服を着た人に肩を揺すられ起きました
夢ではなかったです
部屋に案内されていろいろ聞かれましたが、なにも覚えてないと言うと、僕がコンビニのガラスを割って逃げたことを教えられました
防犯カメラに映っているみたいです

自分が嫌です
溺れて、溺れて何度も呼吸する
自分が


 正直、目が覚めて鉄格子の中にいる、ということは何度もあります
部屋でいろいろ聞かれることも何度もあります
でも、始めてです
今回はこの警察署から出るのに誰か迎えが来ないと出られないみたいです
たぶん、コンビニのガラスを割ったからなのか、この警察署だからなのか

迎えに来るのは誰でもいいんですか?と聞きました
誰でもいいから早く呼んでと僕の携帯を渡されました

あの子に電話しました


もしもし

もしもし

久しぶり

久しぶり

警察署に来れる?

、、、いいよ

ありがとう


 それから少ししてあの子が来ました
警察はそれを見て、一瞬止まりましたが、あの子に僕が知り合いかどうか確認してあの子がうなづいたので、何も聞かず僕らを帰しました

警察署を出て、まぶしいひかりに目を細めて
二日酔いの気持ち悪さと
となりにあなた


 警察署にわざわざ迎えに来てもらった申し訳なさと、二日酔いの何か食べたいと、この子もお腹空いてるかなが、すぐそこにある喫茶店に入ろうという行動に移させました

ぼやーっと見える店内、きっとこの喫茶店のことは思い出せないだろうと思いました
僕はコーヒーとサンドイッチ
あの子はオレンジジュースとケーキを頼みました
なにケーキかはわかりません

なにケーキかは、わかりません


 向かい合わせに座って、なにも喋りません
それがなんだかキツくて、

ごめん

って言いました

彼女は、キョトンとしています

その彼女の純粋な瞳が、痛くて、でもそれほどに、まだやりなおせる、なんて思えたり

ケーキをおいしそうに食べる
その顔を見て
僕は涙を垂らしていました

そこに映るものがほんとうで
僕が探していた答えでした

彼女がケーキを割く小さいフォークが
白いお皿に当たるその音だけが
聞こえました

泣いてる僕を見て彼女は
すこし微笑んで
なにも言いませんでした


 喫茶店を出て、二人で歩いて帰りました
車の通りが多い道だったのでちょうどうるさくて、あまり喋らずちょうどよかったです

三十分ぐらい歩いて、僕の家の近くに来ました

ありがとう

と、言いました

ケーキおいしかった

と、言われました

ウチに来る?

と言いました

酒の悪魔にとり憑かれた、許そうとしない
ぼくのたましい

 彼女の返事は覚えていません
もしかしたらしてなかったかも
でも、もう、玄関で、抱きしめていました
傷ついた自分ごと

静かな、静かな玄関
女の子を家に招く、ということが悪なのだとしたら、それは僕が大人だからで
小学六年生にはなにも感じないことなのかもしれない
そんなことを考える冷静さと、説明のつかない僕が今していること

最初は僕だけが抱きしめていましたが
少しして、彼女は僕に腕を回して抱きしめました
その瞬間、心臓が、バクッて、鳴りました
それを彼女に聞かれるのが恥ずかしかった


 恥ずかしかった
その先を考えてしまったこと
綺麗なものを平気で汚す、自分が
恥ずかしかった

その気持ちが抱きしめた彼女を解放した
なにも無いのになにかあったようなふりして冷蔵庫を覗いた
彼女はその間に僕の部屋のベッドに背をもたれるようにして体育座りをしていた

黒のワンピースから覗く、しろいふとももが
顔をひざに埋めて、下りてきた綺麗な黒髪が隠す
その顔が大人っぽくて
思わず彼女に、そういうつもりで、近づいて
近づいて目が合った、その瞳が
あまりにも澄んでいて

汚れた僕を突き刺した

そうか、そうなんだ
僕は汚れてるから、きみを好きなんだ


そのかなしみが絶望的で、生まれたばかりの鳥をカゴに入れて、自由を知る前に、奪う
そんな自分が脅威的で、しろいふとももに涎を垂らす
存在してはいけないと思った

彼女のせいにはできない
彼女に教えることはできない
彼女に知ってもらうことはできない
彼女に学んでもらうことはできない 
彼女に分かってもらうことはできない
だって、彼女は

生まれたばかりなのだから


 立ち尽くして、ひざまづいて、死にかけながら、もがきながら、涎を垂らしながら、這いつくばって僕は

それでもあなたは、その澄んだ瞳で

汚れた僕の目を見て

言ったんです


お嫁さんにしてくれるんだよね?

わたしが大人になったら


うれしそうに微笑む、彼女の顔は
小学六年生

四年後


 係の人に案内されて、大きな扉が開く
赤い絨毯を這うようにして、視線を上げる
そこには
綺麗な純白のドレスを着た、あなたの後ろ姿がありました

綺麗で、とても綺麗で

綺麗だね

って、声をかけました

すると彼女は少し振り返って
恥ずかしそうに

あたりまえー

と、言って、微笑みました

きみがおとなになったら

きみがおとなになったら

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 四年後