花野くん

 あ、花野くんだ。花野くんが朝練してる、一人で、バスケ部の。
花野くんはいつもバスケ部の朝練に一番早く来て、シュート練習してるってバスケ部の人から聞いたことがある。でも、レギュラーじゃないらしい、三軍らしい。
「あいつ背低いからなー」って言ってた、バスケ部の人が。
花野くんはモテる。花野くんのことを好きだという女子を何人も聞いたことがある。
でも花野くんは特別カッコいいというわけではない。顔立ちは綺麗だけど垢抜けてない。THEカッコいいという男子は学校で何人かいる。でもそれではない。でも花野くんはたぶん学校で三番目ぐらいにモテてる。
なぜなら花野くんは超絶おもしろい。ボケもツッコミも群を抜いている。周りから一目は置かれていると思う。

ああ、まただ。花野くんが国語の女の先生に怒鳴り散らしている。花野くんはたまにそういうところがある。すごい形相で怒っている。でも、どう考えても花野くんが悪い。周りの女子も「それは花野が悪いって、やめなよ」って止めてる。でも花野くんは引かない。むしろ先生に謝れと言っている。
でも、花野くんのこういうところを見ると、花野くんも人間なんだな、と思う人もいるんじゃないかな

卒業式。花野くんと女子が二人で人気のないところで話してる。花野くんと仲の良い女子だ。確か小学校から仲が良かったはず。
少しして女の子はその場から走り去った。角を曲がったところで女子友達に囲まれて泣いていた。
卒業式が終わって、花野くんのところに一人の女子が走っていって、学ランの第三ボタンをもらっていた。根性あるなー
それから花野くんは男子友達と帰っていった。


 高校生になると、花野くんの噂はあまり聞かなくなった。なんか腰下まで制服のズボンを下げて、ヤンキーチックになったらしい。でも、被ってるニット帽が古着でかわいいらしい。
バスケはもうしていなくて、背の高い友達といつも一緒にいるらしい。

一度だけ花野くんを見たことがある、女の子といた。たぶん彼女だと思う、手を繋いでたから。

高校生の終わりごろに、花野くんがラーメン屋でバイトしてることを知った。
友達が行ってみようよって言うから友達と二人で行ってみた。
行ったら花野くんがいた。カウンターの向こうでラーメンを作っていた。
花野くんに「いらっしゃいませー!」と言われた。
私たちは離れたテーブルに座った。
店員はホールの女の子と花野くんしかいなかった。お店は忙しかった。花野くんはバシバシ指示をだして、お店をまわしていた。すごいと思った。まだ高校生なのに。
花野くんは私たちに気づいて、少し緊張していた


 大学生になった。花野くんはホストをしているらしい。ラーメン屋を辞めて、ホストを。
しそう、ではない。してしまうのが花野くんなんだ。
相変わらずすごいなって思った。
顔も綺麗だし、おもしろいからナンバーワンになるんじゃないかな

成人式で花野くんを見た。金髪のメッシュにスーツ姿だった。すごくホストに見えた。でも、顔は本当にカッコよくなってた。垢抜けてた。
相変わらず周りのいろんなグループに顔を出して、笑かしていた。そのたび写真を求められて撮っていた。
知らない人と笑かし対決をしていた。
花野くんが勝って、その人とも写真を撮っていた。
その後の飲み会に私は行かなかったけど、花野くんは行った。
行った子の話によると、花野くんはホストを辞めていたらしい


 大学を卒業した。花野くんは芸人になったらしい。さすが花野くん、しそう、ではなくやってしまう。
社会の波には流されない。というか、そんなところに花野くんはいないのかもしれない。

一度、芸人の花野くんを見たがある。地元の小さなイベントで大勢の人の前でMCをしていた。
マイクを使ってめちゃくちゃ喋ってた。
私は駅に向かう長いエスカレーターを上りながら、その声を聞いていた


花野くんは東京に行ったらしい。
行きそう、ではなく、行ってしまう。
花野くんはどこまでも行ってしまう

私は密かに、テレビで花野くんを見る日がくるのを楽しみにしている


 友達に良さそうなバーを見つけたから行ってみよう。と言われた
なんだか犬がいるらしい。
確かに今入り口の扉の前で、中から犬の吠える声がする。
扉を開けると、犬が全速力で走ってきた。
本当だ、犬がいた
あと、花野くんがいた。

犬に喜んでじゃれる友達を見ている花野くんを私は見ている
花野くんはそれに気づいて私と目が合った
そして花野くんは言った

「あれー!?確か同じ中学やんなー??」

私はこっくりと頷いた

「マスター!俺と同じ中学の子が来ましたよ!」

花野くんはなぜかマスターに報告した
マスターはなんて言っていいか困ってる。
店内を見るとちょっと薄赤いひかりだけど、やさしそうな家具類が置かれ、耳をすませば波の音が聴こえそうな、そんな南国風のお店だった。
花野くんは一人なのに、なぜか四、五人座れるソファーの席に座って、ウクレレを弾いていた。

「ここ座りーや!」

と花野くんに言われたから、今友達とそこの席に座っている。
犬は友達とじゃれあったあと花野くんの隣でおとなしくしている。
友達はたぶん花野くんに興味を抱き始めている

「一杯目奢ったるわ!なんか飲みーや!」

花野くんはちょっと酔っ払っている。
私と友達は何にするかメニューを見てたけど店内が明るくないから全然見れない。

「マスターのスペシャルカクテルあるで!」

と花野くんが嬉しそうに言うから私と友達はそれにした。

「マスター!スペシャル二つ!俺の奢りで!」

スペシャルって何?とマスターは言った

「え、いやなんかありましたやん!マスターにおまかせのやつ!」

あー、とマスターは気のない返事をして、本当にそれでいいのか私たちに聞いてきた。
少しして、マスターの奥さん?的な人がスペシャルを二つ持ってきた。
美味しかった。友達も美味しそうだった。

「てか久しぶりやんな!?元気してた??」

花野くんらしい挨拶

「あ、そうだ!リサと中学一緒なんだよね!?」

友達も食いついた

私は頷いた。
、、小学校も一緒なんだけどね

「たしか中華料理研究部やったやんな!?」

、、笑った、めちゃくちゃ笑った。
そんな部私たちの中学には無い

「え!?リサそうなの!?」

と友達も笑った
私は笑いながら否定した。
やっぱり花野くんはおもしろい

「え、てかウクレレ弾けるんですね」

「え、弾かれへんよ」

「え、でもさっき弾きながら歌ってましたよね?」

「まあそういう意味では弾いてたな」

「どゆこと!」

友達はもう花野くんにハマり始めていた。

恋愛感情を一先ず置かせる
花野くんの魅力

「え、何してる人なんですか?仕事」

「詩人」

「え、もうマジなのかわかんない!リサ、そうなの??」

なぜか私に聞いてきた。
私は知らないと首を振った

「ちょっと前まで芸人やってたよ」

「え!それはなんか納得する、だっておもしろいし」

「ほんまにやってたよ、もう辞めたけど」

「え、なんで辞めたの?」

「、、俺はテレビなんか出なくてもスーパースター。ってことに気づいたからやな」

友達は軽めに引いていた

「なんで引いてんねん!どこがスーパースターやねん!」

友達は笑った
花野くんは自分で処理をした

「え、でホントは仕事なんなの?」

「ああ、ほんまに詩人やで」

「え、本とか出してるの?」

「本とか出したことないよ」

「もー、ホントどうゆうこと!」

友達は笑った

「え、知らんの?自分の職業って自分で決めれるねんで?」

「え、なにどゆこと」

「例えば君が職業スチュワーデスって言えばスチュワーデスやで」

「え、絶対違うでしょ」

「いやスチュワーデスやで。飛行機乗って仕事したことはないけどな」

「えー、なにそれー!でもその考え方良いね」

「そやろ?だからリサも職業中華料理研究家って言えば中華料理研究家やで?」

私は笑った。今日ほど笑ったことはないかもしれない

「でも、ほんまに本は出すかもしれん」

「え、もーいいって」

友達は笑った

「あ、ほんまほんま、俺冗談も言うけどほんまも言うで」

「え、どゆこと、なんか賞取ったとか?」

「いや賞は取ってないけど出版社から連絡あったから」

「え、すごいじゃん、なんて名前でやってるの?」

「名前は言わん。誰にも言ってない」

「えー、教えてよ」

「あかん、あかん、誰にもバレずにひっそりとやりたいねん」

「えー、有名になれるかもしれないじゃん」

「そんなん興味ない、俺は自分ではない自分でひっそりと俺の文学を突き詰めていきたいねん」

「ふーん」

「なんで人はスキューバダイビングしたり海の中が落ち着くかわかるか?」

「え、なに?」

友達は笑った

「海の中に潜ると人間じゃなくなるねん」

「どうゆうこと」

「俺たちは地上でいろんな人や現実にもまれて生きてるねん。でも海の中にそれはないねん」

「うーん」

「人間だけ特別やねんで?」

「どうゆこと?」

「例えば今俺の横に寝てるミニチュアダックス、これを名詞で呼ぶと何?」

「犬」

「じゃあアメリカンショートヘアは?」

「猫」

「じゃあ俺らは?」

「人間」

「だけじゃないねんなー、他に呼び方あるやろ?」

「えー、なに!?ヒューマン??もうわかんないんだけど」

、、人

「おお!そう!さっきからずっと黙ってていきなり正解当てるとか名探偵か!毛利小五郎か!毛利小五郎の娘か!」

「それは蘭でしょ!」

友達は大笑いした

「そう、人と人の間に生きるのが人間。俺たちだけ名詞が二つある」

「まあー、そうだけど、、」

友達はしぶしぶ返事をした

「アニキ!そろそろいきますか!」

花野くんはカウンターで一人座って飲んでたおじさんに呼びかけた
おじさんは静かにこの店の簡易ステージっぽいところに移動してギターを持った。
マスターがめんどくさそうに奥で音響をいじってるのが見えた。

「今日は来てくれてありがとう!」

マイクを通して花野くんの声が響いた
おじさんがギターを掻き鳴らした
花野くんが歌いだした
びっくりした。花野くんは歌がすごくうまかった
犬が吠えてる
花野くんが歌ってる。

赤い光がぼんやりと、かがやいて
タイムスリップして現在に帰ってきたような、不思議な時間

花野くん

花野くんは人ですか?それとも人間?


 すごい夜だった。店を出て、私と花野くんは自転車を押しながら、私の友達を見送りに駅まで向かった。何故か花野くんはついてきた。

「リサ今日ありがとね!詩人も!じゃあね!」

そう言って友達は帰って行った。
いろんなことがあったから、まだ頭がぼーっとしてる。
花野くんは自転車に乗らずにこっちを見ている。
そして私の目を見て、言った。

「リサ、もしよかったらホテル行かへんか?」

花野くん、、なにそれ。

私は笑った

花野くん

花野くん

  • 小説
  • 短編
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-18

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