影とロボ男

日南田ウヲ

(1)

 黒い手がにゅうと伸びて砂の中から鉄の塊を取り出すと、付着していた砂がパラパラと音を立て落ちてゆき、砂で隠れていた鉄の塊が姿を現した。
 砂の中から取り出した鉄の塊、それは手が四本有るロボットだった。
 ロボットを宙づりにしたまま、黒い顔が首を伸ばして背面を見る。
 そこに金属製のプレートが見えた。
 黒い顔がプレートを覗き込み、数秒停止する。

 ――シマノエレクトロニクス社製、農業用ロボット(種苗植え専用)

「なんじゃい!農業用ロボかよ!!」

 落胆した声で手を離すとロボットが砂の上に落ちて横に転がった。
 ロボットは逆円錐状のボディの下部に丸形のボールが取り付けられており、ボディからは四つの手が伸びている。逆円錐のトップ部分には半円状の頭が付いていて、その頭部に沿って360度ディスプレイがあり、それが今の落下の衝撃の為か、光り輝き動き出した。

「ん??何だ、こいつ起動したのか?」
 
 ディスプレイに“GD、HVN”の文字が浮かび、続いてデジタル音声が流れる。

 #Good morning, Have a nice day

 それから小さな音がしてモーターが動く音がした。

(2)

「あっちゃ、動きよるわ。こいつ」
 
 黒い顔が伸ばした首や腕を元に戻す。
 とても不思議な光景としか言いようがない、この黒い存在は首や腕を自在に伸ばし、恐らく自分より体重の重いものを楽々と持ち上げた。
 それを前にしてロボットが頭部を360度回すと四本の手を地面へ伸ばしながら、ボールの上を滑るように動き始めている。
 ディスプレイで丸に十字を描いた画面が浮かびそれが黒い顔の方を向いた。

 #ごきげんよう、失礼ですがそちらはどちら様ですか?

「は?」
 黒い顔が動く。
「どちら様だって?」
 頭を撫でる。それから少し考えるような素振りをしてロボットに言った。
「俺は『影』。そう、『影』さ」

 #影ですか?了解しました。私はシマノエクスプレス社製の農業用ロボ、『ロボ男(お)』です。影様、宜しくお願いします。

 くるくるとディスプレイが回転する。

 #影様、ちなみにここはどこでしょうか?


(3)

「ここだって?」

 影が黒い腕を伸ばし、その先をロボ男の十字の目が追いかける。黒い指先に砂の中で埋れている青い標識が見えた。

「見な、ここは尼崎っていう場所さ。一面が砂漠みたいになっちまってるが」
影が首をぐるりと回す。確かに影とロボ男のいる四方全体は砂で覆われ、砂漠と化している。
空には太陽が輝いていた。
 
 #尼崎?了解しました。衛星との距離を測り、地点測定を開始します。

 言うとピッと音が鳴り、ロボ男の頭からロッド型のアンテナが出て来た。

「お、なんだよ、ロボ男。お前、地点測定できるタイプかよ。ということは、もしかしてその四本腕が回転してヘリみたいに飛行できる形式なんじゃない?」

 地点観測しているロボ男のボディの隅々に首を伸ばして影が色々覗き込む。

「あっ、すげぇ。お前、やっぱ緯度や経度を測りながら上空を飛行して水を空中散布できるやつじゃねぇか。それに良く見りゃ無限太陽エネルギーだし、記録録画型ときてやがる。こいつはラッキーだ。もし『夜』がやってきそうになったらこいつを使って空をひとっ飛びできる」

 #地点観測できました。現在位置は尼崎より南東部の難波です。

「難波?だって、こりゃいけねぇ!!大分、南に行きすぎちまった。こりゃ、このままだと『夜』に呑まれこまれちまう」

 言って影は身体を動かして進み始めた。
 その影の背にロボ男が声をかける。

 #影様、私はいかがしたらいいでしょうか?


(4)


「あん?」
 影が首を回して振り返る、しかし身体は前に進んでいく。
「せっかく起動したんだから、この砂漠をもう一度開拓して緑の大地にでもしたらどうだ?お前は農業用ロボなんだからよ」
  くるりと首を前に戻す。
 すると後ろからカラカラと音がする。

 #待って下さい。私は農業用ロボですが、補助ロボなんです。誰かのサポートだけしかできません。ですので私を一人にされると困るのです。

 ロボ男が四つの手をさながら蜘蛛のように上手に地面へ動かして前方を歩く影の後を追ってくる。

「おい、ついて来るのは構わないが、ロボ男・・お前(め)ぇ、飛行時は俺を乗せれんのかぃ?」

 #大丈夫です。一人限定ですが御乗せ出来る設計です。ちなみに時速40キロで飛行しますよ。

 影が頷く。
「そうかい。そいつは良かった。じゃぁ『夜』がやって来そうになったら俺を乗せて空を飛んでくれ。それなら旅のお供は何とやらだ」

 #了解しました。
 
 ロボ男が首を360度くるくると回転させ影に言った。

 #ちなみに影様はどこからどこへ行くのでしょうか?

(5)

「俺はな、実は上海から釜山を経て、博多、広島、神戸を経てここまで歩いてきた。それで東にある『ブジ』ってとこに行く途中なのさ」

 #へー、その『ブジ』に着たらそこに何かあるのでしょうか?

 ロボ男の問いかけに影の足が止まった。
 ロボ男が追い付いて停止する。
 止った影がゆっくりと首を回転させてロボ男を見る。

「そこで『あいつ』に会うのよ」

 #あいつ?ですか?それは何でしょう?

 問いかけに答えず、影が歩き出す。
 それで慌ててロボ男が動き出す。暫く無言のまま影とロボ男は進んでいたが、やがて小さく影が言った。
「『あいつ』っていったら、あいつじゃねぇか」
 影が困惑するように言う。

 #『あいつ』ですね、了解しました。では一緒に『ブジ』で『あいつ』に会いましょう。よろしくお願い致します。

 ロボ男が答えると、砂漠の上を風が吹いた。
 砂埃が舞い上がり、その中に黒い三角形の薄い形が見える。
 それを見た影が慌てて言う。
「いっけねぇ。お前を砂の中から取り出すのに時間を取っちまったのと、南へ歩きすぎた為か、西風に乗った『夜』が近くまで来てやがる。ロボ男お前は知らないだろうがそいつは『夜』が近くに来ていることを現す『夜風』ってやつだ」
 影が急ぎ足で歩き出す。
「身体が細くなる前に先に急いで進まなきゃならねぇ」
 言ってから向かい風の中を力強く前へ前へと影が進んでいく。
 時折、砂埃がロボ男の金属のボディを叩く。
 互いに暫く無言で進んでいくと、やがて「奈良」という文字が見えた。
 そこでロボ男が影に向かって言った。

 #影様、質問です。どうして『夜』が迫って来るのは駄目なんですか?

(6)

「ロボ男お前ぇ頭(あったま)わりぃなぁ。俺は『影』なんだぜ。影ってぇのはさぁ、太陽あっての物種だ。『夜』になんてなってみろ。俺たちはたちどころに消えちまぅんだ」
 
 #おお、成程。つまり影様は本当の『影(シャドウ)』でいらしたんですね。道理で熱量反応も有機生命体反応が無い訳だと思いました。

 ロボ男の頭が360度回転して、ピピと音を鳴らす。
「わかったのならそれで良い」
 そこで影が止まった。

 #どうされました?影様?

「見ろ。身体が細くなってるだろう」
 見れば言う通り影の身体が細くなっている。
「休憩だ。ここで太陽の陽を浴びて影を太くする」
 言うや砂漠の上に大の字になって倒れた。
 暫く横になっていると確かに徐々にだが影の身体が太くなってゆく。

 #おお、身体が元通りになっていきます

 ロボ男が驚いて、腕を動かす。

「俺もお前もエネルギーはこの太陽だ。だから無限大と言いたいとこだが、いけねぇことに影は動いていると段々細くなる。まぁ細くなるとこうして暫くゆっくりとしてりゃ元に戻るが、実は細くなりすぎた影はもとに戻ることができないんだ。理由はわかんねぇけど」
 言ってから何かを思い出したのだろうか、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「細くなって動けなくなった仲間の殆どは『夜』が怖くて、急いで『ブジ』に行きたかったんだろうな。細くなりすぎちまった奴はもう元には戻れないことを知ってるのに、それでも無理して歩いて結局、『夜』に呑み込まれちまって消えた」
 
 ピコピコとロボ男のディスプレイが動く。

「何だ。記録してんのか?」

 #はい、動画として声と影様の姿を記録しています。
 もし『夜』に呑み込まれてしまって消えてしまったときの記録用に

 それを聞くや、影ががばっと起き上がった。
「何だと!!てめぇ!!」

 ロボ男が慌てて言う。

 #冗談です。お気になさぬように。あっ身体がもとに戻ってきましたよ。それでは歩きましょうか? 

(7)

 #ちなみに『ブジ』とはどんなところなんでしょう?

 ロボ男が目の前を歩く影の背に言う。あの後たっぷりと休憩をした影の身体はロボ男が初めて会った時より大きくなり、優にロボ男の三倍ぐらいになっていた。

「さぁ・・それは知らねぇ。ただ分からないんだが、俺の頭に常に響くのさ。『ブジ』に行けと。それだけじゃない。そこで『あいつ』に会うんだと・・まぁ良くわかんねぇけど仕方がない。そう感じるんだから、その直感を信じるしかねぇ」
 
 #成程。影様は直感のお人なんですね。

 ロボ男の頭部が360度回転して答える。

「まぁそうだな。だって上海からも砂漠伝いでここまで来たが、方向も間違えることなく正確に東へ進んでるんだから」

 #ということは『ブジ』は東にあるんですね。

「だろうな、仲間は皆東に向いて歩いてるよ。きっとずっと遠くの東にあるんだろうよ。きっとな・・」

 言ってからロボ男が立ち止まる。

「ん?どうしたロボ男」
 
 #いえ、遠くに何かが倒れてます。

「何だ?」

 言うや否や、ロボ男が手を回転させて上空に飛び上がる。それはまるでヘリコプターのように飛び上がり、突然横向きに飛び出した。

「おいおい!!」
 
 影を残してロボ男は前方に飛ぶと何かを拾い上げてこちらへ戻ってきた。
 着地したロボ男の腕に乗せられた何かを見て影は言った。

「こいつは・・ 」


(8)

 ロボ男の手に乗せられていたのは細くなった影だった。
 その影は太陽の陽を受けているのに段々と細く小さくなっていく。

「影細りだ」

 影が言った。

「もう助からねぇ」 

 ロボ男がピピと音を立てる。

「おい。おまぇ」
影が小さな影に言った。

「何か、言い残すことはあるか?」

 その声に僅かに小さな影が反応して細い手を伸ばしてくる。その手をしっかりと影が握る。
「何だ?何かあるか?」
 それにか細い声で反応する。

「・・あいつに・・あいつに会ったら言ってくれ・・いや・・あいつ・・違う・・僕の・・愛しい・・」

 そこで小さな影は消えた。
 ロボ男の十字の目がずっとそれを静かに追っていた。
「消えちまった」
 影が言った。
「いつもこうだ。皆、消えちまう瞬間に何かよく分かんねぇことをいうんだ。愛とか、懐かしいとか、美しいとか。俺にはまったくそのあとに続く言葉が分かんねぇから、何言ってんのかわかんねぇけど」
 影がロボ男を見る。
「おめぇ、記録録画してんじゃねぇのか?」
 ピピと音を立てて頭部を360度回転させた。
「てめぇ!」
 言うや、影が立ち上がりロボ男に蹴りを食らわせた。
「ロボ男!お前には分かんねぇのか。仲間が消えちまう瞬間を録画なんてするなんて何て奴だ!!」
 影が大きく足を空に伸ばして、ロボ男に向かって足を振り下ろそうとする。
「お前には心がねぇのか!!心ってやつがよ!!」
 言ってから影がロボ男に蹴りを食らわそうとした時、そこで何故か影の動きが停止した。

「あれ・・俺さ・・今、何って言ったっけ・・」
 
 影が大きく揺れている。

「あれ?何て言ったんだ?何も知らない言葉を言った気がした。何だろう、いきなり何かが爆発して、一気に燃え上がって・・何だっていうんだ。なんだっていうんだ。気持ちが昂るような、何か湧き上がるような・・」


ロボ男は、ピピと音を鳴らした。
消え去った小さな影に微量の熱量を感知したからだった。


(9)

 心なしかその後の影の歩みは重くなったようにロボ男には見えた。
 口数も少なくなったがそれが歩みを進ませることになり、やがて砂に埋もれた標識が「名古屋」と書かれている場所に来た。

 突然、影が言った。
「おい、ロボ男。お前との旅はここまでだ。後は一人でなんとかしな」
 言うと影は静々と歩いてく。
 慌てたロボ男が速度を上げて影に追いつく。

 #どうしたんです?どうも影様らしくない。陽気さもなくなって身体の調子が悪いのでは?

 ピピと音がして赤外線が影に照射される。それに慌てて影が言う。
「おいおい!!何すんだ。火傷しちまうだろう!!」
 手で赤外線の照射された箇所を手で払う。ロボ男も慌てて赤外線を止める。

 #あ、そうでした。影様は有機生命体ではありませんでしたね。赤外線の病原体感知機能は使えませんでした。

「あったりめぇだろうが。こっちは本当に火傷しそうだったぜ!!影が火傷なんて聞いたこと無いが」
 しかし影の身体が一部焦げるようになっている。
「見ろ!!穴が開いた」
 
 ロボ男の頭部が360度回転する。

 #申し訳ありません。影様

「まぁ・・いい」
 不服そうに影が言うと、ふん!と力強く言った。
 するとその穴を見る見るうちに黒い影が覆ってゆき、やがて見事に穴を修復して元通りになった。
 #すごいですね!!

 ロボ男が歓喜して頭部を回転させる。


「まぁ、影だからな」
 言ってから影が歩き出す。
 その後をロボ男が付いてゆく。


「ロボ男」
 影が言う。
「もし、もう一度あんな真似したら・・、もうついてくるなよ」

 ロボ男が頭部回転させて無言で答えた。

(10)


 影とロボ男はひたすら東へと進む。途中、砂漠の世界を変化させるものは何も見えなかった。
 影が細くなれば休憩し、また歩き出す。それを何度と続けて行くうちに、ロボ男は遥か遠くに平たい砂漠とは異なる地形を感知した。

 #遥か前方ですが、砂漠が大きくせりあがるようになっています。

「何だと?もう一遍言ってくれ」

 #砂漠が盛り上がるようにせり出しています。

「何じゃ、そりゃ?」

 強く吹き出した砂風に声が弾かれていく。

 #えっとですね。計測しますと急斜が26.2度・・続いて32.6度と段々、大きくなっているようです。

「であるか?」
 影が呟く。
「それでどうなる」

 #おそらくですが、、歩いていたスピードが急速に遅くなり、また砂の為、ずるずる滑り落ちるかと思われます。

「そうか」

 #はい、そうであります。

 
「なんてこったい」
 影が呟く。
 するとロボ男が急に風に反応して、影に鋭く言った。

 #影様、この砂風の中に以前見た『夜風』と同一の反応を感知しました!!

「何だって?」
 影が慌ててロボ男へ首を回して振り返る。それに合わせて急に風が強くなった。
 びょうびょうと吹き始めた風の中に三角の薄い黒い影が見える。
 それが段々と増え始めている。
「やべぇ!!」
 影が叫んだ。
「ロボ男、急ぐんだ。『夜』が直ぐそこまで来てやがる!!」
 影は前方を見て大きく足を踏み出した。
その歩幅は今まで見たことがないほどの大きさだった。

(11)

 影とロボ男を取り巻く風は段々と強くなり、やがてそれは砂嵐になった。

「おい、ロボ男、ちゃんと東に向いてるんだろうな。全然風を引き離せねぇぞ!!」

 影の答えにロボ男が答える。

 #間違いなく正確に東へと進んでおります。恐らく先程言った砂漠の地形の変化が速度を落としているものかと。現在、傾斜26.2度を歩いております。

 ピピとロボ男の反応する音がする。

「くっそー、ヤバイ」

 言ってからロボ男を振り返ったが、影はそのままそこで呆然として立ちどまった。
 その姿を見てロボ男も頭部を90度反転させる。
 すると砂嵐の中をゆっくりとこちらへ向かって進んでくる巨大な黒い闇が見えた。その闇は大きな螺旋を描きながらゆっくりと翼を広げて砂漠に広がっている。

 ――これが『夜』

 影は焦るように歩みを始める。しかし目の前の砂漠の傾斜がそれを阻んで行く。
 
 ロボ男は頭部を元に戻すと『夜』の迫る速度と自分達の速度を計算した。
『夜』の速度は時速20キロぐらい、我々は5キロも無い。互いの距離は1キロほどだろうが、恐らく呑み込まれるのは傾斜を歩けば五分もかからないだろう。

 #影様、おそらくもう5分ほどで『夜』に呑み込まれる計算です。

「ちっくしょう!!」
 影が叫ぶ。
「俺は上海からずっと注意して歩いてきたんだ。こんなとこで『夜』なんかに呑み込まれたくはない!!」
 正確に計算された答えがもどかしい。
「俺は倒れた仲間たちの為にも『ブジ』について『あいつ』に会うんだよ!!」
 ロボ男に向かって吹いてくる風に影の絶叫が届く。砂交じりの風の中に『夜風』の姿がはっきりと見え始めた。これはそれだけ『夜』が迫って来ている証拠だ。

「くそっー」

 影が立ち止まった。
 
 #どうされました?

 ロボ男の声に振り返る。

「ロボ男、力を貸してくれ!!空を飛ぶんだ!!そうすればこの迫って来る『夜』をひとっ飛びに置いていける」
 叫びにも似た声にロボ男は頭部を360度回転させた。
 それから暫し沈黙があったが、やがて答えた。

 #了解しました。それでは私の背におつかまり下さい。

「助かる!!」

 言うや否や、影はロボ男の背に手をまわして身体を密着させた。もう後ろを見れば『夜』が直ぐそこまで来ているのが分かった。ロボ男の四本の手が回転してヘリコプターのように上昇する。
「よし、浮かんだぞ!!」
 それからゆっくりと身体が水平になると加速して一気に空を横に進んだ。

「すごい!すごいぞ、ロボ男!!」
 
 影を背にしたロボ男が加速して空を横に進んでいく。以前、小さな影を拾った時よりスピードが出ていた。
ロボ男の両腕のモーターが激しく回転する音が影には聞こえる。一気に傾斜に沿ってロボ男が進む。吹き荒れる砂嵐の中へ風を受けて進み、すると突然、輝く空が見えた。

 それは太陽だった。

(12)

「やった!!砂嵐を抜けた。『夜』を吹っ切ったんだ」
 影が歓喜の声を上げる。
 しかし、突然ロボ男が失速して墜落すると砂漠の急斜面に滑り込む様に音を立ててめり込んで転がった。
 砂の中を影とロボ男が転がり、やがて音を立てずに止った。
 ゆっくりと砂を払いながら影が起き上がる。

「おい・・ロボ男・・」
 
 砂に半身埋まったまま、ロボ男の頭部が回転して影を見た。
「どういう事だ?お前、一人ぐらいは乗せて飛べるタイプなんだろう。それが何で失速して墜落すんだよ」
 影が肩を震わす。

 #すいません。良く分からないですが、失速してしまいました。

「馬鹿野郎!!お前は一体何のためにここに居るんだよ!!俺は期待してたんだぞ!!もし『夜』が迫ってきたらひとっ飛びに引き離してくれるとよぉ!!」
 言い放った影に風が吹く。見れば引き離した砂嵐がそこまで迫ってきており、はっきりと『夜風』の三角と後ろから両手を広げて迫りくる『夜』が見えた。

「ああ・・駄目だ・・」

 影がうなだれる。全身が震えていた。

「こんちくしょー!こんちくしょー!何とかここまでやって来たのに!!」

 砂嵐が影とロボ男を再び包み込む。もう、これから訪れる悲劇から逃れる手立ては見つからなかった。
『夜風』が無数に見え、それが影のからだに一枚、一枚と付着していく。
 
影は唯、なすが儘だった。



(13)


「おい、ロボ男」
 
 砂嵐の中、影が言った。

「記録してくれ。俺が消える瞬間を」

 ロボ男の頭部が動く。
「もういいさ。別に怒りやしねぇよ。どうかしちまったのか・・俺さ。今ここに至ってなんかさ、何かを残したくなったんだ」
 ロボ男の十字の目が影見つめる。

 ピピ、音が鳴った。

 影の向こうに『夜』見えた。

「残念だ」

 段々と『夜』が迫り、『夜風』が沢山影に纏わりつく。
「ロボ男」
 ピピ、反応する。
「絶対俺の代わりに『ブジ』に行き『あいつ』に会ってくれよ」
 ピピ、頭部を回転させる。
『夜』が完全に巨大なカーテンになり迫ってきた。その時、ロボ男の感知システムが反応した。
 それは有機生命体の反応だった。ロボ男が驚いて頭部を360度回転させる。それはある方向で止った。その反応は影に対して感知されたのだ。

 影が震えるようにして話し出す。

「あれ・・なんだこの温かさ・・これって俺が忘れていたもの・・ああ・・これはそう‥俺が人間だった時の温かさだ・・思い出した。俺は大和雄介、四十二歳、妻は裕子、娘の名は真理・・そう俺は上海にエンジニアとして働いていてある日突然、地球上をあの忌まわしい光体が覆ったんだ!!核・・あの悪魔の輝き・・それで俺は一瞬で消え去りこの魂だけが、影として焼け付いて・・今まで影として生きて来たんだ・・」

 思わずロボ男が身体を砂から起こした。

「そう俺は家族、愛しい娘、美しい妻に・・懐かしい人々に会いたくて帰りたくて歩いてきたんだ」

 影を捉える感知反応の熱量が上がる。

「そう、俺は会いたかったんだ!!・・あいつら・・もう消え去っちまった・・あのばかばかしくも愛しい人間達に・・」

 そこまで言うと『夜』が影を覆った。『夜』のカーテンに影の身体が触れ、ゆっくりと同化していく。
 影がロボ男を振り返った。

「ありがとな・・」

 呑み込まれていく寸前、影の手が突然ロボ男の面前に伸びて来た。それをロボ男がしっかりと握る。
 それから何度も何度も強く振った。
 握りしめた手は『夜』がロボ男を覆うと、ロボ男をひとり夜の世界に残して音もなく消えた。

(14)


 ロボ男は砂に埋もれたまま夜空を見上げていたが、砂から半身を起こすと掌を広げた。僅かだが影の有機生命体としての最後の熱量が残っていた。
 名残惜しそうに見つめていたが、意を決した様に四本の腕を伸ばすとヘリコプターのように空へと浮かび始めた。
 やがて傾斜の砂漠を沿うように上昇し、影も到達できなかった32.6度まで来ると360度周囲を見た。砂漠の傾斜は大きく湾曲に緩やかに曲がっている。
 ロボ男はひたすら上昇し、やがて傾斜の終わりまで行くとその傾斜の終わりの先の世界を見た。
 打ち寄せる波が見えた。
輝く月がその波に反応して揺れている。
ロボ男はその波打ち際に静かに着地した。するとロボ男の感知機能が反応してデジタル音声が流れだす。

 ――水中に塩分反応。また規則的な波もあり、水中を動く魚影が見えます。この魚影は淡水に生息できない種です。タケル隊員へ報告。結論から申し上げますとこの場所は『海』と結論できます。またこの湾曲した地形を過去の日本の地理情報と照らし合わせると、この場所は『富士(ふじ)』と言われた休火山と断定できました。
 
 するとそこでロボ男の頭部がゆっくりとずれて、中から影が出て来た。その影は波打ち際に飛び降りるとゆっくり少年の姿になった。
 黒い髪をした少年の瞳に打ち寄せる波に揺れる月が見えた。
 
 ピピ、ロボ男の音に少年が反応する。

 #海上に一層の箱舟を確認しました。こちらに向かう一層のボートが見えます。

 少年の髪が風に吹かれて揺れる。やがてその風に運ばれるように一層のボートが少年の目の前に着いた。そのボートから金髪の美しい若者が降りた。
 少年の側まで来ると手を伸ばす。
「初めまして。私はアダム。人類未来計画で核爆発から箱舟ノアで生き残ったアメリカの隊員です。あなたは?」
 聞かれた少年は黒い瞳でアダムと言った若者に言った。
「僕の名はタケル。同じようにシマノエレクトロニクスのシェルター型ロボットで生き延びた日本の隊員です。生きてお会いできて光栄です」
 少年が若者の手を握る。
 若者が顎を引く。
「あなたはどうやら外の世界から来られたようですが、外はいかがでしたか?」
 問いかけに首を横に振った。
「外は砂漠だけでした。・・そのほかには・・」
 言ってから少年は自分の手を見つめた。
「手が何か?」
 それには小さく首を横に振り、「いいえ」と言った。
「何でもありません」
「そうですか。それでは箱舟へ向かいましょう。ノアには沢山目覚めた仲間たちが集まり始めています。さぁタケル、これから私達が新しい人類の祖であり、神話の人物になるのです。さぁ行きましょう。人類の新世紀へ」
 頷いてボートに少年が乗り込んだ。それがゆっくりと岸を離れて箱舟へ向かって進んでいく。
「ところであのロボットはどうします?」
 アダムがタケルに言った。
「そうですね・・」
 タケルが目を細めて言う。
「いつか外の砂漠世界を美しい田園に変えなければならない時が来ると思うのです。あのロボットは農業用で米作に適したロボットです。四本の腕を上手に使い、苗を植えるでしょう。それだけでない、小麦を育てるのに畝を作るにも適している」
「成程」
 ボートが静かに進んで行く。
「タケルは農業の神になるかもしれないね」
 それにふふと少年が笑った。
「アダム、もしよければ僕の事をタケルではなくてこう呼んでもらえないですか?」
「何と言えば?」
 アダムに言われて離れて行く岸に残されたロボットを見つめて、少年は言った。
「そう大和(ヤマト)タケルと」
「ヤマトタケル?」
 うんと少年は小さく頷いた。
「僕はこの新しい人類の新世紀を・・・いつまでも、いつまでも・・彼と一緒に生きたいのです。だからこれから僕をそう呼んで下さい」
「彼ですか・・・、分かったよ、タケル」
 少年は頷くと静かに箱舟に入るとアダムが言った。

「ようこそヤマトタケル、きっと君は日本の新しい神話の神になるでしょう」

影とロボ男

影とロボ男

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-01-17

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著作権法内での利用のみを許可します。

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