羊は棺桶に入らない

らっきょ太郎

 黒い傘を持っていた。雨が降っていた所為だ。キミは雨の中、道路に座っていた。傘もささず。ダンボールを敷いている。
 それで僕はキミに近づいてに聞いた。
「何してんの? 雨が降ってる。家に帰れよ。」
 キミはニコリと笑い「無理だよ」と言った。
「何故?」
「家はないんだ」
「そんなはずはない。キミの若さで家がない奴なんていないさ」
 僕の言葉にキミは答える。
「お前が知らないだけでもう帰る家がない奴はたくさんいるんだ。そこの橋の下に行ってごらん? 砂鉄が磁石にくっついてる様に人がわんさか居る」
 僕はキミをジッと見て言った。
「キミは僕が嫌いか?」
 僕の質問に対してキミは目をまるくした。
「どうしてそんな事を聞く?」
 僕は戸惑った。キミは本当に純粋だ。
「妬ましいだろ? 僕には帰る立派な家がある。キミにはない。こんなふうに雨に濡れる事もない。テーブルにつけば暖かいチキンスープも呑める。39度の風呂にも何時でも入れるし、寝癖をセットしてくれる女中もいる。トイレの水も僕が便座から離れたら自動で流れる。泥棒も入れないセキュリティもある。葡萄や梨子だって何時でも食える。僕のことを十分に嫌いになる要素が沢山ある」
 キミは困った顔をした。僕はキミを見下しキミは僕を見上げていた。それから濡れた唇を振動させて答えた。
「なあ。羊は死んでしまっても棺桶には入らないんだ。それって動物だからだ。俺たちとは違うんだ。それに動物は死んでしまう事なんて考えていないさ。人は考えてしまうけど。お前も死ねば狭い棺桶に入り俺も死ねば『似たような』狭い何かに入って終わりさ。それは人間だけに与えられた同等の価値だと思うんだ」
 僕はキミが言うその言葉の意味が理解できなかった。それに僕のペットはキミよりも将来、豪華に埋葬される事を知っている。何が棺桶だ? わけが分からない。
 すると、ぽつりと一雫の雨が傘から垂れた時、一台の白い車がスピンして僕らの方向に加速しながら突っ込んできた。僕は息も出来なかった。汗が滲む。それで僕の身体が車体に触れる瞬間、キミが僕を突き飛ばした。僕はキミの顔を見た。コンマ数秒の間にキミは優しく微笑んだ。見慣れた笑い方で嫌味が一つもなく能天気そうな表情。でも、すぐに白色の車体で見えなくなった。キミの身体は車体の底に消えて橋の下まで落下していった。落下した白い車がようやく止まった時、キミの腕が見えた。橋の下に集まっていた人たちが大声で駆け寄る。僕は座り込み息を切らしてその光景を見ていた。雨は相変わらず降っている。傘は目の前で転がっていた。僕は暗い空を見上げて瞼を閉じた。顔全体に雨粒が注がれるが感触は無い。それから返答した。
「キミが羊でも僕は棺桶に入れる」

羊は棺桶に入らない

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