くろだたけし

ぶつかって夢から覚めた気になってまたぶつかっているんだ虫は

虫よけの効かない虫と効く虫と暑中見舞いが届かない人

約束はあったとしても忘れてる足長蜂が前を横切る

まっすぐに蜻蛉(とんぼ)に通り抜けられて内ポケットも空っぽでした

てのひらの天道虫を原点と思えば急に静まりかえる

血で赤く膨らんだ蚊が去ってゆくそれを幸せとは認めない

なめらかに上から降りてくる蜘蛛の待機している八本の足

外で食べるごはんはあまり好きじゃないいろんな虫がやってくるから

ぼろぼろになるまで抱いたぬいぐるみ虫がいたから燃やしてしまう

思い出になるはずだった引き出しの古い硬貨の激しい腐蝕

からみつく蛇のからだの内にいてそれを愛だと信じる眠り

這いまわる落ち着きのない虫だから愛を信じてもらえなくって

真夏日に蜜はパンからたれてゆき行儀の悪い街じゅうの舌

濡れたままたたんだ傘を傘立てへ虹にさわってみたいものだね

忘れると氷は溶けて飲みかけの甘い梅酒に虫が溺れる

さっきから同じ調子で鳴いている虫に言葉はなくても鳴ける

羽ならば風に返したところです裸ですけどすぐに消えます

真夜中に時折つよく風は吹きひきちぎられるたくさんの羽

傷つける意志のないまま傷つける風が殺してしまうのは風

てのひらに隠せるぐらい小さくて一緒に行こうまいごの蝙蝠

朝までに死んでしまった虫たちの足をたたんだ祈りの形

死んでいる黄金虫から木のにおい誰も森から逃げられません

境界を越えれば黄泉であるような濁った水にぼんやりと鯉

非常用螺旋階段上へ行く鍵のひらいたドアはまだない

くりかえす蛮行のあと人間は言わなくていい冗談を言う

この鳥の頭はとても小さくて口からはみ出した蝶の羽

幾重にも響かせあって鳴く蝉にこの夏だけがすべての季節

夢にまであらわれ僕を閉じこめた怖い表紙の昆虫図鑑

妄想が少し混じっているとしてもすごく小さな虫がたくさん

閉じていく世界に穴をあけながら最後まで生き残るのは虫

「第31回歌壇賞」に応募した短歌30首です。

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-01-15

Copyrighted
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