かなしみの上書きはできない

 月あかりが夜の底までたっぷり照らすので、ひかりが満ち満ちて、だからぼくはうまく息ができない。夜。摂氏三度、月があかるい夜が明けると、つぎの日はとてもさむいんだよって、いっていたのはプリンがだいすきなきみだった。な。巨大なプリンに追いかけられるゆめをみたはなしをしたら、それなりに信じていたあの子にうそつかないでといわれて、かなしかった。
 もう、でも、むかしのこと。
 とぅるとぅる、どぅるどぅる、プリンのうえのあれ、カラメルなのかキャラメルなのか、なんどしらべても、おぼえられない。あんまりやわらかいのは苦手で、あんまりあまくなくて、しっかり弾力のあるほうがすきだというと、ぼくもだよと笑ってくれたきみに、プリンに追いかけられたはなしをすると、うらやましいなあと、ほんとう(かは、だってちがうにんげんだから、たしかめようがなくて、わからないけれど、でも、本心から、いっているのだろうなとぼくにおもわせるのだから、ほんとう)にうらやましそうにいうので、うれしかった。
 かなしかったことは、消えないけれど。
 月あかり、孤独をゆるさない鋭さ。鋭角のつののふちに座って足をぶらぶらさせて、笑っているのは、せかいからの逃亡に成功した名誉の市民で、ぼくは、でも、あまりあのひとにあこがれない。
 あこがれと恋をぐちゃぐちゃにまぜちゃったらひとっておしまいなんだよ。
 夜になると息がうまくできなくなることについて、相談すると、お医者さまはそういった。名誉市民の視界にはいりたいひとが押しよせて、ロケット発射場は機能不可。
 くるったひとたちを横めに、ぼくはぴったりのプリンをえらぶ。
 きみに逢いにいきたい。いける場所なら、すぐ、そうするのに。
 足って無力。二足歩行に、意味はない。

かなしみの上書きはできない

かなしみの上書きはできない

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-14

CC BY-NC-ND
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