「保存」「登場」「リベンジ」

たつたつ

「保存」「リベンジ」「登場」

 風が吹き抜ける図書室で身体から延びる影がどんどんと長くなっていくのをずっと眺めている。
 夕焼け色に染められた室内は驚くほど真っ赤になっていて、僕はそんな景色が今まで見ようとも思っていなかった。
 その風景を忘れたくなくて、頭の中に保存しようとするけれど、きっとこの綺麗な光景を全て覚えておくことはできない。この感情と一緒で淡い想い出として、時を経るごとに埋没していくのだろう。
 こぼれていく煌めくような日々、そんな僕の記憶の中でも一際綺麗に輝くものがあった。
 それが彼女に関する記憶。
僕の記憶の中で彼女が登場する時、浮かべているのはいつものあの笑顔、八重歯が少しだけ覗いていて可愛い笑顔だった。
キラキラと輝く宝石のようなその笑顔をずっと眺めていたくて、その笑顔の傍にずっといたくて、そしてその笑顔の先に僕がいればいいと思ってしまった。
あわよくばその笑顔を独り占めできればと、そう思ってしまった。

呼び出したのはこの図書室。
僕はいつも放課後にここで本を読んでいたから、ここに来ると本当の自分でいられるような気がして、だからこの場所を選んだ。
彼女はだれかと約束しているのか、なんとなく時間を気にするようにしながら、それでもあのいつもの笑顔を浮かべていた。
こんな僕に呼び出されて、それでも笑顔を浮かべてくれる君が本当に。
溢れてしまいそうな想いを口にする前に、彼女が唐突に言った。
「あのね、勘違いさせちゃったかな」
それはまるで明日の天気でも聞くように、本当に気軽に訊ねるように。
「勘違い?」
「えっと…わたし、君とは友達でいたいなって、今まで通りでいたいなって、そう思ってて…」
そう彼女はっきりと言葉にして、少しだけ申し訳なさそうに顔を伏せた。
頭に入ってこない彼女の言葉がもう一度反芻される前に、言わんとすることを理解して、そしてすぐに顔が熱くなった。
「ち、違うんだ、この前新しい本が入って、それでこの前好きだって言ってたから、それで…」
早口になりながら、カッカと火照る顔を隠すように当てのない方を見て上滑りする言葉を紡いでいく。
「そうなんだ…」
なんだか安心してほっと息をつく彼女。
「ごめん、友達と約束があるから」
申し訳なさそうに沿う言葉を続ける。
「あ、そうだったんだ…じゃあまた今度教えるね」
「うん、それじゃ、ありがとね」
そういって再びあの笑顔を浮かべて去っていく彼女。もう一度その笑顔を向けてくれた、事に僕も何故だか安堵してしまう。

「そっか…友達…」
一人呟く言葉はだれにも届くことなく、赤い部屋に吸い込まれていく。
こんなの戦う前からの敗北だ。
勝負にすらなっていない。もしも負けていればリベンジできたかもしれない。けれど僕はそのステージに上がる事すら許されなかった。
そう思うと、真っすぐだったはずの本棚が歪んでいく。本棚だけじゃなく、机も床も赤い世界がどんどん形を変えていく。
「あれ…?」
なんでだろう、何故だか景色が歪んでいき不思議な形へと姿を変えていく。
それを少し綺麗だなと思いながら、顔にてをやると、思った以上にびしょびしょに濡れていて。
「あれ…あれ? おかしいな…」
乾いた声がどんどんと震えていく。
「だって、悲しくないはずなのに」
それなのにどんどん顔は濡れていって、声にならない声が嗚咽に変わっていく。
心が理解していなくても、身体が理解していた。きっと心が理解できないくらい悲しいことがあると、その傷を和らげるために涙が出るのかもしれない。これは人間の防衛本能なんだって、なんとなく思ってしまった。
だってこんなにも悲しいことを、心が理解してしまったらきっと壊れてしまうから。
そうならない様に涙でごまかして、その煌めきが弱くなるのを待つのだろう。
もうすぐ日が落ちて夜の帳が下りるだろう。その時はきっとこの赤い世界に交じって溶けていくこの風景も隠してくれるはず。

「保存」「登場」「リベンジ」

「保存」「登場」「リベンジ」

ランダム(アプリ使用)に選ばれた三題について、原稿用紙3枚(800-1200文字)程度の短編小説。 今回は 「保存」「登場」「リベンジ」 できるだけ恋愛要素を取り入れられるようにしてます。 今回は失恋の話をテーマに一人称視点で描いています。 約40分で原稿用紙5枚になってます。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-01-13

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