宣伝問答

MK3

宣伝問答

 久々にカチンときた。ムッとした。
 一瞬で感情が揺さぶられた。
「雪かきのない、暮らしへ」
 タワーマンションのCM、そのキャッチコピーである。
 
 ターミナル駅から徒歩圏内にある中心市街地。
 売り上げ不振で閉店した商業施設、
その広大な跡地に建設予定の高層住宅。
 発表時は新聞に記事が載り、今も折込チラシをよく見る。
 階下には時流に沿ったテナントが入り、
住居階は最先端且つ充実したアメニティ満載。
 地方の富裕層のステータスシンボルである、
大邸宅に勝るとも劣らないその豪華さ。
 と同時に衰退の一途をたどる繁華街、
その新たなランドマークが出来上がる。
 以上、大いに結構。

 ただキャッチコピー、
これがどうも気に食わない。何か引っかかる。
 ここに住めば便利な暮らしが待っている。
そんな広告的意図から生まれたフレーズなのだろう。

 確かに雪かきは辛い、面倒この上ない。
 掃いた雪の捨て場所確保に苦労するし、
近隣との境界線上を気をつけなければならない。
 その点マンション暮らしは問題ない。
 業者が掃いてくれるのだろう、
おそらく、雪を。隣に住むお宅への気遣い不要。
 北国で暮らす労苦が軽くなる。
それがどれほど助かることか、身をもって分かっている。

 だがここで長年の付き合いである、
俺の中の天の邪鬼が耳元で囁いてくる。
「雪かきのない暮らし。確かに楽だろうさ。
でも楽しいか、それで、はたして。」
「高い場所から眼下に広がる景色を、更に高い山々を眺め、
『わー、真っ白できれい。素敵ね、冬って』とか、
それで雪国暮らしって言えんの?どう思うよ、自分?」
 
 東京で暮らしていた頃。
 ひと冬に2、3回、ドカッとまとまった雪が降る、
これが楽しみだった。
 昼過ぎ、アパートのドアを開けると、
屋根なしの外廊下に真っ白な雪が積もっている。
 在京時は仕事のための情報収集と、
社会と接点を持つため朝刊を取っていた。
 日暮れから降り始めた日は、
配達員の足跡が白一色の床に残っていた。
 本格的な降雪が夜半だったり休刊日の際は、
誰一人踏みしめていない、純白の回廊がそこにはあった。
 
 人様がお休みの時が稼ぎ時。
 それが合言葉である書店勤務という都合から、
冬の帰省は少し早めて晩秋といつも決めていた。
 それゆえ実家に帰ったとしても、
厚く積もった雪を見ることはなかった。
 見慣れた風景が当時は都会にあった。
 踏めばサクッと音が鳴る。
足元に気を付けながら、懐かしい感触を楽しむ。

 と同時に、
 ―東京がこれだと、実家は大変だな。
母ちゃん、もう何度も雪掃きしたんだろうな。
 心の中でそうも考えた。
 雪かきを手伝えないことが申し訳なかった。
 その点について電話で話す度、
「なあに。運動さなるし最近量も少ないから、たいしたことない。
かえって楽しいくらいだ」
 母はそう話してくれた。

 雪国の暮らしについて、いろいろと思いを巡らす。
 若い家族はあのキャッチコピーに惹かれ、買い求めるのか。
 それとも老夫婦が購入するのかも。充分あり得る。
 時間は有限ゆえルーティンの負担軽減、
ライフスタイルによっては大いに歓迎だろう。
 風情ならば他でも楽しめる、それも確かか。

 それでも腑に落ちない、どうしても。
 動作に伴い五感で伝わる四季の移ろい。
利便過ぎれば有難さを忘れる、それじゃなあ。
 雪かきのある暮らし、ない暮らし……
問答はとめどなく続く、解いても解いても。

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-01-13

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