花火大会の思ひ出

迷子になった日 母はハイヒールを履いていた

花火大会の日 屋台通りは人で溢れていた母は私と弟と妹の三人を連れて ごった返す人の中を進んだ
妹がお面を欲しがり 母が購入をしている最中 母を見失い前に立って居る人の靴を見た 知らない靴だった 目の前の母を母と認識せず

私は母はどこかに行ってしまったのだと弟の手を引いて歩いた

茹だるような人々の群れが 何か悍しい狂気に満ちた生き物の様に蠢めき
私達に纏わり付いた

この世界に二人だけになった
私と弟だけが 生きているような
感覚を覚えている

絡み付く蔦の如く人が纏わり付く中を
弟の手を引いて歩いた 坂の上に有る迷子センターを目指して

ただ必死だった 弟の小さな手が力強く私の手を握っていた 共鳴するよう私も強く手を握っていた

どうにか迷子センターまで辿り着くと
私は名も顔も知らない女性に聞かれるがまま答えた
その女性は怯えた様子の弟に気付くと
弟の手を両手で包み込み 「大丈夫お母さんは迎えにくるよ」と母親の様な優しさを持って接してくれた

私達は女性に案内され 仮設テントの下に設置されたパイプ椅子に座った 囲いも何もない パイプ椅子が4.5脚置いてあるだけ 私と弟意外誰も居なかった

私はどうにかなったと安堵した
不安が無かったと言えば嘘になるが
どうなかなったと言う漠然とした安心を得ていた

安堵を打ち破る様に 巨大な爆破音がし
世界が色取り取りの光で満たされ彩られてゆく

花火大会だった

迷子センターは 花火発射地点から正面の場所にあり 私達は正にその正面位置していた

花火に見とれていた 目の前に広がる光の大輪は まるで私達二人に用意された祝福かの様に思えた

そんな花火もいつしか終わりを迎える
定期的 鳴る迷子を告げる放送
帰路に着く人々の雑踏

世界に切り離されたみたいに
まるで私達二人だけ 存在していない
そんな世界が広がっていた

このまま母や父が迎えに来なかったら
悲しさや寂しさより 弟を守らなくちゃと考えていたのを覚えている
非力な子供に何が出来たかなんて分からないけれど ただ守らなくちゃと 一番上だからと言う役割だけが 私の心に勇気と耐える力を与えてくれていた

そんな決意もすぐに終わった
職員の女性に案内され 母が迎えに来た
私は急になんだか悪い事をしたのでは無いかと不安になり 母に近寄り
「ごめんなさい」とその場凌ぎの言葉を口にして 下を向き制裁が下されるの待った

下を向いた時 靴が見えた 屋台で見たあの靴だった その時初めて あの見知らぬ女性は母だったのだと知った

母は怒らなかった 逸れてしまった事
不安にさせてしまった事を私達に詫びていた

しかしそれは違う 私が勘違いをして
母は確かに私達の側にいたのに 私が離れてしまった 悪いのは私だった
涙が溢れた 今度はその場凌ぎでは無い 本当にごめんなさいが溢れ落ちた

懺悔する私を見て母は少し驚いていたが 「今度は間違えないでね」と頭を優しく撫でてくれた それはどんな制裁より 私を深く戒め救うものだった

母は私と弟と手をしっかり結び
出口で待つ父と妹の元に導いで行った
帰路に着く人々と同化して
それでも 私達三人はしっかりそこに居て

花火大会の思ひ出

花火大会の思ひ出

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-08

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