「裏切り者」「ヤンデレ」「人食い」

三題噺「裏切り者」「ヤンデレ」「人食い」

「裏切り者」
あの日は朝から雨だった。
彼女は僕に対して絞り出すように言葉を紡ぐけれど、その言葉は雨音に溶けるようにして霧散していく。
強く握った拳は白くなり、瞳からは今にも涙がこぼれだしそうで、僕はそれをどうにかして受け止めてあげたいと思った。
けれど、自分にはそんな資格がないことを思い出し、何も言い出せず、何もできず、結局は地面を見つめるばかり。
そんな僕に嫌気差したのか、しばらくすると彼女から大きなため息が聞こえた。

どれくらい時間がたったのだろう、いつの間にか目の前から彼女は去り、ここにいるのは僕一人だけだった。
降り続く雨に濡れた服が重く、意識すると急に寒さを感じた。
それでも僕の足は動かなくて、益体の無い事ばかりが頭に浮かぶ。
ここから身を投げてしまうのはどうだろうか、そんなヤンデレ染みた考えだったり、ここから逃げ出して『山月記』の李徴のように人食い虎になってしまう自分を想像したりする。
けれどそんな想像は一時だけで、結局彼女の悲しそうな顔を思い浮かべてしまうと、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうのだった。
彼女は喜怒哀楽の激しい女の子だったから、笑った顔や泣いた顔、怒った顔、色々な顔を僕に見せてくれた。
どれも大好きだった。
彼女が笑えばぼくも嬉しいし、彼女が泣けば僕も涙が浮かぶ。
怒っているときは謝りたくなって、でも素直になれなくて、結局二人してケンカを長引かせてしまう。
けれど、今の僕が思い浮かべる彼女は寂しそうに目を伏せている。
少しの間だけでもそんな顔をさせたくなくて、でも言葉が出なくて、いつも僕はここで立ち止まってしまう。
例えば抱きしめてあげればよかったのだろうか、そんな事が僕に許されるのだろうか、どこから僕は間違えてしまったのだろう。
永遠に続く自問自答はやがて、ため息となって空に昇っていく。
雨の降り続けるこの場所は僕にとっての牢獄なのだろうか。
その場から動けない僕は、いつになったらその答えを出せるのだろう。
じっと見つめる地面に折り重なるように模様を作っている。
それを見ている間だけは寒さを忘れられるような気がして、それを少し綺麗だなと思った。

「裏切り者」「ヤンデレ」「人食い」

「裏切り者」「ヤンデレ」「人食い」

ランダム(アプリ使用)に選ばれた三題について、原稿用紙3枚(800-1200文字)程度の短編小説。 今回は 「裏切り者」「ヤンデレ」「人食い」 できるだけ恋愛要素を取り入れられるようにしてます

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-06

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