終末に臨む

 先程から、ベッドの外から溢れる騒がしい音が止まない。音を遠ざける為、布団に深く潜り込み寝ぼけた頭で思案する。これはいつもの目覚ましの音ではない。そもそも今日は敢えて目覚ましをかけずに寝過ごし、目覚ましをかけそこねた振りをすることで計画的に寝坊をする予定だったので、スマートフォンはサイレントモードのままのはずである。
 俺は基本的に穏やかで心の広い人間ではあるが、不躾に叩き起こされた場合は別である。目覚ましよりも遥かにけたたましく鬱陶しいその音を今すぐ消してやろうと己のスマートフォンを床に叩きつけようとした。しかし振り上げたその瞬間、画面上で輝いた名前とアイコンを直観よりも早いスピードで認識した。哀れな俺は慌てて無機物への八つ当たりを中断しようとしたせいで、ベッドの真横にある勉強机の角に手の甲を打ち付け身悶える。やはり暴力はよくない。
 しかし今は負傷した腕をさする時間すら無駄にできない。あの子が己の身を心配するメッセージを送信してくれているのだ。わざわざ俺個人に向けてだけに送信してくれている。そしてこのタイミング。まるで俺がこんな運命に翻弄されていることさえオミトオシだとでも言いたげである。何故心配されているのかについてはまったくもって謎だが、とりあえず俺にも君が今何考えてるかオミトオシさせてほしい。もしかして俺のそういう思考を心配してくれているのだろうか。だとすれば実に甲斐甲斐しくてたまらない。
 流石の行動力を置いてけぼりにして突っ走るウスノロ思考を押さえつけようとじたばたしてるうちに、彼女からさらなるメッセージが追加送信された。
「今日の夕方頃で、世界が終わっちゃうかもしれないって」
「どうしよう」
 付き合ってもない彼女と世界の終末を共に憂うことができるなんて、なんとロマンチックな運命だろう。もし個の感情の起伏が異能力覚醒のきっかけになるような世界だったなら、今の気持ちだけでウルトラハッピースーパーパワーをこの身に宿せそうである。あまりに突拍子のない話をされた俺は、胸のざわめきの全てを壮大な絶望感ではなく彼女とのやりとりによる甘酸っぱい類のものと誤認識することにした。
 残念ながら俺には、世界を救う力を今日中に得るのは難しそうだ。

 外に出ちゃだめだよと優しく注意してくれたあの子の忠告を無視して、意気揚々と俺は外に出た。予定より早く隕石が降ってくるかもしれないので今日は自宅から一歩も外出するなかれなどと緊急速報は宣うが、隕石が通り過ぎるまで自宅待機したところで、うちごと焼かれるオチしかつかないだろうというのは想像に容易い。それに、どうせ死ぬなら自分以外誰もいないうちで野垂れ死にするより、彼女の家の壁に持たれながらロミジュリごっこを妄想してるうちに焼け死んでいく展開の方がよっぽどドラマ性があると思う。俺は乾いた笑いを声に出しながら、いつもより不審人物の多い住宅街を不審なスキップで威嚇しながら進む。街中では喪服を纏い小汚い髪を縛った姿のお姉さんが、老人に馬乗りになりながら数珠で顔面を叩いて爆笑している。目を合わせないように恐る恐る被害者の顔を覗いたら、顔のパーツがあるべき部分が空洞になっているように見えたので、全力でダッシュしてその場を後にした。
 彼女に会いに行く途中、やけに若い格好をした母親が、遠くから手を振ってカレシとにこにこしながら「ご達者で!」などと叫ぶ最悪なシチュエーションに遭遇したが、見えなかった振りをしたし、オ-プンカーが見えなくなってから十五秒ほど経った後で、大声で「しねー!!!」と叫んでやった。だから全く持って俺は平気である。小4以来のデス・シャウトで得た感情のうち、爽快感が罪悪感に勝ってしまったのが個人的にとてもむしゃくしゃしたが。俺は実に心の美しい少年であるよう生きてきたはずなのだ。
 日暮れには早すぎる時刻から赤くなってゆく空を全く穏やかでない心情で見守りながら、結局今日は姉に会えずじまいで終わるかもなとどうでもいいことを考えていた。わざわざ文にするほどの挨拶すら思い浮かばなかったので、思い出してないふりをすることにした。どうせ送ったところで忙しすぎて返事など返ってこないに決まっている。
 そんなことより残り少ないタイムリミットを彼女の身のこなしについての描写に費やした方が俺の尊い人生の有効活用になる。彼女のいる世界は実に美しかった。彼女の為にあった青空は二度と帰ってくることはなくなってしまったが、今でも心の中では鮮やかな青が春という文字と共に柔らかな音楽を奏で、今も俺はその美しい光景に鼓動でビートを添えつつ生きている。世界よ、絶望に染まる世界のエモで平穏の儚さを演出してくれるな。今から考え直してくれたって少なくとも俺は怒らない。
 
 あともう少しで彼女の家につきそうだというところで、俺は彼女と外で遭遇した。
「外でちゃだめなんじゃなかったの」
「蓮池くんこそどこ行くつもりなの」 
先にこっちの質問に答えてよとは嫌われたくなくて言えなかった。
「俺は針山さんのうちに行こうと」
「どうして私のうち知ってるの」
ごもっともではあるが、その理由を片思い少年の口から説明させるのは少々残酷すぎる気がする。どう足掻いても、逆にどうストレートに答えても、自分が軽めのストーカーであることは否定できなくなるからだ。それならば、
「それは君のことが好きだからだよ」
我ながら最悪な流れでのカミングアウトである。俺が女の子だったら絶対こんな奴好きにならないし、今まで友達だったとしても絶対絶交する。世界がこれから滅亡していくことがしみじみとありがたくなってきた。赤い日が俺の硬直した瞼を優しく温めてくれている。嬉しすぎて涙が出そうだ。
「じゃあ私に会いに来たのは」
「世界の最後に好きだって言うのも悪くないかな、とか」
「そう、じゃあおんなじだ」
この時の心臓の高鳴りは今絶賛滅びゆき中のこの星の歴史全ての中でもとびきりの音色を奏でていたきがする。運命ってすごい、青春ってすごい、夢を信じる者は救われるし、最後に必ず愛は勝つ。俺はいつの間にか天使を乗せた神輿を担いで一人でグランパドドゥを踊り始めていた。
「私も、今から最後に告白しに行こうって思ってたの」
それはナイスタイミングだったね!と息を弾ませ口から発しようとしたその瞬間全てを悟った。
「だから、ごめんね。でもお陰で私も勇気でてきたかも」
 応援してくれたらうれしいななどとほざきながら、残酷なまでに完璧な恋する乙女の顔となった偶像は俺の目の前で赤い日に吸い込まれて消えていった。こんな世界君と僕以外みんないなくなればいいのになとかロマンチック街道を駆け抜けていた俺の心を返して欲しい。いやもう今更返されてもやるせないのでやっぱ一生君の心に居座りガンとかになって死ぬまで蔓延ってやりたい。
 完全に目的を失った物語の登場人物は、砂になることも許されずただふらふらと世界の滅亡を待ち望んでいた。彼女が自分と同じ目に遭うことになるのなら、世界が滅びるその前に君には俺がいるということを教えてあげなければならないし、もし彼女がハッピーエンドを迎えられる運命にあるとするならば、苦しむ隙もないほどの勢いで隕石に衝突される終わりを迎えて欲しい。あまりに独りよがりな条件分岐をし始める自分に、だからお前はだめなんだよと至極真っ当なダメ出しが跳ね返ってくるが、もう気にしない。俺はもう誰に好かれるなどどうでもいいし、どうせみんな今日で死ぬ。

 そんなやさぐれにやさぐれた退廃的終末の最中、スマートフォンに姉からの着信が入ってきた。電話に出たら、結局世界滅びない感じになるっぽいよと一方的に伝えられ、返事をする間もなく電話を切られた。姉のそういうところが本当に大嫌いだ。自暴自棄になったところで明日が来ると知ってしまったゆえに、やけくそな希望がだんだん体のうちからみなぎってきた。世界滅亡に恐怖しているのはずっと初めから苦しかった。悔しい話だが、救世主の形というのは凡人風情が選べるようなものではないのだ。
 世間にこのニュースが届くのはあともう少しだけ先になりそうなので、親切な俺は、世界滅亡のカウントダウンと俺の告白に背を押された彼女にメッセージを送ることにした。人生もう後がないわけじゃないんだし、きっと思い留まることにしてくれるだろう。今までの流れ的に信じてくれるかは怪しいが、我が姉からの言伝でと伝えれば信憑性は増すかもしれない。自分から連絡を取るのが初めてである俺は、まだ彼女が相手のもとに辿り着いてないことを祈りながら、メッセージを送信した。

 送信エラーを何度も吐き出すスマートフォンに苛立ちを覚えながら、俺は暮れない夕暮れの空に未だ現れぬ星を待った。

終末に臨む

終末に臨む

終末に追い付かれる前に日常の青春を終わらせる話

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-06

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