三題噺「棕櫚」「夢の中で」「淡い期待」
「レディイス、エァンド、ジェントルメン!」
半径100メートル程度の暗闇のドームに、ノリの良さそうな若い男の声が響く。
「今夜もやってきました! ザ・バトルショー! さて、まずは本日の挑戦者の登場だ!」
直後、ドラムロールが鳴り響く。そして一糸乱れず音が止まる。
「棕櫚の箒にまたがる現代の魔女っ子、ハニィィーちゃん!」
大きな歓声と共に空から赤い塊が落ちてくる。
赤い塊はリングすれすれで何事もなく静止すると、辺りに轟音と暴風を撒き散らせた。
「今日はヘビーなご登場だぜ! スェンキュー!」
轟音や暴風など物ともせずに湧き上がる歓声。
赤い塊がはらりとほどける。
中からは赤いローブをまとった小柄な少女が出てきた。
そして、その手に握られていたのは真っ赤な箒。
「ハニーちゃあーん! 俺の血も吸ってくれぇええ!」
熱狂的なファンなのだろう。Tシャツには英語でプリーズキルミーと書かれている。
だが、よく見るとそれは実の兄貴だったりする。
俺は後ろから股間を蹴り上げてやると、後ろを振り返らずにその場を離れた。
「さあ、それではチャンプの登場だぁあ!」
再度ドラムロールが鳴り響き会場はドラムの音だけとなる。
音が止む。
「娘溺愛歴20年、娘は誰にもやらんでお馴染み、ミスターファザー!」
途端、体が浮き上がるほどの衝撃。
ライトアップされたリングには浅黒い海パンの男が立っていた。
背中におそらく娘が使っていたであろうランドセルを背負っている。
首にはおそらく娘の制服のものであろうスカーフが巻かれている。
湧き上がる歓声という名のブーイング。
「今日こそくたばれー!」
「引っ込め、クソ親父ー!」
海パン男は自分に向けられた罵詈雑言を聞き流す。
彼にとって娘こそ全てで、それ以外は娘を汚す菌だから。
だからこそ彼は強い。常勝無敗のチャンプだけある。
そして俺の婚約者の父親でもあったりする。
「パパ!」
そして、挑戦者の父親でもあったりする。
「なんだい、愛しい私のハニー?」
「今日こそは彼との結婚を認めてもらうからね!」
「おいおい、目を覚ますんだハニー。」
「目を覚ますのはパパの方よ!」
ゴングが鳴る。
攻めるハニー。受けるミスターファザー。
娘の攻撃など効かない、いや受け止めてみせるという気概なのか。
ミスターファザーは一切避けようとしなかった。
動きが止まる。
音を上げたのはハニーの方だった。
「いい加減…、負けを認めなさい…よ…。」
「結婚などという淡い期待など捨てるんだ。そんなものは夢の中で楽しんでいれば良い。」
そして、とどめを刺す。
「私の愛をわからせてやろう、ハニー。」
「い、いや。いやぁぁあああああ!!」
骨の砕ける音がドームに響き渡る。
ミスターファザーの熱い抱擁を受けたハニーがリングに沈む。
おそらく恋人だろうか。若い男がハニーに駆け寄りミスターファザーに瞬殺される。
「ちくしょう、ハニーちゃんでも駄目だったか。」
「1000人も娘がいるんだから、一人ぐらい良いじゃねえか。」
「あの父親さえいなければなぁ。」
観客という名の元婚約者たちが口々につぶやく。
「娘は誰にも渡さぁぁぁあああん!!」
これで999戦999勝。
ミスターファザーが俺を見て笑ったような気がした。
三題噺「棕櫚」「夢の中で」「淡い期待」