或る冬の夜

偶然みつけた喫茶に入ると

最奥のテエブルにひとり 白髪の老爺が坐って居た

老爺は本を讀むでも 店主と語らうでもなく

唯、真つ直ぐをみつめてた。

私は店主に煙草を喫つても好いか訊ね

了解を得るとコオトの右ポケットからバットを取り出し 左ポケットから手探りでライターを取り出した

着火し煙を吹かせていると 老爺は目線を変えずカップを口元まで近付け、珈琲を音をたてずに飲んだ

私は一本喫い終ると 店主に珈琲を頼んだ

私は天井を見上げ ぼうつとしていた

老爺の方を霞み眼で見てみると珈琲のカップはいつの間にかテエブルから姿を消していた

そしてポケットから何かを取り出したかと思うと、それはわたしと同じバットだった

老爺は一本それを吹かせ 自前の携帯灰皿に丁寧に始末した後 席をゆつくり立ち上がり勘定を済ませた

まもなく私のテエブルに珈琲が置かれた

ふと後ろを振り返ると 老爺も後ろを振り向いたのか 視線が合つた すると老爺の口角が少しだけ上がった

老爺は扉の外へ姿を消し 私は彼の居たテエブルを見つめた

珈琲を飲み終えると二本目を喫うのは諦めて勘定を済ませた

店の扉を出る時 私は私の居たテエブルを見つめた

そして老爺の居たテエブルに視線を移した

口角を不自然に上げ 私は店を出た

或る冬の夜

或る冬の夜

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-02

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