まだコイビトと決まったわけじゃないと思いながら吐き出す息

あおい はる

 虹色の、断面図、てらてらと光り、いやらしいなと思う、とは、到底、あたらしい年の幕開けに、相応しくないものではないかという、不安、みたいなものを一瞬抱えて、すぐに投げ捨てた。
 せんせいは、みしらぬひとと、初詣にきていた。みしらぬ、おんなのひと。ぼくは、ともだちと七人で、いて、みんなが、あのひと、せんせいのコイビトかな、と口々に言って、ぼくは、なにも言わないで、みしらぬおんなのひとの、うつくしい着物の柄を、じっと見ていた。淡いピンクで、花と、幾何学模様のようなものが、散りばめられていて、おんなのひとは、あの、よくテレビで観る成人式の光景の、もりもりとした髪形ではなくて、シンプルに、後ろ髪をひとつに束ねていて、それで、せんせいは、ふつうに、カーキ色のダウンジャケットを着ていた。ともだちは、みんな、でも、すぐに、せんせいのことを忘れて、おみくじを買いに行って、ぼくだけが、おみくじを買わないで、せんせいと、みしらぬおんなのひとの様子を、観察していた。監視、ともいう。盗み見、とも。せんせいは、ぼくらには、まるで、気づいていないようで、それが、また、なんともいえず、しゃく、というか、かなしい、というか、やっぱり、むかつく、というか。
 あの、みしらぬおんなのひとも、せんせいの、中身のことを、しっているのか、おそらく、しっているのだろう、たぶん、見たこともあるのかもしれない、血も、肉も、骨も存在しない、せんせいの、石のような、からだの中身。ぼくは、切断面しか、見たことがないのだけれど、もし、あのひとが、せんせいのコイビトだとすれば、もっと深い、奥の、たとえば、おなかのなかとか、背骨の裏なんかも、のぞいたことがあるのかもしれない。おみくじで、ともだち六人のうち、三人が末吉をひいたといって、さわいでいる。一人は、大吉、二人は、中吉。あたまのかたすみで、凶が出なくてよかったじゃないか、と思いながら、ぼくは、いままさに神さまにお祈りをしている、せんせいと、みしらぬおんなのひとのうしろ姿を、じいっと見ていた。いつもは、わりと、ぴちっと整えられている、せんせいの髪が、ラフにくずれている感じが、また、胸をざわざわとさせた。おんなのひとは、きれいだった。かわいい、というより、きれい、で、かわいいでも、きれいでもなければよかったのに、十人いれば、八人はきれいだと答えるだろう、それくらいのきれいなひとだった。ともだちの一人が(中吉をひいたやつだ)、おみくじひかないのかよ、と言って、ぼくは、結局、ひかなかった。天気がよく、あたたかいせいか、参拝客も多く、せんせいと、みしらぬおんなのひとから、わずかに目をはなしたすきに、ぼくは、二人を、見失っていた。おんなのひとの、着物の色だけが残像として、網膜にはりついていて、すこしだけ気分がわるい。末吉をひいた三人のうちの一人が、ぼくのとなりにならんだとき、きれいだったな、せんせいのコイビト、と呟いて、果たして、意図してか、単に、思い出してなのかわからずに、ぼくは、なにも聞こえなかったふりを、した。

まだコイビトと決まったわけじゃないと思いながら吐き出す息

まだコイビトと決まったわけじゃないと思いながら吐き出す息

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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