一番星のとおく

海百合 海月

 おじさんが呼吸のいらないねむりについたとき、ぼくは物理のよくしらない先生に授業態度について叱られていた。
 午後四時半、物理準備室は、かび臭い。生物学研究者のおじさんの、二十代で、おにいさんという感じだけれど、おじであるので、おじさんの、研究室は、射しこむ恒星のひかりのなかでほこりがちらちら舞ってうつくしいのにな。かび臭いのも、愛しているので。
 叱られながら、おじさんのことばかりかんがえていて、だから、先生の手が伸びてきた時、ちょっと、わらってしまったかもしれない。
 とうさく。
 ガラリ、教室で雑用をしていた委員長が、銀縁の奥でふるえていた。扉が軋んで、おじさんが亡くなられたそうだよと、鼓膜、揺られて。
 物理の先生は、すまなかったとか、もう帰りなさいとか、言わなくてもいいことばばかりで空気をよごしていたので、ぼくは振りかえりもせずに委員長と教室まで走った。午後四時四十七分。
 携帯に出てしまったこと、走るのは苦手だから伝えるのが遅れたこと、などを、こまやかに謝罪しながら、同情をすこしもみせない委員長のこと、すきになれたらいいのに、と、思ったりした。
 なれたらいいのに、というものに、なれたためしは、ない。
 おじさんのために集まるひとがおじさんのためになるかはしらない。ぼくは、困らせてばかりだったので、おじさんの、低くてつめたい笑い声を、聴いた気がした。
 シュウの、その、ひとみがすきだよ。
 ぼくはおじさんのその声が、だいすきなのだった。
 今度そのひとみをぜひ顕微鏡でみたい、と、そんなことが可能なのかはわからないぼくを酔わせたまま、おじさんは、骨になる。
 もちろんその、今度、は、にどと来ない。
 研究者であるおじさんもぼくも、あの世も来世もしんじていなかった、ぼくの拠り所はついに、ひとみだけになる。
 おじさんの、一番星。どうせならいっしょに、焼かれたかった。
 灰。

一番星のとおく

一番星のとおく

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-29

CC BY-NC-ND
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