咎を請う

猫宮ゆり


 ある願いをこめて目を向けても、傍らで立ち働いている侍女はすぐには意図を汲んでくれなかった。それは知らぬふりをされているわけでも気づかれないのでもなく、あえてのことだとフュラシアも理解してはいる。それでも、もしかしたら、と願わずにいられない。
「姫様」
 やがて、困った声が枕頭に降った。
「あのう、申し訳ないことですが。……窓は、わたくしの判断ではお開けできないのです。まだ表の風は冷たいですから、先生へお伺いしてみないと……」
 侍女のその答えはわかりきっていたものだ。だって、この問答は昨日もした。そして窓は開かれなかった。
 フュラシアはそうであっても、願いを抱くことを棄てずにいた。なぜなら願うのはいつも、自身に嘉されたもっとも大きな自由だったから。
「あ、先生、」
 侍女の声音に安堵が灯り、扉が開いて室外の空気が流れこんできた。その、来意を告げる手間なく公女の寝室へ入ることのできる足音が迫ると、フュラシアは寝具の中で我知らず身を縮ませる。
「ん。ああ、窓か?」
 入室するなり、普段のように「具合どうだ?」と問うため唇を動かしかけた侍医は、それをとり止め、
「だめだな。まだ風が寒い」
 こちらが尋ねるより早く、あっさりそう首を振る。侍女や、寝台へ横たわったままのフュラシア自身が食い下がろうとしても、彼は「また熱出たら困るだろ」といなすばかりだ。
 それを言われてしまえば、からだの弱いフュラシアには反論のしようがない。別段無理を重ねたりなどしなくてもたびたび寝ついてしまう身で、屋外の冷たい風にあたるのは確かに無謀といえる。
 こんな折、ここに私兵のチュニカがいたら彼女は必ず、侍医に「どうにかなりませんか」と談判してくれただろう。だが昨日も今日もこの時間、彼女は騎士団の任務でフュラシアのそばを離れていた。ならば、自分でどうにかしなければと思うけれど。
「昨日も言ってたよな。なんで窓開けたいんだ?」
 侍医に横からのぞきこまれれば心音が跳ねあがる。彼に何かを訊いてもらえることはうれしいことだのに、ときめきさざめく胸の奥は戸惑いに揺れ、まともな返答などちっとも編みだせはしない。
「あ……あのね……わたし、」
 話したいのに話すのがこわい。己が思いを知ってもらいたいけれど、この気持ちまで見抜かれるのは恥ずかしい。くるくる混ざって入り乱れる思惟の中、フュラシアは懸命に呼吸をついで言った。
「……ここ何日か、庭園へ新しい鳥が来ているみたいで……前は、いなかった子なの、わたし、その子の鳴き声を、聴いてみたかったの……」
 この寝室の外から城裏まで、ぐるりと続く庭は翼ある生きものたちの遊び場だ。花木は虫たちの、果樹は小鳥の楽園であり、憩いにも雨宿りにも絶えず彼らの影と羽音の気配が息づいていた。
 フュラシアは羽を持つ生きものたちが好きだった。窓越しに彼らを見ていると、蝶の透ける羽も蜜蜂の小さな羽も、小鳥のそれも、みな各々の自由と誇りを秘めているのがわかる。彼らの羽ばたくさまに、フュラシアは自分も、ほんの少しだけ自由になれたような心地を味わっていた。
「そうか」
 その時、横から届いた相槌は、自然で柔らかいものだった。
「なら、あったかいかっこさせてもらえ。聴けたらいいな」

 フュラシアが翼持つ生きものを慕ったのは、彼らの自由と誇りがうらやましかったからだ。彼らの羽は、豪奢でも堅牢でもないかもしれないけれども、思うままにその身を空へ飛翔させることができる。臥しがちな上に公女であるフュラシアには、翼を擁するものたちのそのささやかな自由が、他の何よりも貴く気高く映った。
(……なのに)
 開け放たれた窓から風を受けながら、フュラシアはいま、耳朶へ着く囀りよりも、傍らにある静かな吐息に耳をすませた。あれほど望んだ鳥の声が邪魔にさえ思えた。
「聴こえたか?」
 そばに立って尋ねてくれる侍医の言葉が、風も囀る声も越えてすべてを浸してしまうのを、フュラシアは密かに詫びて諾い、そっと噛みしめた。

咎を請う

咎を請う

2019年11月30日ペーパーウェル03様へ参加した作品です。 自身の一次創作小説『ザンクトゥアリウムの箴言』の番外編で、病弱な公女と侍医のひとこま。 『ザンクトゥアリウムの箴言』は西洋風ハイファンタジー・2019年10月テキレボ9(※中止)合わせで発行しました。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-28

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