ある放課後の一コマ 2

 季節はすっかり冬になった。
 少し前まで暑く、早く秋にならないかなぁー、なんて言っていたのが随分前に感じる位、季節の歩みは早かった。
 私は資料室に居て資料整理をしているのだけれど、ここに暖房器具は一切無い為、結構冷えるが、今日は朝から暖かく、放課後のこの時間帯ならまだ平気だけれど、これから陽が落ちて冷え出すので、その前にある程度進めなければならない。
 所で人が滅多に来ないここ資料室で、私がなんで資料整理をやっているのかというと、ある日の六時間目に行われた委員会の担当決めで、「資料室整理特別委員会」と黒板の端っこに書いてあり、私はその役職に晴れて任命され、今こうして一人資料の整理をしているのでした。
「って、一人で終わらせるには無理だよね?!この量!しかも来週までに粗方終わらせろ?いやいや無謀だよそりゃ!」
私は、一人でそう吼えたが、空しさが増すだけだった。
「は~しょうがない、やりますか」
 愚痴をこぼしながら、渋々作業を再開した。

 それから数時間経った頃、少し休憩をしたくなり、正面玄関にある自販機にコーヒーを買いに行った。自販機も様相を変えており、売っている商品がホットドリンクに変わっていて、コーヒーもホットコーヒーになっていた。自販機に寄った足で屋上に行きたかったが、あそこに行くと下校時刻まで入り浸ってしまうから、今は我慢して資料室に戻ることにした。戻る途中の廊下から外を見ると、校庭では陸上部が短距離走の練習をしていたり、美化委員会の人達が何やら作業をしているのが見える。それらを廊下の窓からぼぅ、と見ながらホットコーヒーを一口、口に含む。苦さと甘さと微かな酸味が疲れた体に染みて心地良い。
「あれ、姫名じゃないの。こんな所で何やっているの?」
 後ろからそんな声がして振り向くと、夕波(ゆな)さんが立っていた。美少女なのに何故か異性絡みの話を聞かない彼女である。
「直ぐそこの資料室整理を命じられ、独り資料整理をしている最中です。夕波さんこそ何用・・・あぁ、成る程」
 と、私は夕波さんが抱えているファイルと、夕波さんが「生徒会委員会」であることを思い出した。
「生徒会会議でしたっけ。今日」
「そうなの。でね、その会議が終わって今戻しに来た所。姫名こそ大変だね、手伝う?」
「いえ、今日はもう片付けて、鍵を職員室に返して帰ります。それに夕波さん、気持ちは有り難いですが、生徒会で忙しいはずなのでこっちは気にしないで大丈夫ですよ」
「生徒会なら暫くは、お休みだから私ヒマ何だけど・・・邪魔?」
 そう言いながら資料を両手で抱えながらこっちを上目遣いで見てくる。その仕草に一瞬何故かドキッとしてしまい、目線が泳いでしまう。
「そ、そういう事なら、明日からお願いしてもいいですか?生徒会の夕波さんが居てくれば色々と助かります」
「本当?!じゃあ、よろしくね。それと、これ置いたら一緒に帰らない?」
「・・・いいですよ」
 やっぱり、彼女の笑顔には弱い私だった。

 かくして翌日の放課後、二人体制になった資料整理は格段に効率と速度が上がった。この分なら来週どころか今週中までには終われそうな勢いである。
「夕波さん、ありがとうございます」
「ううん、お礼を言うのはこっちの方だよ。元々これは生徒会がやらなければならない仕事なのにごめんね。それにしても結構ぐちゃぐちゃだね、これは骨が折れそう」
「それが大変で、昨日は苦戦を強いられていました」
「本当にごめん」
「まあ良いんですけど。それにしても、本当に凄い量ですよね。かなり古い資料もありますし」
「確かこの学校が出来た頃からのもあるって聞いた事あるよ」
「へぇー」
「あれ?あんまり驚かないね。まぁ、私たちが生まれる前の事だから無理もないか」
「へ?あぁ、すいません、そうですね。私たちの生まれる前があるなんて想像も出来ないですけど、資料としてこうやって残って私達の前に・・・あの」
 私はそこで言葉を切らざるを得なかった。夕波さんの吐息が聞える位にまで、近くに寄って来ていた。
「ん?あ、ごめん。急に姫名が真面目さんになったからつい、ね」
「・・・・寒くなって来たので、今日分早めに終わらせましょう」
「ふふっ、照れている姫名もかわいいよ」
 この人はこういう事を無自覚にやる人なので、本当タチが悪い。その後は、お互い無言で資料室右側の棚を片付けた。
 
それから毎日私と夕波さんで整理と片付けを進め、残り僅かになって来たので、休憩がてら屋上に久し振りにやって来ていた。のは良いのだけれど・・・「やっぱり寒いですね」
「ふふっ、そうだね」
「夕波さんって、おしることか、飲む人何ですね。意外でした」
「何言っているの姫名?これからの時期、暖かいおしるこは欠かせないよ。むしろこれを飲まずして、冬は越せないよ?」
「・・・なるほど、好きなんですね。おしるこ」
「それを言うなら姫名だって年がら年中、コーヒー飲んでいるじゃない。若い女の子がコーヒーなんてちょっと渋すぎるよ?」
「砂糖と牛乳入りじゃないとコーヒーは飲めないので、全然渋くないですよ。それに、今時の女子ならコーヒーは当たり前の様に飲んでいると思いますよ?」
「いやいや、少数派だよ。コーヒーを好んで飲む女の子なんて」
「そうですか」
「ふふっ、拗ねた」
「・・・からかうなら、一流ですね。夕波さんは」
「姫名だから、からかえるんだよ」
「何ですかそれ」
 何気無い久し振りの会話をしているだけなのに、私は嬉しいと感じた。
「どうしたの姫名?何か良い事あったの?」
「え?何がですか?」
「今、嬉しそうな微笑みかたしていたから、何か良い事あったのかなー、って」
「いえ、こうして夕波さんとゆっくり話せるの、久し振りだなぁと思っただけです」                   
「・・・そっか」
「・・・・」
 冬の冷たく乾いた風が、私と夕波さんの間をすり抜けて行く。お互い無言で時々コーヒーとおしるこを啜るだけなのに、気まずさはなかった。
「さてと、そろそろ降りて、残りの続きやらない?」
「そうですね」
 そう言われ、夕波さんより先に鉄柵から離れた時に「ねぇ、姫名」と、後ろに居る夕波さんが静かに声を掛けてきた。
「はい?」
「姫名は私のこと、どう思っているの?」
尋ねてきた夕波さんは今にでも泣きそうな表情をしながら、普段あまり見ない真剣な表情で聞いてきた。いつもの朗らかで、明るい彼女からは想像出来ない表情。私はそれを壊さない様に暫く考え、そして静かに答える。
「・・・そうですね、夕波さんは私が初めて親友だと言える大切な存在です」
 私はそう言い、照れながらはにかんだ。普段こんな事を言わないから改まって言うと恥ずかしい。
「・・・・・そっか、親友か」
「?何か言いましたか?」
「ううん、なんでもないよ。さ、降りよう」
「?はい・・」
(夕波さんどうしたんだろう?何時もと何か違う。何かあったのかな?)

その翌日の放課後。土曜日は授業が午前中までなので、午後イチから作業を始める。
「よし!後はここのファイルとこの棚をやれば終わり!いやー、早く終われて助かりました。ありがとうございます、夕波さん」
「どういたしまして」
「そういえば、今日は暖かいですよね」
「うん・・・暖かいね」
「?どうかしたんですか?」
「え?あぁ、大丈夫だよ。ちょっと暑いから窓、開けようか」
「あ、私が開けますよ」
 その時、偶々同時に私と夕波さんの手が、窓のロックに触れてしまった。
「あ、ご、ごめん!」
「いえ、こちらこそすいません。開けますよ?」
「・・・うん、お願い」
(本当にどうしたのだろう、ここ最近の夕波さん。体調が悪そうな感じでは無さそうなのだけれど、何か悩んでいる時の自分と似ている)
「夕波さん。何か悩んでいる事でもありますか?」
「え?」
「いえ、ここ数日、何か落ち込んでいるというか、元気が無そうだったので。それに前も言いましたけど、愚痴とか悩みとかなら聞きますよ、私」
「・・・ううん、平気だよ。ありがと」
「はぁ、ならいいんですけど」
「さ、それより、暖かい内に片付けよう。机の上にある、[平成二十一年度 生徒会予算会議資料]って書いてあるファイルを取ってもらってもいいかな?」
「・・これですね、はい」
「どうも」
 
それから一時間程掛けてほぼほぼ終わった。
「んーーー、あらかた終了ーーー」
 思いっきり体を伸ばすと、パキパキ音が体のあちこちから小気味良く鳴る。一週間毎日片付けを進め、やっと資料室と呼べる空間になった。
(あぁ、この状態が長く保たれていく事を願わずには、いられないな)と、ぼんやりと思った。
「さてと、飲み物買ってきますけど、夕波さんは何が良いですか?」
「え?んーとね、ココアがあればココアで」
 やっぱり、夕波さん元気が無い。
「・・・分かりました」
そう言い残して、引き戸に手をかけた時、私の制服の右裾を、夕波さんが突然きゅっと掴んできた。顔は俯いていて良く見えなかった。
「どうしたんですか?!やっぱり具合悪かったんですか?」
 夕波さんは俯いたまま、首を横に振った。
「えーと、それとも何かあったとか?」
 また、首を横に振る。
「んーー、まずは話して貰っても良いですか?どんな事であれ、ちゃんと聴きますから」
「・・・どうしたら良いか分からないの。何時から自分が、こんな気持ちを抱えてしまったか分からない。でも、気付いたらそれは既に私の中に有って、私にはどうしようにも出来なくて、苦しくて、辛かった」
 掠れ声で必死に紡ぐ言葉を、私は黙って聴いていた。そして聴いている内に、夕波さんは私に欠けているものを知ってしまったんだとどこか疎外感を覚えた。
 でもそれは、成長だと私は思う。人は知らない感情を知ることで、人になって行くのだから、夕波さんは私より大人に近づいたんだ。
「・・・ねぇ、姫名」と、私のなまえを呼ぶ。この時、初めて夕波さんはくしゃくしゃに泣きはらんだ顔を上げた。
「なんですか?」
「私、あなたに嫌われても構わないから、伝えたい事があるの」
「え?私にですか?」
 と言った瞬間、口に温かく柔らかいのが当たった。それが夕波さんの唇と分かるのに、数秒要した。
「え?」
「ごめんね、姫名」
 夕波さんは、引き戸を少々乱暴に開き、足早に去って行った。私はヘタッとその場に崩れた。
「あ、先生に資料室整理終わりましたって、伝えて帰るか」
 私は今起こり、終わった事を一旦隅に追いやり、思考放棄した頭を無理やり動かす事に専念した。唇には温かさと柔らかさが、まだ残っていた。

 

ある放課後の一コマ 2

ある放課後の一コマ 2

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更新日
登録日
2019-12-27

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