幻茸城3-唐傘茸

草片文庫(くさびらぶんこ)

幻茸城3-唐傘茸

鼠と茸と虫たちのファンタジー


 「姫様、草の露が落ちまするぞ、濡れると綺麗な毛が汚れます」
 大黒鼠の爺やが庭に生えていた小さな唐傘茸を折ると、赤鼠の姫の頭にかざした。
 「すまぬ、爺や、今日は、あの池の辺までいきたい」
 「はい、姫様、お供します」
 爺やは姫に茸をさしたまま、池に向かって歩き始めた。
 「池までは少し遠くでございますが、大丈夫でございますな、池の辺で、お弁当をあけましょうぞ、今日は、姫の大好きな醍醐を用意させてございます」
 「おや、それは嬉しい、どこぞで手に入れましたか」
 「はい、姫様、昨夜、城に来客がありましてな、南蛮渡来の醍醐を持ってきた者がございました。それを、食事番の黒鼠がくすねてきてくれましたのじゃ」
 「それはようやったな、何か褒美をやらねば」
 「はい、甘い芋を一つ与えておきました」
 「おお、それはよかったの」
 池の淵で水(みず)蟷螂(かまきり)が顔をもたげた。
 赤鼠の姫と爺やが唐傘茸をさしてやって来るのが見えた。
 水蟷螂は獲物を狙っている水爬(たが)虫(め)に言った。
 「赤鼠の姫が来るぞ、隠れたほうが良いかもしれんぞ」
 「そうだな、食われるかもしれん、ちょっと潜るか」
 「それがいい」
 「おい、糸(いと)蜻蛉(とんぼ)、食われるなよ」
 水蟷螂は池の脇のがまの穂わたに止まってうつらうつらしていた糸蜻蛉に声をかけると水に潜った。糸蜻蛉ははっとして、青い目をくりっと上に向けると舞い上がり、空気をきって飛んでいった。
 池の辺にとても大きな唐傘茸が一本生えている。
 「おお、あそこに大きな唐傘茸が生えておりますな、あの下でお弁当を広げましょうぞ、姫様」
 さしていた小さな唐傘茸を下ろすと、二匹は大きな唐傘茸の下に陣取った。
 爺が持ってきた包みを開いた。
 「ほほう、姫様、旨そうでございまするぞ」
 「うん、この醍醐はよいもののようじゃ」
 「はい、どこぞの大商人が、この城の主へ献上したようでございますな」
 「城に住むより、大商人の家に住んでいたほうが、美味しいものにありつけるのじゃろうな、爺」
 「はい、そうでございます、しかし、商人の家は出入りが厳しく、なにやら、我々にはよくないものを撒いているということでございます」
 「そうか、侍とは貧乏なものじゃが、城は優雅でよいの」
 「はい、姫様」
 姫は醍醐を手に持つと、かじった
 「美味しいぞ、爺、爺も少しは食べなさい」
 「はい、いただきます」
 「そうじゃ、爺、こんなものを持ってきた」
 「なんでございます」
 赤鼠の姫が差し出したものは、小さな瓢箪であった。
 「これはの、酒というらしい」
 「ほー、酒ですか、侍たちが良く飲んでおりますので知っておりますが、まだ味わった事はございません、どのようなものでござりますかな」
 「これを飲むと、天にも昇るような気持になるそうじゃ、しかし、私は飲んではいけないのじゃ」
 「それはなぜですかの、姫様」
 「大人が飲むものと言われました」
 「そんなものを何処で手に入れましたのかな、姫殿」
 「城に巣くう蜘蛛が持ってきてくれましたのじゃ」
 「鬼蜘蛛ですかな、あいつは乱暴物でござりまするので、気を付けてくだされ、姫様」
 「いやいや、鬼蜘蛛ではない、女郎蜘蛛じゃ」
 「そりゃまた、気を付けなければなりませぬな、悪い女子(おなご)でございます」
 「じゃが、私はいろいろ教えてもらっております」
 「たしかに世渡りには長けておりまする、して、どうして酒などを姫様に」
 「薬としては良いものと、くれました、寒気のするとき、これを飲むと温まるそうです」
 「して、爺に下さるのはどうしてですかな」
 「醍醐を食べながら飲むととても良いそうじゃ、爺に飲んでもらいたいのじゃ」
 「ありがとうございます、姫様も大きくなられましたな、かたじけのうございます」
 爺と呼ばれた年老いた大黒鼠は醍醐をかじって、瓢箪から酒を飲んだ。
 「これは、まことに旨いものでございますな、ただ、強い匂いが致します、姫様にはまだちょっと無理かと思いますな」
 大黒鼠は瓢箪の酒をぐいいと飲んだ。
 「うまい」と大黒鼠は一言いうと、その場でころりと寝てしまった。
 大きないびきまでかき始めた。
 「爺、他愛がないのう、酒は眠くなるものなのじゃ」
 そこに、鬼蜘蛛と女郎蜘蛛がやってきた。
 「お、大黒鼠の爺さんは寝てしまったな、暫らく起きんぞ」
 鬼蜘蛛が笑った。
 「さあ、赤鼠のお嬢さん、池に遊びにまいりましょうや」
 女郎蜘蛛が姫に言った。
 「お城に巣食う鼠の世界ではお姫様かもしれないが、外に出ればお嬢さんさね、いろいろ見なきゃ、これからは大変さね」
 「あい」
 女郎蜘蛛は赤鼠の姫を誘って池に向かった。
 「おっと、こいつを使おう」
 鬼蜘蛛が大きな唐傘茸を糸で縛って引き倒すと、そのまま池に運んで行った。
 「こいつに乗ろう」
 女郎蜘蛛が姫に、
 「茸の柄をかじり取ってくださいな、私らにはできないが鼠にはできる」
 と、唐傘茸の柄のところに登った。
 「あい」
 赤鼠の姫は難なく唐傘茸の傘から柄を少し残しかじりと取った。
 鬼蜘蛛は傘を引っ張って逆さにすると、池に浮かべた。
 唐傘茸の舟ができあがった。
 「さて、ご遊興といきましょう」
 女郎蜘蛛がなにやら呪文を唱えると、うなじの綺麗なご新造さんにはやがわり。
 鬼蜘蛛は白い糸を吐きながら、くるりと一回転、あっという間に、いかついお兄さんになった。
 「ほれ、赤鼠のお嬢さん、人間になりますると心で祈って、まず尾っぽを立てて、手を合わせ、左足で一回転してごらんよ」
 「あい」
 赤鼠がくるりと身を躍らせると、年は十六、それはまた色白の綺麗な娘になった。
 「おや、きれいだね」
 女郎蜘蛛が目を見張った、鬼蜘蛛のお兄さんを睨むと、
 「だめだからね、このお嬢さんに手を出したら」
 鬼蜘蛛はただ残念そうに頷くばかり。
 「さて、行こうじゃないか」
 鬼蜘蛛の兄さんが唐傘茸を押さえているうちに、女郎蜘蛛の姉さんと、赤鼠のお嬢さんが乗り込んだ。
 鬼蜘蛛はその後を追って、ひょいと飛び乗ると、葦を一本引っこ抜き櫂にした。
 「さて、どこに行くかい」
 唐傘茸の舟はゆらりゆらりと池のなかに進んで行く。
 それを見ていた水蟷螂と水爬虫は、
 「綺麗な女子になっちまった、どうだい、おいらたちも」
 と、睡蓮の葉っぱの上に登ると、水の中でひと回り、あっという間に粋なお兄いさんに変わった。
 睡蓮の葉っぱの茎をちぎると、それはそのまま、舟となり、「お待ちなせー」と唐傘茸のあとを追った。
 「おんや、見慣れないお兄いさんが二人追いかけてくるよ」
 女郎蜘蛛が気が付くと、鬼蜘蛛は逃げようと櫂を忙しく動かした。
 「水の中の野郎たちだ、なにしにきやがったんだ」
 だが、なかなか進まない。
 やはり水の中に棲んでいる者にはかなわない。相手は後ろから、すいすいと進んでくる。
 とうとう、水蟷螂と水爬虫のお兄いさんに追いつかれてしまった。
 さて、どうなるのかと赤鼠の姫がおどおどしていると、水蟷螂の兄さんが、
 「やっと追いついたじゃないか、仲間に入れておくれよ」
 と、ごつい鬼蜘蛛の兄さんに言ったじゃないか。
 「おおさ、そいじゃあ乗りな、お主ら、この池はよく知ってるだろう、面白いところに連れて行きな」
 女郎蜘蛛も、
 「そうさね、このお嬢さんに面白いものを見せてやってくれないかえ、その後に、つきあってあげるからさあ」
 としなをつくる。
 水蟷螂と水爬虫の兄さんは大喜びで唐傘茸の舟に乗り込んで来た。
 「よっしゃ、それじゃあ、遊覧といきやしょう、まずは、御歯黒蜻蛉の舞いをお目にかけやしょうか、鬼蜘蛛の旦那、そっちの葦の奥まったところに行ってくれませんか」
 鬼蜘蛛の兄さんが葦を使ってちょいと唐傘茸の舟を動かすと、赤鼠の姫様は「わーあ」と声を上げた。
 葦が生い茂った池の奥まったところで、何百もの御歯黒蜻蛉が羽をひらひらひらと、ゆっくりゆっくり舞っていた。
 「ほほほ、優雅だこと、すばらしいじゃないか」
 女郎蜘蛛が目を細めると、鬼蜘蛛も、
 「はは、旨そうな」
 と、本音を漏らした。
 「きれいね、お空を飛べたらいいのにねえ」
 赤鼠の姫はうっとりと空を見上げている。
 「それじゃ、次に、歌声をお楽しみに、池の中洲の反対側にお願いしやす」
 水爬虫の兄さんが、中洲の方を指差した。
 鬼蜘蛛の兄さんはかったるそうに、葦の櫂を動かすと、中洲の裏に向かって唐傘茸の舟を回した。唐傘茸の船はなかなか快適だ。
 中洲が近づくと、がががが、けけけけけ、くわくわくわ、と低い鳴き声が聞こえてきた。
 裏まで行くと、ころころころ、と鈴のような声も混じってきた。
 水爬虫の兄さんが耳をすました。
 「牛蛙、殿様蛙、赤蛙、それに今日は特別、川から訪ねてきた河鹿(かじか)蛙(がえる)が参加した大合唱だ、一年に一度しか聴くことができねえ、運がいいねえ、姉さんたち」
 そばによせ、唐傘茸の船を止めて聞いていると、ぐわぐわぐわからコロコロコロと優雅な鳴き声が中洲に木霊してくる。
 「素敵、お城じゃ聞くことができないわねえ」
 「そりゃあそうよ、あのお城に楽器を奏でるような芸達者などおりゃしない」
 女郎蜘蛛がふんといった顔で水爬虫の兄さんに片目をつむった。
 赤鼠の姫もまねして同じようにに片目をつむって水爬虫を見た。
 それを見て、水爬虫が、
 「はは、かわゆいねえ」と笑った。
 挨拶をしたつもりだったが、女郎蜘蛛の姉さんに説教をされた。
 「お嬢さんはそんな挨拶をしたらいけませんよ、目を合わせてもいけませんよ」
 「どうして」
 「これは大人の挨拶ですよ」
 そういうもんかと、赤鼠は目を伏せた。
 それを聞いていて水爬虫と水蟷螂は苦笑い。
 蛙たちの合唱をひとしきり聞くと、若い兄さん二人が鬼蜘蛛から櫂を受け取った。
 「今度は、誰も知らない水の底を覗いていただきやしょうか」
 慣れた手つきですいすいと漕いで、池の反対の葦に囲まれたところで舟を止めた。
 「ほら、ごらんなすって」
 赤鼠のお嬢さんが池の底を覗くと綺麗な水が湧き出している。
 それが黄金色に輝いている。
 「ほんに、綺麗」
 蜘蛛たちものぞいた。
 「おー、こりゃすごい、人間様たちには大変なものだ」
 「金色(こんじき)で綺麗、なにするものなの」
 「だれぞが隠した小判だ、きっと前の城主が埋めたところに水が湧き出し、池ができたのだ、小判の箱が朽ちて池底に出てきたのさ」
 「小判ってなあに」
 「金だよ、これで何でも買える」
 「買うの」
 「そうだよ、芋だって、なんだって」
 「醍醐も買えるの」
 「おおさ」
 「でもおれたちにゃ、用がないものだよ」
 水爬虫の兄さんが言った。
 「さて、お嬢さんを元のところに戻して、私たちは楽しくやりましょうか」
 女郎蜘蛛が水蟷螂と水爬虫の兄さんにまた片目をつぶった。
 「ほい、きた」
 今度が水蟷螂が櫂を動かし、すいすいと唐傘茸の舟をこいだ。
 「さすがだねえ」
 おだてられ、ますます舟は早くなり、あっという間に池の端に着いた。
 「お嬢さん、面白かったでしょう」
 「あい、ありがとうございました」
 「ほら、爺やさんはまだ寝てる」
 大黒鼠の爺はころんと横になったままだ。時々白い髭がひくひく動く。
 「お嬢さん、これから私らはお楽しみ、また、遊びましょうね」
 「どこに行くの」
 「もう一度、このお兄さんたちと池に遊びに行くのですよ」
 「何して遊ぶの」
 「ほほ、大人になれば分かりますよ、それじゃ」
 今度は鬼蜘蛛が櫂をさばいて舟を出した。
 「名残惜しいが、お嬢さん、さいなら」
 水蟷螂と水爬虫は手を振った。
 「あい、ありがとう」
 赤鼠のお姫様は、鼠の姿に戻って、爺やの隣に腰をおろした。
 残りの醍醐を食べていると爺やが目を覚ました。
 「ありゃ、寝ちまった。お、お嬢さん、大丈夫でございますか」
 「ええ、楽しかった」
 「何かありましたか」
 「池の上に御歯黒蜻蛉がたくさん飛んで舞いをまって、いろいろな蛙たちが合唱を聞かせてくれました」
 「おお、爺が寝ている間にそんなことが、それはよございました、酒と言うものは旨いものでございますな、それにしてもすぐ眠くなるものでもございますな」
 「そうじゃなあ、でもよかったの、爺」
 「はい、姫様、そろそろ、帰りますかな」
 「そうしようか、爺」
 「あ、唐傘茸がなくなっているのはどうしてでしょうかな」
 爺は柄しか残っていない茸を見た。
 「鬼蜘蛛と、女郎蜘蛛が使いたいと申したので、良いと返事をしたのじゃ」
 「なんと、何にしようというのですかな」
 「舟にして、池に漕ぎ出して行きました」
 「不届きなやつらだ」
 と言っているところに、唐傘茸の舟が戻ってきた。鬼蜘蛛と女郎蜘蛛しか乗っていない。
 舟がつくと鬼蜘蛛と女郎蜘蛛が降りてきた。
 「楽しかったの」
 赤鼠の姫が尋ねると女郎蜘蛛が答えた。
 「それはもう、この世のものとも思えません」
 爺が唐傘茸の舟に近寄って、
 「ありゃあなんじゃ」
 と蜘蛛たちに尋ねた。
 唐傘茸の上には糸でぐるぐる巻きにされたものが二つコロンところがっている。
 「ほほ、楽しませてもらいました、ほんに」
 「うん、旨かった」
 鬼蜘蛛も頷いた。
 赤鼠の姫様は、それを見ると、真っ青になった。
 「もしや、水蟷螂と水爬虫のお兄さん」
 「そう、美味しいったらありゃしない」
 「ええっ、食べちゃったの」
 「食っちゃいねえ、吸っただけだ」
  鬼蜘蛛が笑った。
 「姫様、このような者たちと話をしてはなりません、悪いことばかりしおる」
 「やい、鼠のじじい、おいらたちゃ、このお嬢さんにいろいろ見せて差し上げたってわけだい」
 「鼠は芋ばかりでなく、蟋蟀(こおろぎ)も食べてしまうでしょう」
 女郎蜘蛛が言った。
 「姫様にはまだ、食べさせておらん、余計なことを」
 大黒鼠の爺やが二本足で立つと手を振り上げた。
 「ほほほ、怒りなさんな、おじいさん、お嬢さんも今に分かりますよ、蛇は蛞蝓(なめくじ)を怖がり、蛞蝓は蛙に食べられ、蛙は蛇に食べられる。あちきたち蜘蛛もお嬢さんの好物になっちまうかもしれないのですよ、食べないでくださいな」
 女郎蜘蛛は爺やに言った。
 「お酒はいかがでした、美味しかったでしょうに、蜘蛛が作った酒には、いろいろな虫の精髄(せいずい)が入ってるのよ」
 爺やと姫がびっくりしていると、
 「これからも仲良く遊んでくださいな」
 そう言って、女郎蜘蛛は鬼蜘蛛と手を組んで城へと戻って行った。
 池の上にはぐるぐる巻きになった水蟷螂と水爬虫のお兄さんをのせた唐傘茸がぷかぷかと浮いていた。
 鮒の子ども達が池の中から、唐傘茸をつつき始めた。唐傘茸は次第に壊れていくと、みんな食べられてしまった。水蟷螂と水爬虫のお兄さんが池の中に落ちた。それを鯰が飲み込んでしまった。
 それを見ていた大黒鼠の爺が赤鼠の姫に、
 「本当は唐傘茸も美味い茸なのですぞ、それに、虫たちも我々の食い物になるのですぞ、蜘蛛が言っておったこと間違ってはいないのじゃ、姫も大人になったらわかりますぞ、さあ、帰りましょう」
 そう言って歩き出した。

「幻茸城」(第一茸小説)2016年発行(一粒書房)所収
 (短編を一つの物語に編纂)

幻茸城3-唐傘茸

幻茸城3-唐傘茸

赤鼠の姫様がお城の庭で蜘蛛たちに連れられて池を散歩。大人になった赤鼠の姫があやかしの鼠の統領になり、茸の世界と手を結ぶ第一話である。

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  • 短編
  • ファンタジー
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