都会の夜

都会の夜

 床に就くたび思う。
暗闇は優しいと、心が落ち着く。
 ベッドの上で耳を澄ます。
静けさが心地好い、気が休まる。
 在京時はこうはいかなかった。
眠りにつくまで、気が立って仕方なかった。

 東京で9年間住み続けたアパートは2階建て、ワンフロアに3部屋。
その203号室、角部屋の住人が僕だった。
 1DKにおけるスペース確保という課題を克服すべく、
1階は電動昇降ベッド、2階にはロフトが設けられていた。
 ロフトの使い道は入居者次第。
物置代わりにしても、洗濯物を干したって構わない。
 僕はそこを万年床とした。
 
 腰をかがめないと頭をぶつけ、横になり伸びをすれば足の指が壁につく。
屋根裏のデッドスペースを活かしたピラミッド型の空間。
 狭くて何だか息苦しかった。
 
 昇降は固定式のはしごで行う。
木製の避難用といった様相で、勾配は急だった。
 一度、寝起きのボーッとした状態で階下に降りようと、
踏み出した途端ツルッと足が滑り、段に沿った形で一階まで落下した。
 お尻で床に着地、幸い怪我をせずに済んだがあれはヒヤッとした。

 ロフトの斜め上には採光のためであろう、
天窓が取り付けられていた。
 昼は陽光が射し気持ちいい。
しかし夜はこの明かり窓が仇となる。

 アパートは住宅地の中にあった。
「この辺は物騒でね、空き巣や強盗が多いんだ。
隣のこの部屋、前の住人は女性だったんだけど、
ストーカー被害に遭っちゃってね、そりゃ大変だったんだよ」
 入居初日、案内してくれた大家さんが怖い話をサラッと言った。
 
 そんな環境下ゆえ防犯対策だったのであろう、
隣接するアパートには外廊下を照らし出す外灯が設置されていた。
 この照明が強烈な光を放つ代物。
 しかも設置場所が天窓の近くだったため、
ロフトを寝床としていた自分にはたまったものじゃない。
 天窓は高い位置にあり、はしごから手を伸ばしても到底届かない。
それゆえライトの明かりを遮りたくとも、布を取り付けることが叶わない。
 おかげでアイマスクをつけて眠る羽目になった。

 睡眠の障害は視覚面だけではなかった。
 隣室の住人もロフトを寝室としていた様子で、
夜更けは物音が聞こえてきた。
 昔から僕が苦手とするもの、それは音。
 コトッ程度の物音でも反応してしまう、病的なまでに。

 初めは我慢していた、耳栓も使わず。
 スマホの目覚ましアラーム音が耳に届かず、
寝坊し会社へ遅刻する事態を恐れていたから。
 足を壁側に向け頭を音から遠ざける、
そんな対策を講じてやり過ごした。
 
 だがある日を境に、
僕は信条を破らざるを得なくなってしまった。
 隣室のロフト上で住人とその友人であろう男2人が、
こともあろうにメロウな音楽を流しながら、
たわいもない会話を夜明けまで続けたのだ。
 これには参った。一睡もできなかった。
寝坊がなんだ、遅刻がなんだ、さすがに我慢の限界。
 
 その後睡眠時は耳栓必須となり、
帰郷するまでの間、目を覆い耳は塞いで朝を迎える日々を続けた。
 緊張感が体内時計を促したのか、
アラームが鳴る少し前に起床することも多かった。

 田舎へ戻ると、暗くて静かな夜が待っていた。
 電気を消せば、部屋はたちまち闇に包まれる。
 雨風の吹く際、車が通る時以外、音は無し。

 神経質すぎた感は否めない。
都会に住むには、自分は適性も耐性も欠けていた。
 しかし当たり前の有難さを、この身で実感することができた。
 その点は紛れもない収穫であり、
また貴重な戒めとして今後も大切にしていこうと思う。

都会の夜

都会の夜

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-26

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