Fille portant des lunettes
蒸気の街クレコ、その片隅にて偶然出会った、まだ幼き少女と、ある女性との一篇。
Dieu caché
《今日は誰か、買ってくれるかなぁ》
ここは、蒸気立ち昇る世界
その、とある街、クレコ
煤で薄汚れた石膏路、その一角に、一人佇む物売りの少女、モナ
彼女は眼鏡を売っていた
蒸気により薄墨に覆われた空虚から、蒼昊を垣間見ることのできる、稀有な眼鏡を
「あのぉ、眼鏡、眼鏡はいかがですか?」
往還に人通りはあるが、誰一人、少女に目をくれようともしない
その折、一人の女性がおぼつかない足取りで、その少女の元へと近付いてきていた
『お嬢ちゃん、そんなもん売れるわけないよ、だって、誰も信じちゃいないし、それに求めてもいないんだから』
「そんなことないよ、私、ママンから聞いたもん、あのお空の向こうには、澄んだ青色がずっと、ずぅっと広がってるんだって」
『そんなのは童話の世界だけの話よ、要するに絵空事よ絵空事、空だけにね、アハハ、私って例え上手ぅ、う、うぇっ……ぷぅー、あぁ、ちょっと呑みすぎちゃったかしら、まぁでも、お嬢ちゃんの中には何か大切な思いがあるみたいだし、せいぜい頑張んな』
言いながら軽く手を振り、再び往来の波へと混ざり行く女性
《だって、だってママンがそう言ってたもん》
――二月前――
「ママァン、これなぁに?」
『あっ!、モナ、ダメよ触っちゃ、これはね、ママがおじいさまから譲り受けたとっても大事なものなの』
「でもこんなに沢山あるんだからぁ、一個くらい~」
『本当にダメよ、これはね、絶対に“掛けちゃいけない眼鏡”なの、だから触るのもダメ』
「はぁい……ねぇママン、もしこの眼鏡掛けちゃったらどうなるの?」
『この眼鏡はね、掛けるとーーーーーーーー、でもねーーーーーーーー、だから、そういう言い伝えはきちんと守らなきゃでしょ』
「うん、でもこの眼鏡ってすごいんだねぇママン」
すると無垢な笑顔を見せ、母の腰に抱きつくモナ
――その僅か数日後、モナの母親はこの街の流行り病により、永逝した――
《ぅ~、ママンに会いたいな、隣のおじちゃんは、“ママはお星さまになったんだよ”って言ってたけど、いつか帰ってくるんだよね……あ、そういえば夜になったら、あのお空にはお星さまが沢山浮かんでるんだって、前にママンが言ってたっ》
気付けば、手に持った籠の中に無造作に散りばめられた、その一つに手を伸ばすモナ
《ママン、お約束を守れなくてごめんなさい。でもね、モナはどうしてもママンに会いたい……》
モナはそっとその眼鏡を掛け、ただじぃっと空を見上げていた
《うわぁー、ほんとだ、ママンの言ってた通り、いっぱいいっぱいキラキラしてるっ、ねぇママン……ママン……》
――五日後――
『ところでおばちゃん、前にさ、この店の前で眼鏡売ってたちっちゃな女の子、ここんとこ見ないんだけど、どっか別んとこにでも行っちゃったのかな?』
「え?、知らないわよそんな子、ところで誰がおばちゃんよ、あたしとあんたとじゃ大して変わんないでしょ、ほんとにもう」
『あ~ごめんごめん、私ちょっと口癖みたいになっちゃってるから、そっか、知らないかぁ、なんかこないだ見かけてから、少し気になっちゃって、その眼鏡買いたいなって思ってんだけど、ほんと何処行っちゃったんだろうあの子、あ~、あの日あんなに呑まなきゃよかった』
「あんたはさ、アルコールの足湯にずっと浸かりっぱなしなんだから、もう手遅れよ、でもほどほどにしとかないと、そのうち全身どっぷり浸かっちゃうかもね。まぁそれよりさっきの話、そんななんだか分かんないものより、いい加減うちのパン買っていきなさいよ、いっつも顔覗かせるだけで、なんにも買ってかないんだから」
『いや、まずその前に足湯はないでしょ、でもちょうどお腹の虫ちゃんが鳴いてるみたいだから、二、三個買ってこうかな、あ、そういえばおばちゃん、あの噂聞いた?、なんか“神隠し”がどうとかこうとか』
「ほらまたおばちゃんって、もぅ面倒だからいいわよ、そんなことより聞いたわよあたしも、その神隠しの話、子供も大人も関係なく、昼夜問わず忽然といなくなっちゃうんだってぇ、しかもまだ一人も見つかってないらしいわよ、ほんとただでさえ流行り病のせいでみんな肩身の狭い暮らしをしてんのに、そんなのにまで流行られちゃ、もうやってけないわよ、うちなんか」
『……やっぱ噂どころか、ほんとなんだ……まさかあの子も、でもそんな、もしそんなことになってたら私、もう後悔なんかじゃ済まされないっ』
「何ぶつぶつ言ってんの、それよりパンどうすんの?、買ってくの?、買ってかないの?」
『あのさ、もうそこまでくるとただの押し売りだよね、はいはい、じゃぁ、これとこれ、あ、あとこれも』
「はぁい、毎度ありぃ、あぁ、そういえば眼鏡って、今朝外を掃いてたら、こんなの拾ったけど」
すると、その女性はレジスターの置かれたカウンターの引き出しから、どことなく歪な何かを取り出していた
『あーっ!!、それそれその眼鏡、うっかり落としちゃったのかなぁあの子、ねぇおばちゃん、それ私に譲ってくんない?、どうせ拾ったんだし、いいでしょ?』
「へぇ、やっぱりこれって眼鏡だったのね、ちょっと変わった形してるけど、それにしてもこんなの売ってたのその子、えらく変わった子もいるもんだねぇ、まぁあたしがこんなの持っててもしょうがないから、はいどうぞ、その代わり、また今度顔出した時も、パン買ってってよ」
『了解了解、そんなのおやすいご用よ、オホホホホ、それじゃ私、やっぱりあの子のこと探さなきゃ、この眼鏡のお代、きちんと払わないといけないし、じゃぁねぇおばちゃん、また』
するとその女性は、そこで何故か一呼吸置いたのち、パン袋を小脇に、そしてもう片方の手で受け取った眼鏡を軽く胸に押しあてつつ何かを決意し直すと、その後は足早に店をあとにしていた
――きっと逢える、また必ずあの子に逢うんだと、心から願い、そう信じて――
【Ende】
Fille portant des lunettes
なんと言いますか、小さなお子さまにも読んで頂けるような童話にでも初挑戦してみようと思い立ち、ちょっぴりオマージュも込めつつ書いてはみたのですが、これがあまりにも難易度が高く、結果、お子さま向けにはならなかった作品です……むしろ、社会風刺にも似た展開となりました……。
よって、童話というのはその名の通り、童心を持っていないと書けないような気もしています……既に欠落してしまったものを探して拾い集めるということが、如何に難解であるかを、今回私は知ることとなりました。
ところで皆様、supercellさんの『君の知らない物語』という楽曲をご存知でしょうか?、聴く度に一歩踏み出そうって気持ちになれる、うん、やっぱり何度聴いても素敵です。
て、突然何の話っ?!……。