過去の日記

退会した他所のサイトに載せていた記録です。

 冬に人通りの多い街を歩いていて、
陰毛の周辺がかゆくなった時、
そこを堂々とかく勇気が無くて我慢した。
2008/01/17

 冬なのに今朝ベランダで刺された。
眠っていて蚊の羽音を聞いた時、
手が反射的に自分の耳をひっぱたいた。
2008/01/16

 昔、郵便局にサングラスをかけて行った時、
「サングラス禁止」みたいな張り紙があってギクッとした。
それとは関係ないけどある日、
サングラスが臭いことに気がついた。
アルコールで拭いたら臭わなくなったが、
翌日また臭くなっていた。
洗剤で洗ったら翌日も臭わなかったが、
数日後に臭くなった。
2008/01/16

 夜に近所の都営プールに行ったら、
子供がいないのはわかるとしても、
聞こえてくる周囲の声は英語はもちろん
フランス語やらドイツ語だらけ。
なんじゃこのプールは?ここは日本だぞ。
しかも、夜のプールは寒い。(日時不明)

 昔、味が変なイチジクの中身をよく見たら、
蛆虫がわいていたことがあり、
イチジクを食うたびに思い出していた。
味が変でなければ大丈夫だよな?
と思いながらふと、実の中身を見つめていると、
クネクネと動く微細な蛆虫がいた。
箸でつまんで皿に取り出してみると、
頭だけが黒い半透明の…
親虫は卵をいくつも産んだだろうから
一匹だけしかいないわけないと思い、
実の中をもっとよく見つめていると、
二匹目を発見した。
生きたまま何匹か食ってしまったかもしれない。
しかし、そのイチジクは一見とてもきれいで、
とても蛆虫が巣食っているようには見えない。
もったいないので、電子レンジで数十秒加熱した。
そしてもう一度、実の中をじっと見つめた。
イチジクは触れないくらい熱くなっていたから、
蛆虫は死んだと信じて…全部食ったが、
イチジクの美味しさを味わうより、
蛆虫が胃の中で消化されてゆくさまを想像した。
2010/09/27(月)

 今日は朝から腹が痛い。
昨日、蛆虫を食ってしまったからなのか…
しかしこの痛みは、昔からの持病と同じ。
持病の腹痛はストレスが原因らしいが、
そんな生活してないし、
ストレスになりそうなことは思い当たらない。
子供の時から長年の苦労でストレスに弱くて、
ちょっとしたことで神経に触るのかもしれない。
だから、やっぱり蛆虫?
自分の感覚では違うと思うけど
痛い。
2010/09/28(火)

 口の中を思いっきりゲシッ!と噛んでしまった。
痛い…しばらく血の味がしていた。
翌日、その箇所に物が触れると痛くて、
口内炎の塗り薬を使っているが、
飲んだり食ったりしゃべったりすると流れてしまうから
睡眠中しかあまり意味ないし、
これからますます痛くなりそうな予感。
どこも痛いところのない日はいつ来るだろう。
2010/09/30(木)

 最近買ったブラジャーきつくて胸が苦しい。
胸板の厚い夫に着せて伸ばそうと思って
「その恰好で外出しないでね」と言って、
夫に服の上からしばらく着てもらった。
彼は最初、喜んで着ていた。
しかし、彼もきつかったのか間もなく脱いでしまった。
私が着てみると、わずかに伸びたけどやっぱり苦しい。
もったいないけど捨てるか…と言いながら
ブラジャーを脱いでいると、
「おっぱい!おっぱい!」と騒ぎながら、
夫が椅子の背もたれにブラジャーを無理やり着せた。
おお、確かにこれで伸びるかもしれない。
そして翌日そのブラジャーを着てみたが、
少しきついがなんとか耐えられる感じ。
ただし、伸ばしたのは今回が最初ではなく、
洗濯すると元に戻ったから、また戻るだろう。
2010/10/04(月)

 入浴中、脚に細かい吹き出物がたくさんあるのに気付いた。
以前から少数だけ時々あったのを覚えている。
不思議なことに痛みもかゆみも何も感じない。
病弱でいろんな科のお世話になったことがあっても
皮膚科だけは長年行ったことがない。
皮膚病になったことが一度もない。
しかし今度の出来物は不気味だ。
悪化したら病院に行かねばならない。
などと思っていて翌日、
入浴中に脚を見たら治っているではないか。
一日だけしか存在しない吹き出物って…
もしかして、普段あまり使わないオイルを
保湿代わりにいつもよりたっぷり使ったが
アレルギー体質だからそれに反応したかもしれず、
吹き出物に化粧品の類は禁止なので
肌荒れ覚悟で何もつけなかったからなのか?
2010/10/13(水)

 昔からコタツ布団が気に入らない。
独身寮に住んでいた時コタツを持っていなかった。
そこから結婚して夫が持っていたコタツ布団は
真っ赤なダサい模様の古臭いもので、
次に買い替えたのは、汚れても目立たないという理由で
最初からぐちゃぐちゃドロドロした汚い模様だった。
毎年洗濯して何年も使ってボロボロになってから
次に買い替えたのは、なんと洗濯禁止!
それでも数年間洗濯せずに干すだけで我慢した。
今年もう我慢も限界に達して本日やっと処分した。
そして残ったのは…こたつ布団カバーだけ。
洗濯禁止布団を汚れから守るために買ったのだった。
しかし、カバーのくせにやたら厚みがある。
今度はこのカバーだけで冬を越せるかどうかだ。
寒いかも…
2010/10/19(火)

 未明に目が覚めてトイレに行った時
まだ大丈夫だったのは覚えている。
早朝いつものように飯の支度をしようとすると
水がちょろっと出たきり一滴も出なくなった。
自宅だけかもしれないのでまず元栓を確認したが
閉まっているわけでもなく、
外にある共同の水道は普通に出るのだ。
管理事務所に電話するとアパート全体の断水らしい。
この貧乏アパートこれでもう何度めだろう。
関係ないけど旅行先のホテルで入浴中に
突然断水したことがあって寒い目に遭った。
それでよく「また突然断水したらどうしよう」と
不安になることが多い。
今の自宅はもう我慢の限界を過ぎた。
新居は決まっているが引っ越し日は
まだ具体的に決まっていない。
即入居できる家を選べばよかったかもしれない。
2010/10/21(木)

 頭に近い首から肩、背中、腰。
上半身が凝って年々悪化していた。
今日もまた整体院に行こうかと思っていたが
なぜかまだ凝ってないので予約しなかった。
整体師が「うわ!」というほどガチガチだったのに。
先週、整体師が「今回はほぐれやすい」と言っていた。
それまでずっと悪化する一方で、
そんなこと初めてだったので不思議だった。
対策とか予防なんか何もしていない。
もしかして悪霊がいなくなったから?
そんなの本当にいるかどうかわからないし関係ないと思うけど。
2010/10/22(金)

 痛い。飲んでも食ってもしゃべっても痛い。
口内炎用の軟膏を塗ろうとして口の中を見ると、
傷口の位置が歯に隠れて見えない。
自分で噛んでしまったのは覚えているが
いったいどの歯で噛んだのかわからない。
最近、連続して自分で噛んだ口内炎になって、
治ったと思った直後別の個所を噛んでしまう。
飯を思う存分噛むのが怖くなってしまった。
そのせいなのか、消化不良で下痢気味。
傷口がわからないけど痛い箇所に軟膏を詰め込んでおこう。
2010/10/25(月)

 寒いのは知っていたので
薄手のコートを着て買い物に行ったら、
ピューピュー風が吹いておりその冷たさときたら…
寒すぎる。
こりゃもう風邪ひいたも同然だ。
風邪ひいたら今度こそ死ぬかもしれない。
病弱で精神も病んでいてボロボロだから。
2010/10/27(水)

 エアコンと電気ストーブだけでは寒くて、
灯油を買いに行って石油ストーブで焚いたら、
不完全燃焼でちっとも温まらず、
まず酸欠を疑って換気してから焚いても、
再び不完全燃焼で部屋に臭いガスが充満した。
取説を読んで原因を考えていると、
灯油がしみ込んでいなかったかもしれず、
半日ほど待ってやっと正常に燃焼した。
ガスの臭いが鼻の中にいつまでも残るし、
室温の低さで体が冷え切ってしまい、
熱めの湯で入浴すると心臓がおかしくなった。
三年以内どころか三分後に死ぬかと思った。
2010/10/31(日)

 いつも炊飯器をタイマーで翌朝炊けるように設定していた。
ある夜、炊飯器の時計が消えているのに気付いた。
この炊飯器、炊いている途中で電源が瞬断しても
電池で時刻やメニューやタイマーを覚えていたが、
その電池の寿命が来たらしい。
取説ではメーカーに修理として出して
新しい電池に替えてもらえば良いと…面倒くさ。
その電池、寿命が五年と書かれているが、
買った日から十年近く経っている。
よくもったなー電池お疲れさん。
しかし、本体内部に米粒が混入しているし、
そんな状態いつ壊れても不思議でない。
そろそろ買い替え時と考えようか。
でも、ゴミの捨て方の資料を読むと、
小さい家電は不燃ゴミでよいらしく、
不燃ゴミ用の箱に捨てていると
「かわいそう!」って夫が騒ぐんだよな。
2010/11/04(木)

日没が早くなった。何だかさみしい。
昔、父が「日没は寂しい」と言ったのを思い出す。
日中は強風だった。
外出に花粉症用メガネをかけて行った。
でもそのメガネに度が入ってない。
ド近眼だから景色がよく見えない。
しかも、頭が寒いから帽子とスカーフで
左右もよく見えない。
もっと寒くなるとマスクが加わる。
そうなればメガネが曇ってほとんど何も見えない。
そんな状態でも平気で歩けるのって…
子供の時からド近眼だったけど
親がメガネを買ってくれなくて
よく見えないままずーと生活していた。
だから、見えないのに慣れている。
そりゃ危険かも。
2010/11/09(火)

 都内なのに田舎町のように昼間から
人通りの無い道を歩いている時、
猫の親子に遭遇した。
親子ともにまったく同じ模様。
こんな可愛いの初めて見たかもしれない。
私はただ道をまっすぐ歩いていたが、
親猫が警告のような鳴声を発して
子猫が一目散に近くの家に隠れた。
親猫は同じ場所でじっとしたまま
どう見ても私に威嚇している様子。
どうも、私だけ動物に威嚇される。
他の人なら警戒すらされないのに、
ただし、馬にはバカにされる。
動物って人の心を見抜くよな…
2010/11/16(火)

 昨日、買い物に行ったスーパーの中で
急に便意をもよおした。
しかし、その店のトイレに行きたくなくて、
帰宅するまで我慢した。
そして今日、同じスーパーに行ったが、
買い物の最中にまた便意。
しかし、今日も帰宅まで我慢した。
そして、やはり出にくくなった。
便意を我慢すると便秘になるんだよな。
それでも、外出先のトイレは嫌だ。
コートやバッグを持ったままトイレに入りたくない。
2010/11/19(金)

 買い物に行ったスーパーでまた便意に襲われた。
今度は買い物途中でトイレに行った。
その店のトイレはホテルみたいに広くてきれいで
コートやバッグの置場があるから。
超安売りスーパーなのに。
2010/11/24(水)

 ついに家を引っ越した。
人生半分過ぎて初めて持家。
今までいかに貧乏だったか気付いた。
環境の差は激しいけど、
最新設備のおかげでストレス激減。
もしかして持病も軽くなったら嬉しい。
ただ、日常で必要な店や施設の位置が
まだ覚えられなくて地図を一々見ている。
致命的方向音痴だし、それだけがストレスかな。
女なのに生えてくるヒゲが伸びているのに気付いた。
わー、早くそらないと恥ずかしい。
2010/12/07(火)

 今使っている石鹸がちびる前に
次のを買っておくのを毎日忘れる。
 冷え症をなんとかするために
近所のジョギングコースを走ろうと思って
ネットの検索でルートを調べて現地に行くと、
途中からわからなくなって迷ったの今日で二度目。
長年の運動不足で脚が痛くなってきた。
痛いと言っても筋肉痛ほどでもなく、
冷えが原因の痛みのような感じ。
そんなことくらいで怠けていたら
結局何もできないだろうと思って頑張った。
そして、ますます痛くなり、
整体院でマッサージしてもらった。
それで今度は財布が寒い。
2010/12/15(水)

3.他所のブログサイトに投稿していた
 なぜか痛くないけど喉が調子悪い。
炎症が肺の中まで来ている。
気分は微熱だけど冷え症で体温が低くて
「なんだ、熱ないやん」って言われて終わり。
花粉症と合わさっているからとても具合悪い。
それでも頑張って掃除。2010/4/20

 昨夜一睡もできなくて地獄のような苦痛だった。
苦痛しか存在しない世界に閉じ込められている感じだった。
絶望とか悲しみとか感情なんかの余裕もない、
あるのはただ苦痛だけ。
私のことが気に食わない神様みたいなやつに
いじめられているだけのような、
こんな苦痛に耐えなければならないなら
死んだほうがましだった。
高熱だったと思うけど自分で計る気力なく、
寒気と全身の痛みとじっとしていられない気持ち悪さ。
それでも朝には微熱に戻り、
今は頭と鼻と喉が痛くて全身だるい。
体のあちこちが壊れた感じ。2010/4/21

 相変わらず喉が痛くて、咳が普通でない。
出さないよう我慢するまで止まらない。
過去に、今まで咳を我慢して初めて
治ってきた経験ばかりなので今回も我慢していたが、
寒さを防げない状態の時に体が冷えるたびに悪化して治る気配なく、
我慢も限界に達して咳を出し始めると、
自分の内臓を吐き出すような激しさで続き、
これで死ぬのかと思うほどだった。
眠ろうとすると咳を我慢する意識を保てないので、
鼻や口から爆発するかのように激しく勝手に息が噴出して、
それでびっくりして目が覚めてしまって眠れない。
そんな夜がもう三日目になった。
眠気は当然強いが、どんなに眠くても叩き起こされる、
まるで睡眠を許されない拷問。
眠れないので仕方なくテレビを見ていると、
興味深いのに眠気で話の内容や言葉が頭に入らず、
咳で死ぬならそれを受け入れようと思って、
薬を飲んで寝床に入って咳を出るがままにして
呼吸できなくなって意識を失っていた。
その一時間か二時間後、いつもの起床時刻に目が覚めた。
こういう時、家族は外泊で私だけ家でずっと一人だったりする。
でも、私はそのほうがよいかもしれない。
家族がいたら何もしてくれないのを不満に思ったり、
いつも通りに家事をこなせない自分を責めてしまったり、
どちらにしてもろくなことがない。2010/4/23

 咳が酷過ぎて治る気配がない。ついに病院に行った。
深夜に行って未明まで時間かかった。
処方された咳止めはあまり効かない。

 夫が一人で少し遠い公園に行って風景の写真を撮って帰った。
それを夫婦のホームページに載せようとして見ていると、
八重桜がきれいな風景の地面に生首が生えているように
見える物体があるので夫に言うと、彼は一瞬見るなり
「うわー、そんなこと言われるとそうにしか見えない」
と怖がって、「それホームページに載せなくていい、
その日に撮った写真は全部消して」と言った。
しかし、彼は霊的なものを一切感じたことも
見たこともないのに怖がる。未知だから怖いのか。
それとは関係ないが晩飯後にくつろいでいると、
花瓶に挿した花が一輪だけひとりでに回転して、
その瞬間を珍しく彼は見てしまった。
それだけでもう彼は大騒ぎ。
そんなのに慣れて飽きている私は
「その花は水をよく吸うし伸びるから、そのせいじゃないの」
と言った。2010/4/25

 咳で眠れなくなった三日目、
最初は深夜営業の薬局をネットで検索して車で行ったのだった。
しかし、その薬局は閉まっていた。
それで、都心の方向へ走ったが道路が渋滞していて
時間だけどんどん経過して、
最初から病院に行けばよかったと後悔しながら病院に行ったものの、
そこでも待ち時間が長く、
もらった薬もあまり効かなかった。
ふと、あることを思い出した。
花粉症なのでアレルギーの市販薬を常用していて、
発熱時からその薬を中断して風邪薬を飲んでいたが、
どうでもよくなってアレルギーの薬を飲んだ時
いつの間にか眠っていたのだ。
咳が酷過ぎて眠れないはずなのに。
後日、病院の薬を使い果たしたとき
アレルギーの市販薬を再び飲み始めた途端、
咳が止まって「もうすぐ治るかも」と思ってしまった。
しかし、その市販薬の効き目が切れたころ
再び発作的な激しい咳に襲われた。
そして、ようやく昼間の薬局で買った咳止めを飲んで
初めて確かな効果を感じた。
その咳止めは「アレルギー性の咳に対応していた」。
もしかして、最初は何かの病原体が原因だったけど、
その病原体の存在が新たなアレルギー症状の原因になったのではないか。
現実は無理だったとはいえ
最初に薬局で咳止めを入手できていたら早く治って、
病院の薬が効かずに苦しむ期間もなかったかもしれない。
2010/4/26

 咳が悪化する一方なので再び病院に行った。
自分で調べて適切と思う科を受診しようとすると、
受付の所で「その科は専門性が高く、
医師の指示があって初めて行くところ」みたいなことを言われ、
最初だけ内科に行くよう言われた。
内科で正しい診断されないのを知っているのはけっこうつらい。
ただし、今回は病院に行く必要ないという自分の判断は間違っていないし、
気持ちも病院に行きたくなかった。
病院に行かないと治りそうもないか、
市販の薬だけで足りるか、
完全に自力で治すかは自分で判断して決めたいし、
今回は市販の薬が最も適切と判断したが、
家族はいつも決まって私が病院に行ってほしいらしく、
考え方がおかしいけど私が病院に行けば
看病してやらなくても咎められないと思っているようだ。
具合悪ければ何でも病院に行けと
バカの一つ覚えのように言われるのはうんざりだ。
病は病院だけでは治らない、
家族や身近な人の愛情ほど効く薬はない。
本人の治癒力もその愛情に比例する。
他人が家族を看病しているありふれた光景は
私にとって天国のような別世界のことだ。
子供のとき親に看病されたことがなかったわけではないが、
私の親がする看病は私の無力さを思い知らせることと、
親に反抗できなくする無実の罪悪感を植え付けるためであり、
こんなに優しい親は他にいないみたいな説教付きで
非常に面倒くさそうで恩着せがましくて
本物の愛情はどこにもなかった。
そんなのは看病を装う陰湿ないじめであり本物の看病ではない。

 病院の薬はもらったけど今回は飲んでも
効かないのは最初から知っている。
それを無視して自分で買った市販の薬を飲むとよく効いて、
一週間ぶりに普通に眠れた。
これから回復する率が高い感じを覚えた。
2010/4/28

 咳が酷い。出始めると止まらない。
喉に我慢できないイガイガが突然できる。
咳止めはあまり効かず、やはりアレルギー薬が効く。
それでも再び病院に行ったが、
そこで処方された複数の薬の効果がわからないし、
咳を止めるため神経が広範囲で麻痺するようで便秘が悪化、
意識がもうろうとして気力も思考力もなくなって
何もできなくなって途方に暮れて、
時々薬を飲むことさえ忘れるので、
試しに市販の抗アレルギー薬だけを飲んでみたら、
咳だけでなく喉の痛みやタンも軽減して意識も元に戻った。
2010/5/9

 本栖湖近くにある観光名所の芝桜を観に行った。
あまりの混雑に具合が悪くなって楽しめなかった。
旅行や遠足の時いつも、持病の薬を手放せないことに
家族の理解がないので不安だったが、
さいわい症状は悪化せず薬が切れても安定していた。
ぶり返していた喉の痛みはなぜか軽減した。
都心のような有害物の無い空気を吸ったからかもしれない。

 休日の予定を提案したり計画するのは最近まで私の役目だったけど、
家事と持病対策に追われてなかなかそんな時間が確保できないのに、
夫は何もせず暇そうに待っているだけなので困っていた。
外出の準備も、私自身のことだけで時間がかかるのに、
時間のかからない夫は戸締りも何もせず外でぼんやり待っている。
こういうのはどこの家族もそういうものだと思うけど、
どこへ行って何をするか調べたり考えて決めるなどの計画に始まり、
当日はカーナビの設定まで私が指示するのはおかしいと思って、
一々私が決めたり言う前に自分でやってほしいと
昔から夫に文句を言っていた。
それが最近になってやっと少しは自分でやってくれるようになってきた。

 それと逆にますます困るようになったことがあって、
それは夫の話し方がほとんど意味不明で
「いつどこで誰が何をどうした」などの情報がほとんどないのだ。
私は直前まで話していた内容に関連したものとして解釈して返事するのだけど、
実際それとはまったく関係のない遠い時空のことだったりするのだ。
それで当然私が誤解すると、
その誤解が招いた問題は彼のせいではなく私のせいだ。
それで私が腹が立って怒れば、
そんなことで怒ってしまう私の心の問題になって終わる。
子供の時から何があっても常に何もかも私だけ悪い。
しかし最近初めて、夫が最初にまともな話し方をしていれば
問題にならなかったことを解明して追及したり何度も説明して、
彼も自分の問題を認めるようになった。
2010/5/17

 また便秘になった。
食った物が圧縮されたみたいにずしっと重く、腹が張っている。
何ヶ月前か一年前か忘れたが、体重を計る習慣がなくなって、
最後に計った時から太った気がして久しぶりに計ってみると、
前とまったく同じだった。
最近、腹が減ってたまらなくて次々と甘い物を口にしていたので、
確実にリバウンドしていると思っていた。
長年、甘い物に興味がなかったり食欲がなくて食えない時期もあったが、
その時のほうが今より太っていた。2010/5/20

 「あ、三毛猫だ、うわ、なんか違うぞ、
げっ、こいつ、あちこち荒らしまくったり
喧嘩しているに違いない」と思ってしまった。
外を歩いているとよく猫に出くわす。
猫はたいてい可愛いものだと思いたいが、
可愛くない猫もいる。
顔が不気味だったり怖かったりする。
見える世界は自分の鏡だから、
そういうのって自分がそんな人間だから
とか言うのはやめてほしい。
どう見ても可愛くないのが正直な感覚なのだ。
三毛猫は他よりきれいで可愛く見えるものだと思うが、
顔がもう何というかヤクザも真っ青みたいな。
顔がこれだと、動物に優しい人間にも可愛がられないかもしれない。
2010/6/4

 昨夜、寝た直後に寝室の隣にあるキッチンに、
どう考えても人がいるとしか思えない物音がして、
「あー、いる、そこにいる」と感じて
金縛りになっていることに気付いた。
金縛りは慣れると予感があるものだけど、
今回は予感がまったくなかった。
予感が無い分、防ぐのが難しくなる。
しかし、今回は夫が気付いてくれたのだ。
夫はその夜、なかなか眠れずにずっと起きていたらしい。
それで私の悲鳴を聞いて起こしに来てくれた。
その後、もう大丈夫かもしれないと思って眠ろうとすると、
枕元に近い部屋の隅で「パチッ」という、かなり大きな音がした。
「うわー、まだいる」と思うしかなくてしばらく起きていると、
寝室から人が出ていくような物音がして
キッチンでしばらく小さな音が続いていたが、
やがて静かになった。 2010/5/27
 家族と箱根の温泉へ一泊旅行に出かけた。
寝床が変わると確実に眠れないので、
そういう時に読みたい本を持って来たが、
それを読む気がなくて宿の書棚に置いてある本を借りた。
タイトルは何だったか忘れたが、
霊界や霊魂や霊的現象の解説だった。
そういうのを眠れない夜に読むと、
しかも雨が降っていたりすると確実に金縛りになりそうだったが、
ならなかった。
そもそも、泊った部屋に家鳴りも嫌な気配もなく、
そんな当たり前の環境に「あー、普通はこんなに静かなんだ」と思った。
宿の飯は健康的で美味かった。
部屋にある茶や菓子も口にする物みな美味かった。
2010/6/14

 数日間、沖縄本島へ旅行した。
トラブル皆無で宿泊したホテルの部屋も静かで快適だったのに、
滞在中わずかな環境変化で持病が悪化した。
帰宅後、寝床に着くといつものようにいろんな家鳴りがあって、
ホテルの部屋の静けさとの違いを夫に話したら、
彼も自宅の物音が確かに変なことを気にしていた。
昨夜もキッチンでスリッパをはいて歩く音がパタパタと鳴っていたが、
そこに誰もいないしその時間は夫も寝ていた。
それとは関係ないかもしれないが、
ついに自宅の斜め上下を含む上下左右の
部屋全戸引っ越していなくなってしまった。
だから、その足音は別の部屋から響いたものでもない。
物音はすべて自宅しかあり得なくなった。
自宅にはやはり家族以外に何かいる。
2010/7/9

 いつものようにスーパーに買い物に行った。
なんだか暑い。しばらく歩いていると汗が流れてきた。
目の上に汗の滴が垂れてくるのが鬱陶しい。
この暑さはやばいかも。スーパーの中は冷房が強く、
建物丸ごと冷蔵庫のように感じる。
いつものように買わなくても一通りチェックする
魚介類売り場で鮎が目に止まった。
旬だし値段が安かったので買って帰って、
家でその鮎を塩焼きにしてそれだけ間食として食ったら、
なんと上品な味!知ってるけど美味かった。

 午後は花屋の特売セールに行った。
私好みの薔薇の花がわんさかあって、
本当に値段も安くて好きなだけ買ったら、
一本おまけで同じ種類の薔薇をくれた。
2010/7/21

 鍋の蓋を持ちあげた時、蒸気が指にもろに当たった。
蓋を手から放して落とせばよかったが
自分の指より蓋を大切にしてしまった。
指をすぐに水で冷やしたが、
いつまでも冷やし続けているわけにはいかず
指の体温が戻ると多数の針に刺されているかのようにひりひりする。
火傷の軟膏を湿布しているけど物に少しでも触れると痛い。
見た目は微かに赤い程度なのに深い切り傷を負った時より痛い。
2010/7/22

 なかなか夏らしい天気にならなかった今年も
冷夏になるかと思ったけど、梅雨明けに急に暑くなって、
約二十年前から使っている扇風機を見ていると嫌な予感がして、
触ってみると不気味な熱がこもっていて、
こういう古いのはもしかして火を噴くかもしれないと思い、
新しいのが欲しくなった。
それで電器屋に行ったらやはり、
ダイソンの扇風機から目が離せなくて
…中略…夫が買ってくれた。
やったー!さっそく使ってみた。そして寝た。
すると何だ、音がけっこううるさいのだ「ブーーーン」って。
これは人に勧めるほどではないかも、値段高いし。
しかし、その音が鳴っているうちは家鳴りがあまり気にならなくなった。

 夕方、ヒグラシの鳴き声が聞こえた。
夫はそれが不気味だから嫌だという。
私は当然その不気味さも含めて好きだ。
あまりにも多いとうるさいけど、数匹くらいまでなら心地よい。

 都心の公園に行って歩いている時、
その時着ていた服を「美しいドレスですね」と知らない他人に言われた。
顔や体はとても自慢できないにしても、
服は自分で選んだからセンスをほめられているようなもので嬉しかった。
2010/7/26

 山中湖の花火大会を見に行って一泊した帰路、
山梨の観光農園へ行って桃狩りをした。
桃狩りにはルールがあって時間制限は何の果物狩りでもあるが、
触った実は必ずもぎ取る、
言いかえればもぎ取らない実を触ってはいけない。
いろんな角度から眺めて「これだ」と気に入った実だけを、
できるだけ優しくそっと引っ張るわけだ。
しかし、そう簡単にはいかない。
ちょっと引っ張ったくらいでびくとも動かない。
それで私は実をぎゅっとつかんでくるくると回すのだが、
それでも実はしっかりと枝にくっついている。
熟したやわらかい実はとっくに私の手形で凹んでいる。
そこであきらめては違反だ。
その次はもう変な方向にひねるしかない。
そしてやっと取れた時、
その実から先の枝と葉もいっしょに千切れてしまった。
これはまずい、違反どころか最悪かもしれない。
ところが、夫はそんなことは一度もない。
夫が言うには「ちょっと引っ張っただけでどれもポロッと取れる」だ。
しかも、夫の取った実はあまり赤くないのに熟していて甘い。
私が選んで苦労して取ったのほうがよほど赤いのに。
2010/8/3

 本当に些細なことで異常なほど激怒して数時間後、
自分の暴言を思い出した時、
自分のことなのにその恐ろしさで真っ青になって死にたくなる。
でも、そういう自分を自分で非難すると持病が悪化するうえ
新たな病的症状も加わって家族にもっと迷惑をかけることになる。
だから、頑張って自分を責めないように肯定的に考える努力をするが、
今回もやはり自分が悪いと思った。
激怒している最中から元に戻る数時間後まで
私は自分こそ被害者だし悪かったなど微塵も思わず、
私に嫌なことを繰り返す無神経な家族のほうが悪いのだ。
しかし事実は、確かに家族にも悪いところがあるが些細なことであり、
それを絶対に許せない犯罪であるかのように激怒する私はもっと悪い。

 こんな不満を抱いてはいけなかったので今まではっきり書かなかった。
どこの病院へ行っても異常なしと言われるから診断をもらってないが、
自分で調べてたぶんこれだろうというのがある。
違うかもしれないから病名は書かないが、
対処しないと毎日確実に激痛に襲われて排便困難で
午前中ずっと何度もトイレに行かなくてはならない。
これで会社勤めができなくなる人が多い。
私はそれとは別のもっと説明できない症状で退職したけど、
会社自体がそもそも問題あるのも知っている。
私だけではないのも知ってるけど、
この持病は家族の理解とか気遣いを望めないのがつらいし悲しい。
家族に理解がないのか、会社だから理解を得られないか
周囲の人によって違うけれども、
私の場合、昔から家族のほうが無理解だ。
子供の時は学校で先生に体調不良を訴えるとちゃんと聞いてくれるし、
会社や病院も一応、聞く耳を持ってくれる。
しかし、私の家族は昔も今も私の持病を、
話してもそもそも聞く耳がないから知ってくれることもない。
具合が悪くて横になっていると、
昔は母に「怠けるな!」と怒鳴られた。
今の家族はそこまで酷くないものの「仮病」と思っている感じだ。
たいていの激痛に襲われても私は平気な顔をしてしまうからだ。
昔、どんなに苦しくても平気な顔を強いられたのが元の原因だ。
病気になったら健康管理できていないと責められるからだった。
並の環境で働けない病気らしいが、
私は激痛を軽減する方法を苦労して見つけたりして対処してきたから、
とても丈夫で元気そうに見えるようで、
死ぬまで働くのが当然のように見られ、
何か言う機会あるごとに「働け」と言われる。
雑用もテンコ盛りだ。
医者に労働を禁止される誰かの話を読むと本当にうらやましい。
2010/8/6

 今住んでいる貧乏アパートのゴミ集積場でガサゴソと音がして、
ネットがめくれていたので何だろ?と思って近付くと、
猫がネットの下に入り込んで出られなくなっていた。
それは少し大きめの子猫のようで、
一瞬こちらをじっと見つめた。
私はネットからその猫を出そうとして近付くと、
ものすごい勢いで逃げようとしてもがくので
どうしようか迷っているうちに、
自力でネットから脱出して瞬く間に隣の女子寮へ入って行った。
買い物に行って帰ってくるとその猫に再び出会った。
飼い主に餌をたらふくもらっていそうな、
毛並みのよい太り気味のかわいい三毛猫だった。
そういや、今は盆だ。もしかして女子寮に飼い主がいて、
彼女が今帰省しているから餌がなくて腹が減っているのかもしれない。
ここの貧乏アパートも帰省する人が多くて今だけ人が少ない状態。

過去の話
 歯医者から定期検診のお呼びがあって行った。
前回まで危ない親知らずを指摘されていたが、
今回何も言われなかった。
その歯医者は毎回けっこうカネがかかるけど、
私の歯は他の人と比べてかなり病的なのに、
ひねくれた親知らず二本以外まだ一本も失っていない。

 食い物の好き嫌いは単純に理解できないことがある。
夫は好き嫌いがなく何でも食べる、と私は思っていた。
確かに食べるのは事実だったが、
嫌いな物でも出されたら我慢して食うようだ。
それはレバーやモツなどの内臓。
食卓にレバーやモツ煮込みを出すと「うわーっ!」と騒ぐ。
でも残さず食うので最近まで本当は嫌いではないと思っていた。
そう思っていた理由は、夫が昔から生レバーのことを
非常に美味いと言っていたからだ。
好き嫌いのことで夫としばらく話している時、
内臓を煮たのが嫌なことがわかった。
焼けばあまり嫌ではないらしい。
そして、ナマコやウニみたいな海産物は平気なようだ。
それは私のほうが苦手だ。昔、大阪に住んでいた時、
千林商店街でナマコを「気持ち悪い」と思いながら見ていると、
魚屋のおっさんが私の視線の先にある一匹を袋に入れようとするので、
「わー、それは要らんわー。」と言って逃げていた。
東京に引っ越すと今度はスーパーでホヤが売られていて
「これ美味いのかな?」と思いながら見ていると、
一つが突然プシュッ!と水を噴き出した。
それ以来、ホヤを見かけると警戒するようになってしまった。
2010/8/13

 日中の暑さが厳しいので、昼に眠って
夜に活動したいと思うが、健康に悪いし、
確実に持病が悪化するので無理かもしれない。
だから仕方なく昼間に外出して帰宅すると、
体に熱がこもっていてむくみが酷く、
立っているのも苦しくなって少し寝込んだ。
昔なら、そういう症状で家で横になったりして
休もうものなら母から「怠けるな」とか
「昼間っからごろごろするな」と怒鳴られたので、
実際は充分休んでも執拗な罪悪感があったが、
長い間いろいろ勉強して最近になって初めて
自分の体を大切にすることを覚えた。

 昔からあちこち具合が悪かったが、
重症化しないと病院へ行ってはいけないと思っていて、
今でも軽い症状や初期的症状で病院へ行くことに罪悪感がある。
周囲から病院へ行けとうるさく言われることがあって、
罪悪感に耐えながら病院へ行っても異常や原因を見つけられないし、
罪悪感に耐えた分、神経がやられてその症状も加わり、
それもまた「気のせい」みたいに言われてきた。

 それに家族の無理解もあって最近、
我慢も限界に達して怒りながら、
体調の悪さや必要な対処や薬について説明したら、
ごくたまに気付いてもらえるようになった。
それまで家族は私にこんなことを言っていた。
「うちらは健康だから医療費要らないね。」
私は今でも医療費を限界までケチっている。
2010/8/15

 買い物で往復する道の途中に素朴な花壇がある。
誰も知らない家族も無関心な鬱状態の数年間、
草花の美をまったく感じなかった時期があった。
なぜか薔薇の花だけ例外だったが、
薔薇の花にしか価値も何も感じないのは私にとって悲しかった。
鬱が回復していると思うのは、
薔薇以外にきれいだと感じる花が年々少しずつ増えてきたからだ。
私の鬱は結婚後に原因はなく有害な母からの長年に渡る悪影響だけど、
それを人に説明しただけ誤解される。草花に美を感じるのは、
もしかして動物にも共通する本能的感覚だ。
私は最近までこんな本能的感覚を否定しながら生きていかねばならなかった。
母からの害のない環境でそれを否定する必要がなくなって虚しい年月が過ぎた後、
今になって初めて自然な感覚を味わうことを許されるようになったのだ。

 ムラサキツユクサというのがある。
何年か前まで私はその草に美を感じなかった。
それが今年になって初めてその美に気付いた。
浴衣の模様とか絵になると思った。
そしてある日、あの素朴な花壇に
ムラサキツユクサと同じ形の純白の花を見かけた。
その花はその日だけしか見なかった。
誰かに盗まれたかもしれないが、
小さな草花を愛する感受性豊かで繊細な人だけにしか
見えないに違いないと思うような雰囲気があった。
現在あちこちでサルスベリの花が咲いている。
これはつい最近まで私にとって
「ありふれすぎて飽き飽きした余計な花」だった。
しかし本日、その木のそばを通りかかった時その美しさに気付いた。
私の心はどうも急激に変化している。
草花に癒されて改善してきている。2010/8/18

 昼間のいちばん暑い時間帯に外出したら具合悪くなって、
陰鬱な気分がキツくて生きた心地がしなかった。
夫に今日はいつもより体調が悪いと言うと、
私の表情は何も言わなければ
まったく大丈夫にしか見えないという返事だった。
夫の場合は逆に隠そうとしても顔色に出るらしく、
会社で周囲から心配されすぎるのだという。
私の場合、顔色がもともと悪いから
それが普通の状態だと見なされるわけで、
本当は普通ではなく
見た目通り生まれつき常に具合悪いのだけど。
たぶん心臓が弱くて低血圧はそれが原因。
生まれた時、心臓が肥大していたらしく、
それはきっと先天的異常で頭へ流れる血が足りない。
子供の時から私の唇の色が変なことに気付いた人は
「顔色が悪い」と言って心配するが、
生まれつきこうなのだ。幼い時から胸が苦しくて、
それはたぶん心臓の異常だと思うけど、
私をあまり知らない人のほうが心配してくれる。
知らないから顔色の悪さが気になるのだろう。
ある程度の付き合いで慣れてしまうと、
胸が苦しいという私の訴えは仮病扱いになる。
「胸なんか誰でも苦しい」と言われた日は悲しかった。
死なない限りこの苦しさから解放されることはないだろう。
2010/8/22

 今年もまた毛虫に遭遇した。
炎天下を歩いていてふと足元を見ると、
カラフルな色をした芋虫みたいな毛虫というか、
毛の短い毛虫のようなやつが動いていた。
昔はそんなものに出くわすとしばらく気が変になったが、
「また出た」という感じで歳のせいか気分は落ち着いていた。

 小松菜を洗っていると微細な青虫が出てきた。
青菜に芋虫は当たり前なのはわかっているが、
つい騒いでしまう。一匹いれば二匹いる、
二匹いれば三匹いる。三匹いれば多数いる、
というわけではなかったが。

 家の周囲の植木に毒毛虫がはびこっていた。
その毛虫は何も知らない子供が触ったりして酷い皮膚炎を起こすやつだ。
触らなくても強風で毒毛が散乱して洗濯物などに付いて、
当然見えないから触って皮膚炎になる。
貧乏アパートの管理人に害虫駆除業者を呼ぶよう頼んだが、
これが毎年なかなか来てくれない。
それと関係ないかもしれないが、
私は両足に虫に刺されたような出来物が複数できて、
かゆみ止め薬を塗っても治らない。
蚊よけ対策はしているので蚊だけは来ていないようで、
少し考えていると汚れた古いスリッパに
ダニがはびこっているかもしれないと思って
スリッパを買い替えたら、
出来物の数が増えなくなったものの、
治らないので数が減らない。
悪化したら皮膚科に行かねばならない。
2010/8/30

 何をやっても失敗するみたいな日だった。
ずっと寝ていればよかった感じ。
チャドクガという毒毛虫退治に失敗した。
服の中に毛虫が入っていたのにしばらく気付かず、
毒毛が全身に広がってから気付いた。
シャワーを浴びたが無駄だったようで
猛烈なかゆみに襲われた。
毒毛を抜くため痒い個所に絆創膏を貼ってはがしを繰り返して少し落ち着いた。
しかし今でもあちこち痒い。
かきむしった個所は毒毛が刺さって腫れるはずが、
なぜかどうもなっていない。
やっぱり私の皮膚は丈夫なのか。
見た目が何ともないので騒いでいるのは私だけで、
他の病気と同じように家族は私の症状を信じない。
他の人みたいに皮膚が真っ赤に腫れあがったら心配してもらえるのだろうか。
私は子供の時から丈夫なようで、
誰からも本当に大丈夫だと思われる。
ある程度親しくなった人には何を言っても傷付かないみたいに扱われ、
他の女性なら数日寝込むような酷いことを言われても平気な顔をしていられる。
2010/9/18

 愛とか快感とか幸福などというポジティブなもの
(以降Pと称する)に気持ち悪い違和感を覚える理由にやっと気付いた。
私が言葉を覚える前からそれは私にとってのPではなく、
母にとってのPだったからだ。
母のPと私のPは実はほとんど関係がなかったが、
母は自分のPのことを私のPだと執拗に言い聞かせていた。
「関係ない」という言葉に私が救われることがあったのは、
私を踏み台に母だけの都合や利益の追求を正当化するため
「関係ある」と強引に決め付ける悪癖を無効にしてくれたからだ。
私は自分のPが何であるか適切に覚える機会が最初からなく、
母のPだけが「P」という言葉で表されてきたので、
言葉で表されるPというものに未だに魅力を感じない。
2010/9/28

 今朝また激痛に襲われた。
いつものように家族は私の痛みを無視して楽しい話。
いつもより痛みが強いから話は聞けないと言っても、
いつもの腹痛ですぐ治るみたいな言い方をされたので、
こんなに痛いのに子供の時から今までずっと軽く見られてきた。
これ以上軽く見られるのは嫌だと訴えた。
しかし、そんなに痛いなら病院に行けばいいわけで、
私が病院に行きたがらないのが治らない一番の原因
という結論で終わってしまった。
私はそれであきらめずに、昔から何度も言ったように
これ以上病院に行く体力も気力もカネもないし、
検査でどこも悪くないと言われるのもわかっているので、
行くだけ無駄で疲れて症状も悪化するだけと説明したが、
それでも家族は私が自分だけの努力で
一人で病院に行かないのだけが問題で、
病院に行きさえすれば大丈夫という考えは変わらず、
私は疲れ果ててしまった。
家族はどこまでも私のために一切何もする必要がないのだ。
2010/9/29

 夫がワイシャツにもグレードがあることを教えてくれた。
そんなものを私が知らず、いい歳して初めて知ったのは、
子供の時から最低の安物しか着たことないからだ。
私の体格に合う既製品はどこに行ってもまずないから、
昔から体格に合うオーダーメイドで作ってもらえばよかった。
ちゃんとした服は着やすいのも最近初めて気付いた。
靴もそうだ。
自分の足に合う靴がないと歩かなくなって老化に直結する。
夫は独身のとき高級なシャツやスーツを着ていて
最近まで大切にしていたが、
私はそうと知らず安物と区別もできなくて夫に
「十年以上前の古着なんか捨てたら?」と言っていた。
夫は私と結婚してから私のドケチ貧乏症がうつって、
安物ばかり買うようになっていたと知って申し訳ない気持ちになった。
もう充分いい歳だし、私も最低以上の服くらい着よう。
2010/9/30

 引っ越しに備えて不用品を整理していると、
前の借家から越してきて十年近くの間に、
大量の余計な物が溜まっていた。
利用する予定の引っ越し業者が単身向けなので、
結婚した時のことをふと思い出した。
会社の女子寮から夫の社宅へ入る時、
赤帽の軽トラック一台だけだった。
それでも同じ寮の他の人たちが退寮する時より荷物が多かった。
昔の寮は一部屋に二人詰め込まれた。
そこで同室だった人は旅行鞄一つだけで寮に入居した。
私の荷物は多数のダンボールが積み重なり迷惑だったと思う。
私の母は私が結婚時の荷物のことを、
旅行鞄一つにしなさいと何度も言っていた。
近所の同級生が結婚で引っ越す時、
新しい大量の家具や高価な物などを持っていくのが普通のようだった。
父のおかげで私の実家は裕福だったから
彼らと同じが当たり前だったことに今初めて気付いた。
私はディスカウントされていたのは確かだ。
母は私の結婚にカネをかけるのがもったいなかったのだ。
しかし、実際の結婚では夫がちゃんとした場で式や披露宴をして、
家具を買うカネも夫が出してくれた。
ウェブ上だけで話したことのある人が、
結婚時に大量の高価な品物を持たされたという話を思い出し、
その人はそれだけ親に愛されて大切にされていたのだなと思った。
私は愛されず大切にされていなかったと最近やっと気付くようになった。
母にとって私は維持費のかかる不用品だから、
旅行鞄一つで早く出て行って欲しかったのだろう。
実際の荷物が多かったのは、荷物の中身も不用品だったからだ。
私の大切な物など最初から存在しないし、
私にとって必要な自分の物を持って行くことは許されず、
母が勝手に決めた余計な物しか持たせてもらえなかった。
2010/10/16

 スーパーで買った物をマイエコバッグに詰めている時、
サービスカウンターの電話が鳴っていたが
店員さんが忙しくてベルが鳴りっぱなしだった。
昔からそういうのを聞くと
私は自分が電話を取らねばならない義務感に襲われる。
他に誰もいない山奥みたいな所でもない都会で
店の電話に客が出るほうがおかしいと頭でわかっているし、
そんな電話を客が取ればトラブルや迷惑になるので
「出てはいけない」と自分に言い聞かせていた。
そして今回、自分が出なければ異常なほど非難されたり
人格否定される恐怖があることに気付いた。
私は実家で長年、母にそういう異常なシツケをされていた。
当然それは正しい躾ではなく、
母の地雷を踏んだからに過ぎないこともわかってきた。
当時の私はそうやって母自身の義務や責任を負うのが当たり前だった。
それが自分の義務や責任ではない店の電話に
出なければならない感覚として残っている。
きっと他にもあるそういう間違った感覚に気付いて早く捨てたい。
2010/11/6

 家の構造の違いによって
引っ越す時に買い替え予定の家電を見に行くついでに、
夫と一緒に新居の様子を見に行った。
まず最寄りのヤマダ電機に見に行ったが気に入るのがなかった。
家電買い替えはまだ急ぐ必要ないので、
近くのファミレスでランチを食って新居周辺を散歩していると、
生活に必要で便利な店が徒歩圏内にわんさかあって、
自分らがいかに寂れた不便な田舎に住んでいたか改めて気付いた。

 夫も似たようなものらしいけど、私は昔から引っ越しだらけだ。
赤ん坊の時は父の実家に住んでいたらしい。
父の実家は都会だったけど、
私が歩けるようになったころ山のふもとにある田舎に引っ越した。
私はまだ歩けるようになったばかりで、
その時アパートの二階にあったのを覚えている。
その次の家は下町で私は幼稚園児だった。
その次は都会のマンションだった。
そこが最も長くて十六年。
その次に就職して会社の寮に入って、
寮も一度引っ越して、結婚後は社宅。
そして今の貧乏アパート。
寮は田舎町にあって、社宅は都会にあって、
今のアパートは都内なのに環境が田舎そのもの。
そして今回また都会。夫はさらに次の家のことを
「どこまでいっても遠浅の海岸沿いの何もないド田舎」に
決まっているみたいなことを言った。2010/11/8

 来月引っ越すので今の貧乏アパートの室内チェックが入った。
祝日に夫の尻を叩いて大掃除を手伝わせたけど、
そんなことする必要なかったかも。というのは、
見に来た管理人が「完璧なほどきれいな」部屋に驚いたのだ。
同じ居住年数で比べた他の人の部屋は汚いのが普通で修繕も必須らしい。
人付き合いが無くて他人の部屋を滅多に見たことない私の感覚では、
数え切れないほどの小さな破損や汚れを
厳しく指摘されると思っていたので、驚いた。
その異常な感覚はもちろん母からの影響で、
人によってはそのほうが良いと思うだろうけど、私は嫌だ。
どんなに古くなっても物を汚さず壊さないのを
「当たり前」として課せられる大変な義務に感じるから。
やはり、昔の私が持っていた並の感覚は
母が非難するほど異常ではなかった。
それより、掃除に協力しない夫に時々怒ってしまい、
それが母と同じ異常な感覚から来ていたと考えると、
「キツイことを言い過ぎた、申し訳ない、謝ろう、
私がもっと我慢して頑張らなければ」などと思うし、
それでまた落ち込むのだ。
私は落ち込むほうが平気なので大丈夫だけど。
2010/11/24

 家の引っ越しが終わった。
わかっていたけど今回も大変だった。
引っ越しで必要な届け出類の雑用だけでも二十項目くらいある。
今度は家を買ったので今までの借家とは違うのもあって
慣れないことだらけだった。
私はそういうことに弱いのに今回は穏やかでいられた。
私より夫のほうが神経質になって
頼まなくても先に雑用や掃除をしてくれて助かる。
しかも、親戚や近所付き合いが無くてその関係の雑用は一切無し。
他の人たちと比べれば楽なんだろう。2010/12/7

 近年の気候は寒冷化のようで、
家の風呂だけではどうらもならない、
ガチガチに凝って冷え切った体を温めに銭湯に行った。
銭湯に行く時いつも私は大荷物を抱えて行くのだけど、
夫の荷物は洗面器の中に石鹸とタオルだけ。
「着替えは要らないの?」と聞くと、
帰宅してから着替えるか、家で着替えてから行くという。
私の大荷物の中身はまず着替え、
フェイスタオル、バスタオル、石鹸、メイク落とし、
洗顔フォーム、シャンプー、コンディショナー、
トリートメント、ヘアバンド、ヘアピン、ヘアブラシ、
無駄毛用カミソリ、小銭…他にまだあったかもしれない。
荷物が多すぎて毎度必ず何か持って行くのを忘れる。
今回はバスタオルを忘れた。
タオル類は銭湯で売っているので小銭で買えばいいだろうけど、
一々買って余計な物が家に溜まって収納できなくなるので、
買わずに済ませた。
それで、かさばるバスタオルは要らないと思った。
着替えも次から下着だけにしようと思う。
旅行になると化粧品や持病の薬が加わり、
夫と比べた荷物量の差はもっと大きい。
2010/12/20

 歯を磨くと出血するし痛いので、
近所の歯医者をネットで検索して電話したら、
数日後の予約になった。当日まで我慢して、
当日、早く準備を済ませて余裕のはずが、
いつの間にか時間が過ぎていて遅刻しそうになった。
こんなに走ったのは何ヶ月ぶりだろう。
冷たい空気が急に肺に入って風邪をひきそうだった。
運動不足だから筋肉痛になると思っていたが、
そんなことはなく、ふだん困っている全身のコリが軽い。
幼い時を除いて昔から遅刻なんてしなかったのに、
最近たまに遅刻しそうになることがある。
それでも結局、歯医者には予約の五分前という
理想的タイミングで間に合った。2011/1/12

 予約していた美容院に行こうとしたら、
道を間違えて、また遅刻しそうになった。
今度こそ余裕を持とうとして時間を確保したので
結局ぎりぎり間に合った。
 寒い寒いと天気予報がうるさいので、
厚着をして外出したら暑いのなんの、
大汗をかいてしまった。
気温がもっと高かった年末のほうが寒く感じたから、
体が寒さに慣れたのだろうか?2011/1/19

 のどがいがらっぽくなって翌朝、
微熱になって咳とともに全身のだるさが悪化した。
こういうのはなぜかいつも休日になる。
歯医者に行こうとした時も休日だった。
近年「風邪のような症状で安易に病院に行くな」
みたいな話があったので、休日診療所を調べて
電話して行ってもいいかどうか聞いたら、
患者本人の意思にまかせるという返事だった。
もしかしてただの風邪で病院に行って
インフルエンザをもらうことになるのは嫌だとか思って悩んだが、
病院へ行かなければきっと悪化して、
行ったらすぐ治るかもしれないと思って行った。
予想通り混んでいた。
いつものようにまずインフルエンザの検査で、
それは陰性だった。
効きそうもない薬をもらって帰宅後、症状悪化。
それでも病院に行ったというだけで安心感があって、
近所のラーメン屋で晩飯を食った。
しかしこのラーメン屋、出前のほうが多くて
客席がガラーンとしていて寒すぎる、
もう二度と行かない。
最近、持病の原因に低体温もある考えるようになって、
ラーメンで確実に温まると思ったのに。
普段はラーメン好きじゃないから食わないけど、
発病すると食い物の好みが変わるのだ。
しかし、いっしょに行った夫が薄着で平気な顔をしていたので、
寒気は自分の発熱のせいかもしれない。
食欲がないと予想して少量メニューを注文したが、
口に入れた途端、美味しく感じて夫より多く食ってしまった。
その日は普段通り入浴して夜更かしして寝た。
発熱と全身の気持ち悪さで明け方までよく眠れなかったが、
未明に少しだけ眠れて楽になったので
いつも通りの時刻に起きて朝飯を作った。
昨日からそうだったけど、
寝ていると熱が下がってきて、
起きて何かしていると熱が上がってくる。
だから、夜になるほど悪化して翌朝元気になる。
これは早く治るパターンだったけな。
いや、今回も大丈夫だと思う。
自分でも心配して大事にしすぎて
あっという間に治るのが私のパターンだから。
2011/1/24

 また金縛りになった。
いつものように命に危険を感じたが、
原因がわかるようになってきた。
それは、心臓の異常と運動不足。
子供の時は毎日、遠距離を歩いたりして
足腰は弱くないみたいだけど、
心臓の先天的異常で低血圧だから、
歳とともに内臓が冷え続け、
睡眠中に極度の低血圧と低温で
突然死の危険がある気がする。
毎日、運動しないと危ないかもしれない。
そのことを夫に話してみたけど、
彼は相変わらず聞いていない様子だった。
やはり早死にするほうがよいと思う。
嫌なことをされて怒ったからって、
自分がDV加害者とかハラッサーと
同じになってしまう人生は要らない。
2011/1/31

 昨日も近所の公園でジョギングコースを
時々歩きながら走った。
そして今日も出発しようとした時、
銀行に用事があることを思い出し、
昨日寒かったので厚着をすると、
また暑くなって汗をかいた。
冬に汗をかくと後で冷えるからまずい。
途中の歩道橋で階段を登ると
脚が限界というほどだるくなった。
長年の運動不足で退化寸前の脚を
今さら復活させようなんて無理というより、
すごいことをしようとしている。
2011/2/3

 今日は午前中ジョギングした。
気温は暖かいようで昨日より薄着でも暑かった。
走りながらこんなことを考えた。
ヨガの先生が行っていたように、
日本人は頑張りすぎる。
それがかえっ上達を妨げている。
無理するしかない状況で鍛えられた話を
すぐ自分にも当てはめるのは良くない。
ほんの少しだけ頑張って休んだほうが
早く鍛えられたり上達する。
体に負担をかけると疲労して、
休んでいる間に回復するが、
その休んでいる間に過剰に回復するのが、
鍛えられたことになる。
活動と休養はいつもセットである必要がある。
活動だけ続けて休まなければ委縮する。
私は決めたコースを休まず続けようとしているが、
限界まで頑張るわけではないから
やはり無理しているのではないか。
無理は決して続かないし失敗する。
「死ぬほど頑張れば後が続かない、
下手すると死んでしまったりする。」と
思うようになってきた。
「死ぬほど頑張れば何だってできるから」
と言いながら休むことを許さない
母の理屈を信じていた子供の時から、
無理し続けて休まないのが当たり前だったから、
どこから本当に「無理」かわからない。
もう少し自分に甘くしたほうが良いかもしれない、
継続のために。2011/2/4

 始めてから二ヶ月、ようやく道に迷わなくなった
ジョギングコースを一度も歩かず完走した。
ただし、その速度は、シルバーカーより遅い。
だから、退化寸前の脚を独力でここまで
復活させたのはすごいことなのだ。
バカにする人しか周囲にいない孤独な努力。
自分を心からほめてあげられるのは自分自身だけ。
そして、今日できたからって明日も完走しなければならないわけでもない。
調子悪ければ休むことが大切だ。2011/2/7

 何にしても毎日やらなければ効果が無いという
偉い人の話がすべてに当てはまるわけではない。
自分のジョギングに関しては2~3日休んだ翌日が
最も調子よくなるパターンに気づいた。
昨日頑張って走った翌日は脚が重い。
それでもまた翌日さらに頑張ると痛い。
さらにその翌日、忙しいのもあって休んで、
次の日に走ってみると、重くて痛くなりそうなので
途中でやめて帰宅した。そして、さらに次の日は
少しだるかったが痛くない頑張って走ったら、
脚の重さがわからなくなった。
他人と比べたり他人に合わせようとすると
上達しないのは確かなようだ。2011/2/16

 昨日から月末まで家で一人の留守番。
子供の時からずっと一人でいる時間が長いと
それが当たり前で、他人と関わっているほうが
余計な用事やトラブルが発生して面倒くさい。
昔は孤独いや孤立してはいけないと思っていて
誰かと一緒にいてもらおうとしていた時期もあったが、
誰も私のそばに寄りつかなかった。
 最初の日はいつも通りあっという間に夜になった。
少し夜更かししていると、外から「ブオーッ!」と
不気味なエンジン音が聞こえてきた。
暴走族のほうが可愛いほどだ。
その騒音の発生場所を見に行くと、
大きな特殊車が徒歩より遅い速さで
車道をじりじり移動していた。
何かわからなくて見つめていると、
車の外壁に「クリーン何たら」という文字。
しかし、この騒音だと窓を防音してないと
絶対に眠れないレベルだ。
さいわい自宅は新築マンションで防音になってるので
眠るのは可能だったけど、クリーン車は
片道三車線もある道路を一車線ずつ順番に往復していたようで、
一晩中その音が鳴り響いて何度も目が覚めた。
 ところで、一人だったのは夫が出張していたからで、
その出張が決まる前、夫婦で旅行を予約していた。
しかし会社で突然、出張が決まり、
旅行をドタキャンするはめになり、
旅行代金が損失になって、出張の旅費も
先に自分が払わねばならないので、
家計が危ないことになった。
しかも、その出張中に、夫が指示されないと
動かなかったことで上司に怒られて、
「帰っていい」と言われて途中で帰宅した。
彼は家では指示されても動かない。
彼も彼だが会社は毒親並みにわがままだ。
その旅行は夫のほうが楽しみにしていたので、
彼も後々、文句を言っていた。
2011/2/24

 近所のジョギングコース3.5キロを完走した。
先週金曜日に走った後、翌週月曜までの筋肉痛が今朝治ったと思ったが、
走り始め下半身が重くて脚も少し痛くなってきた。
そこで中止してもよかったかもしれないが、
つい頑張ってしまい脚が痛みに加えて腫れぼったくなった。
最初毎日走るつもりだったけど無理を感じて2~3日間休むことにしたのに、
3日間でも休み足りないのだろうか。
もしそうなら、ほぼ週1程度しか運動できないことになり、
それでは少しも鍛えられない気がする。
しかも今日の痛みは脚だけでなく下腹部に気味悪い鈍痛があった。
安静にしている時は得体の知れない不快感が昔からずっと存在している。
その不快感も運動不足のせいだと思っていたが違うかもしれない。
どんなに調子悪くて病院に行っても検査でどこも悪くないし
毎度運動不足を指摘されるから、どんなに痛くても苦しくても
頑張って動かなければならないと思い続けてやっと最近、
やる気を絞り出してヨガや体操も真面目に始めたけれども、
どうも何か違う。
2011/3/8

 低体温や低血圧やリバウンドの危機感もあって
ジョギングを続けていると効果を感じるようになった。
運動は精神も鍛えるみたいだ。以前より少し強くなったようで、
夫の嫌な言動に左右されず適当に流したり無視できるようになった。
何を言われても相手にするのが適切ではないこともあり、
聞いていることを示すだけとか場合によっては無視するのが適切みたいだ。
「無視は最大の暴力」という誰かの言葉が忘れられないが、
無視が絶対に許されなかった私の狭い人間関係では、
無視が相手の暴力を阻止する効果があることに驚いた。
そしてなぜか夫は私の持病を初めて心配し始めたり
私の話を覚えていたり嫌なことをする頻度が減った。
これが当たり前かもしれないが、
最悪な時期と比べると本当にありがたく、助かる。
以前のような仮病扱いや病院へ行けと言うだけみたいな態度と違い、
本当に心配してくれる感じで私も頑張って病院に行けた、
というより今度は私自身がマジで命の危険を感じ、
それを察知されたかもしれない。
それでも継続的運動の効果で私の精神状態が安定して
最近しばらく幻覚にも襲われていない。
命の危険を感じることは私にとって悪くない。
突然死んで明日が消えても後悔しない時間を
今ここで過ごそうとすると、いい人になれる。
2011/5/10

 一人でこっそりジョギングをまだ続けている。
ただし、体調不良だったり悪天候の日は休んで、
いつもより痛みが少なく体を動かせて天気も悪くなければ頑張る程度。
そうしていると、以前のように2~3日休まなければ
あちこち痛くて走り難い状態が減ってきて、
翌日も同じコースを難なく走れるようになった。
ただし、悪天候が邪魔してまだ3日以上連続したことはない。
そんなある朝走れる服に着替えていた時、
手が滑って指の爪が別の指と爪の間にグサッと刺さった。
しかし、普段から伸びる前に爪を短く切っているから、
出血する指先はあり得ない不思議なものだった。
しかも、指先に物が触れただけで痛い。
いつもなら消毒して大げさな絆創膏や包帯を巻いたりしたが、
そうすると夫がまた「どうしたの、それ!」と騒ぐのが嫌だから、
腫れてきたら病院に行こうと決心して放っておいた。
些細な怪我で騒がれるのが嫌なのは、
子供の時に遊んで怪我したら、
母の都合によって必要以上に騒がれたり
逆に完全に無視されて心のほうが傷付いたからだった。
それはさいわいもう治った。

 そんな指を気にしながら食器の洗い物をしている時、
夫がパソコンでアニメを見ていた。
私が子供の時、確か「ドラえもん」をテレビで初めて見ようとしていると、
キッチンにいる母が遠くから怒鳴り始めたことがある。
母が何を言っているのか聞きに行くと、
母親が家事をしているのに父子が娯楽を楽しむのが、
とんでもなく許せない身勝手だという内容だった。
だったら家事を手伝えばよいのかと思ったら違って、
実際に手伝おうとしても母の激怒は終わらなかった。
そんなことを思い出しながら、
私は自由なはずだった大人になっても結局、
娯楽的作品を観賞するどころか
死ぬまでおしゃれも許されない奴隷みたいな人生なのかな?
それでも生きて良かったと思って死ねるならいいけど。

 天気が良くないので映画でも見に行こうと夫に提案したら、
夫が以前「XMEN」を見るチャンスを逃したらしく、
私が興味を示さなかったのが悪いみたいな言い方をしてきた。
そんなことまで依存されたら怒るのが普通の神経かもしれないが、
その時なぜか「その手の罠はもう通用しない」感じで
私は落ち着いていることができた。
以前から夫はそんな些細すぎる嫌がらせを繰り返して、
それにひっかかって損をするのはいつも私だったから、
いいかげん学習しないと生きられない。
それでXMENを見に行ったから
私はアニメも映画も観賞する自由のない奴隷ではない。
というより、もともとあまり興味なかったせいか
予習もせず「何が・何だか・さっぱり・わからなかった。」
ここで感想文を求められても出てくるのは
いつものように「なんじゃこりゃ?」だった。
2011/6/13

 今日も一人で近所のコースをジョギング中、
スズメの親子がいて、親と同じくらいの大きさで
下手ながらも飛べる若鳥が親に餌をねだっていて、
親も餌を与えていた。
普通なら微笑ましい風景なのに私は暗い気持ちになる。
私は親から独立したのは突然だった。
日本だけなのか知らないが、
世間で独立というのは物理的経済的意味しかないから、
就職と同時に実家を離れて別居しただけのことだ。
中学生くらいから毒母の支配や嫌がらせがエスカレートして
耐え難かったから、家出して自分で成長していった同級生と
同じように家出したいと思っていて、
それがやっと叶った意味では(本当は仕方なく)望んでいたことでもあった。
幼少時から毒母対策に追われて、
家の外で働きたいと望んだ時期に、
私の自立を妨害する母のために無意味で無駄な勉強ばかりして、
社会人になる知識も経験も得ないまま
突然実家を追い出されたのと実質的に同じだった。
巣立った後も親に甘えられるスズメがうらやましい。
スズメでさえこうなのだから、
ましてや人の本当の自立はきっと長年かけて
少しずつ日々積み重ねるもので突然できるものではない。
だから私は本当に自立したわけではなく未だに自立していない。
誰かが遠くから「とっくに自立している」と言っているようだけど、
私の感覚では被災して夫に拾われて飼ってもらっている奴隷みたいなものだ。

 だから、こんな生活を最後まで続けるしかないなら
死んだほうがましだと思う。
しかし、私が今死ねば遺族の人間関係にきっと軋轢が生じる。
夫はきっと親族に私の死を報告する。
そうすると親族たちは嘘の病気や生活苦を理由に
夫の収入を横取りしようと再び動き始めるだけでなく、
私の母が夫を妻殺しの犯人呼ばわりし始め、
夫に渡る私の財産も横取りしようとするだろう。
ただし、それでも夫は大丈夫な人間かもしれない。
夫は人の財布で生活しようとする者に警戒心がまったくなく、
たとえ借金だらけでも平気で生活していくのだ。
だからこそ私は自分が死んでも本当に誰も困らないと思える。
それでも、いざ本当に死ぬかどうかとなると
それだけは真剣に悩まねばならなくてまだ決断できずにいる。
そして、いつものように、結局すべてがくだらなくて
どうでもよいと考えて終わる。
2011/6/14

 「青の祓魔師」というアニメ番組を見るようになった。
幼い時からゲームはもちろんアニメやコミックなど
娯楽的観賞が厳禁だったというより、
そういうのに興味を示すだけで奴隷扱いが酷くなる
恐ろしい家庭で育った影響で、
未だ心に巣食っている毒母が侮辱してくるのを感じる。
本当は毒母もアニメやコミックを観賞したいが、
自分は「良妻賢母」である必要があり、
そのためには決して許されない娯楽である
という信念を持っていたので、当然のように
堂々と観賞しようとする娘の自由や幸福に
嫉妬していたのだと今ならわかるようになった。
だから、好きな芸術作品を堂々と観賞しても
毒母の嫌がらせが始まりそうな不快な感覚に
惑わされて苦しまないようになりたい。

 やっと夏らしい気候になった。
深夜も暑いので窓を開けて寝ていると、
近所のどこかわからないが夫婦喧嘩のような声が聞こえてきた。
それが長時間続いてなかなか眠れなかった。
怒った感じの女の声のほうがはるかに多くて
男のほうはたまにボソッと一言だけ。
音や声だけでは状況がわからないけど、
自分の感覚では男は黙って耐えるが女は些細なことでキレる。
そういう感覚は父母の人間関係が影響するが、
女のわがままがエスカレートして黙って耐えるのも限界に達した男が
暴力しかなくなるところまで追いつめられ、
男は加害者に女は被害者ってことになってしまうのではないか。
本当の被害者なら長時間怒声を出し続けるなんてことあり得ない。
子に対する親の暴力も母親のほうが多い事実は常識になっていない。
2011/6/23

 やりたくてもできない真夏限定の昼夜逆転(夜行性)生活。
真夏の日中は何をしていても全身汗どろどろになって
シャワー浴びても銭湯行っても、またすぐ大汗かくし、
汗の質も悪くてミネラルを失うせいか浮腫んだり
疲れが溜まってぐったりよれよれ。ジョギングしばらく休もうかと。
そのうち眠気に襲われて床に直接横になって眠ってしまった。
近所のスーパーやコンビニは24時間営業だし、
夏の昼間に睡眠を摂って夜間に起きたほうが楽なのではないかと考えて、
深夜から未明に目が覚めた時に起きてジョギングや買い物に行こうと思うが、
夜はいつもの時間に眠くなって寝てしまうし、
毎夜いつものように未明に目が覚めて起きても
トイレに行くと頭が働かなくて自動的に寝床に戻ってしまう。
今度こそ未明に起きてジョギングや買い物に行くぞ!と何度思ったか。
電気予報を見ていると、昼間の節電が無理なら何もせずに眠って、
電力の余裕ある深夜から未明に起きて生活すればよいと思ったのだが。
しかし、鬱で昼夜逆転が自然だったあの時期は何だったのか。
今がその時期だったら節電に協力できたのに。
できない理由は体内時計が正常だからだ。
体内時計をわざわざ狂わせてまで昼間の節電に頑張るのも変だし。
しかも、サマータイム並の早寝早起きは昔からずっと続けている。
これ以上何もしなくてよいのかもしれないが…ぶつぶつ。2011/7/6

 暑さでジョギング早くも挫折、持病も悪化の一方で
体力的にキツイ旅行で命に危険を感じても誰にも知られず、
あまり興味ない映画鑑賞に付き合わされ、
無神経な話し方で傷付けられ、
とどめに録画していたテレビ番組を勝手に消されていた。
2011/7/21

 チャタテムシがどんどん増えている。
トイレがいちばん多い。
ふだん掃除しない洗濯機の裏とか、
家中の戸棚類の中まで全部掃除したのに効果なく、
一晩は当然で数時間経てばトイレの床は
掃除してからでないと足の踏み場もないほどわいている。
おかげで毎日掃除するようになって
一見、部屋の中がきれいになった。
しかし、床や壁を注視すると、
元気いっぱいのミクロな虫が走り回っている。
どこまで自分で退治して耐えられるか。
業者に頼むにしても面倒くさい。2011/7/23

 父島へ観光旅行に行った。旅行初日から喉というより口の奥、
しかも片方だけ痛くなった。痛みで食い物を充分噛めず、
しゃべる時も痛くて声が時々おかしくなった。
歯を磨いた後に口をすすいだ水を吐き出す時も痛くて、粘液が多い。
同じ症状は以前に何度もあって、
回数を重ねるごとに痛みの範囲や強さが増して治りも遅い。
不思議なことに、
旅行の数日間だけ痛みが増すことも減ることもなく発熱もないまま、
帰宅と同時に痛みが消えた。
その状態でも予定通り海で泳いだり山を歩いたりしていた。
もともと体調が悪いのに無理しても治ることが多いというより、
今までほとんど治った。今までの経験から、
病院に行っても「風邪」とか「自然に治る」とか言われて終わりだろう。
そして、本当に治ってしまう。
子供の時、体力も精神力も弱いと決め付けられていたが、
本当に弱ければ放置して治るわけがない。
だから当然、心配してくれる人もいない。
ただし昔、弱いと決め付けたり些細な症状を大げさに言って
母の都合で利用される時だけ迷惑な心配されたことならある。
2011/8/15

 昨日、十回ほど大便でトイレに行った。
そういう状態は普通なら下痢なんだろうが、
それでやっと便秘が解消した感じ。
喉の痛みがなくなったと思ったら次に鼻水が増えた。
もともと鼻炎だから薬が効かなくなる状態。
これってもしかして風邪?
しかし、体調の悪さで便秘対策を怠っている時に便秘が解消すると、
今までの努力や忍耐がアホらしい。2011/8/19

 昨夜、風呂で「痛!」と思った時、
左手の爪が右手の指に当たっていて、
その箇所を見たら切り傷になっていた。
前にも自分の爪で怪我したことあるけど、
前も今回も爪を切ってやすりで滑らかにしておいた直後だから、
服にさえひっかからないのに。
いったいどうやって切れたのか不思議だ。
しかし、指先の傷は小さくても痛い。
軟膏を塗って絆創膏を貼って寝た。
しかも、こういう経験この歳になってから初めて。
年々不器用になって、体をあちこちぶつけたりするようになった。
それって、やはり脳や神経が一部分死んでいる気がする。
2011/8/26

 二度と読まないかもしれないから何を読んだのかは省略。
ブックオフで古い漫画を買って読んだ。
新しいか古いかに関係なくコミックを買ってくると、
家事に追われている私より夫が先に読んでしまう。
そして、夫はそれらのコミックを「汚い漫画だ」と言う。
本が汚れているのではなく絵や表現や言葉が汚いのだ。
そう言われれば確かにそうだ。
コレクションしている唯一のはデトロイト・メタル・シティだけど、
読んだら売ってしまった他のも汚ないのが多かった。
 ただし、私自身が描くのは汚くない。
小学生の時、自分で描いて先生や父兄に面白いと
認められていたマンガは決して汚くなかった。
ウェブ上に投稿していたアスキーアートのことを誰かに
「描く対象が汚物なのにきれいなものに見える」と言われたこともある。
 そして、「子供の時、小遣いと好きな本を買える自由があれば、
これは迷わず買って読んで今よりはるかに面白いと感じただろうに」と思う。
いい歳してから古い子供向けの漫画を読んでも
「つまらないものに時間を浪費してしまった」で終わってしまう。
子供の時、苦労して母の許可を得て遊びに行った
同級生の家で見た大量のコミックがうらやましくてたまらなかった。
親が禁止していたとはいえ、
私は一冊も持っていなかったわけではなかったが、
小さな机の引き出しのすみっこに
三冊ほどホラー系のを隠していたが、
就職して家を出るまでそれしかなかったので
何度も繰り返し読んでいた。
確か「恐怖の館」とか「ガラスの墓標」とかいうタイトルだった。
しかもそれは親戚の人にもらったものだった。
2011/9/6

 クリーナーごときにカネをかけるなんて私には許されないことだったけど、
値段が高すぎるダイソンのクリーナーを夫が買ってくれた。
宣伝通り確かにホコリをよく吸ってくれるが、
数年前に初めて買ってもらったのはずしっと重くて、
掃除が重労働とか厳しい筋肉トレーニングみたいになっていた。
今度買ったのもまた重そうな外見。
夫は「何だこのでかい電動工具は?」と何度も言う。
しかし、使ってみると意外に軽い。
本体ごと持って使うので、見た目はいかにも重そうなのに、
実際に使ってみると予想より軽い。
それは充電式コードレスだからかもしれない。
家電がフル稼働することが多いので
一つでもバッテリーで使えるのが増えると助かる。
しかも、それは以前に一度買おうとしたことがあって、
その時買わなかったのは、店員が「使いにくい掃除機」として
わざわざ欠点を示して話したからだ。
大晦日に「年越しそばなんかありません」などと言うそば屋とか、
「金」を買おうとすると「私はこれで失敗しました」などと言った銀行員、
キャンピングカーを買おうとすると「いろいろあって結局
ただのバンのほうが便利」などと言った社長…
とうとう家電でも売りたがらない店員に遭遇したが、
もしかして自分の外見が貧乏くさくてカネを払わないように見えたのだろうか?。
2011/9/21

 昔、音楽CDの気に入った曲をMDにコピーしてからミニコンポで聴いていた。
久しぶりに音楽を聴こうとして、
ケースにごちゃっと入っているディスク類を整理する必要に迫られた。
それで、MDのコピー元CDを手放して持っていないという以前に、
ラジオから直接MDに録音したのがあって、
それをCDにコピーできないままだったことを思い出し、
MDからCDにコピーする方法を調べたが、
そんなことはいつでもできると思っていたのが間違いだった。
CDからMDにコピーできる機器はあっても、
逆は存在しないかもしれないことに気付いた。
それでもあきらめずに電器屋に行って探していると
CDにコピーできるMDウォークマンがあった。
ヤマダ電器なんかに行っても無かったから秋葉原に行った。
異様に高価だったものの、自分の勘違いでないことを確認して買った。
帰宅後さっそく使ってみたら、
現実に自分の持っているMDが使えないことに気付いた。
しかし、それが勘違いだった。
今までならそこであきらめて返品しただろう。
箱の中に入っていた書類を全部読んだらパソコンにアップする方法がわかった。
あるアプリケーションをウェブ上からダウンロードしてそのマニュアルの中に、
最終的にコピーできる方法に至る情報が入っていた。
コンピュータメーカーに勤めていたくせに、
今までこんなに頭を使ったことがなかった。
母が私のことを「頭がおかしい」と言ったのは嘘だとしても、
私は現実に頭が良いとは言えない。
それでこんなことを理解できたなんて奇跡かもしれない。
しかも、それで作ったCDは家にあるテレビで聴けることにも気付いた。
これで、我慢して使っていた調子の悪いミニコンポは無用になった。
また粗大ゴミが増えた。粗大ゴミを予約する前に、
ついでに他にもゴミがないかちょっと考えると三つ出てきた。
それはカセットテープラック、余計なこたつテーブル、がらくたボックス。
引っ越す前からいくつも処分した粗大ゴミは、
引っ越し後もごろごろ出てきて、
最近やっと全部処分したかと思っていたのに。
そして、MDを全部処分すればもっと荷物が減る。2011/9/26

 結婚後しばらく経ってから、
誰にも信じてもらえない苦痛で仕事ができなくなって退職して家にいても、
ろくに生活できない廃人みたいになった時期がある。
その時と比べれば、毎朝十回ほどトイレに行かねばならない
今の症状はたいしたことない。
昔、自分の服を縫おうとして買ったまま手つかずだった
布の存在がずっと気になっていた。
誰のためでもなく本当に自分が気に入って買ったせいかもしれない。
二度の引っ越しでも不用品にせず今日やっと出して広げて、
何を作れるか考えながら下準備した。
面倒くさいだけの作業の連続だけど、
精神的にとても安定するのを感じた。
格好悪いとかいう理由で母が嫌っていたから
自分にも向かないと思っていたけど、
自分は気の遠くなるほど継続することが得意かもしれない。

それとは別に大腸と婦人科の癌検診、
合計三種類を受けに行く余裕がないまま数か月過ぎて最近、
ようやく気力を振り絞って予約しに行くと、さいわいすぐ受診できた。
しかし、自分の都合などで三種類のがん検診を
それぞれ別々の病院を選ぶことになったり、
予約不要でも何度も行かねばならないし、
歯医者もなかなか終わりにならないし以前より体調悪くて余裕ない。
精神力が回復というより強くなる一方だとしか考えられない。
2011/10/3

 今日は家で一人の晩飯にイチジクをまるごと食っていたが、
一口かじった箇所をしばらく注視していると、
微細な蛆虫が一匹蠢いているの気づいた。
毎度かじる度にチェックしているとけっこうな確率でいるようなのだ。
ネットで検索して調べてみるとショウジョウバエかもしれなくて、
それを食っても害はなさそうだ。
しかし、気持ち悪いので電子レンジで一分熱した後
もう一度その箇所を見ると、
先ほど動いていた蛆虫は死んで火が通っていたようだった。
一々取り除くのは面倒なのでそのまま食った。
イチジクの実にはふつう甘みしか感じないけど、
蛆虫が多い箇所の果肉には酸味があった。
昔、初めて蛆虫に気付いた時も酸味があって
「あれ?イチジクが酸っぱいことあるのかな?」と思った。
2011/10/7

 やっと、三種類のがん検診の結果をすべて聞きに行った。
全部まったく異常なし。
以前のほうがよほど怪しい結果が続いていたのに。
しかし、もうすぐ人間ドックもある。
それも多分どこも悪くないだろう。
しかし、こんな検診って暇人しか行けない気がする。
今時ここ日本で「普通に仕事している」と堂々と言える人って
めっちゃくちゃ忙しいのが普通で、
自覚症状ないのに何度も三種類別々の病院に行くなんて
余裕どこにもないように思う。

 ところで夫が、ありふれた病で入院して手術を受けて退院した。
手術の傷が治るには長い月日が必要だから、
夫があまり動かずに済むよう私は今後ますます、
夫が日常生活で散らかした後片づけや、
いろんな出し忘れや入れ忘れや消し忘れを一々チェックしたり、
次々と頼まれる細かい用事を黙ってさっさと済ませねばならず、
自分の体のケアはもちろん、
持病に必要な対処さえ時間がなくなって、
おしゃれの余裕ほぼゼロに。
それで今日やっと、伸び放題だった髪や爪を自分で切った。
顔の肌なんてもうぼろぼろ…泣。
これでも、夫は以前より私に気遣ってくれるようになったのだ。
それでは以前どんな態度だったのか忘れたが、
毒母よりマシだし私が人間離れしているから平気というか、
他人に「何それ?酷すぎて嘘みたい」と言われて初めて
「問題なのか?」と気づく程度。
そういえば私の手術後の時、夫は何もしてくれなかった。
もっと書くなら、家事をさぼっていると苦情を言うほどだった。
2011/10/11

 最近、実家の古い鍵を捨てた。
これでやっと、私を娘だと言う資格もないのに
母親面してきた毒女と精神的にも絶縁できそうだ。
その時を境に自分の言動が、親のためではなく
自分のためになっている感じを覚えるようになった。
この歳になって初めて自分の意思で生きることができるようになった感覚。
あの毒女は私に依存していたが、今は夫が私に依存している。
ただし、夫との関係は親と違うようだ。

 以前から普段の生活だけでキツいのに変わりなく、
旅行なんて途方に暮れるようになってきた。
昔は私が積極的に計画していたけど、
年々そんな余裕がなくなってくると、
夫が私に予定や計画を決めるよう催促するようになった。
それで最近、夫を旅行屋に連れて行って適当なツアーを探して予約したが、
彼は以前にも増して自分から何もしなかった。
何の検査でも異常なく原因もわからないが、
「まさに腐敗が進んでいる」私の体はもう長時間の外出に耐えられないかもしれない。
体内の毒物が分解されずにどんどん溜まる一方のような感じで、
起きても寝ても運動しても柔軟性が回復せず、
最後は動けなくなりそうだ。
それでも、一度だけ私が自分の好みで行きたい場所があって、
それは来年の夏になるだろう。
自分が計画する遠足や旅行はそれを最後にしたい。
その後はどんな脅しや嫌がらせにも屈せず、
私の体調や都合を考慮したうえで彼自身が決めたり計画しない限り
私は協力しないつもりだ、今まで彼がそうしてきたように。
2011/10/17

 昨夜から今朝まであまり眠れなかった。
原因は気温が高かったこと。
睡眠には体温の低下が必要で、
気温が高くて体温が下がらなければ眠れない。
少し前、急に寒くなった時期に布団と枕を冬物に替えた。
しかし、冬の枕が体に合わないようで、
首と肩がガチガチに凝るようになった。
それとは別に枕カバーを洗濯時に替えた後、凝りが軽減した。
まさか、枕カバーごときで凝ったりするのか?
実は、枕カバーの大きさが原因だった。
洗濯で布が縮んだカバーを着せた枕は厚みが増すが、
大きめのカバーにすると当然、枕の厚みは減る。
体に合わない枕の厚みは凝りや頭痛の原因になるからだ。

 ところで、引っ越してから間もなく非常に頻繁に、
悪臭が家の外から入ってくる。下水の臭いらしいが、
もしそうなら、前に住んでいた家も同じだったはずだし、
下水が集まる大きな施設のそばを通ることが多いが、
そこではなぜか臭わない。
2011/11/4

 はとバスで初めて行った時、
ほんの一時しか滞在時間がなかった諏訪湖へもう一度行った。
泊まった宿は、内装だけ一見きれいだけど
外装は地味で設備は老朽化した建物だった。

 それとまた関係なく、前回はとバスで帰り道に高速道路が渋滞したので
一般道に降りて暗い抜け道を通った時、
照明の無い深い山々の闇を何度か見ることができた。
旅行でよくある、心の底から安らぐ感じを覚える「闇」を風景に求めていて、
今回もそれを期待していたけど、観光や防犯のためなのだろう、
繁華街と違わないほど深夜も照明の絶えない明るい場所だった。
その湖は水深も浅く「闇」なんてどこにも存在しない感じだった。
2011/11/8

 スーパーで買ってきた花を園芸用のハサミで切って花瓶に生けようとした時、
自分の指にハサミの先端がグサッと刺さった。すぐにその箇所を見ると、
確かに切れていて赤くなって痛みも増してきた。
間もなく血が流れてくるに違いないと思いつつ見つめていると、
何時まで経っても出血しない。
そのうち別のことに気が向いて数時間後に思い出し、
その指を見ると一瞬どこも切れていないように見えた。
確かこの箇所だと覚えていたところを見つめると、
指紋と区別のつかないほど細い切れ目が残っていた。
しかし、今回ハサミでほとんど切れなかったのに、
以前なぜ自分の爪でザックリ切れたのだろう?
どうでもいいけど不気味だ。
2011/11/24

 生まれて初めて「皮膚科」というところへ行った。
今まで一度も皮膚病になったことがないわけではなく、
子供の時に苦しんだ症状は親が病気だと見なさなかったので放置していた。
近所の小さい診療所に行ったら病名が付いて、
処方してもらった薬を塗っていると改善してきたが、
他の箇所に病変が移動した。
二回目の診察時にそれを診てもらって薬の種類が一つ増えた。
病名は省略するけど、原因は乾燥らしい。
予防には保湿クリームが必要だけど、
病変した個所を治してからでないと保湿クリームも刺激になって悪化する。
母の影響で子供の時から肌をゴシゴシこすって洗っていたのが主な原因だ。
知っていたけど、正しい洗い方を先生に教わってその通りに洗うようにしている。
病院通いが始まったせいか、家族の無理解がその分減ったというか、
治療として肌の手入れ時間を確保できるようになった。
後は、治ってから以降も肌の手入れに時間を取らせてもらえるかが問題だ。
2011/12/14

 通院のおかげで家族の無理解を気にする余裕もなくなり、
医者の指示を無視してまで家族のための雑用を優先しなくなった。
毎日二度の肌の手入れ以外にも必要だと思った対処は、
治療のための処置ということで時間を確保できるようになった。
ただし、皮膚病の症状は薬を塗った個所だけ進行が止まるが、
塗りもれた所すべて少しずつ悪化している。
今まで書いていなかったが、慢性化した右腕の痛みが
いつの間にか腕の付け根の方へ移動していて、
ほんの少しずつゆっくりと悪化している。
それより昔からある持病は一つも治っていない。
一つずつ持病が増えていって、悪くない箇所を挙げるほうが早い。
頭も目も鼻も歯も首も心臓も腸も腎臓も手足も皮膚も常に調子悪くなった。
悪くないのは肝臓くらいなものだ。
肺は、幼い時から大人になっても何度か喘息を患ったが
奇跡的に治ったものの、
深い呼吸ができないのは後遺症かもしれない。
夫が以前より気遣ってくれるようになったので
迷惑をかける罪悪感に苦しみつつ、
あきらめずに何度も説明したことは
無駄ではなかったかもしれないが、
もう遅いと言うかそういうことを気にする余裕もなくなってきた。
2012/1/12

 先月から毎日のように下痢。
しかし、便秘のほうが苦痛だから嫌ではない。
何が原因ってコーヒー飲みすぎ?
それとも、寒すぎて体を温めるために運動を始めたから?
いや、足のむくみ対策の体操や姿勢で腸が刺激されたかもしれない。
 医者の指示を忠実に守っているせいか、皮膚病は治った感じ。
しかしそれって薬の効果かもしれないわけで、
薬がなくても再発しないのを確認しないと通院は終わらない。
予約もないし通院を強制されないけど毎度、
「薬がなくなる前に来てください」と言われる。
2012/2/8水曜

 皮膚病が再発した。
見た目が治った感じだったので油断していた。
当然、薬が増えた。医者からの説明はちゃんとあったが、
薬が急に増えて怪しいのか知らないが薬局で同じ説明を聞かれても答えられなかった。
帰宅後、薬の情報を検索してみると、ついでに他の持病にも効きそうな感じ。
今度こそ完全に治ってほしい。
 それと、手足の痛みで整骨院に行った。
こんなに通院だらけの日々を過ごすなら、
収入がないのに食費どころか多額の医療費も食う自分という人間は、
できるだけ早く死んだ方が夫も楽だろうにと思う。
だから今度こそ、
呼べば来る得体の知れない者に命を絶たれる恐怖を克服したいものだ。
 昔からあちこち痛いのが普通の体調だけど、
健康診断や人間ドックを受けると必ず毎度ほとんど問題なしの結果だ。
とはいっても苦痛に我慢できなくて病院に行くと、
原因はたいてい運動不足という結論で終わった。
それで、どんなに苦しくても運動するために近所のスポーツ施設に通うことにした。
その施設を利用するには健康診断が要るので、
予約して受けに行った。
一度も受けたことないから気になっていた骨密度の測定結果が年齢相応だった。
体力は三歳ほど平均より老化しているだけだったのも意外だ。
気付いてから長年わかっていても抜け出せない健康に悪い生活を続けて体ボロボロだと思っていた。
ところでもしこの評価が、
健康診断を受けた人たちだけの統計によるとすれば、
診断を受けに来る人たちがそもそも、健康維持や病気対策に積極的だろうし、
病気で外出できないから最初から除外された人たちを含む「本当の人並」みより
優れている傾向にありそうだから、そういう優秀な集団の中で普通ということは、
自分はこれでも健康なほうなのか…まさか?
2012/2/14火曜

 昔からごくたまにあったことだけど、
起きたり横になった時だけ天井が一定の速度で
ゆっくり回転している感じの「めまい」になった。
ある種のめまいは自分で治せるらしく、
その対処方法をやってみても当日変わらなかったが、
翌日治っていた。
それと関係ないかもしれないけれども運動不足に危機感があって、
意を決して近所のスポーツ施設でやっている太極拳を習いに行ってみた。
十数年前に見学レベルで一度だけ習いに行った時、
鬱のせいもあって難しくてあきらめたけど、
今度もやはり難しかった。
しかも、数十年生きて一度も持ったことない長い木刀を持たされ、
ゆっくりとはいえ振り回すのは筋肉の足りない腕に重くて疲れた。
そして、その日の午後から就寝時まで脚が筋肉痛になって、
今日は腕が筋肉痛。
それに、もっと昔からある別の痛みで整骨院通いが続いている。
ふと思ったが、もしかしてもうすぐ閉経。
常にどこか不調で、あらゆるところが不健康な感じだけど、
病院に行くと毎度思うのが、
自分がいちばん軽症ということだ。
この程度で他の人なら病院に行かないようなのだ。
ただし、他人に目障りな症状だけで通院して、
自分だけが苦しい症状はいつまでも放置してしまう。
2012/2/20

 今日は朝から病院、薬局、整骨院、買い物に行ったが、
強風が冷たくて寒すぎる。
これでは春になっても寒そうだ。
夏が恋しい。
しかも、歩道を歩いている時、
ゴミ集積場のポリバケツの蓋が風でふわりと浮いた次の瞬間、
まるで急に動くUFOみたいに飛んできて、脚に激突。
骨が折れたかと思った。
2012/2/27

 どういうわけでそうなったかさっぱりわからない。
炊事中ふいに左手の人差し指が冷蔵庫に
ぶつかった拍子に爪が割れて出血した。
炊事を中断できないので続けていると、
ほんのちょっと何かに触れただけでその指先が痛くて、
間もなく熱を帯びて指への血流が脈打つ感じがしてきた。
放置はまずいと思って一応、軟膏を塗って絆創膏を巻いておいたが、
指が何かにちょっとでも触れただけで痛いのは変わらない。
それ以前からあちこち調子悪いのに、
これからが旬のスギ花粉アレルギーも悪化するなど、
不調箇所が増える一方だ。
2012/3/8

 先週半ばの夕方、ふいに吐き気を覚えた。
その夜に吐き気が強くなったが、
つい我慢してしまった。
そのうち体のあちこちが痛くなって発熱し始めたので、
吐けばよかったと後悔するも、
いざトイレで嘔吐の準備をしたが遅かった。
一度あきらめて眠ったら深夜に目が覚めて、
トイレに行って吐こうと頑張ったら、
突如ものすごい勢いで口と鼻から同時に噴出。
嘔吐ってやっぱり怖いと思ったけど楽になった。
しかし、発熱が続いて長引いてしまった。
いつもならすぐ病院に行くのだけど、
経験上、病院に行くと寒さやストレスで別の何かに感染したりして、
病院に行かず寝ていたほうが早く治ったと思うことが多かったせいもあって、
今回は自力で治すことにしたが、
翌日も翌々日も食欲がまったくなく、
そろそろ大丈夫かと思って食った物が胃に長時間溜まったまま苦しくなってきた。
食欲がないうちは食ってはいけないかもしれない。
水を飲むのも苦しくなった時すごく不安になった。
そして、とても嫌な寂しさに襲われた。
自分がまるですでに死んでいて、
あの世からこの世で過ごした日々を
「幸福な人生だったのに感謝が足りなかった」と後悔している感じだった。
さいわい、少しずつだけど確実に回復してきた。
今回、症状が出る前は、増える食欲に困っていたほどだった。
今まで長年当たり前だった食欲があって普通に食えるのは、
すごく幸せなことだった。
2012/3/27

 毎年増え続ける持病のため記事を書く時間がなくなってきた、
というよりアホらしいというか虚しい。
症状はどれも軽いから治療対象として扱われている病での通院は一つだけ。
頭の先から順に書いてみると、まず目があまり見えなくなった。
ただし、視野の検査とかしても異常なし。
口呼吸できないのに年中鼻炎。
歯は毎食後欠かさず丁寧に磨いたり手入れしても…
気持ち悪いので省略。
心臓が時々止まるのは昔から同じ。
本気でまじめに運動を定期的に始めてから低血圧が悪化。
低血圧が早起き無理なのは嘘だったとしても、
倦怠感の存在は事実だ。
そして、低体温、脚のむくみ、激やせ、皮膚炎、下痢と便秘、四五十肩、アレルギー。
これらの症状が無かった昔は精神的問題で苦しんでいた。
それでも、「そんなの誰でもある」と言われる。
以前、肌の美しさだけで健康だと決め付けられたけど、
それはもう通用しなくなった。
習い事を始めて続けているから鬱病ではないだろうが、
鬱にならないほうがおかしい。
何度激痛に襲われたり死にそうになってもパニック障害にならないのも不思議。
毒母に笑えないほど酷いことをされたり無視されても平気になるほど鍛えられた成果か?
これでも、死後になれば生きていた時のほうがよかったと思うのだろうか?
「死んだほうがまし」と毎日思う。
死にたければ何時でも死ねるほど、
眠っている時に命に危険を感じることが多いが、
その時どうしても本能が「死にたくない」と強く叫ぶ。
 ところで最近、映画MIB3とダークシャドウを見に行った。
映画の時代が終わったのか目が肥えたのか歳のせいか何かわからないが、
感動しなかったのは事実だ。
2012/5/28

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更新日
登録日
2012-10-29

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