願い事

白い息を吐き出した。
暖冬だと、先日のニュースで言っていたが、やはり、冬なので、とても寒い。
残業を終えて、家に帰ってくると、躊躇なく、ダイブしてきた彼女を、受け止める。
「メリークリスマス!!!」
かれこれ、二年は一緒にいて、来年には結婚する予定の彼女だが、未だに、このテンションについて行けた試しがない。しかし、これも彼女の良いところなので、温度差は、さておき、こちらも同じように返す。
「………メリークリスマス。」
「相変わらず、ひっっくいテンション!」
「悪かったな。」
「いいよー!おかえり!」
「ただいま。」
いつものやり取りをして、家の中に入る。温かな部屋にホッとし、肩の力を抜く。
リビングのドアを開ければ、とてもいい香りがする。
今日がクリスマスだから、張り切ったのだろう。案の定、豪華なご飯が、テーブルに並んでいる。
「おー、すげ。」
感嘆の声を漏らせば、彼女は、得意げに、こちらを見た。
「そうでしょ、そうでしょ。クリスマスだからね!」
なぜ、そこまでクリスマスに拘るか、正直わからないが、彼女が、楽しそうなので、黙っておく。行事に、全力投球なのは、多分、昔からだ。
スーツを脱いで、部屋着に着替えると、席についた。手を合わせてから、モサモサとたべ始めると、彼女は、本当に嬉しそうに笑った。
「………んだよ?」
食べもせずに、ニコニコと笑っている彼女に問い掛ければ、
「んーん。君は、無表情だけど、ご飯だけは、本当に嬉しそうに食べるから、見てて飽きないなーと思って。」
と、楽しそうに言う。
「………別に。本当に、美味いし。」
恥ずかしくなって、ぶっきらぼうにしか返せないが、彼女の手料理が、不味かった覚えなど、一度もない。
「よかった!」
また、満面の笑みを見せた彼女は、結局、料理には、口をつけずに、オレが食べているところを見ていただけだった。
それから、風呂に入って、ゆっくりと映画を見て、久しぶりに、穏やかな時間を過ごす。
いつも仕事が忙しくて、家に帰れば、死んだように寝ていることが多い。
「最近は、どう?」
「まぁ、忙しいけど、楽しいよ。新しいこともやらせてもらえるし。」
「………そっか。でも、無理はダメだよ。」
「相変わらず、心配性だな。」
「大事な、彼氏だもん。」
ぽつりと呟いた彼女の声は、少しだけ寂しさを含んでいて、思わず、目を瞬かせて、彼女を見る。
あまり、そういう事を言わない出来た彼女なので、見落としがちになるが、本当は、寂しい思いをさせているのかもしれない。
「………悪い。あんまり、一緒にいてやれなくて、」
その言葉に、彼女は、ブンブンと首を振った。
「違う、違う!寂しいとかじゃ、………いや、寂しいんだけど!でも、そうじゃなくて、君が、無理しがちで、完璧主義者だから、心配してるの!」
どちらも本音だろう。寂しい気持ちも、心配している気持ちも。
それが、つい口から出てしまうところが可愛いのだが、そういうことを言うと調子に乗るので、黙っておく。
「………それに、君は、気づいているんでしょう?」
少しだけ間があく。そして、静かに頷いた。
「気付いてる。」
困ったように笑った彼女は、やっぱりと脱力した。けれど、また、小さく笑う。
そして、決意したように、少しだけ、自棄になったように、言った。
「絶対叶わないと分かっている願いを叶えに来ました!」
「………とんでもねぇクリスマスだな。」
正直な感想を伝えれば、
「感心してる場合じゃないの!」
と怒られる。
しかし、彼にとっては、他にどういう感想をもてばいいのか分からない。
「ストイックで、完璧主義で、オーバーワーク大好きな君が心配だったのと、驚かせたくて、がんばりました!」
「今回は、サンタを信じてみようと思った。」
「そのサンタさんに手伝ってもらったからね!」
それは凄いと驚けば、彼女は、また脱力した。どうやら、求めていたリアクションとは、かけ離れたものらしい。
落ち込んでいるのか、諦めているのか分からない表情をして、ソファに、沈み込み、拗ねたので、苦笑する。
「ありがとう。」
素直に、感謝が溢れた。
きっと、本当に心配してくれていたのだ。だから、きっと、彼女は、クリスマスの奇跡とやらで、会いにきてくれたのだろう。
だから、それだけで十分だ。
顔を上げた彼女は、ふわりと笑った。その表情は、見惚れるほど、可愛くて。
手を伸ばして、ハッと目が覚めた。
どこからか風が吹いて、部屋の中が、冷たい空気に包まれている。けれど、その空気は、清涼で。
伸ばした手を、ゆっくりと、自分の額に乗せる。
どうやら、夢だったらしい。
最初から分かっていたことだ。それでも、嬉しかった。
彼女が病気で亡くなってから、初めてのクリスマスだ。
何もない、ただの仕事と家を往復するだけのオレにクリスマスプレゼントを届けにきたつもりなのだろう。
『絶対に叶わないと分かっている願いを叶えに来ました!』
彼女は、そう言った。
だから、オレは、小さく笑う。

「残念。………本当は、ずっと一緒に居たかったでした。」

確かに、会いたかった。けれど、本当は、これから同じ時間を過ごしていきたかった。
それは、一番、叶わない願いだから。

「でも、元気でた。ありがと。メリークリスマス。」

願い事

二年ぶりくらいに更新しました。そして、大遅刻です。
クリスマスに上げたかったのですが、全く間に合いませんでした。
さて、みなさんは、サンタさんに何をお願いしましたか?

願い事

残念。オレの本当の願いは、

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更新日
登録日
2019-12-26

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