春のようなひとびと

 たぶん、もう、二十三時の頃は、えいえんにおわらない夜に、さしかかっていて、冷凍睡眠をしている、せんぱいが、すこしばかり意識をとりもどすのか、つめたいカプセルのなかで一粒だけ、なみだをこぼす。
 星に還る方法を、学校はときどき、おしえてくれた。
 せんせいは、誰にでもやさしい気持ちでありなさいと、ちいさくて黒い生き物を、ぼくらに手渡して、たいせつに飼ってみなさいと言った。ちいさくて黒い生き物は、ちいさいけれど、ただの真っ黒いかたまりで、手も足もなくて、まんまるい目と、ふつりあいなおおきな口をもっていた。口からのぞく白い歯は、にんげんよりもきれいに生え揃っている気がした。きっと、みんな、かわいくない、と思っていて、何人かは学校の帰り道に、捨て放っていた。道端に、溝に、駅のゴミ箱に。ぼくは、かわいい、とはもちろん思わなかったのだけれど、家に連れ帰り、しばらくはちゃんと、せんせいに言われたように、たいせつに飼っていた。三日後には、あとかたもなく、消えてしまって、消えてしまったけれど、かなしいのか、せいせいしたのか、自分でもよくわからない心持ちで、てのひらを見つめていた。てのひらのうえにのったそれは、かわいくないくせに、妙な感情を芽生えさせた。あの、学校の帰り道で捨てられたものたちも、もう、消えてしまったのだろうかと想像したときの、なんだか、せなかが、あわあわとする感じは、あまりいい感じのものではなくて、そんなときは、せんぱいに、むしょうに逢いたくなった。
 冷凍睡眠カプセルには、ぼくが記憶するかぎり、やさしかったひとばかりがはいっている。せんぱい、となりの家のおねえさん、商店街のやおやさんの元気なおばさん、時計屋さんのおじいさん、など。
 管理しているしろくまも、やさしいひとで、カプセルをのぞくことを、かんたんに許可してくれる。部下のペンギンたちが、ぱたぱたと、ぺちぺちと、せわしなく走りまわる日も、ある。カプセルのなかのひとたちは、みんな、ねむっている。いつまでねむっているのか、わからない。しろくまも、わからないという。時計屋のおばあさんが、週に一度、花をそなえてゆく。時計屋のおじいさんは、せんぱいとおなじ日に、カプセルにはいった。ねむるまえ、ふたりが、おだやかにほほえんでいたことをおぼえている。おじいさんも、せんぱいも、これから冬のように、つめたくなるとは思えないほどに、あたたかくて、春めいていた。

春のようなひとびと

春のようなひとびと

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-25

CC BY-NC-ND
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