もう一人いる

「木村は今日も欠席・・・っと。はい、じゃあ授業の準備してー」

親友の木村が一週間前から不登校だ。

あいつになにがあったんだ?

最後に会った日の帰り道も、元気だったのに。

「桐山、放課後話、いいか?」

いきなり担任に声をかけられた。

「え、あの木村のことですか?」

「そうだ。お前なら知ってることあるかと思って」

「はぁ、時間ならありますけど・・・」

そういうと、担任は満足そうに教室から出て行った。

はっきり言って、知っていることなど何もない。

こっちが聞きたいくらいだ。

小学生の頃から成績優秀で、サッカーもうまくて、中学時代には生徒会長もやったあいつが。

なんで今になって不登校なんだ?

俺は、あいつの背中を追いかけながら成長してきたのに。

なんだか、胸が異常にモヤモヤとした。

あいつがいない学校生活には華がない。

もちろん、木村以外にも友達はいるのだからいいけれど、やはりいちばん話が合うのは木村だから。



「数日前から、怯えながら何かに追われているって言ってきかないらしいんだ」

夕日が差す教室で、担任が重々しく口を開いた。

「え?どういうことですか?」

「外に出たら、ヤツに出くわすって。見たら、死ぬ、だとかわけのわからないことを言っているらしいが、お前は知らないか?」

思わず、俺は笑ってしまった。

アイツが、なにかに怯えている?想像もつかない。

「精神的な問題とかじゃないんですか?」

「いやぁ、親御さんも病院に連れて行きたいみたいだけど、外に絶対出たくないって言うからな・・」

あぁ、そうか。

「それ以外でわかっていることは?」

「それ以外は何も言ってくれないらしい。みんなに迷惑をかけるだとかいっているみたいだ・・・」

担任がとても悲しそうにうつむく。

「ごめんなさい、俺もホントに何も知らないんですよ・・・」

「そうだよな・・・あいつは将来も有望なはずなのに、こんな時期に不登校は困るよな・・・」

こんな時期。そう、今は大学受験の志望校を決めるまっただなか。

「桐山、こんなときに引きとめてしまって申し訳なかった。でも、少しのことでいいから力になってくれ。君なら頼れるから」

俺は、「はい」と言うと席を立った。

担任は、本気で木村のことを考えてくれている。

俺も、何かできることがあれば。けれど、木村の家に行くことは禁じられた。

今は、誰にも会わない方が良いと親が判断したらしい。

まぁ、確かに。

それでも、心配だった。


「木村くんが不登校!?ほんとなの?」

夕食中、母が目をまんまると見開いて言った。

うちの母も、木村のことはよく知っている。

いろいろ質問してきたけど、本当に何も分からないのだから、俺はそうそうに切り上げて自室にこもった。

怯えているって、なんだ。恐喝でも、されているのか?

いや、そんな奴ではない。木村はあまりにも完璧すぎて、一目おかれていたのだから。

木村と同じ高校に行くのには、ホントに苦労した。

合格したのも、木村のおかげと言っても過言ではない。

痛み、苦しみはわかちあった。

お互いサッカー部で涙も流しあった。

わけがわからなくて、頭が混乱して、勉強はせずに早く寝た。


「・・・・ちゃん、翔ちゃんっ!!」

「・・・・・・ん!?」

「もうお昼の時間だよ!食べよっ!食べよっ!」

俺は、授業中ずっと寝ていたようだ。

木村が不登校になってから、よく一緒に行動をするようになった同じクラスの間宮くん。前々から一応、関わりはあった。

ちょっぴりバカだけど、明るくていい奴。

「昨日の担任から話って、どーだったの?」

「ん?あぁ・・・、木村のことだよ」

「木村くん、様子は?」

一瞬、話そうかためらった。

でも、間宮くんなら信用できるだろう。外部に話すことはないだろう。

「他の奴には言うなよ?」

「うん!」

俺は、昨日担任が言った通りのことを話した。

「・・・・・そういうのに似た話、俺知ってるよ」

さっきまでのテンションはどこに言ったのか、いきなり間宮くんが暗い顔で口を開いた。

「え?どういうこと?」

「翔ちゃんは都市伝説とか信じる?」

そういうのはめっぽう信じない。てか、怖がりだから。

「うーん、この話かなり有名なんだけど・・・・ある日突然、もう一人の自分が現れるって話」

なんだそれ。おとぎ話か?

「知らないな・・・」

「それを体験した人の話にそっくりなんだよね、その木村くんの話。もう一人の自分と、もし遭遇して、目が合ったら死ぬんだよ。それは、ほんとに突然起こるんだって。どういうことが具体的に起こるかは本人しか・・・だけど。けど、一回遭遇すると突然みんな怯えだすんだって。家にこもって。外に絶対出ないって。」

話が結構リアルで、俺はすこし鳥肌が立つのを感じた。

でも、まさか。

「何かの偶然だろ、ははっ。あいつ、勉強のしすぎかな」

「そ、そーだよね、あんまり本気にしない方が身のためだよね。ごめん、俺こそこんな話して」

間宮くんが申し訳なさそうに言う。

「いいんだよ、全然。」

そういって二人笑いあったけど、残ったものは胸に黒いわだかまり。

どうも、リアルのような。

あんな奴が不登校になると言ったら、それしかないような。

放課後も話したい、と間宮くんは言ったが、あいにく俺が塾のため抜け出してきた。

塾といっても、自習みたいなもんだ。

俺は空いている席に座ってノートを広げた。

「きーりーやまさーん」

聞き覚えのある声が後ろからして、振り向いた。

「お、松本じゃん!」

「久しぶり。相変わらずな感じだね、」

松本は、中学まで同じ学校だった。

よく、俺・木村・松本でつるんでいた。今でも仲はいい。

「今日さ、ファミレスでも行かない?」

「うーん、空いてるし、いいよ。翔さんから誘うとか珍しいな」

「ちょっと寂しくてーっ、なんてな」

「絶対嘘だろ、翔さんらしくないし気持ち悪いな」

これがいつも通りの俺らだ。冗談を言って、くっだらないことで笑うのだ。

でも俺は、この瞬間も木村のことを話すべきか揺らいでいた。

笑ってはいるものの、モヤモヤが取り除かれることはない。

これは、やはり話すしかない。


「は!?」

松本の声はファミレス中に響いた。

眉を大きく跳ねあげ、面白いくらいオーバーリアクションな松本。

「そんな話あるかよ」

俺と同様、こいつも現実的だから都市伝説のことは信じてくれなかった。

「あいつだって人間だし、悩み事の一つや二つはあるだろ。そっとしとけ」

松本の言葉は、いやに説得力があった。

言われてみればそうだな、俺らは木村に完璧を求めすぎていたのかもしれない。

少し、胸がすっきりしたような気もした。

松本と別れ、夜道を一人で歩く。

本当は怖い。でも、男だし、ついて来てくれなんて言えるわけない。

自分の家が見えてきた。

俺は、歩幅を速める。

「・・・・・・あれ?」

その時、俺は少しの異変に気付いた。

俺の家の前に、誰かがいる。ゆっくり、ゆっくりと近づいてみる。

「・・・・・木村!?」

俺は、思わず大声を洩らしそうになった。

もしかして、俺を訪ねに来てくれたのか?

あの、横顔はまぎれもなく・・・・。

声をかけようとして、のど元まで木村、と声が出かけた瞬間、木村は向きを変えて俺の家の前から遠ざかって行ってしまった。

「え、ちょ、木村!!どこ行くんだよ!!」

夜遅いのにも構わず、俺は大声を出して追いかけた。

でも。

「どういうことだ・・・・!?」

俺と木村の距離は10メートルもなかったはずだ。なのに。

見失った。

抜け道なんてないのだ。この住宅街には。

普通、そんな見失うほど早くなんて走れないはずだ。

鳥肌が立つのを感じる。

『もう一人の自分が現れるって話』

間宮くんの言葉が、頭の中で渦を巻く。


まさか・・・・な、まさか・・・・・・・・・


はっと勢いよく目が覚めた。

布団から飛び上がり、時計をみる。

・・・・・遅刻!!!

あれから、昨日はなぜだかすぐに寝てしまった。

なのに、見事に遅刻・・・・親も妹も弟もすでに家に居ない。

どういうことだ?起こしてくれるはずだろ。

顔を洗い、着替え、勢いよく家を出た。

大丈夫、これなら間に合う。

携帯を開くと、一件の着信。

「・・・・・・松本?」

何事だろうか。

ためしに、かけなおしてみることにした。

「もしも・・「おい!お前さ、夜中の2時に電話ってどういうことだよ!?俺着信で目ぇ覚めちゃったんだからな!出ようと思ったら切れちゃったしよ。なんのようだったんだよ?」

開口一番、まくしたてるようにしゃべる松本。

いや、待て。夜中の2時に、俺が松本に電話?

「夜中の2時なんかに電話なんかかけた覚えないぞ!?そもそも昨日はぐっすり寝てたし・・・」

なんなんだよ、また黒いモヤモヤのようなものが胸に現れる。

冷や汗が止まらない。

「とにかく!寝ぼけてんのもいい加減にしてくれよ!?俺遅れそうだからきる!」

言いたいことだけ言われて切られてしまった。

気味が悪すぎる。

そういえば、昨日の夜の木村らしき人物が俺の家の前に居たことからおかしいのだ。

違う。あれは木村じゃないんだ・・・・

もう一人の木村なんだ・・・・・・!

あれから、何かが変わったような気がする・・・

もしかして、いや、違う。

最悪のケースを考えてしまう。

まさか、まさか、あんな都市伝説が・・・・

自分に言い聞かせながらも、もうわけがわからない。

電車に急いで飛び乗る。

もうしゃがみこんでしまいたかった。

大丈夫だ、俺。何に惑わされてるんだよ、ただの、ただの噂だろ・・・・

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・」

「翔ちゃん、後一分で遅刻だったよー!!めっずらしいなぁ・・・・!」

教室に飛び込むと、間宮くんが珍しそうに俺を見つめながら言った。

でも、それに笑っている暇はなかった。

「あれ?桐山くん、なんでこんなに遅れてるの?」

いきなり、後ろから女子の声がした。

「・・・・今井さん?」

学級委員の今井さんだ。中学から一緒で、俺と家が近い。

「今日さ、あたしらと一緒の電車だったよね?」

え?

「ごめん、今井さん、何時の電車に乗った?」

「7時52分だけど。」

そんなはずはない。

俺は8時10分の電車に乗った。

「人違いじゃない?」

気持ち悪い。どういうことだ、これは。

「違うよーっ、みんなみたもん!ね、多香子!」

うん!と今井さんと仲のいい女子も笑顔でうなずいた。

「桐山くんはただでさえ目立つしー、多香子、一緒の電車でうれしかったんだよね!」

「もー、絵理言わないでって、恥ずかしい!!」

「あれー、多香子ちゃんって桐山のこと好きなのー!?」

勝手に盛り上がり始めるクラスメイト達。

絶対に、絶対におかしい。

松本の深夜2時の俺からの電話、そして今井さんたちが見た7時52分の電車に乗る俺・・・・。

まるで、

まるで、もう一人俺が・・・・・・・・・・!?

汗と吐き気が止まらない。

俺の異変に気付いたのは間宮くんだった。

「翔ちゃん!?汗すごいよ?顔色も悪いし、保健室・・・「大丈夫だから!」

俺は、思わず肩に回された間宮くんの手を振り払ってしまった。

もう、誰も信じられない。

俺は、勢いよく教室から飛び出した。

そうだ。木村の家に行こう。あいつなら、絶対何か知っているだろ・・・!?

もう足は止まらない。

そして、俺は大事なことを忘れていた。

担任に注意されていたあのこと。

だが、このときの俺にはそんな余裕は全くなかった。


木村の家のインターホンを鳴らす。

反応しない。

ドアノブに手をかけると、なんと開いたのだ。

俺は、見慣れた木村の家の階段を一目散に駆け上がる。

一番奥の、木村の部屋へ。

「・・・・・木村!!!!!!!!」

その瞬間、俺は幻覚が見えたような気がした。

ベットに寝ている木村・・・・の横に座っている人物。

「・・・・・・・・!?」

酷く見覚えがある。見覚えがあるとかじゃない、これは、まさしく・・・・

まさか、まさか!!!!!

その時、勢いよくその人物が振り返った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこからの記憶はない。


「はっ!!!!」

目が覚めると、俺はいつもの自分の部屋のベットの上に居た。

あぁ、なんだ、夢か。

ほっと胸をなでおろす。

俺は、今まで夢を見ていたのだ。

長い、長い、夢を。

目の前の俺の部屋のドアがゆっくり開いた。

その瞬間、目を疑った。

・・・・・・・・俺・・・・・・・!?

それは、まぎれもなく俺だった。

制服を着ている。

バッチリ目が合ったまま、離せない。

なぜだ、なぜだなぜだなぜだ!!!!

その瞬間、そいつの口が開いた。

絶対に俺の声ではない、低い、低い声で。




「お前、誰だよ?」

もう一人いる

もう一人いる

試作品!超超短編です。日常に潜む、奇妙な話。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-29

Copyrighted
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