かたぬき(丸)

 空のいちぶを、くりぬいてゆくひとびとが、いて、丸い型で、青い空に、ビスケットみたいな黒いあなが、ぽかぽかとあいている。四時。空気のなかに、微細な雪の結晶がまじってる。息を吸うと、肺に、つめたいものが流れ込んできて、あの、古びた博物館の、おおきな冷蔵庫のなかにいた、むかしのいきものたちのことを思い出す。夜色のスカートをはいたひとが、胸元に抱えた紙袋からドーナッツをひとつ、とりだして、かぶりついている。どこからか、かすかににおう、たばこの香りに、昨夜のせんせいの表情が、よみがえる。なんだかよくわからない、感情が、ふくざつにいりみだれて、水底に、沈殿してゆくみたいな、顔。くりぬかれた空のいちぶを、くりぬいたひとびとがどうしているのかは、不明である。たいせつにしているのか、ざつにあつかっているのか、たべているのか、もしくは、再利用しているのか。まよなかのドライブでみたのは、夜の街の、ねむるところ。あかりが、ぽつり、ぽつりと、きえてゆく。ゆるやかに、しずかに、不規則に。夜は、くりぬかれたところがすこしだけ、目立たなくなる。すこしだけ。くりぬかれたそこにも、星はみえる。くりぬかれていないところとくらべると、いやに遠くに、星はあるようにみえる。遠近法。
 高速道路のオレンジ色の照明が、ぼくはこわかった。
 ひとびとは、紙に穴を、あけるように、ようしゃなく、空に穴を、あけてゆく。どんどんと、くりぬいてゆく。そのうち、宇宙の星が、どばっとあふれてきそうだと思う。吐瀉物みたいに。

かたぬき(丸)

かたぬき(丸)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-23

CC BY-NC-ND
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